本能の赴くままに日記や小説を書いています。
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蓮がそう誓ってから、3年近い月日が経った。
キョーコは蓮たちの懸念を知ってか知らずか、一度も恋人を作ることはなかった。
強がってはみたものの、やはり不安だった蓮はホッとしているが、これから先のことはまだわからない。
垢抜けて綺麗になった(蓮は昔から綺麗だと思っていたが)キョーコの周りには、うようよと男共が群がり、うろついている。
持ち前の鈍さでアプローチを全部スルーしているが、二十歳になり、成人の仲間入りを果たしたら、多少強引なアプローチも増えてくるだろう。
「そろそろ認めてくれないかな…?」
裏で人としてやばいと判断した男を葬ってきた(といっても社会的にであって実際殺したわけではない)蓮は、キョーコの基準の高さに溜息を吐いた。
19歳の時点でイイ女と称されるようになったにも関わらず、キョーコは自分をイイ女だと認めなかった。
世間の評価を受け止めてはいるものの、キョーコの中ではまだまだだったらしい。
4回目になるグレートフル・パーティーに参加している蓮はキョーコのレシピによって作られた食事をつまみながら、今年も主催者として走り回っているキョーコを見つめた。
「あ……」
もうすぐ12時。
今のところ、プレゼントを1番に渡す役目は譲ったことはない。
別れた後初めての誕生日プレゼントを渡した時は困惑されたが、拒否を認めず受け取らせた。
親友の琴南に先を越されそうになったこともあるが、強引に割り込んだ…その時は『未緒』をやれるんじゃないかと思うほどすごい目で睨まれ、社には呆れられた。
だが、これだけは…
「最上さん!」
「あ、敦賀さん…」
「誕生日おめでとう。君もようやく大人の仲間入りだね」
「あ、ありがとうございます」
渡したのは薔薇一輪。
毎年なるべく新種の薔薇を渡している…中に宝石を仕込んで。
薄々、キョーコも『伝説』なんかではないと気付いているだろう。
けれど、この日だけは何も言わず素直に受け取った。
「…イイ女になったね、最上さん」
「ふふっ、ありがとうございます。実はこの前、芸能界一イイ女の称号をいただいたんですよ!」
「うん、知ってるよ」
性格も、容姿もNo.1に相応しい。
キョーコほどイイ女はいないだろうと蓮は内心のろけた。
「…そうだ、敦賀さん!私、敦賀さんにお話したいことがあるんです」
「うん。俺も」
「そうですか…じゃあ、移動しませんか?ここでは人目がありますから」
「いいよ」
キョーコに促され歩き出す蓮。
いつものように琴南の邪魔が入らないことを不思議に思いながらも、キョーコの後を追った蓮は、キョーコに続いてとある一室に足を踏み入れた。
「…話ってなんですか?」
「最上さんが先でいいよ」
「そうですか…じゃあ、お先に失礼しますね」
キョーコはにこりと笑って言った。
「私、引退することにしたんです」
蓮はキョーコが何を言ったのかわからなかった。
瞠目する蓮にキョーコは苦笑する。
「と言っても、引退するのは30歳の誕生日なんですけどね」
まだ、モー子さんと社長にしか話してないんですよ、とキョーコが笑う。
蓮には、何故笑顔でそんなことが言えるのか理解できなかった。
京子というタレントは蓮と同じくらい演技バカな役者だから…
「な、んで…」
「母の会社を継ぐことになったんです」
「ちょっと待って…君、母親とは疎遠じゃなかったっけ?」
「そうだったんですけど…高校3年生の時、大学に行くか芸能界一筋でいくか迷ったんです。私の成績なら良い大学に行けるって先生方は奨めて下さったんですけど、学業と仕事を両立させるのは難しいってわかっていましたから」
その頃のことを思い出しているのか、キョーコは遠くを見るような目で窓の方に目を向けた。
暗闇の中、星が光っている。
