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本能の赴くままに日記や小説を書いています。
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一人の天使が堕天した。
そのことに天界は騒然となった。
堕天が珍しいというのもあったが、それ以上に堕天した天使がキョーコという天使だったことが大きい。
キョーコは天使の中でも特に真面目で、間違ったことを嫌い、誘惑に強く、純粋で、彼女だけは間違っても堕天することはないだろうと言われていた天使だったのだ。
大天使からの覚えもめでたいキョーコが堕天したことを聞いた者は、誰もが何かの間違いだと思った。
しかし、堕落した罪で捕らえられ、牢獄に繋がれた本人が面会に来た友人たちの前ではっきりと肯定し、その時浮かべていた笑みが純粋だった頃からは想像もつかないような歪んだ笑みだったため、友人たちはそれが事実だと受け入れるしかなかった。


「キョーコ…」

悲しみに満ちた声に俯いていたキョーコは顔を上げる。

「クオン様……」

そこには大天使のクオンの姿があった。
以前なら癒されたクオンの持つ空気が、今は肌に痛い。
そのことに、本当に自分は堕ちたのだな…とキョーコは自嘲した。

「クオン様ともあろう方がこのような所に来るなどもってのほか。早々にお帰り下さいませ」

「そんな悲しいことを言わないで、キョーコ」

そう言って伸ばされた手を思わず避ける。
普通の天使ならまだしも、大天使に触れられでもしたら、火傷するだけでは済まないだろう。
しかし、それが罰なのかも…と考え直したキョーコは今度は避けずにじっとしていると、クオンの手はキョーコの肌に触れる寸前で止まった。

「…ごめん。俺に触れられたら痛いよね」

「……触れても私は構いませんよ」

「俺が構う。君の綺麗な肌が焼け爛れるのを見たくない。それも俺のせいで…」

そう言って手を戻したクオンは悲しそうな顔でキョーコを見つめた。

「何で、悪魔殺しなんて…」

「後悔はしてません。ミモリを守れるなら、私は何だってやります」

あの子は大切な親友だもの。
キョーコはそう言って顔を綻ばせた。
その笑顔は堕天する前と変わらず、堕ちたのが嘘だと信じたくなるほど純粋無垢なものだった。
そして、その理由こそがキョーコが閉じ込められるだけで済んでいる理由である。
普通、天使が堕落する場合は、多くが欲望に負けるというものである。
肉欲を覚えた天使は、他の天使にまで手を出し、自分と同じように快楽に溺れさせようとするため、堕天が明らかになった瞬間、大天使により消滅させられる。
しかし、キョーコの場合、堕天した理由は親友を悪魔の魔の手から守るため…
ある意味天使らしい理由で堕ち、その上、自分から堕天を申告するという滅多にないケースだったため、消滅させるという結論に至らなかったのだ。
だが、堕天したという事実は変わらないため、こうして牢獄に繋がれている。

「でも、君が手を下さなくても、あの悪魔は弱っていた…あのまま時が経てば勝手に死んでいたよ」

「同じようにミモリも、でしょう?あの子があんな男のために死ぬなんて、そんなこと黙ってみてられないわ!」

「それなら、俺たちに相談してくれればよかったんだ!ミモリが悪魔と逢瀬を重ねてるって…そう教えてくれさえすれば、俺たちはどんな手を使ってもミモリを悪魔に逢わせるようなことはなかったし、君も堕天するはめにはならなかったはずだ…」

「だって、約束したんですもの…誰にも言わないって……」

天使らしい理由にクオンは眉を寄せる。
約束は契約…
どんな小さな約束でも、破ることは罪に当たる。
といっても、堕天までは至らず、せいぜい1ヶ月寝込む程度の罰で赦される。
しかし、誰よりも天使らしいと言われていたキョーコだ…そんなキョーコがミモリとの約束を破れるわけがない。
ミモリはそんなキョーコの性質を利用したのだろう…キョーコが思っているほど純粋でも無垢でもないミモリを思い、クオンは拳を握り締めた。

「……君は、これで満足なのか…?」

「はい。あの子に恨まれ憎まれても、あの子を守れたんですもの。私は幸せです」

本当に幸せそうに微笑むキョーコにクオンは泣きたくなった。

「君は、酷い子だね…俺もユキヒトもマリアもカナエも皆、君を大切に思ってるのに、君はたった一人を選ぶんだね。悪魔を殺す時、少しでも俺たちのことを思い出してくれなかったの?」

