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本能の赴くままに日記や小説を書いています。
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おちてしまった…
ダメなのに…まだ早いのに…

貴方が好きだと気付いてしまった……

 

「社さん!」

事務所で社の後ろ姿を見つけ、思わず声をかける。
その後、きょろきょろと周りを見回した。

「やぁ、キョーコちゃん。奇遇だね!もしかして、蓮に用?蓮なら駐車場で待って…」

「いえ、違います。社さんに用があったんです」

「俺に?」

残念そうに肩を落とす社にキョーコは「もしかして、ご都合悪いですか?」と尋ねる。
その言葉に失礼な態度だったと気付いた社はぶんぶんと首を振った。
社としては蓮目当てでないことが残念だったのだが、今の態度は誤解されかねない。

「いや、大丈夫だよ!あと、そうだな…10分くらいなら」

「でしたら、お手数ですがラブミー部の部室までお越しいただけませんか?」

「えっと、ここじゃ話せない内容?」

「はい」

しっかり頷いたキョーコに社は「わかったよ」と笑顔で承諾する。
用件が何であれ、キョーコの情報はあればあるだけ良い。
その場所からそう遠くなかった部室まで二人で向かう。
キョーコが先に入り、その後に社が入ると、キョーコはカシャンと鍵を閉めた。

「え…?」

「誰にも聞かれたくありませんので、念のために」

「そうなの?でもさ、男と二人でいる時に不用心に鍵を閉めたりしない方が良いよ?」

「わかってます。でも、すぐ、済みますので…」

どこか様子がおかしいキョーコに社はそれ以上は何も言わず、頷いた。
それを確認したキョーコはまっすぐ社の目を見つめると意外なお願いをした。

「今決まっている範囲でいいので、敦賀さんのスケジュールを教えていただけませんか?」

「え?」

そんなこと?と拍子抜けした社は、目を瞬きさせる。
今までにも何度か教えたことがあるため抵抗感はないが、しかし、マネージャーとして理由もなく教えるわけにもいかず理由と尋ねる。

「ダメじゃないけど、何で?」

「…言わなければいけませんか?」

「そりゃね。俺は蓮のマネージャーだし。キョーコちゃんが蓮のスケジュールを悪用するとは思わないけど、マネージャーとしてそこはきっちりしないといけないからね」

「そうですよね…」

「…キョーコちゃん?」

やはり、様子がおかしい。
今までなら、スケジュールを知りたい理由をあっさり教えてくれたのに。
ここまで躊躇う理由は何だ?

社は俯くキョーコを不審げに見遣る。
言えない理由が「悪用するから」とか、そんな理由ではないとわかっている。
まだ1年の付き合いしかないが、キョーコの本質はわかっているつもりだ。
だから、何か変なことに巻き込まれているのではないかと心配なのだ。

「キョーコちゃん…何でか、“言えない”?それとも“言いたくない”?」

「…“言いたくない”、ですね。でも、そういうわけにはいきませんよね」

わかってます、と頷くキョーコ。
そして、顔をあげると真剣な表情で社を見た。

「私、敦賀さんが好きなんです」

「え?!」

まさかの告白に社は驚く。
今までそんな素振りは…あったような、なかったような…

「えっと、じゃあ蓮に告白したいから、空きの時間が知りたいの?」

そういうことならお任せ!とキラキラした目で見つめてくる社にキョーコは苦笑すると首を横に振った。

「告白する気はないんです」

「えぇ?!何で?」

蓮からのアクションは期待できないとここ半年ほどで学んだ社は、キョーコからのアクションに期待したためズガンと落ち込む。
せっかく両思いなのに、もったいない…
そう思っても仕方ないだろう。
どうにか気を変えることはできないかと社はキョーコを見る。

「キョーコちゃんからの告白なら絶対あいつ喜ぶよ?あいつ、キョーコちゃんのこと大好きだし!」

フライングだとは思ったが、そう伝えると、キョーコは目を瞬かせた後再び苦笑した。

「後輩として、ですよね?」

「そうじゃなくって…」

「仮に!…仮に、敦賀さんが私をそういう意味で好きだと言ってくださっても、私は応えたくないんです」

「応えたく、ない?」

眉を寄せる社に頷くキョーコ。

「敦賀さんのことは好きです。恋愛感情で好きなんです。でも、ダメなんです」

「ダメって何が?」

「私、一つのことに夢中になると、他のことが見えなくなる性質なんです。大好きな演技のことだって、きっと霞んでしまう…それが嫌なんです。私はまだ“最上キョーコ”を作っている途中なのに、敦賀さんを好きでいるとそれが壊れてしまう。“私”を捨てて、敦賀さんだけを求めてしまう。今持っている全てを捨てて追いかけてしまう…。私は演技者でいたいんです。芸能界[ここ]で“私”を作りたいんです」