「そんな時、母がどうやって調べたのか、学校まで訪ねてきたんです。ずっと会っていませんでしたし、私に関心を寄せることなんて一度もなかったから、母の顔を見た時混乱してしまって…先生が機転を利かせて社長を呼んで下さって、応接室で何時間も話し合いました。社長が間に入って下さったので、なんとか冷静に話せて…。それで、話し合いの結果、経営学科のある大学に進学して、卒業後は母の仕事に携わりながらタレントをすることになったんです」
「………聞いてない」
「言ってませんし。モー子さんにだって、パーティーが始まる前に言ったんですよ?すっごく怒られましたけど、もう決まってしまったことですから」
「…君は諦めることができるの?演技が好きなんだろ?」
「割り切れませんけど…私、一人娘ですし、私が跡を継げばいらない争いが起きずに済むので。社長もそれなら仕方ないって送り出してくれる約束してくれましたし」
キョーコは知らなかったが、母の会社は日本で知らない人はいないと言われるほどかなりの大企業だった。
知らずにそこの製品のCMにも出たことがあり、会社名を聞いた時は驚きのあまり心臓が止まるかと思った。
それと同時に、母が何故あそこまで厳しかったのかも理解できてしまい、悲しみや苦しみは消えないけれど、理由なく虐げられていたわけじゃないと安心してしまったのだ。
母の要求を呑もうと思ったのは、きっとそれが理由だろう。
キョーコが穏やかに笑う一方、蓮はキョーコが言葉を紡ぐたび憔悴していった。
蓮が待っていられたのはキョーコが芸能界にいるからだ。
どこかで繋がっていると知っていたから、まだ余裕を持っていられた。
しかし、引退となると話は別である。
まだ10年も先の話だ…なんて悠長なことが言えるほど蓮は馬鹿ではない。
「…最上さん。次は俺の話を聞いてくれる?」
「あ、はい」
「最上キョーコさん。俺と、結婚して下さい」
その言葉にキョーコは固まる。
付き合ってすらいない男からプロポーズされたのだ、無理もない。
そんなキョーコを見つめながら、蓮はポケットから小さな箱を取り出し、開けてキョーコに見せた。
「そ、れ…」
「ごめんね。君と別れる前に買ったやつだから、型が古いし、合わないかも…」
「別れる前って…」
「俺は君と付き合い出した頃にはもう君を手放す気はなかったんだ。指輪だけじゃなくって、ドレスや式場もチェックしてあったんだよ」
「なら、なんで…っ」
「…俺が弱かったせい。俺の愛を信じてほしいって君に言いながら、俺は君の愛を信じていなかった」
「酷いっ」
「うん…俺は酷い男だよ。君が本当に愛してくれてるって知った時、歓喜したんだから…。だけど、すぐに歓喜は絶望に変わった。君がイイ女になって後悔させてやるなんて宣言しなくても、その時点で俺は後悔してたよ。だけど、撤回しても遅いんだって気付いてしまったから、俺は君が自分でイイ女になったって認められるようになるまで待つと決めたんだ」
蓮はそう言うと泣きそうな顔をするキョーコに微笑みかけた。
その微笑みは今にも壊れてしまいそうで、目は不安で揺れている。
一方的に別れを切り出しておきながら、今でも想われてるなんて思うほど、蓮は自惚れていない。
それでも、何もせずにいられるほど蓮は諦めがよくはなかった。
「わたし…」
「うん」
「私も、本当は疑ってた。敦賀さんは芸能界一イイ男で、トップ俳優で、私は地味で色気も胸もない新人タレントで…敦賀さんの愛に嘘はないってわかってたけど、それでもずっと不安だった…。だから、別れを切り出されてショックだったけど、納得してた…」
「…そっか」
「きっと、あの時別れて正解だったんですね…」
「だけど、ずっと辛かった」
「…………」
「信じられない?」
「そんな、ことは…」
否定しつつもキョーコの瞳は不安で揺れている。
裏切りによって心に傷を負い、一度は恋をしないと誓ったキョーコは、一度裏切った蓮を信じ切れないのだろう。
そんな頑ななキョーコを知っているから、蓮は性急にコトを進める気はなかった…けれど、悠長にコトを構える猶予などないと知ってしまったから…
「わかった…じゃあ、こうしようか。俺は君が引退するまでにハリウッドに行って、そして帰ってくる。それができたら、俺と結婚してくれませんか?」