「……ごめんなさい、クオン様」

キョーコの答えにクオンは絶望した。
誰にでも等しく優しくしていた自分が唯一執着し、特別に想っている彼女。
その彼女にとって、自分の存在は彼女を繋ぎ留めるどころか思い出してもらえないほど小さいものだったのだ。

「…君にとって、俺は…俺たちは何?」

「貴方は、心の底から尊敬する方で、皆さんは信頼できる友人でした」

「……過去形、なんだね」

「私にそう思われていても嬉しくないでしょう?同胞ではないとはいえ、生きる者を危めた咎人ですから」

そう言って穏やかに微笑むキョーコ。
そんなキョーコを見て、クオンは綺麗だと思った。
堕落したとは思えない…まだ神聖なモノにしか見えなかった。
堕ちたキョーコより、自分の方が余程穢れてる。

「…そんなことはない。君は罪を犯しても尚、天使の美しさを失っていないよ。そして、俺は悪魔を手にかけた君さえ…愛しくて仕方がない」

「それは貴方が慈悲深き天使様だから…」

「関係ないよ。俺は他者も自分も愛せない欠けた天使だった。だから、私情を交えず等しく慈悲をかけることができたんだ。けれど、罪を犯した者にまで等しく慈悲をかけたことなんて1度もない…君も知ってるだろう?」

「…はい。貴方が堕天使に制裁を与える役目を担っているのは知っています。…貴方が慈悲を乞う堕天使を赦したことがないことも」

「そう。だけど、君だけは違う。君が慈悲を乞うならいくらだってあげる。制裁なんて頼まれてもしてあげない。ドロドロになるまで甘やかして俺なしでは生きていけなくしたい」

今まで押さえてきた感情が溢れ出す。
誰にでも等しく優しい天使を望まれていたからそれを演じてきた。
けれど、キョーコの堕天と残酷な言葉にタガが外れた。

「ねぇ、キョーコ。君に触れたい。君を愛してるんだ。そして、君に愛されたい」

「く、クオン様っ?!」

「ミモリを想うよりずっと強く俺のことを想って?俺だけのモノになって」

そう言って再び手を伸ばすクオン。
伸ばした先はキョーコの頬…その手が滑らかな頬に触れたにも関わらず、キョーコの皮膚が焼け爛れることはない。
それが示すのはただ一つ。

「クオン様っ!駄目です!踏み止まって下さいっ!!」

「だって、君に触れるには堕ちるしかないだろ?」

「駄目です!今なら引き返せるっ…貴方は闇に堕ちてはいけません!!」

「堕ちた先に君がいるなら、俺は地位も立場も天使であることも捨てるよ」

「駄目ぇっ!誰か!!誰かいないの?!お願いっ、誰か来てぇぇえ!!!」

キョーコの叫ぶ声が牢獄に響き渡る。
叫びながら、クオンから離れようとするキョーコをクオンは抱きしめ、その唇を奪おうと身を屈めたその時…
クオンを牢獄の出入口で待っていたユキヒトが駆け付け、二人の体勢を見て顔を青くして絶叫した。

「クオン!お前、何やってるんだ!そんなことしたらキョーコちゃんの肌が…」

そう言いかけて、手が触れている頬の状態に気付く。

「なん、で………クオン、まさかお前…」

「えぇ、堕天しましたが、それが何か?」

「それが何かって、そんな軽く……それに、堕天したにしては禍々しいオーラがないぞ?」

「でも、彼女に触れることができる…それが何よりの証拠でしょう?」

クオンほどの力がある天使に触られれば、善良な天使ならば癒しを覚え、傷は癒えるが、堕天使ならば発狂するほどの痛みを伴う。
酷い時には、皮膚は焼け爛れ、骨は溶け、臓器は破裂する。
クオンの持つオーラにあてられるだけで気絶してしまうこともあるのだ。
それにも関わらず、堕天したキョーコに害を及ぼすことなく触れられるのは、同じように堕天したからとしか思えない。
しかし、堕天したには違和感があった。