「キョーコちゃん…」

「だから、敦賀さんがどんな答えを出そうと私には関係ないんですよ」

「関係ないなんてっ」

「関係ないんです。敦賀さんが誰を好きであろうと私は敦賀さんが好きで、そして私を壊してしまえる敦賀さんが恐い」

泣きだしそうな表情でそういうキョーコに社は何も言えなかった。
「そんなことはない、キョーコちゃんなら大丈夫だよ!」と言いたかったけど、根拠のない励ましなんて求めてないとわかってしまったから…
本音を話してくれているキョーコに上辺だけの言葉なんてかけたくなかったのだ。

「だから、閉じ込めておくんです。まだ私には早い…復讐も自分探しも何も達成してない私には恋はまだ早いんです。恋愛への恐怖も残ってる今、敦賀さんを好きでいることは恐怖でしかないんです。私にはまだ時間が…自分を作る時間が、心を癒す時間が、広い視野を育てる時間が必要なんです」

「キョーコちゃん…」

「だから社さん。お願いです。敦賀さんを避けるためにスケジュールを教えてください。少しでも私に情があるなら…“京子”を惜しんでくれるなら…敦賀さんと会わないようにさせてください」

深々と頭を下げるキョーコに社は複雑そうに顔を歪めた。
キョーコのお願いは聞いてあげたい。
情なんて…あるに決まってる。
“京子”のこれからにだって期待してる。
だけど、蓮のことを考えると……

「………ねぇ、キョーコちゃん」

「…はい」

「蓮にも話していい?君が蓮に会いたくない理由を。そうじゃなきゃ、あいつが納得しない」

「……社さんが必要だとおっしゃるなら、構いません。敦賀さんからしたら、誰かから好かれるなんて日常茶飯事ですし、そんなことで演技者として揺らいでいる私なんて馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれませんけど、理由なく後輩から避けられるなんて不快に思われるでしょうし…」

「きょ、キョーコちゃん!別に蓮は馬鹿馬鹿しいなんて…」

「いえ、きっと思います。『君は学習能力がないのか。恋なんてしないなんて言っていたのにした上、相手が俺?身分不相応はなはだしいよ。しかも、演技に影響を出すなんて役者失格だね』と言う敦賀さんが目に浮かびます」

「………」

本当にこの子は蓮が好きなのか?
そんな鬼のようなイメージなのに…

思わずそう思ってしまう社。
否定するのも忘れるほど、キョーコの中の蓮像が酷い。
「お前、まだこんな印象なのかっ」と泣きたくなってしまうほどだ。

「…蓮はそんなこと言わないよ?」

「社さんは優しいですね」

「………」

泣きたい…泣いてしまいたい。
ごめんよ、蓮!
俺にはキョーコちゃんの思い込みを正すことはできないよ!!
自分でどうにかしてくれ!

「社さん?」

「…いや、なんでもない」

心の中で泣いている社を不思議そうに見るキョーコに、社は表情を取り繕ってなんでもないのだと伝える。

「わかった…後で蓮のスケジュールをメールで送るよ。代わりに、理由を蓮に話すからね?」

「はい。よろしくお願いします」

キョーコはもう一度深く深く頭を下げた。
社はそれを悲痛な目を見つめながら「わかった」としっかり頷いた。











続く…はず。
まだ後編書き終わってないデス(汗

拍手[76回]

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「受け取って、もらえるかしら…?」

ランチボックスをかかえ、事務所に向かうキョーコ。
その表情は不安げで、男心をくすぐるものだったが、幸いと言っていいのか見た者はいない。

「あれが仕事だから、受け取るわけにはいかない…とか言いそうよね……」

キョーコの脳裏に過るのは、いつでも自分の仕事を全うしている人。
何度か世話になった彼に口頭で礼を述べたものの、それだけでは気が済まないと品数は少なくなってしまったが、あの日と同じメニューを作ってきたのだ。

「こんな自己満足…あの人は嫌いかしら…?」

ラブミー部員であるキョーコは人のために何かすべきなのに、今回の行動も以前と同じ自己満足。
きっと「君はラブミー部の主旨をわかっていない」と怒られる。
あの人自身は何も言わないかもしれないけど、きっと同じように思うだろう。
そう、わかっているのに…
呆れられてもお礼がしたかった。
彼はパーティーの影の功労者だから…



「あっ…」

キョーコは目当ての人物を見つけ、ホッとしたように口を緩めた。
すぐに会えるなんて考えてもいなかったからだ。
何故なら彼は…

「セバスチャンさん!!」

社長のお付きの人なのだから。
本名を知らないキョーコは仮の名を呼ぶ。
すると、すぐに自分を呼んでいると認識したセバスチャン(仮)はくるりとまわって声のした方向を見た。

