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本能の赴くままに日記や小説を書いています。
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現場を見せてあげたいとローリィの前で言ったように、その日キョーコは蓮を連れて仕事場に向かった。
と言っても、もちろん強制ではない。
家に残って映画やドラマを見るなり、台本を読むなりしてもいいと提案したのだが、蓮自身が同行することを強く希望したため連れていくことにしたのだ。
用意した弁当を含む荷物を持ち、家を出た二人はキョーコの運転する車で移動していた。

「あの、京子さん」

「ん?なぁに?」

「先程は聞けなかったんですけど、父さ…クー・ヒズリの弟子って…」

「父さんでもいいわよ?」

言い直した蓮にキョーコはくすくすと笑いながら言う。
その言葉に蓮は首を横に振った。

「過去は持ち込まないと、決めましたから…」

「………そう」

悲しい決意に、しかしキョーコは反対も賛成もせず相槌をうった。
蓮が父親を超えようともがいているのを知っているからだ。
その想いは演技にも出ており、キョーコが見たドラマでも、追い詰められてもがいて何かを超えようと必死にあがいているのをひしひしと感じた。
その演技を見て気になったのだ…何のために焦り、何を超えようとしているのか…
視野を広く持ち、余裕が持てれば、それだけですごい役者になる。
そう感じたからこそ、余計気になった。
その少年の面影がある夏の日の妖精さんに似ていたのも一因だが…
そして、エンドロールで流れた名前を見て気付いたのだ…『コーン』は『クオン』だったのだと。
「オレのとうさんはスゴイんだ!」と天使のような笑顔で言っていた子供。
私が妖精だと勘違いしたから話を合わせてくれて、「いつか、とうさんより立派な王様になるんだ」と言っていたコーン。
けれど今、偉大な父の重圧に耐え切れなくなって壊れかけている。
画面を通して見えた投げやりで暗い瞳。
今は穏やかで大人しい印象を受けるけど、日本に来てまだ日が浅い彼の闇が晴れたとは思えない。
そんな彼に必要なのは、人の温もりを知ることだと思うから…
だから、社長が彼の書類を持っていた時、思わず申し出てしまっていた。

「…京子さん?」

「あ、ごめんね。クー・ヒズリとは私がまだ新人だった頃に出会ったの。ちょうど、『Dark Moon』をやってた頃かな」

「京子さんの初ドラマでしたね、確か。前作を上回る『未緒』でしたよ」

「ありがとう。でも、実は最初役を降ろされそうになったのよ?」

「えっ?!」

「養成所に行きながら芸能活動してたんだけど、養成所でまだ役作りについて習ってなくて、『未緒』ができなくてね。でも、監督が『未緒』は私にやってほしいって言ってくれて、演技テストで認められたから何とか『未緒』を演ることができたの」

役作りに困って、琴南に相談しようにも時間が合わなくて臨んだ最初の撮影。
『月篭り』で『未緒』を演じた飯塚に役を降ろされそうになったが、新しく『未緒』役を探す猶予はなく、緒方がどうしても『未緒』はキョーコにやってほしいと熱弁したため、降板は免れた。
どうして緒方がキョーコにこだわるのか知らない者たちは「事務所の力か」と陰口を叩いたが、尚のPVを受けた時も同じようなことを言われたキョーコにとっては今更で、時間をもらって『未緒』になるために考え、行動し、そしてキョーコにしかできない『未緒』を作り上げたのである。

「養成所に、通いながらだったんですか…」

「元々タレント希望だったからね」

業界に入るまで演技に関わったことすらなかったと述べるキョーコに、蓮の中でドロリとしたものが沸き上がる。
デビューしてすぐに大きな役をもらって成功した『京子』と挫折ばかりだった自分。
妬ましいと思ってしまう自分に嫌悪して、蓮は黙り込んだ。
キョーコは自分の可能性を信じ、力になってくれようとしている人だ。
そんな人を羨むだけならともかく妬ましく思うなんて…と蓮は己を諌める。

「あ、クー・ヒズリの話だったわね。脱線しちゃってごめんね?」

「いえ…」

「クー・ヒズリと会ったのは、社長から世話係というか食事係を任されたからなの。新人なのに『未緒』をやって沢山オファーが来てたから、私が天狗にならないように人生の苦汁を教えようって意図でね」

「天狗?」

「いい気になるとか、自惚れるって意味」

「…日本語って言い回しが独特でわかりづらいですよね」

何で同じ意味なのに言葉がたくさんあるんだ…とぶつぶつ呟く蓮に、キョーコはくすりと笑う。
笑われたことにむっとして蓮はキョーコを不機嫌そうに見た。

「京子さん…」

「ごめんごめん。先生から聞いてた通りだなぁって」

「先生?」

「クー・ヒズリのこと。最初は『人生は甘くないってことを教えてやる』っていやがらせされたけど、『未緒』のインパクトが強くてイジメ役ばかり舞い込んできて悩んでた私にアドバイスをくれて、それから『先生』って呼ばせてもらってるの」

「だから、弟子?」

「そうよ。先生も私のような問題児を放っておけるか!って言ってくれて、アメリカに帰ってからも相談に乗ってくれてたの」

おかげで『ナツ』も何とかできて、それをきっかけにイジメ役以外のオファーも舞い込んできた。
とはいっても、結局ヒロインの敵役ばかりだったが。

「仲良くなるきっかけになったのは敦賀くんなのよ?」

「俺?」

「そう。イジメ役ばかりで腐ってた私に演技指導をしてくれてね。その時の課題が先生の息子だったのよ。『お前が思う俺の息子を演ってみろ』って言われたから、何か特徴を一つ言って下さいって頼んだら、息子と奥様自慢のオンパレード。正直、嫌がらせかと思ったわ…」

