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「家政婦としか思ってない」
差し入れを届けに行って、聞いてしまった言葉。
その言葉を聞いた瞬間、私の中の何かが音を立てて崩れた。
私の王子様は、幻想だった…
ずっと、ずっと尽くしてきたのに、いとも簡単に切り捨てる彼が憎くて、恨めしくて…けれど、それを彼にぶつけた次の瞬間、急激に冷めた。
――こんな男のために、優しい思い出を捨ててしまった…
大切で大切で、“王子様”である彼にも話したことのなかった、私だけの妖精。
あの夏の思い出を、私はこの男のために捨ててしまったのだと空しくなって、嘲笑を浮かべる彼を冷めた目で見つめ、何も言わずにその場を去った。
「なにやってるんだろ、私………」
立ち止まって、空を見上げる。
綺麗な青空…けれど、心が動かされることはない。
美しい木々を見ても、可愛らしい花を見ても、ファンシーなグッズを見ても、何も思わない。
――私の中、空っぽだ……
彼を中心に私の人生は回っていた。
思い出が私を支えていた。
けれど、今の私の中にはどちらも、ない。
「…ごめんね、コーン」
貴方を捨てて得たモノは、虚無。
懲りずに俺は、あの日車で通った道を歩く。
彼女と会えることはないだろう…そう、わかってるのに……
諦め、きれない。
どうにか彼女を繋ぎとめておきたい…嫌われていても構わない。
ただ、せめて…せめて、この石だけでも……
「……ぇ?」
彼女がいたような気がして、思わず立ち止まる。
考え事をしながら歩いていたせいで、いつもより長い距離を歩いていたらしい。
あまり見慣れない場所にいた俺は、小さな公園のベンチに座り、空を見上げている少女を見つけて呆然とした。
――あの子だ!!
拒絶されるのが怖くて竦む足をどうにか動かし、じっと空を見つめて動かない彼女に近づく。
俺だと気付いてないにしろ、誰か近づいてきたことくらい気付いてないはずがないのに、彼女に反応はない。
いや、もしかして、俺だと気付いたから、反応しない?
「――キョーコ、ちゃん」
前に立っても反応のない彼女に、俺は思わず声をかけた。
すると、ビクッと肩を揺らした彼女は、目を見開いてこちらを見た。
どうやら、俺だと気付いて無視をしていたわけではないらしい…そのことに、ホッとする。
「こ……つるが、さん…」
「コーンでもいいよ?」
「…だめ、です。そう呼ぶ資格なんて、私には……」
「資格なんて必要ないよ。…あえて言うなら、“君”であるのが条件、かな?」
だって、その名[コーン]で呼ぶのは君だけ。
君だけで、いいんだ。
そう呼んで?
だって、その名で呼ぶってことは、思い出を捨てきれないってことだろ?
俺と同じように、あの夏のたった数日間の思い出に執着してるってこと、だろ?
「敬語もいらない。ね?」
「で、も…」
気まずげに目線を逸らす君。
…当たり前だよね。
決別すると言って君は、“俺”を捨てたんだから…――だけどね、キョーコちゃん。
狭いようで広いこの都市で、こうして会えたのはきっと運命[さだめ]だと思うんだ。
だからね…
「逃がす気なんて、ないよ」
「え?」
ボソッと呟いた言葉はどうやら幸いなことに聞きとられなかったらしい。
きっと、聞かれていたら君はすぐにでも逃げ出すだろうから。
「あの……」
「ん?」
「何で、ここに敦賀さんが…?」
「(コーンで良いって言ったのに…)散歩してたんだ。そしたら君の姿が見えてね…決別されてしまったけど、俺にとって君は大切な子だから…撤回、してもらえないかなって思って」
嘘はついていない…
散歩していて君を見つけたから撤回してもらおう…と思ったのではなく、撤回してほしくて君を探して散歩していた…順序が逆なだけだ。
「て、っかい…」
「…やっぱり無理?無理なら、『敦賀蓮』のことは諦めるから、『コーン』だけでも受け入れてもらえない、かな?『ショーちゃん』が嫌いなのは『敦賀蓮』で、『コーン』のことは知らないんだろう?だから…」
「ショー、ちゃん……」
せめて…せめて、コーン[過去]だけでも受け入れてほしい。
そんな思いで紡いだ言葉。
しかし、彼女は『ショーちゃん』[王子様]の名前を呟いて固まってしまった。
その様子を不審に思い、目の前で手を振ってみるが反応がない。
「キョーコちゃん?」
「わたし」
「ん?」
「かえります」
「え?!」
立ち上がり、その場を去ろうとする彼女の腕を慌てて掴む。
彼の名前を出した途端、この反応…
なにか、あったのか…?