「これは最上様。本日はどういったご用件で?」

「あ、あの…セバスチャンさんにこれを渡したくて…」

「私に、ですか?」

予想外の言葉に思わず聞き返してしまうセバスチャン。
普段からローリィの付き人をしているため、滅多なことでは驚きもせず求められたことを熟すセバスチャンだが、まさかキョーコが自分に用があるとはカケラも思わなかったため動揺してしまったらしい。
セバスチャンを動揺させるとは、流石、ローリィに爆弾と称されるキョーコである。

「はい」

しっかり頷いたキョーコは持っていたランチボックスを躊躇いがちに差し出した。

「セバスチャンさんにはハッピーグレイトフルパーティーの時にお迎えとか伝言とかいろいろお世話になったので…」

「それが私の仕事ですから」

「はい。そうおっしゃるとは思ったんですが、あの日食べていらっしゃらないようでしたし…仕事だからいらないと言うとは思ったんですけど、貴方にも食べていただきたくて…」

受け取って…いただけませんか…?

そう言って上目遣いで見上げてくるキョーコにセバスチャンは無言で固まった。
マリアに対し、姉のように接している姿は見たことがあっても、どこか甘えを含んだ“女の子”な表情を見たことがなかった。
そのキョーコの可愛らしい表情に思わず動揺してしまったのである。
そんなセバスチャンの後ろからひょっこり現れたローリィは、動かないセバスチャンを見た後、にたぁと笑った。

「せっかく最上くんが作ってきてくれたんだ、受け取ってやれ!」

「…はい」

すぐに我に返ると頷き、ランチボックスを受け取るセバスチャン。
それを確認にしたキョーコは「用はそれだけです。本当にありがとうございました!」と深々頭を下げ、ローリィにも挨拶と受け取るように促した礼を言って、その場から立ち去った。

「中身は何なんだ?」

「聞き及んでおりません」

「なら、開けてみせろ」

ローリィに促され、ランチボックスを開けるセバスチャン。
中にはグレードフルパーティーと同じメニューが入っており、冷めていても美味しそうであった。

「ほぉ~…あの日と同じメニューか。そういえばお前は食べてなかったな」

「…職務中でしたので」

「成る程。それで、最上くんはわざわざ作ってきてくれたわけか。…ん?これは…」

興味深そうにランチボックスの中身をじろじろ見ていたローリィは、あの日はなかったものを見つけ、思わず手に取る。

「ゼリー…か?」

ワイングラスに入ったそれは傾けても落ちる様子はなく、しかし、しっかり固まっているのではなく揺れたため、ローリィはそう結論付けた。

「…恐らく、ウエルカムドリンクの代わりかと」

「成る程!そういやぁ、俺も貰ったな。しっかし、グラデーションが綺麗で食うのが勿体無いゼリーだな。素人が作ったとは思えん!」

「確かに」

「よし、食わせろ!」

「…言っていることが矛盾しておりますが?」

「彼女の料理はどれも美味しかったからな」

これも見た目だけではなく味も良いはずだ!とローリィは笑顔で言う。
その言葉に、セバスチャンは一瞬迷い、そしてその迷いをローリィに見透かされた。

「なんだ、なんだぁ?もしかしてお前、『これは彼女が自分のために作ってきてくれたものだから、誰にも渡したくない』とか思ってんのか?」

「いえ…ですが、私のために作って下さったものを他の方に差し上げるのは最上様に失礼かと」

「ふぅ~ん?まぁ、そういうことにしといてやる!」

にまぁっと人の神経を逆なでする笑みを浮かべると、「まさかお前まで最上くんに、なぁ…」と意味深なセリフを残してその場から立ち去った。
セバスチャンは美味しそうな料理とゼリーを無表情で見た後、少しだけ微笑んでランチボックスの蓋を閉め、ローリィの後を追ったのであった。





追記:3/9

拍手[82回]



 

「キョーコちゃん。悪いけど、今日は一緒に来てくれないかな?」

朝、迎えにきたついでに朝食を相伴になった社さんは、てきぱきと食器を片づける彼女にそう言った。
その言葉を聞いた彼女はきょとんと目を丸くし、予定より早く来たのはこのためか…と俺は目を細める。

「…その必要がありますか?」

「あるよ。会社を通さず蓮が直接雇ってるからわざわざ報告の必要はないかもしれないけど、あの人の許可を得とかないといざって時大変だぞ」

「……そうかもしれませんが」

「大丈夫だ、蓮。あの人はラブモンスターだからな…」

社さんの言葉に思わず眉を寄せる。
別にそういうのじゃないって言ったのに…
キョーコちゃんは大切で幸せになってほしい(けれど、彼女の中に俺がいることが前提な)女の子だけど、彼女に対して抱いてるのは恋愛感情なんて甘くて優しい感情じゃない。
もっとドロドロした醜い感情だ。
恋でも愛でもない…ただの独占欲と執着心。
今の状況は、俺[久遠]を知っている彼女を手放したくないと我が儘な俺[過去]が見苦しく手を伸ばした結果だ。
そう…決して恋心ではない…
だって俺は大切な人は作れないんだから…

