本能の赴くままに日記や小説を書いています。
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「…君は残酷で、考えが甘いね」
「ぇ?」
「恋をしてくれないのに受け入れて、傷付いてくれないのに俺にはたくさんの傷を残して…酷い娘[こ]だ。満足?必要ない?そんな日が来るわけがないなんて、君は考えもしなかったんだろうね。別れを告げられようと、手放す気はないのだと君は思いもせずに、その日を待ち続けるつもりだったのかな」
「ま、待って下さいっ。敦賀さんにとって、擬似恋愛に過ぎないんじゃ」
「何でそう思うの?」
「だって、敦賀さんには好きな子がっ…」
その言葉に蓮は目を見開き、そして、恐ろしいほど美しく微笑んだ。
その笑みには温度がなく、作り物のようであった。
「好きな子、ねぇ…どんな噂を聞いてそう思ってるかは知らないけど、君は自分だと少しも考えてくれなかったんだね」
「わ、たし…?」
「そうだよ。ずっと、ずっと君が好きだった。君が欲しくて欲しくてたまらなかった」
憎しみを糧に立ち上がり、芸能界に入ろうとする君を咎めた俺が、君に恋をし、愛を知った。
あいつやあの男が「キョーコ」と君を呼ぶたびに渦巻く嫉妬。
何度、君を閉じ込めてしまおうかと考えたことか…
「だけど、俺は罪人[つみびと]で、大切な人を作ることなんてできない…だから、君を大切に思ってはいけないんだって、何度も自分に言い聞かせた。なのに、君は俺の葛藤に気付かず、たくさんの人を魅了して、無自覚に馬の骨を増やすから…誰かのモノになるくらいなら、俺は誓いを破ろうと決めた。神に背いても、君を手に入れよう…そう覚悟を決めたんだ。だから、受け入れられた時は嬉しかった。恋をしないと言った君が、俺に恋をしてくれたんだって有頂天になって…そして、このざまだ」
因果応報。
多くの人を不幸にした俺に相応しいオチじゃないか…
俺が己の幸福を願う…そんなこと許されるはずがないのに、求めてしまったことが間違えだったんだ。
間違えだった……そうわかってるのに何でこんなにもショックなんだろう…
今更じゃないか。
期待して裏切られるなんて…
あぁ…だけど…だけど、君だけは……
「逃がさないよ」
「え?」
「言っただろう?君を手放す気なんてないって。君に誤解させたのは俺のミスだけど、受け入れるという選択をしたのは君。『ナツ』であろうと、君に変わりない…だろう?」
「あ…」
冷たい笑みを浮かべ、蓮はキョーコに覆い被さる。
そして、いつかのようにすいっと指でキョーコの唇を撫でた。
「怯えないで、最上さん。俺は君を傷付けたりしない」
ただ、ほんの少し触れるだけだから…
そう呟いた蓮は顔を傾け、キョーコと目を合わせた。
そして、そっと顔を近付ける。
迫ってくる蓮の唇に、キョーコは思わず目を瞑った。
それは恐怖からか、恥ずかしさからか、絶望からか、それとも……期待?
あと少しで触れる…その瞬間、蓮はキョーコから離れ、深く息を吐いた。
「冗談だよ」
「え…?」
瞑っていた目を開き、蓮を見上げる。
そこにはいつもの『敦賀蓮』がいた。
「あれ?もしかして期待した?」
「なっ…そ、そんなわけありません!!」
いつものようにからかう蓮に反論するキョーコ。
それと同時にほっと胸を撫で下ろした。
「冗談だよ。さて…もう遅いし、送ってくよ、最上さん」
そう言って蓮はテーブルの上に置いておいた車の鍵を掴み、キョーコに背を向ける。
その瞬間、キョーコは何故か恐ろしくなった。
蓮の背中が自分を拒絶しているようで…
ここで引き留めなければ、手どころか声さえ届かなくなりそうな予感がして…ここで素直にならなければ、二度と心を開いてもらえない気がして…キョーコは思わず蓮の服を握った。
「最上さん?」
「待って…待って下さい」
ぎゅっと外されないように握り込む。
そして、そのまま俯くキョーコに蓮は戸惑う。
「…最上、さん?」
「嬉しかったんです」
「え?」
「悲しくて、嬉しかったんです…。貴方は手の届かないところにいる人で、私が触れて良い人じゃなくて…そんな貴方が私に何かを求めてくれたことが嬉しかったんです。だから、受け入れたんです…例え、私を通して『ナツ』を見ていても、『ナツ』を通して誰かを見ていても……」
「それって…」
「わからないんです…私を見てくれないのが悲しくて、それでも求めてくれるのが嬉しくて、触れられるたびに苦しくなって、離れたら切なくなって、見つめられたらドキドキして…こんな気持ち知らない…」
「それは…」
蓮は目を見開きキョーコを凝視する。
覚えのある感情…それをキョーコも感じていたのだと知って、期待に胸が高まった。
「もし…もし、この複雑な気持ちが恋だとしたら…私は貴方に…」
--恋してる…
そう呟いた瞬間、キョーコは身体ごと振り返った蓮に抱きしめられた。
背中の方を握っていたため、キョーコ自身も抱きついたような形になる。
「つ、敦賀さんっ?!」
「…馬鹿だね、君は」
「ば、馬鹿って…私は真剣にっ」
「馬鹿だよ。せっかく俺から逃げられる最後のチャンスだったのに、ふいにするどころか自分から飛び込んでくるなんて…今更嘘だって言っても、もう逃がしてあげないよ」
そう言って更に抱きしめる力を強める蓮に、キョーコは握っていた手を放してその手を蓮の背中に回した。
「嘘じゃありませんよ。今の正直な気持ちです」
「そう…」
その言葉に蓮は頷くと、ゆっくりキョーコから身体を離し、キョーコの顔を見る。
そこには『ナツ』ではなく、キョーコがいた。
ずっと求めていたキョーコ自身がいた。
「…ねぇ、最上さん」
「はい?」
「好きだよ、君が。最上キョーコが。…君を愛してる」
甘く囁いた蓮は、再びキョーコを抱きしめる。
顔を真っ赤にしたキョーコはじたばたと無駄な抵抗をしていたが、意味がないことを悟ると、蓮の背中に腕を回したのであった。
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