「キョーコちゃん、どうしたの?もしかして、彼と何かあった?」
「…別に」
「…相変わらず、嘘が下手だね。いったい何があったの?こんな状態の君を帰すなんてできないよ」
話してほしい。
そう意を込めて、少しだけ腕を掴む手に力を入れた。
このまま帰す気はないのだと…
戸惑い顔でこちらを見ていた彼女だったが、諦めたのか「はぁ…」と溜息をついて、再びベンチに座った。
「……聞いてて楽しい話じゃないですよ?」
「うん。でも、聞きたい」
そう答えると、彼女はポツリポツリと話し出した。
幼馴染で、王子様だと思っていた『ショーちゃん』の名前は不破松太郎、芸名不破尚。
ヴィジュアル系と騒がれているアーティスト…らしい。
俺はそんな名前、聞いたことなかったからわからなかったんだけど…
そう答えると、彼女は唖然とした顔をした後、くすっと笑った。
「デビューして1年くらいの新人アーティストなんて、貴方が知らなくても不思議じゃないですよね」
家出同然で一緒に上京してきたのが1年前。
それから地道に音楽活動をして、デビューするまでに1,2ヶ月かかったらしいので、実際、デビューして1年も経っていないらしい。
デビューするまで、そしてデビューしてからも彼女は毎日バイトに明け暮れ、彼のために休む暇もなく働いていたらしい…なんて男だ、不破松太郎………
いつしか、彼が家に帰ってくることが稀になり、それでも彼女は「帰ってこれないのは、ショーちゃんが売れてるって証拠だもの…喜ばなきゃ!」と自分を励まして寂しさを紛らわせ、彼の要望で住んでいる高級マンションの家賃を払うために以前以上に仕事を増やし、精根尽きるまで働き続けた。
そんなある日、彼女は彼に差し入れを持って行って、マネージャーと彼の話を聞いてしまった。
自分は家政婦代わりに連れてこられた…彼は、自分のこと何とも思っていないのだと。
それを聞いた時、俺の中で彼に対する憎しみと、彼女に対する憐憫が湧き…そして、報いを受けたのだと思った。
俺を君の中から消そうとした、その報いを。
そう思った俺はきっと歪んでる…
大切に思っている少女が辛い目にあったのに、それを当然だと思ってしまったのだから。
きっと、切り捨てられる前だったら、彼に対する憤りと彼女が辛い目にあったことに対する悲しみを抱いていたことだろう。
けれど、彼女に再会したあの日、俺の心にはぽっかりと穴が空いてしまった。
埋めることのできない、深い深い穴が…
「…これから、どうするの?」
考えていることを悟られないように笑顔で尋ねると、彼女はそっと目を伏せた。
「……まだ、きちんとは決めてないんですけど…家出同然で出てきたので京都には帰れませんから、マンションを引き払ってバイトしながら仕事を探すつもりです。幸い、バイト先の1つに下宿させていただけそうですから、あとは職探しですけど…今時、中卒の人間なんてどこも雇ってくれませんよね…」
『ショーちゃん』のために進学もせず、上京してきた彼女。
確かに、今時中卒の人間を雇うところなんて滅多にない…
あっても学のいらない力仕事くらいだ。
しかし、そういう職場で女性を採用してくれるかは…考えずともわかるだろう。
そう考えて、ふと、俺の中である考えが思い浮かんだ。
中卒の彼女が働けて、なおかつ、収入も得られる方法……
「ねぇ、キョーコちゃん」
「…はい?」
「料理は得意?」
「えっと…はい、一応……」
「そっか。なら、俺のとこで働かない?」
「は?」
「俺、食への関心が薄くてね。いつもちゃんと食べろってマネージャーに怒られるんだけど、なかなか改善できなくてね。だからキョーコちゃん。住み込みで俺にご飯を作ってくれないかな?部屋も余ってるし、中から鍵もかけられるようになってるから安全だよ?」
そう…俺が雇い主になればいい。
そうすれば、キョーコちゃんといられるし、路頭に迷ってるんじゃないかって心配せずに済むし、彼女だって安定した収入が得られる。
怖いのはスキャンダルになることだけど、それは社さんに協力してもらってどうにかしよう。
社さんだって、俺がちゃんと食べることを条件にすれば、否とは言わないだろう。
「ぇえ?!そ、そんなの無理です!調理師免許持ってるわけでもありませんし、申し訳なさすぎます!!昔の誼みでそう言って下さっているんでしょうけど、敦賀さんにそう言っていただける義理は私にはありません!」
「義理はない、ねぇ…」
予想はついたけど、実際に言われると辛いかもしれない…。
義理なんて、そんなものいらないのに…律儀すぎる。
「そんなに嫌?」
「嫌とかそういう問題ではなく…」
「そういう問題だよ。嫌なら仕方ないけど、そうじゃないんだったら受け入れてほしいな。キョーコちゃんは昔の俺[コーン]を知ってるから想像つくと思うけど、俺ってちょっとした事情があって、素性を隠していてね。気を許せる人があまりいないんだ。だから、キョーコちゃんが側にいてくれたら、すっごく嬉しいんだけど」
「コーン…寂しいの……?」
迷うように瞳が揺れる。
その気持ちは言動にも出ていて、無意識だろうけど呼び方と話し方が戻っていた。
「うん…寂しい、かな。1人暮らしだし…だけど、帰った時にキョーコちゃんがいてくれたら、寂しくないと思う」
「そう……」
「駄目、かな?」
寂しそうに彼女を見つめる。
多少演技は入ってるけど、語ったのは本当のことだ。
素性を隠していて、気の置けない相手がいないのも…
彼女がいたら嬉しいっていう気持ちも…
家に帰ると寂しい気持ちになるのも…
「……わかりました。私でよければ、食事の世話をさせていただきます」
「本当?」
「はい。もちろん、使えないと思われたら遠慮なく首を切って下さって構いませんからね?」
「わかったよ」
そう言いつつ、例え彼女の料理がどんなにまずくとも辞めさせる気はない。
ようやく捕まえたんだ…好き好んで逃がすわけないだろ?