「あの…あの人ってどなたですか?」

「あ、ごめんごめん。社長のことだよ。LMEの」

「社長さん?」

「そう。俳優って人気商売だから、年頃の女の子と同棲してるなんて世間に知れたらどうなるかわからないしね。だから、もしばれた時に助けてもらうために社長に報告しておこうと思って」

「社さん…同棲ではなく同居です」

「というか居候です…」

同棲という発言につっこむ俺とキョーコちゃん。
…居候って言い方、なんか嫌だな。

「はいはい。ごめんごめん」

謝ってるはずなのに目が笑ってる…本気で謝ってないな。
どうせ、「そんなこと言っても俺にはお見通しだぞ!」とか見当はずれなこと思ってるんだろう。

「やっぱり…私、お断りした方が……」

「ま、待って、キョーコちゃん!」

しゅんと落ち込み、俯く彼女に社さんが慌てて声をかける。

「そういう意味じゃないよ!むしろ、辞められたら困る!!」

「俺の命がっ…」ってどういう意味ですか、社さん…
貴方とは話し合いの余地があるようですね…。
そんなことを思ってると、社さんとキョーコちゃんの顔が青くなった。
社さんはともかく、何でキョーコちゃんも?

「あ、あああああのっ!も、もしかして、何か怒ってます?」

「…怒ってないよ?」

「うっ嘘ですぅ~~~!!目が笑ってません!…はっ!もしかして、一度引き受けたくせに辞めようとするなんて、人としてどうなんだとか、優柔不断すぎるとか……」

…この子の中で俺のイメージってどんな感じなんだろう?
過去の俺[コーン]は妖精なんだから、悪くないはずだよな……?
もしかして、俺の家[ここ]で働かせるために多少強引だったから、そのせいかな…

「そんなこと思ってないよ。ただ、君が辞めたら、また元の食生活に戻るのかなって思って」

「私が辞めたら戻るって…自分で改善する気、皆無ですか…」

「だって、必要なカロリーさえ取れば問題ないし。まぁ、君の美味しい料理なら食べる気になるけど」

そう言うと、彼女は咎めるように睨んでくる。
が、身長差の関係でどうしても見上げる形になるため、俺には上目遣いで見つめられているようにしか見えない。
可愛いなぁ…

「ほら!蓮もこんなこと言ってるし!キョーコちゃんに辞められたら、俺も困る!!」

「はぁ」

「住み込みであることは最初から聞いてたんだから、断ってほしかったら蓮に話を聞いた時に反対してるって!」

「だから辞めるなんて言わないでくれ~~~」と社さんは涙目になってキョーコちゃんに縋る。
肩をがしっと掴み、先程より彼女の近い距離にいる社さんにむっとする。
近すぎますよ、社さん!
思わず社さんをべりっと彼女から引き剥がし、態勢を崩した彼女を抱きしめるような形で受け止めた。

「ひゃあっ!な、何するんですか、敦賀さん!!」

「…ごめんね?」

にっこりと笑ってごまかすと、彼女は蒼白になった…失礼な。
自分でも何故こんな行動を取ったのかわからない…
「放してあげて下さい」と一言社さんに言えば良かっただけの話なのに、言葉を発するより先に身体が動いた。
それほど、社さんが彼女に触れている状況が不愉快だった。
…俺って、すごく独占欲が強いのか?

「で、キョーコちゃん。辞める…なんて言わないよね?」

そう尋ねると、彼女は蒼白になったままぶんぶんと首振り人形みたいに縦に首を振った。
肯定してくれたことにほっとして再び微笑むと、今度は普通の表情に戻る。
同じ笑顔なのに、何故それに対する反応が違うんだろう?
彼女の基準がよくわからないな…

「良かった。じゃあ、これからもよろしくね」

「はい…」

こくりとしっかり頷いたことを確認して、彼女を抱きとめていた腕を外す。
温もりが腕の中から消え、それをどこか残念に思った。

「え~っと…そろそろ話を戻してもいいか?」

「……えぇ」

恐る恐る話しかけてきた社さんに頷いて見せると、何故かほっとした様子で息を吐いた。
そういえば、さっきみたいな行動を取ったらからかうと思ったのに、反応しなかったな…
どうしたんだ?