「ユキヒトさん!クオン様はまだ間に合います!そういう欲望を抱いただけで、まだ堕ちていませんっ」

キョーコのその言葉にはっとすると、ユキヒトはクオンをキョーコから引きはがし、キョーコに背を向けた状態でクオンを見据える。

「クオン、駄目だ。堕天したその先は破滅だぞ!」

「消滅させられるってことですか?」

「そうだ!馬鹿なこと考えてないで、正気に戻れ!」

「俺は正気ですよ。それに、俺以外の大天使は優しいだけで他者に罰を与えることができるような天使はいませんからね。俺が堕天しても消滅させられるかどうか…」

「それがわかってるなら、尚更踏み止まれ!お前がいなくなったら困ったことになるくらい見通してるだろ?」

ユキヒトは必死に説得しようとする。
しかし、クオンはそんなユキヒトを嘲笑うかのように口元を歪めた。

「別に、俺には関係ありませんね。キョーコが手に入るなら、他の何を失っても惜しくはありません」

「………本気か?」

「もちろん」

眉を寄せ、睨み付けてくるユキヒトにクオンは笑顔で肯定する。
そんなクオンの本気を感じ取ったキョーコは、鎖で繋がれた腕を持ち上げ、ユキヒトの服を掴んだ。

「っ………」

「キョーコちゃん?!ダメだよ、触ったら!クオンほどじゃないけど、俺も上級の天使なんだよ?」

痛みに呻いたキョーコに気付いたユキヒトは慌ててキョーコから離れる。
服を掴んだ手は赤く腫れ、痛々しいことこの上ない。
そんなキョーコの手を見て、クオンはギロッとユキヒトを睨んだ。

「彼女に怪我を負わせるなんて…」

「ユキヒトさん。私、クオン様を堕天させない方法考えました」

クオンの言葉を無視するような形でキョーコがユキヒトに向かって微笑む。
堕天しかけているクオンより、余程天使らしい笑みを浮かべたキョーコに、ユキヒトは「ホント!?」と喜んだ…のもつかの間のことだった。


「私を消して下さい」


音が消える。
シーンと静まり返った牢獄で、キョーコは再び言った。

「私を消して下さい、ユキヒトさん」

二度目の言葉にはっと我に返ったユキヒトは青ざめてキョーコを見た。

「何言ってるの、キョーコちゃん!そんなことできるはず…」

「クオン様が堕落しないためには元凶が消えることが1番手っ取り早いでしょう?大天使候補のユキヒトさんなら堕天使を消滅させる権利を持っていますよね」

「駄目だ!そんなことさせないっ…そんなことしたら、俺はユキヒトを殺すよ」

「何言ってるんですか、クオン様!貴方は今正気じゃないだけなんです!きっと、元凶の私が消えれば戻るはず…」

「戻る?そんなわけないだろ!君を愛しく思うこの気持ちは今限りのものじゃない。ずっと、ずっと、抱いてきたものだ!君がいなくなってしまったら、俺は完全に狂気に呑まれてしまうよ?」

その真剣な目に嘘がないことに気付いたキョーコはびくりと震え、ぎゅっと火傷した手を握る。
クオンは当惑したように瞳を揺らすキョーコに微笑み、手を伸ばした。
が、その手はユキヒトに遮られる。
完全に堕天したわけではないため、触れられても痛みを伴うことはなかったが、邪魔をされたことを不快に思い、ユキヒトを睨んだ。

「クオン、堕ちちゃ駄目だ」

「まだ言いますか…」

「当たり前だろ!それにな、お前が堕ちてもそこにキョーコちゃんはいない」

その言葉にぴくりと反応するクオン。

「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。キョーコちゃんは確かに堕天した…でも、その罪は消滅させられるほどのものじゃない。だけど、お前が堕ちるとしたら肉欲…消滅対象だ。キョーコちゃんは誘惑に強い天使だからな、お前が抱いてもお前と同じところに堕ちてくれる可能性は低いぞ?一緒に逃げようとしてもキョーコちゃんが罪から逃げるようなことをするとは思えないし、そうすると傍にいるためには必然的にお前も残らなくちゃいけない。そうなればお前はジ・エンドだ。それに、キョーコちゃんは堕落して歪んだとはいえ、天使らしさを失ってない。無理矢理奪うようなことをすれば軽蔑されるぞ」

ユキヒトの言葉にクオンは険しい表情を浮かべるが、その言葉を否定したりはしない。
キョーコの性格はクオンだって…否、クオンの方が知っている。
数多くいる天使の中でも特に純粋無垢で、潔癖で真面目で、嫌いなものには闘志を燃やして、考えたら一直線な性格。
欲望に忠実になることに嫌悪している節のあるキョーコに手を出したら、それこそユキヒトの言うように瞬殺だろう。

「じゃあ、どうしろって言うんだ!堕天使の彼女に触れるには、同じように堕天するしかないじゃないかっ!!」

「………キョーコちゃんを氷の牢獄に入れる」

「なっ?!あの牢獄は……」

「堕天した天使の歪みを元に戻すための場所だ。特例の場合しか使われないけど…キョーコちゃんのケースなら特例として認められるはずだ。出られるのがいつになるかはわからない。だけど、身体を覆う氷が溶ける頃には、穢れが浄化され、罪が洗い流されるはずだ」