「……出来るかもわからない不確かな事を信じて待っていろと?」
「うん。ダメ?もう、俺のこと好きじゃない?」
「…そんな聞き方、卑怯です」
「うん、ごめん」
迷っているということは、まだキョーコの心が自分に向いているということなのだと蓮は気付いている。
気付いて、言うのだ。
「お願い、待ってて?」
「………蓮さんの、ばか…」
「うん。馬鹿でいいよ…待っててくれるなら、俺の秘密も教えるから…だから、俺にチャンスをちょうだい?」
「秘密?」
「本名と思い出を、ね…。俺の本当の名前はね――――」
――10年後
部屋一杯の報道陣からの質問にキョーコは丁寧に答え、引退の意思を変える気はないことを伝えた。
誰もが『京子』の引退を嘆き、その存在を惜しんだが、キョーコの意思は固い。
意思を変えられないことに報道陣も肩を落とし、名残惜しみながらも、会見が終わろうとしていた。
「では、これにて京子の引退会見を――」
「待った!!!」
バタンッ
大きな音を立てて扉が開く。
会見が終わろうとしているところに乱入してくるなんてどこの馬鹿だ…と報道陣が一斉に振り返ると、そこには予想だにしていなかった人物がいた。
「セーフ、かな?」
金色の髪を靡かせ、扉を開けた時の勢いが嘘のように優雅な歩行で入ってきたのは、今アメリカにいるはずの人間。
28歳の時に素性を明かすと共にアメリカへと飛んで、今や知らぬ人はいないと言われるほどのハリウッドスター。
「クオン・ヒズリ…」
誰かがぽつりと呟く。
それをきっかけに報道陣が騒ぎ出した。
「クオンさん!本日は京子さんを引き止めるためにこちらに?」
「お二人は同じ事務所の先輩後輩で仲が良かったんですよね?今回の引退の件は以前から聞いていたのですか?」
「同じ役者として京子さんを高く評価していると聞いたことがありますが、クオンさんも京子さんの引退には反対なんですよね?」
クオンさん!クオンさん!と誰のための記者会見なのかわからなくなるほどクオン―蓮の名前が連呼される。
そんな報道陣ににっこりと微笑みながら、蓮は自然とできた道を突き進んだ。
「残念ながら、彼女の引退を止めるために来たわけではないんですよ」
キョーコのところまで辿り着いた蓮は報道陣に向けてそう言うと、振り返ってキョーコを見た。
「ギリギリだけど、セーフだよね?」
「………すっごくギリギリですけどね」
間に合わないかと思いました。
そうキョーコが言ったことで、報道陣は蓮がここに来たことは想定外ではないのだと知る。
壊してはならない雰囲気に、空気を読んだ報道陣は固唾を飲んで二人を見守った。
「期限の最終日…それも、こんなギリギリなんて予想してなかったので、諦めたのかと思いましたよ」
「まさか。俺だってこんなギリギリになるとは思わなかったんだ。ハリウッド行ったらさっさと戻ろうと思ってたのに、勝手に予定組まれて戻るに戻れなかったんだ」
社長や父さんたちの陰謀だ…と蓮は眉を寄せる。
演技を認められ、あちらに堂々と帰ることが蓮の目標だったのだから、そのまま引き留められても仕方ないと思うのだが…とキョーコは思ったが、何も言わず、ただ苦笑した。
「本当にギリギリだったけど…約束を果たしたよ。だから、最上キョーコさん」
「…はい」
「俺と結婚して下さい」
シーンと室内が静まり返る。
誰もがキョーコに注目した。
「―――喜んで」
そう言って最高の笑顔を浮かべたキョーコを蓮が抱きしめる。
その瞬間、たくさんのフラッシュがたかれ、二人を祝う言葉で室内が埋めつくされた。
「それから…誕生日、おめでとう…キョーコ」
腕を離した蓮が渡したのは、渡米してからも欠かすことのなかった、一輪の薔薇だった。
翌日、『クオン・ヒズリ 引退会見で京子にプロポーズ!!』という見出しで新聞の一面を飾り、テレビや雑誌などにも取り上げられた。
ハリウッドスターと人気タレント(元)の婚約に、芸能界に激震が走り、多くの人間が嘆きつつも二人の仲を祝った。