「で、大丈夫かな?今日、ついてきてもらっても…」

「はぁ。別に用事もありませんし、構いませんが」

「そっか!良かった。じゃあ、悪いけど出かける支度をしてもらえるかな?」

「はい!」

社さんの言葉に頷くと、先程以上に素早い動きで食器を洗い、拭いていく。
早い分、雑になってもおかしくないのに、食器はピカピカ。
片づけていくのも手際が良い。
もしかして、家主である俺よりキッチンに慣れてるかも…まだ2日目なのに……
それが嬉しいと思う俺がいて、何故そう思うのか自分でもわからなかった。
役者として、自分の感情がわからないというのは致命的だ…けれど、この感情を追求してはいけない気がした。

「あ!キョーコちゃん!」

「はい?」

「特技とかある?」

「特技ですか?…まぁ、ないことも…」

「それってどこでもできる?」

「道具さえあればできますけど、それがどうしたんですか?」

不思議そうに尋ねるキョーコちゃんに社さんは困ったように笑った。

「実は、LMEの面接は特技披露が必須なんだ。キョーコちゃんは直接LMEに所属するわけじゃないから必要ないかもしれないけど、念のためにね」

「そうなんですか…わかりました」

キョーコちゃんは納得したように頷き、シンクの下の棚を開けると、そこから引っ越してきた初日に1度見ただけの包丁を取り出し、刃をじっと見た後(刃こぼれがないか確認したらしい)タオルでくるくると巻いた。
それから冷蔵庫に向かい野菜室を開けると、何故かそこから大根を取り出す。

「キョーコちゃん?」

「敦賀さんの家って、料理しない割に調理器具は揃ってますよねぇ…薄刃包丁なんて一般家庭には滅多にありませんよ。もしかして、昔の彼女さん、お料理上手だったんですか?」

「いや…女性を家に上げたことはないよ。それは備え付けなんだ――じゃなくて、何で包丁と大根?」

「あれ?想像つきません?」

「…うん」

「俺、多分わかった…と思う」

わかったと言う割に、自信なさそうにそう言う社さん。
包丁と大根で想像つくものっていったいなんなんだろう…?
普通に料理、だったら他の食材も持って行くよな?

「ふふっ、わからないんでしたら、後のお楽しみにしておきましょうか」

わからず首を傾げる俺と自信なさげな社さんに、キョーコちゃんは楽しそうに笑った。

 

「ほぉ~、この子が蓮の、ねぇ…」

事務所について、すぐに社長室に向かった俺たちは、いつも通り仮装している社長に出迎えられた。
俺と社さんは慣れてるから驚かなかったが、初対面のキョーコちゃんはぎょっとして、無意識に後ずさりしていた。
…うん。
これが正常な反応だよな……
慣れてしまった自分が悲しい。

「は、初めまして。最上キョーコと申します」

我に返った彼女は、姿勢を正し、社長に向かって綺麗なお辞儀をした。

「初めまして。俺がLMEプロダクション社長のローリィ宝田だ」

対する社長も、意外とまともな挨拶を返した。
…かと思えば、次の瞬間俺に向かってにやぁ~といやらしい笑みを浮かべた。

「るぇ~ん~。お前、浮いた噂がないからてっきり(あっちで女食いすぎて)女に興味がないのか(枯れたか)と思ってたが…」

「そんなのじゃありませんって。彼女は幼馴染で、仕事を探してるって言うから俺の食事を作ってほしいって頼んだんです。別に他意は…」

「食事、ねぇ…。なぁ、最上くん。空腹中枢が壊れてるとしか思えないこいつに食わせることはできそうか?」

「はい。お話をいただいた時に、マネージャーの社さんが困るくらい食べないとお聞きしたので心配していたのですが、昨日の夕食も今朝の朝食もしっかり完食されていました」

「お!それは凄いじゃないか!!」

素直に感心する社長と頷く社さん。
…そこまで感心されると複雑なんだが……

「そうなんですよ!あの蓮がキョーコちゃんの料理は残さず食べたんです!俺も相伴に預かったんですけど、すっごく美味しくて…プロ顔負けって感じでした!!」

「残さずに、か。成る程…蓮に食べさせることができるなら、専属の料理人に相応しいかもなぁ…。因みに、最上くん」

「はい」

「免許は持っていないと社から聞いているが、栄養バランスを考えたりカロリー計算をしたりはできるのか?」

「はい、できます」

「…それは何故、と聞いても?」

「……私の育ったところは京都の老舗旅館なのですが、そこで板長直々に料理を教えていただいたので…。上京してからも、バイト先の居酒屋で教えを受けていましたから」

「成る程。『習うより慣れろ』ってか…」

ふむふむと頷く社長。
…『ならうよりなれろ』ってどういう意味か、後で調べよう。

「…ところで最上くん」

「はい?」

「何か特技はあるか?」

社長がそう尋ねると、キョーコちゃんは持ってきた鞄からタオルでぐるぐるに巻いた包丁と大根を取りだした。
社さんはこころなしかわくわくしたような顔でキョーコちゃんを見つめている…なんだか、むかむかするような気がする……けど、気のせいだよな?

