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本能の赴くままに日記や小説を書いています。
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「おはようございます」

朝。
起きた蓮は軽くシャワーを浴びると、共同部屋に顔を出した。
用意された部屋は埃一つなく、過ごしやすいように配慮された部屋だった。
クォーターであるため人より大柄でまだまだ成長期である蓮ために、成長すること前提で用意されたベット。
洗面所には蓮が使用しているメーカーの予備のカラーコンタクトと消毒液。
身体を鍛えていることをローリィから聞いていたのか、トレーニングルームも備え付けてあった。

「おはよう、敦賀くん。よく眠れた?」

カチャカチャという物音が聞こえるキッチンの方まで行くと、既に起きていたキョーコが朝食と弁当の用意をしていた。
美味しそうな匂いに空腹中枢が刺激される。
空腹中枢が壊れていると言われ続けてきた蓮にとって、初めての体験である。

「はい、大丈夫です。あの…いろいろとありがとうございます」

「ううん。足りないものはなかった?」

「今のところは大丈夫です。私物さえ届けば問題ないと思います」

「そう?何か不便なことがあったら、遠慮せずに言ってね?」

にこりと微笑むキョーコに蓮は何故か胸に温かいものを感じ、不思議に思いながらも頷いた。

「キョーコ。リスト、私の部屋に忘れてたわよ!」

ガチャという音と共に琴南の声が聞こえ、その内容にキョーコは「いけない!」と慌てた。

「ごめん、モー子さぁん!机の上に置いといて~!」

「はいはい。ところで、手伝うことある?」

「あ、じゃあ、皿とコップを用意してもらえる?」

「俺がやりますよ」

自分一人だけ何もやらないわけには…と蓮が申し出る。
すると、キョーコは笑顔で「じゃあ、使う食器をモー子さんに教えてもらって?」と言い、琴南には「冷蔵庫に飲み物入ってるから!」と言った。

「今日はイチゴミルク?」

「うん!甘さもカロリーも控え目だから安心してね!」

「心配はしてないわよ。因みに、これは計算内?」

「うん。これ飲まないとバランス崩れるから、最低一杯は飲んでね」

どうやらきちんと栄養バランスを考えてあるらしい。
出来上がっていくふわふわのオムレツを見ながら、蓮は皿を用意した。

「今日は洋食なのね」

「うん。何となく…」

言葉を濁すキョーコにピンとくる。
アメリカ育ちの蓮のことを考えて洋食にしたらしい。
琴南の言い方だと、普段は和食のようだ。

「俺、和食も好きですよ。あまり食べる機会ありませんけど…」

「そう?じゃあ、明日からは和食にするね」

「良かったわ、敦賀くんが和食平気で。イメージとかあるし、外だとなかなか食べれないのよ」

そう言う琴南に蓮はそうだろうなと納得した。
琴南の一般的イメージは上品なお嬢様。
服はブランドの一点物だし、長い髪はケアを欠かしていないようで枝毛一つなさそうだ。
そんな琴南が庶民的な和食を食べていたら、確かにイメージが変わるだろう。

「おはよ~」

ガチャという音と共に最後の同居人が姿を現す。

「ごめんね、寝坊しちゃったよー」

「大丈夫ですよ。まだ時間まで余裕ありますから」

申し訳なさそうな社に、くすくすと笑うキョーコ。
社はありがとうと礼を言うと、机に目を向けた。

「あれ?これって予約リスト?」

「そうですよ。モー子さんのところに忘れてたみたいで持ってきてくれたんです」

蓮が用意した皿にオムレツなどを盛り付けながらキョーコが言う。
社は「へぇ」と言いながら、まじまじとそのリストを見た。

「どこまで終わったの?」

「配達まで終わったのは上の4つまでで、その下から2つが払い込み待ち。3つが衣装を作ってる途中で、5つは衣装の注文待ちです。あと、取り掛かったばかりなのが3つで、あとは手付かずですね」

「うわっ、大変だね!ちゃんと睡眠時間あるの?」

「一応は…。隈なんて作ったら、プロ失格ですからね。削れば時間が確保できるんでしょうけど…」

「ダメよ、キョーコ!急かすこと禁止、いつまでも待てることが条件で注文を受けてるんだから、自分のことを優先しなさい。前払い制じゃなくて、出来てから払い込むシステムにしてるんだから、気にすることなんてないわ。相手だって、アンタが活動の片手間でやってることわかって注文してるんだし」