そして数ヶ月の間、世間を賑わせたのだった。
キョーコは蓮たちの懸念を知ってか知らずか、一度も恋人を作ることはなかった。
強がってはみたものの、やはり不安だった蓮はホッとしているが、これから先のことはまだわからない。
垢抜けて綺麗になった(蓮は昔から綺麗だと思っていたが)キョーコの周りには、うようよと男共が群がり、うろついている。
持ち前の鈍さでアプローチを全部スルーしているが、二十歳になり、成人の仲間入りを果たしたら、多少強引なアプローチも増えてくるだろう。
「そろそろ認めてくれないかな…?」
裏で人としてやばいと判断した男を葬ってきた(といっても社会的にであって実際殺したわけではない)蓮は、キョーコの基準の高さに溜息を吐いた。
19歳の時点でイイ女と称されるようになったにも関わらず、キョーコは自分をイイ女だと認めなかった。
世間の評価を受け止めてはいるものの、キョーコの中ではまだまだだったらしい。
4回目になるグレートフル・パーティーに参加している蓮はキョーコのレシピによって作られた食事をつまみながら、今年も主催者として走り回っているキョーコを見つめた。
「あ……」
もうすぐ12時。
今のところ、プレゼントを1番に渡す役目は譲ったことはない。
別れた後初めての誕生日プレゼントを渡した時は困惑されたが、拒否を認めず受け取らせた。
親友の琴南に先を越されそうになったこともあるが、強引に割り込んだ…その時は『未緒』をやれるんじゃないかと思うほどすごい目で睨まれ、社には呆れられた。
だが、これだけは…
「最上さん!」
「あ、敦賀さん…」
「誕生日おめでとう。君もようやく大人の仲間入りだね」
「あ、ありがとうございます」
渡したのは薔薇一輪。
毎年なるべく新種の薔薇を渡している…中に宝石を仕込んで。
薄々、キョーコも『伝説』なんかではないと気付いているだろう。
けれど、この日だけは何も言わず素直に受け取った。
「…イイ女になったね、最上さん」
「ふふっ、ありがとうございます。実はこの前、芸能界一イイ女の称号をいただいたんですよ!」
「うん、知ってるよ」
性格も、容姿もNo.1に相応しい。
キョーコほどイイ女はいないだろうと蓮は内心のろけた。
「…そうだ、敦賀さん!私、敦賀さんにお話したいことがあるんです」
「うん。俺も」
「そうですか…じゃあ、移動しませんか?ここでは人目がありますから」
「いいよ」
キョーコに促され歩き出す蓮。
いつものように琴南の邪魔が入らないことを不思議に思いながらも、キョーコの後を追った蓮は、キョーコに続いてとある一室に足を踏み入れた。
「…話ってなんですか?」
「最上さんが先でいいよ」
「そうですか…じゃあ、お先に失礼しますね」
キョーコはにこりと笑って言った。
「私、引退することにしたんです」
蓮はキョーコが何を言ったのかわからなかった。
瞠目する蓮にキョーコは苦笑する。
「と言っても、引退するのは30歳の誕生日なんですけどね」
まだ、モー子さんと社長にしか話してないんですよ、とキョーコが笑う。
蓮には、何故笑顔でそんなことが言えるのか理解できなかった。
京子というタレントは蓮と同じくらい演技バカな役者だから…
「な、んで…」
「母の会社を継ぐことになったんです」
「ちょっと待って…君、母親とは疎遠じゃなかったっけ?」
「そうだったんですけど…高校3年生の時、大学に行くか芸能界一筋でいくか迷ったんです。私の成績なら良い大学に行けるって先生方は奨めて下さったんですけど、学業と仕事を両立させるのは難しいってわかっていましたから」
その頃のことを思い出しているのか、キョーコは遠くを見るような目で窓の方に目を向けた。
暗闇の中、星が光っている。
「そんな時、母がどうやって調べたのか、学校まで訪ねてきたんです。ずっと会っていませんでしたし、私に関心を寄せることなんて一度もなかったから、母の顔を見た時混乱してしまって…先生が機転を利かせて社長を呼んで下さって、応接室で何時間も話し合いました。社長が間に入って下さったので、なんとか冷静に話せて…。それで、話し合いの結果、経営学科のある大学に進学して、卒業後は母の仕事に携わりながらタレントをすることになったんです」