「最上キョーコ、大根で薔薇を作ります!!」

ぱぱっと大根の上下を切り落として真ん中だけ残すと、必死な形相で大根を剥き始めた。
薄く薄く剥かれていく大根を呆気に取られて見つめる…
大根ってそんなに薄く剥けるものなのか?透き通ってるぞ??
俺だけでなく、社長も社さんも驚いたような表情をしてキョーコちゃんを見ていた。

「あ……剥きすぎて、葉牡丹になってしまいました……」

剥いて花のような形になった大根を持ちあげ、困ったように眉を下げる彼女。
いやいや、残念に思うことじゃないだろ!
途中で失敗して剥けなかったならともかく、剥きすぎはマイナスにならないはずだ。

「いや…これはこれで綺麗だ」

思った通り、社長は褒め言葉を口にし、まじまじと大根を見る。

「桂剥きだとは思ってたけど、これほどなんて…」

社さんも感心したように呟き、「凄いよ、キョーコちゃん!!」と彼女を褒め称えた。
俺も2人に遅れは取ったものの、「凄い特技だね」と心から思ったことを口にした。
俺たちからの賛辞にキョーコちゃんは一瞬驚いたような表情をした後、てれてれと頬を赤く染め、可愛らしく照れる。
それを見て思わず手を伸ばしそうになった俺は、慌てて腕を組む。
何で手を伸ばそうとしたんだ、俺…?
そんな俺を見てにやにやしている社長に気付かないほど、この時の俺は混乱していた。

「…ふむ。これだけできるなら、料理も本当に得意だろうな…よし、わかった!君を蓮専属の料理人として認めよう!そろそろこいつにも浮いた噂の1つや2つ欲しいと思っていたところだし、何かスキャンダルが起きてもLME[こちら]で対処する。だから、君は安心して蓮に食べさせてやってくれ」

「あ、ありがとうございます!」

「ただ1つ確認したいことがある」

「確認したいこと?」

首を傾げるキョーコちゃん。
俺と社さんは何が聞きたいのかすぐにピンときた。
ラブモンスターである社長はあの問いをしないわけがない…
そう思って社長の問いを待っていると、社長は何故か俺たちを見て扉の方を指した。

「…出ていろと?」

「あぁ。別に前言撤回したり、彼女に酷いことを言ったりはしないから安心しろ!」

「…別にこのままいたって問題は……」

「いいから2人とも出ていろ」

社長がそう言うやいなや、執事の彼が俺と社さんを扉の外に連れ出し、そのまま扉に寄りかかるようにして入れないよう扉を塞いだ。
主の望みを十言わずとも叶えるのは流石だが、この場合はその行動が憎たらしい。
『愛とは何か』と聞かれて彼女が何て答えるか興味があったのに…
そう思いながら彼を睨んでいると、彼はさっと扉の前から退き、扉を開けた。
睨んだのが効いたのか?と思ったが、そうではなく、中での話が終わったから開けただけらしい…どこまでも優秀な人だ。

「外でやきもきしていたようだなぁ、蓮」

にまにまといやらしい笑みを浮かべる社長がかなりいらつく。
そんな俺の感情の動きに気付いているだろうに、社長は笑みを崩さない。
代わりにキョーコちゃんと社さんが怯え出し、慌てて怒気を抑え込んだ。

「実はなぁ、彼女には『ラブミー部』に所属してもらうことになった」

「はっ?!『ラブミー部』は愛に欠陥のある“芸能人を目指す”人が入る部門でしょう?彼女は芸能界を目指しているわけではありません!」

「そうだが、『ラブミー部』ならお前の食事係だけじゃなくて依頼さえすれば付き人にもできるんだがなぁ?」

「うっ…(それは願ってもないかも…)…って、俺だけじゃなくて他の人も当てはまるじゃないですか!そんなのダメです!反対です!!」

何のために“俺の”料理人として雇ったかわからなくなるじゃないか!
そう思って社長を睨むと、わかってるとばかり頷いた。

「だから、付き人依頼はお前のみ可能にする。ただし、そのことは伏せるがな」

「だったら別に『ラブミー部』じゃなくてもいいじゃないですか。彼女の契約内容にそれも足せば…」

「何だお前、ずっと彼女を拘束する気か。束縛する男は嫌われるぞ?」

「そ、そうではなく…ただ、『ラブミー部』は無料奉仕じゃないですか。それじゃあ本末転倒ですよ」

「代わりに高校の学費を負担することにした」

「え?」

高校?