琴南の勢いに押されたのか、よくわかってなさそうな表情のまま頷くキョーコ。
社も琴南に賛同して「そうだよ」と言っている。
一人、話が見えない蓮は何だかつまらない気分になった。

「………あの、何の話ですか?」

基本的にあまり他人の事に興味はないのだが、キョーコのことは知りたいと思い、そう問う。
何故知りたいと思うのかは、やはり気付いていない。

「あ、ごめんね。話わからなかったよね」

「人形の注文リストの話よ」

「人形?…あぁ、そういえば、本を出してるとか…」

「本の方はデフォルト人形の作り方しか載せてないのよ。こういうやつ。貴方も作ってもらったら?」

そう言って琴南が見せたのはショッキングピンクが目に痛いキョーコ人形。
よく特徴を捉えていて、可愛らしい。

「あ、いえ…俺はいいです。男だし、そういうのは…」

「作ってもらいなよ、敦賀くん。俺も持ってるし、男でも結構キョーコちゃん人形持ち歩いてる人多いよ」

「え?」

「キョーコが作る人形は魔よけのお守りになるのよ。持ち歩いてると、突っ込んできた車が操られたように逸れたり、階段から落ちても無傷だったり、セットが崩れてきても自分だけを避けて倒れてくれるわよ」

「あ、因みに、今のは奏江さんの実体験だから!」

琴南と社のセリフに蓮は唖然とする。
見た目はただのプリティな人形なのに、そんな効果があるなんて…

「俺の場合は、人形を持ってる間は機械を壊さなくなったよ!」

「は?」

「あ。社さんは機械クラッシャーなのよ。ケータイを素手で持ったら10秒で使用不可能になるから、この人に機械類を渡さないようにね」

魔よけの人形を作ってしまうキョーコといい、触っただけで機械を壊す社といい、本当に人間なのだろうか?
思わずそう思ってしまっても、誰も蓮を責めないだろう。

「…あの、でも、今でさえ睡眠時間を確保するので精一杯なのに、作ってもらうなんて…」

「あら、この人形なら30分くらいでぱぱっと作れちゃうから平気よ?」

「そうそう。この子が時間がなくて作れないって言ってるのはこっちだから」

そう言って、キョーコが食事を取る際、普段から座る椅子に置いてあったバックから人形を取り出す琴南。
その人形の精巧さに蓮は絶句した。

「あ、ちょっと、モー子さん!」

「アンタが今作ってるのは『松内瑠璃子』のリアル人形1/16スケール?」

「うん。因みにその衣装はこの前の記念コンサートの服よ」

素人が作った物には見えない。
というか、作れるものなのか?
蓮は琴南の持つリアルな人形をまじまじと見ながら疑問に思った。
が、今の会話を聞いている限り、作ったのはキョーコで間違いないらしい。
確かにこんなのを何体も作っていたら時間がどれだけあっても足りないだろう。

「…………器用、ですね」

「これが器用で言い表せる範囲だと思う?ホント、アンタ、これが本業でもいけるわよ」

「え~?でも、これただの趣味だし…」

「趣味の範囲じゃないって言ってるの!今までの作品の写真見てみる、敦賀くん?確か、レシピとかと一緒にならないようにこっちにあったはずだし…」

そう言って本棚を漁る琴南。
沢山あるファイルの中から一冊引き抜くと蓮に渡した。

「ちょっ、モー子さん!」

「何よ。別にいいでしょ?」

「恥ずかしいじゃない!昔作ったやつなんて今見たらすっごく拙くて…だから、そんなの見るより早く食べましょ?冷えちゃうと美味しさが半減するわ!」

そう主張するキョーコに蓮は少し思案した後、コクリと頷き、琴南から受け取ったファイルをテーブルの足に立て掛ける。
そして、椅子に座ると全員が座るのを確認してから食べ出した。
昨日とは違い、ぱくぱくと遠慮なく食べる蓮にキョーコはにこにこしていたが、そのスピードに違和感を持ち、眉を寄せる。
そんなキョーコに気付いているのかいないのか、蓮はイチゴミルクまで飲み切ると、「ご馳走様。美味しかったです」とキョーコに告げ、食器をキッチンまで運んで、洗うと戻ってきた。
キョーコだけでなく琴南や社がまだ半分くらいしか食べていない中、一人片付けまで終えた蓮は、先程立て掛けたファイルを手に取り開いた。