「………聞いてない」
「言ってませんし。モー子さんにだって、パーティーが始まる前に言ったんですよ?すっごく怒られましたけど、もう決まってしまったことですから」
「…君は諦めることができるの?演技が好きなんだろ?」
「割り切れませんけど…私、一人娘ですし、私が跡を継げばいらない争いが起きずに済むので。社長もそれなら仕方ないって送り出してくれる約束してくれましたし」
キョーコは知らなかったが、母の会社は日本で知らない人はいないと言われるほどかなりの大企業だった。
知らずにそこの製品のCMにも出たことがあり、会社名を聞いた時は驚きのあまり心臓が止まるかと思った。
それと同時に、母が何故あそこまで厳しかったのかも理解できてしまい、悲しみや苦しみは消えないけれど、理由なく虐げられていたわけじゃないと安心してしまったのだ。
母の要求を呑もうと思ったのは、きっとそれが理由だろう。
キョーコが穏やかに笑う一方、蓮はキョーコが言葉を紡ぐたび憔悴していった。
蓮が待っていられたのはキョーコが芸能界にいるからだ。
どこかで繋がっていると知っていたから、まだ余裕を持っていられた。
しかし、引退となると話は別である。
まだ10年も先の話だ…なんて悠長なことが言えるほど蓮は馬鹿ではない。
「…最上さん。次は俺の話を聞いてくれる?」
「あ、はい」
「最上キョーコさん。俺と、結婚して下さい」
その言葉にキョーコは固まる。
付き合ってすらいない男からプロポーズされたのだ、無理もない。
そんなキョーコを見つめながら、蓮はポケットから小さな箱を取り出し、開けてキョーコに見せた。
「そ、れ…」
「ごめんね。君と別れる前に買ったやつだから、型が古いし、合わないかも…」
「別れる前って…」
「俺は君と付き合い出した頃にはもう君を手放す気はなかったんだ。指輪だけじゃなくって、ドレスや式場もチェックしてあったんだよ」
「なら、なんで…っ」
「…俺が弱かったせい。俺の愛を信じてほしいって君に言いながら、俺は君の愛を信じていなかった」
「酷いっ」
「うん…俺は酷い男だよ。君が本当に愛してくれてるって知った時、歓喜したんだから…。だけど、すぐに歓喜は絶望に変わった。君がイイ女になって後悔させてやるなんて宣言しなくても、その時点で俺は後悔してたよ。だけど、撤回しても遅いんだって気付いてしまったから、俺は君が自分でイイ女になったって認められるようになるまで待つと決めたんだ」
蓮はそう言うと泣きそうな顔をするキョーコに微笑みかけた。
その微笑みは今にも壊れてしまいそうで、目は不安で揺れている。
一方的に別れを切り出しておきながら、今でも想われてるなんて思うほど、蓮は自惚れていない。
それでも、何もせずにいられるほど蓮は諦めがよくはなかった。
「わたし…」
「うん」
「私も、本当は疑ってた。敦賀さんは芸能界一イイ男で、トップ俳優で、私は地味で色気も胸もない新人タレントで…敦賀さんの愛に嘘はないってわかってたけど、それでもずっと不安だった…。だから、別れを切り出されてショックだったけど、納得してた…」
「…そっか」
「きっと、あの時別れて正解だったんですね…」
「だけど、ずっと辛かった」
「…………」
「信じられない?」
「そんな、ことは…」
否定しつつもキョーコの瞳は不安で揺れている。
裏切りによって心に傷を負い、一度は恋をしないと誓ったキョーコは、一度裏切った蓮を信じ切れないのだろう。
そんな頑ななキョーコを知っているから、蓮は性急にコトを進める気はなかった…けれど、悠長にコトを構える猶予などないと知ってしまったから…
「わかった…じゃあ、こうしようか。俺は君が引退するまでにハリウッドに行って、そして帰ってくる。それができたら、俺と結婚してくれませんか?」
「……出来るかもわからない不確かな事を信じて待っていろと?」