「ちょっ…社長さん、話が違います!肩代わりするだけだって…」

「お?そうだったか?別にいいじゃねぇか。代わりに雑用沢山やらせるし」

「でも、それではもう1人の部員の方に申し訳ないです」

「そんなことはないさ。もう1人の方は代わりに芸能界という褒美がある。だが、君にはそれがない。だから、その代理品のようなもんだ」

話についていけない俺を置いて、彼女と社長はどんどん話を進める。
高校に行ってないのは知っていたし、行きたいのだろうことは話の端々から感じ取れた。
だから、この話は彼女にとって嬉しいものだとわかる。
それに、朝と夜は食事の支度があるから家にいなくてはならないけど、昼は暇になる彼女…
その余った時間で何をするのか気になっていたから、高校に行ったり、事務所で仕事をしているっていうなら多少安心できる…気がする。
本当はあまり人目に晒したくないんだけど…彼女自身も納得しているようだし、契約違反さえしなければ俺に口出しする権利はない。
例え、俺(と社さん)以外に料理を作ったり、笑顔を振りまいたりしても……
だが…だがっ!このネーミングとあのユニフォームだけはっっ

「キョーコちゃん、考え直さないか?高校なら俺が行かせてあげるから!」

「でも…敦賀さんにそこまでしていただくわけには…」

「だけど、キョーコちゃん!『ラブミー部』に入ったらショッキングピンクのツナギを着ないといけないんだよ?」

「うっ…確かにアレは……」

既にユニフォームを見せてもらっていたのか、顔を引き攣らせるキョーコちゃん。
もうひと押し!と思ったら、やはりというか邪魔が入った。

「最上くん。君は大切な感情を取り戻したいのだろう?」

そう言われて、彼女ははっとしたように社長を見た。
そして真剣な表情でこくりと頷く。
…大切な感情って何のことだ?
取り戻すとは?
もしかして…単におせっかいで付き人をやっても問題のない『ラブミー部』に入れたんじゃなくて、本来の意味で…『愛する心を取り戻す』ために?

「キョーコちゃん…?」

社さんも不安げな表情で彼女を見る。
社長の確認したいことについて同じく察していたから、社長の言葉に俺と同じ可能性に辿り着いたのだろう。

「…心配をかけてすみません、社さん。敦賀さんも、せっかく申し出て下さったのに…」

「それはいいけど…考え直す気、ないの?」

「はい。高校に行かせてもらうという対価がありますから、無料奉仕にはなりませんが…私の失くしたものをもう一度手に入れるためには、必要なことだと思うんです」

「それは、俺だけじゃダメなの?」

「いいえ。きっと、それも一つの形だと思います。でも、それじゃあ昔の私に戻るだけ…何も成長しないんです」

どこか虚ろな目をして俺を見つめる彼女。
この目は…公園で見つけた時の目?

「昔の私はいつも誰か中心に回ってた。自分のために何かしたことがなかった…」

そう言われて昔の彼女を思い出す。
100点ではないテスト用紙を握りしめて泣いていた女の子…
自分を馬鹿だ馬鹿だと責めて、縮こまって泣いていた。
きっと100点をとればお母さんが喜んでくれるはずだと、涙をそのままに笑顔を作っていた女の子。
覚えてる…あぁ、俺はこんなにも君を覚えてる……
君の言葉に嘘がないことを、この中で一番俺が知っていた。

「だから今度は、誰かのために何かすることで、そこから自分を見つめ直して自分を探したい。自分を作っていきたいんです」

誰か1人のためだったら、きっと過去の自分に戻るだけ…そう彼女は呟いた。
その意味を理解できてしまった俺は、もう反対することなんてできやしない。
今度は俺のために生きてほしいなんて、俺の我が儘で、決して彼女のためにはならないとわかってるから。
彼女には世界を広げることが必要で、俺の想い[独占欲]は枷で毒にしかならない…
わかってる…わかってる………だけど、手放せない…

「わかったよ。もう反対はしない。だけど、最初の契約は守ってくれるよね?」

俺の家に住んで、傍にいて、ご飯を作ってくれる…それだけは守ってくれるね?
じゃないと俺、どうなるかわからないよ…?