「ちょっ、敦賀くん?!」

「きちんと冷める前に食べ終わりましたし、構わないでしょう?」

「だから、昔のは恥ずかしくて見せられないって…」

「そんなことないです。どれも素人が作ったとは思えない出来ですよ」

パラパラとめくりながら、完成品の写真を見る。
どれも精巧に出来ており、言われなければ人形だと気付かないほどだ。
その中でも特に完成度の高い作品を見て、蓮はぴたりとめくる手を止めた。

「これって…」

父さんと、母さん………
そう言いそうになって、慌てて口をつぐむ蓮。
そんな蓮の様子を不思議に思った社がファイルを覗き込み、納得したような声を上げた。

「ん?なになに?あ、ヒズリ夫妻か!これは力入ってるよね~」

「本人たちにあげるやつだったから、力が抜けなかったの間違いでしょ。キョーコ、気に入らなくて何体か廃棄してたし」

「うん。特にジュリエナさんの人とは思えない美しさを表現するのが難しくって、最後まで納得いかなかったのよねぇ…」

「………いえ、十分似てると思いますよ」

そう言いながら、そういえば家に飾ってあったな、こんな人形…と思い出す。
家に帰ってきたら、玄関のわかりやすいところにガラスの箱に入れてこの人形が飾ってあって、すごく驚いた覚えがある。
どうしたのか聞いた時、「日本でできた弟子に貰った」と言ってきたな、確か…
ということは、京子さんが父さんの弟子?
すぐに問い詰めたかった蓮だが、琴南と社がいるため、後にすることにした。

「…そう?ありがとう、敦賀くん」

息子の蓮に保証されたのが嬉しかったのか、キューティースマイルを浮かべるキョーコ。
その笑顔に、蓮は頬を紅潮させ、無表情で固まった。

「(…無表情だけど、多分アレって)」

「(落ちたわね、確実に。新たな犠牲が増えたわ…可哀相に)」

固まった蓮を見て、こそこそと話す琴南と社。
キョーコは不思議そうにそんな二人を見たが、よくあることなので気にせず再び蓮に視線を向けた。

「さて、と。皆食べ終わったみたいだし、昨日の続きといきましょうか?」

「と言っても、説明することなんて特にないんじゃない?」

「う~ん、そうかも…じゃあ、とりあえず部屋の説明だけ。昨日言ったようにこの部屋が共同部屋になってて、そこの扉からは書庫に続いてるわ」

「昔の台本とかドラマの原作とか揃えてあるから、興味があるなら勝手に見てちょうだい。因みに、私の台本は黒、キョーコの台本は白い棚に入ってるから」

「あ、はい」

「見るんだったら、私のよりキョーコのをオススメするわ。私、暗記が得意だからあまり書き込んだりしないけど、キョーコのはどう表現すればいいかとか、どう感じたかとか、台詞のスピードとか、細かく書き込んであるから。貴方がどっちのタイプか知らないけど、キョーコの台本の方が勉強になると思うわよ」

「わかりました。ありがとうございます」

琴南の説明ににこりと笑って礼を言う。
確かにキョーコの使った台本を見た方が勉強になりそうだ。
時間のある時読ませてもらおうと蓮は思った。

「あと、そっちの扉はシアタールームに繋がってるから。DVDとかはその奥の部屋にあるわ」

「あ、はい」

「それから、何かキョーコに用がある時は部屋を訪れるより呼び出しなさい」

「ぇ?」

「リビングと寝室は平気だったはずだけど、他の部屋は人形の首や腕や足がバラバラに置いてあるから。あれは夢に出るわよ」

「…はい」

確かにそれは見たくない。
リアルなだけに恐怖感も倍増だろう。
この業界で成功している上、俺の可能性を信じてくれている京子さんを呼び出すなんてあるまじき行動だが、ここは琴南さんの助言に従う方が利口だ。

「他は、そうねぇ…」

「洗濯物は各自で洗って乾燥機で乾かしてるわ。外観を損なうから外に干すのは禁止されてるの」

「それから、予定はそこのホワイトボードに書いてね。出勤と帰宅の時間だけ書けばいいから。それから、他にも連絡事項があったらそこに書いて。俺みたいに何食べたいかリクエストでもいいし」

ホワイトボードのメモ欄に書いてある『お好み焼き』という文字を指しながら社が言う。
今日は、出勤時間は同じで帰宅はキョーコの方が早いらしい。

「わかりました」

「何か気になったことがあったら遠慮せずに言ってね?」

「はい」

優しい同居人に恵まれた。
最初は不安な蓮だったが、何とかやっていけそうだと柔らかい笑みを浮かべた。



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