「うん。ダメ?もう、俺のこと好きじゃない?」
「…そんな聞き方、卑怯です」
「うん、ごめん」
迷っているということは、まだキョーコの心が自分に向いているということなのだと蓮は気付いている。
気付いて、言うのだ。
「お願い、待ってて?」
「………蓮さんの、ばか…」
「うん。馬鹿でいいよ…待っててくれるなら、俺の秘密も教えるから…だから、俺にチャンスをちょうだい?」
「秘密?」
「本名と思い出を、ね…。俺の本当の名前はね――――」
――10年後
部屋一杯の報道陣からの質問にキョーコは丁寧に答え、引退の意思を変える気はないことを伝えた。
誰もが『京子』の引退を嘆き、その存在を惜しんだが、キョーコの意思は固い。
意思を変えられないことに報道陣も肩を落とし、名残惜しみながらも、会見が終わろうとしていた。
「では、これにて京子の引退会見を――」
「待った!!!」
バタンッ
大きな音を立てて扉が開く。
会見が終わろうとしているところに乱入してくるなんてどこの馬鹿だ…と報道陣が一斉に振り返ると、そこには予想だにしていなかった人物がいた。
「セーフ、かな?」
金色の髪を靡かせ、扉を開けた時の勢いが嘘のように優雅な歩行で入ってきたのは、今アメリカにいるはずの人間。
28歳の時に素性を明かすと共にアメリカへと飛んで、今や知らぬ人はいないと言われるほどのハリウッドスター。
「クオン・ヒズリ…」
誰かがぽつりと呟く。
それをきっかけに報道陣が騒ぎ出した。
「クオンさん!本日は京子さんを引き止めるためにこちらに?」
「お二人は同じ事務所の先輩後輩で仲が良かったんですよね?今回の引退の件は以前から聞いていたのですか?」
「同じ役者として京子さんを高く評価していると聞いたことがありますが、クオンさんも京子さんの引退には反対なんですよね?」
クオンさん!クオンさん!と誰のための記者会見なのかわからなくなるほどクオン―蓮の名前が連呼される。
そんな報道陣ににっこりと微笑みながら、蓮は自然とできた道を突き進んだ。
「残念ながら、彼女の引退を止めるために来たわけではないんですよ」
キョーコのところまで辿り着いた蓮は報道陣に向けてそう言うと、振り返ってキョーコを見た。
「ギリギリだけど、セーフだよね?」
「………すっごくギリギリですけどね」
間に合わないかと思いました。
そうキョーコが言ったことで、報道陣は蓮がここに来たことは想定外ではないのだと知る。
壊してはならない雰囲気に、空気を読んだ報道陣は固唾を飲んで二人を見守った。
「期限の最終日…それも、こんなギリギリなんて予想してなかったので、諦めたのかと思いましたよ」
「まさか。俺だってこんなギリギリになるとは思わなかったんだ。ハリウッド行ったらさっさと戻ろうと思ってたのに、勝手に予定組まれて戻るに戻れなかったんだ」
社長や父さんたちの陰謀だ…と蓮は眉を寄せる。
演技を認められ、あちらに堂々と帰ることが蓮の目標だったのだから、そのまま引き留められても仕方ないと思うのだが…とキョーコは思ったが、何も言わず、ただ苦笑した。
「本当にギリギリだったけど…約束を果たしたよ。だから、最上キョーコさん」
「…はい」
「俺と結婚して下さい」
シーンと室内が静まり返る。
誰もがキョーコに注目した。
「―――喜んで」
そう言って最高の笑顔を浮かべたキョーコを蓮が抱きしめる。
その瞬間、たくさんのフラッシュがたかれ、二人を祝う言葉で室内が埋めつくされた。
「それから…誕生日、おめでとう…キョーコ」
腕を離した蓮が渡したのは、渡米してからも欠かすことのなかった、一輪の薔薇だった。
翌日、『クオン・ヒズリ 引退会見で京子にプロポーズ!!』という見出しで新聞の一面を飾り、テレビや雑誌などにも取り上げられた。
ハリウッドスターと人気タレント(元)の婚約に、芸能界に激震が走り、多くの人間が嘆きつつも二人の仲を祝った。
そして数ヶ月の間、世間を賑わせたのだった。
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