「あと、それから…」
「ん?」
「できれば、週2くらいバイト先に顔を出させていただいてもいいですか?その、下宿をしてもいいって言って下さったところで、すごくお世話になっているところなので、辞めるのは…」
「うん、いいよ。君の自由な時間を奪うつもりはないからね」
本当は雁字搦めにしたいけど…そんなことしたら君は逃げ出すだろう?
「ただ、昼食と夕食は俺の都合で難しいだろうけど、朝食は一緒に取ってくれると嬉しいな。1人で食べるのって寂しいし…」
「あ、はい。わかりました」
「じゃあ決まり。いつからなら大丈夫?」
「えっと…マンションは月末まで借りるつもりで、バイトはもういくつか辞めて今月までなので…来月の頭からでよろしいですか?」
「構わないよ。じゃあ、これ。俺の部屋の鍵」
ちょうど持っていたスペアを取り出し、彼女に渡す。
すると、彼女は唖然とした後、キッと俺を睨むように見上げた。
「そんな簡単に他人に鍵を渡すなんて…悪用されたらどうするんですか!」
「でも、キョーコちゃんは悪用なんてしないだろう?君を信用してるから渡すんだよ」
それに、鍵を渡してしまえば、例え心変わりしてしまっても、断れないだろう?
「それから…携帯、ある?」
「ぁ…すみません…持ってなくて…」
「そっか。なら、アドレスより番号のほうがいいね」
荷物から手帳を取り出し、一枚破ると、そこに携帯の電話番号を書く。
住所は…と考えて、場所は知っているだろうから地図はいいかと住所だけ紙に書いた。
「はい。引っ越してくるとき電話して。仕事中は出れないから、留守電に入れておくか…そうだな、マネージャーに電話してくれる?番号は今書くから…」
「え、でもっ!勝手に教えるのは…」
「仕事の関係上、俺よりマネージャーの方が出れる確率高いからね。必要な時は俺の番号と一緒に彼の番号も教えていいって言われてるから大丈夫だよ。マネージャー、社さんっていうんだけど、俺に繋がらなかったら社さんに連絡入れて。俺から社さんに言っておくから」
そう言って、一度渡した紙を戻してもらい、社さんの電話番号と名前を書く。
「荷物は先に送ってくれても構わないよ」
「あ、いえ。そんなに荷物は多くないので…」
「そう?遠慮しないでね?」
「は、い」
遠慮がちな態度に少し寂しくなる。
昔は何でも言ってくれたのにね……それは、俺を妖精だと思ってたから?
「あの…」
「ん?」
「本当に、いいんですか…?」
「良いも何も、俺がお願いしてるんだからいいに決まってるだろう?」
「でも」
「迷惑なんかじゃないからね」
先回りして彼女が言いそうなことを否定すると、目を丸くして俺を見た。
やっぱり、そう訊く気だったんだ…
迷惑だったら、最初からこんな申し出しないのに。
やっても、職の斡旋くらいだ。
キョーコちゃんだから、繋ぎとめようとしてるんだよ?
「もし……もし、“俺”と決別したことを申し訳なく思ってそう言ってるんだったら、これをもう一度受け取って?」
「え…?これ……」
渡したのはアイオライト…
俺[敦賀蓮]が拒絶されても、これだけは持っていてほしいと願った、俺と彼女を繋いだ“魔法の石”
「魔法の力もないただの石だけど、受け取ってくれる?」
「で、でも、私はっ」
「俺を切り捨てた?」
「っ……」
「そうだね。とても辛かった…。俺が捨てられずにずっと大切にしていた思い出を君は『ショーちゃん』のために簡単に捨ててしまったから」
「簡単なんかじゃ…っ」
「本当に?…じゃあ、尚更受け取って。“俺”を受け入れて?」
コーン[過去]だけじゃなくて、敦賀蓮[現在]の俺も受け入れて?
君の中に居場所をちょうだい?
そうすれば許してあげるよ、君がした仕打ちを。
「わ、かりました…」
俺が彼女の手のひらに乗せたアイオライトを、彼女はぎゅっと握る。
再び彼女のモノになったアイオライトに、俺は頬を緩めた。
「もう、捨てないでね」
俺も、石も。
そう笑って、彼女を抱きしめた。
「大好きだよ、キョーコちゃん」
捨てられた時の胸の痛みと、『ショーちゃん』に対する憎しみ…
彼女を逃がすまいとする執着と独占欲……
抱いた感情の名を、見つけた気がした。
病み蓮だ…
ようやくupできたと思ったらこれって……
気が向いたら続き書く…………と思います。