「だけど、あの牢獄は浄化するに値すると判断されなければ、氷漬けにされた瞬間砕け散るって…」

狼狽するクオンの言葉にユキヒトは頷いて肯定する。
今まであの牢獄に入れられ、無事に出て来れたのはそれこそ数えるほどしかいない。
たいていの場合は、氷漬けにされた瞬間、砕け散って、跡形もなく消滅する。

「そんなところにキョーコを入れるなんて…っ」

「………クオン様、ユキヒトさん。私、そこに入ります」

「キョーコ?!」

「それが最善でしょう?違いますか?」

「だけど……」

「因みにクオン。ここからキョーコを連れて逃げようとした場合、問答無用でキョーコちゃんを氷漬けにするからな!手順を踏まず氷漬けになった場合、氷が溶ける速度は倍くらいかかるんだぞ?お前の炎を持ってしても浄化の氷は溶けないからな!」

ユキヒトの言葉に反射的に伸ばした手が止まる。
ユキヒトを振り切って逃げるのと、ユキヒトがキョーコを氷漬けにするのと、どちらが早いかと問われればユキヒトの方が早いに決まっている。
まだ大天使候補でしかないが、持つ力は大天使に匹敵し、特に氷の能力はずば抜けているのだ。

「でも……」

選択肢はないというのに、それでも渋るクオンにキョーコはそっと手を伸ばし、その頬に触れた。

「クオン様」

「キョーコ?」

「私の我が儘、一つだけ聞いてもらえませんか?」

「…何だい?」

「私が出て来るまで待っていて下さい。私の尊敬するクオン様のままで…」

堕落することなく、誰にでも等しく優しい慈悲の大天使でいて下さい。
誰もが尊敬する光輝く存在でいて下さい。

キョーコの言葉にクオンは黙ると、困ったように眉を下げ、情けない顔で微笑んだ。

「外ならぬキョーコの初めての我が儘だ、聞いてあげるよ」

「ありがとうございます」

「…代わりに俺もお願いしていい?」

「何ですか?」

「キョーコの耳飾り、キョーコが出て来るまで俺に預けてくれないかな?少しでもキョーコを感じていたいんだ」

「あ、はい…」

思わぬお願いに驚きながらも頷いたキョーコはクオンの頬から手を離して自分の耳飾りを取ると、クオンに渡した。
クオンはそれを壊れ物を扱うように慎重に受け取ると、柔らかく微笑む。

「あと、もう一つ。…キョーコが出て来たら誰よりも先に君を抱きしめる権利を俺にちょーだい?」

「え…?」

「駄目かな?」

「……わかりました。代わりに、堕天しちゃったから、今度は貴方に触れられない…なんてオチはやめて下さいね?」

くすりと笑って冗談を言うキョーコにクオンも笑って「もちろんだよ」と言った。
そんな二人のやり取りを見守っていたユキヒトは「そろそろ…」とクオンを促す。

「…多分、君が出て来れるようになるまで会うことは赦されないと思う。俺は堕ちかけたからね。再び凶行に出るかもしれないって判断されるだろうし、俺にもそうならない自信がない。だから…今度は、君の好きな花畑で会おうね?」

「はい…今度は青空の下で」

堕ちて、狂気を孕んだ笑みを浮かべていたキョーコからは想像できないほど無邪気な笑みを浮かべたキョーコに見送られ、クオンはそこから立ち去った。
振り向いたらキョーコを連れて逃げてしまいたいという衝動を堪え切れなくなる自覚があったから、一度も振り向くことなく…



「会いたかったよ、キョーコ」

破顔した男が現れた女を抱きしめた。
風が吹き、花びらが舞う。

青空の下、再会は果たされた―――――





―――――――――――――――――――
悪魔×天使はよく見るけど、天使×天使は見ないなぁっと思って書いてみました!
相変わらず、消化不良…
書きたいところを書くと満足しちゃうんですよね~。
ってか、堕天使のキョーコより大天使のクオンの方が危ないってどうよ?

因み、私も最初は悪魔×天使が思いつきました。

「ずっとずっと君だけを見ていた…君だけが欲しくて、だけど君は俺たちが嫌いだから、ずっと我慢してたんだ。だけど、ようやく堕ちてきてくれたね…。邪魔な羽はいらないよね、キョーコ?もう離さないよ、俺だけの天使…」

みたいなヤンデレ系。
いや、天使クオンも十分ヤンデレな気がしますけどね。

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