ふふふ…と遠い目をして笑うキョーコに、想像がついた蓮は思わず謝った。
クーの自慢話はとどまるところを知らず、被害にあった芸能関係者がノイローゼになったことがあるのを知っているからだ。
日本に来てまで何やってるんだ、父さん…自重してよ
と悪態をつきたくなった蓮だが、キョーコの前であるため、心の中で思うだけに留めた。

「…というわけでね、貴方を演じたことがきっかけで仲良くなれたから、貴方は私の恩人なのよ?」

「…それが、俺の世話を引き受けてくれた本当の理由ですか?」

なんだ…結局、京子さんも他の人と変わらないじゃないか…
父さんを通して俺を見てる。
そう思った蓮の言葉をキョーコはきっぱり否定した。

「違うわ。それが理由ならそう言うもの。恩人だからといって、演技に関して妥協なんてしないわ」

そう真剣に言われ、蓮は演技に関しては厳しいと言っていたローリィの言葉を思い出す。

「それにね、貴方と同じように父親と同一視されて苦しんでいた人を知ってるから、尚更、貴方を通して先生を見るような真似はできないわ」

「え?俺と、同じ…?」

「『Dark Moon』の緒方監督。えっと…伊達監督って知ってる?」

「はい。有名な方ですから」

「その伊達監督が父親で、何をやっても父親と比較されて…自分は父親の付属品なんじゃないのか、って苦しい思いをしていたの」

「そう、なんですか…。あの、その方は…」

「『Dark Moon』をきっかけに父親の影から抜け出せたわ」

その言葉を聞いて蓮はホッとする。
蓮が散々味わった苦しみから抜け出せたことを嬉しく思ったのと、キョーコから父親と同一視されていないことに。
自分の演技だけを評価して、自分に手を差し伸べてくれたことに。

「あの…」

「ん?」

「俺のどこに可能性を見出してくれたのか、聞いてもいいですか?」

「あ、話してなかった?」

「はい」

「…少し、厳しいことも言うけど大丈夫?」

「……はい」

少し怖いけど、飾った言葉を聞きたいわけじゃない。
彼女の本音が知りたい…
そう思った蓮はしっかりと頷いた。

「基礎はできてるし、技術はある…って昨日話したわよね?」

「はい」

「だけど、貴方の演技は“演技”でしかないの」

「…どういう意味ですか?」

「いかにも“演技しています”って見えるのよ。役として物語の中で生きてない…私はそう感じたわ。気持ちがこもってないの。表情だけで表現しようとしてる」

そう言われて思い出す敗北感。
どの監督だったか…同じようなことを言っていた監督がいた。
あの時は「自分はちゃんとやってる!」って反論したけど…京子さんにもそう見えたのか…
少なからずショックを受ける蓮。
そんな蓮をちらっと見たキョーコは「言い過ぎたかしら…」と少し反省しながら、信号が青になるのを待つ。

「だけどね、敦賀くん。逆を言えば、感情さえ込めれば貴方の演技は格段に良くなる。あと必要なのは広い視野と余裕。余裕に関しては先生と関係ない『敦賀蓮』として評価されるようになれば、自然と出てくると思うから焦る必要はないわ」

「感情と、視野と、余裕……」

「そう。それさえ身に付ければ、貴方は凄い役者になれる。それこそ、先生を越えるような、ね」

私はそう思ってる。
キョーコはそう言って微笑んだ。
その言葉が嘘だとはカケラも思わなかった。
あちらにいた頃は、そんなこと言われたら反発していたのに、何故かキョーコの言葉は素直に受け入れられた。
それは、あまりにもキョーコが優しい顔をしていたからかもしれない…

「あとね、敦賀くん」

「はい?」

「独りになってはダメよ?」

諭すように、けれど、自分自身にも言い聞かせているかのようにキョーコは言った。

「自分は独りだと思ってはダメ。見えるものも見えなくなるから…」

「あの、それはどういった…」

「私の経験談。いろんな人が手を差し伸べてくれていたのに、私にはそれが見えてなかった。気付いたのはモー子さん…琴南さんに怒られてからだったわ。『私はあんたの親友なんでしょ!!なのに、その親友にすら心を許せないの?!』って…その後、社さんにも怒られて、社長さんにも怒られて、タレント部門の主任にも怒られて、先生にも怒られて…あんなに怒られたの、生まれて初めてだったわ…」

怒られた時の話をしているはずなのに嬉しそうに語るキョーコを、蓮は不思議そうに見る。

「だから、貴方も私みたいに自分は独りだなんて思い込んだらダメよ?殻に閉じこもってはダメ。貴方が『敦賀蓮』でも私がいる。社長さんも、琴南さんや社さんもいる。壁にぶち当たったら一人で悩まないで私たちに頼って?」

「でも…」

「頼るのは悪いことじゃない。むしろ、自分一人で何とかしようって考え込んでしまう方がいけないわ。だから、例え些細な悩みでも相談してね?」

本当に心配そうな顔で言うから、蓮は何も言えなかった。
誰にも頼らず自分の力だけでトップ俳優になって、そして、大手を振って帰国するんだと考えていたのに…
なのに、キョーコにはそんな蓮の考えを覆す力がある。
そんなこと言われたら、甘えたくなる…

葛藤する蓮の握り締められた拳を、キョーコが見つめていたことを蓮は知らない。




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