「は、はい、もちろんです!!」

「そう…なら、いいんだ」

彼女は羽化する前の蝶。
まだ飛び立つ翅が生えていないなら、もぎ取ってしまえば良い。
気付かれないように、巧妙に…
広い世界を知った彼女が俺の元から飛び立たないように……
 

拍手[108回]


 

唐突に、自分が子供なのだと悟った。
何かきっかけがあったわけではない…ふと、思ってしまったのだ。
復讐のためと言って尚に執着するのは自分が子供だからではないかと…
それどころか、好きだと思っていたその感情さえも疑った。
誰かといたくて、その相手に幼馴染で共にいる機会の多い尚を選んだだけではないかと。
寂しくて、それが嫌で尚を利用していただけではないかと……
利用、という点では尚と何ら変わらない。

ひとりは寂しい…そう泣いている子供なのだと、キョーコは気付いてしまった。

その瞬間、復讐心も薄れ、“幼馴染”兼“復讐相手”兼“好きだった男”が“ただの幼馴染”に成り下がった…いや、成り上がったのかもしれない。
だって、過去の尚はキョーコにとって寂しさを紛らわせる都合の良い相手でしかなかったのだから。

 

「なんだか最近、様子が変わったね」

ラブミー部の部室でキョーコとお茶を飲んでいた蓮は脈絡もなくそう切り出した。
その言葉にキョーコは一瞬驚き、そして困ったように微笑む。
いつか言われるとわかっていた…蓮は聡いから。
だから、慌てることはなく、こちらの感情の動きを読もうと窺う蓮を見つめた。

「そうですか?」

「あぁ…何て言ったらいいのかな?妙に落ち着き出てきたというか…」

「もしかしたら、復讐をやめたからかもしれませんね」

「あ、そうな……」

あまりにもさらりと言われ、思わず聞き流しそうになった蓮は、そのキョーコのセリフを吟味して、次の瞬間驚きをあらわにした。
あからさまに動揺した蓮に、珍しいモノを見たわ…と思いながらキョーコはお茶をすする。

「そ、それってどういう意味…?」

「そのままの意味ですよ」

「……何でか聞いてもいいかな?…もしかして、よりを戻した、とか?」

険しい表情を浮かべ、キョーコを睨むように見る蓮。
そんな蓮にキョーコはいつものように怯えることもなく、あっさりと否定してみせた。

「よりを戻すなんて…表現間違えてますよ、敦賀さん。戻すも何も、そんなもの最初から存在してませんもの」

「…じゃあ、何で?」

「冷めたんです」

「は?」

「馬鹿らしくなったんです。復讐なんて言葉でアイツとの繋がりを保とうとしていたことが」

その答えに蓮は少し青くなる。
今、目の前にいる少女は、“復讐”が建前だったと、不破尚との繋がりを保つための無自覚の嘘だと認めたのだ。
つまり、それは自分の感情に素直になって、尚を好きだと認めたということなのだろうか…?
蓮は自分の想像にますます青ざめる。

「…敦賀さん?顔色が…」

「あいつが好きなの?」

「はぃ?」

「あいつと付き合うの?」

立ち上がり、机越しにキョーコの肩を掴む蓮。
あまりに力強く掴まれ、痛みを感じたキョーコだが、蓮の不自然な様子に眉を寄せるだけに留める。

「…おっしゃってる意味がわかりません。何故私がアイツと付き合わないといけないんですか?」

「だって、あいつとの繋がりを保つために“復讐”という建前を盾に、あいつを追っていたんだろう?あいつと離れたくなかったんだろう?」

「…まぁ、そうなりますね。でも、根本的な部分が違ったんだって気付いたんです」

「根本的な部分?」

冷静に返され、少し頭が冷えた蓮は、手に込めていた力を緩め、続きを促す。

「自分の寂しさを紛らわせるためにアイツを利用していただけなんだって気付いたんです」

好きだと錯覚するのに都合に良い相手だった。
幼馴染で、尚の家に預けられていたから接する機会も多くて、顔が良くて、『王子様』[理想の相手]に最適だった。
もし、それが尚でなくても、きっと自分は尚と同じように入れ込んだだろう…そう思ったのだとキョーコは語った。

「ひとりは寂しいから…だから、傍にいたアイツを“好き”になることで寂しいという感情を忘れようとしていたんだと、最近になって思ったんです」

「…そう…」

それしか言えなかった。
蓮は幼い頃のキョーコを知っている。
母に認めてもらいたいとテストの答案用紙を握りしめて泣いていた…
クリスマスと一緒に祝われる誕生日を悲しいとも思わず、喜んでいた…
『ショーちゃん』で笑顔になるのに、その『ショーちゃん』自身に慰めてもらおうなんてカケラも考えておらず、一人泣き場所を探して森を彷徨っていた…
あの頃のキョーコの尚に対する恋心が偽りだったとは思えない…けれど、思い返してみると、恋を知った蓮には薄っぺらいものに思えてくる…。
だって、好きなら独占したくなる。
自分だけを見てほしい。
いつも傍にいてほしい…嬉しい時も、悲しい時も。
年齢の問題かもしれない。
まだ幼い恋心はそこまで育っていなかっただけかもしれない。
けれど、キョーコの恋は『王子様』という幻想に恋をしている、夢見る少女に思えてならなかった。

「だから、私も利用しているという点に関してはアイツのことは言えません。それなのに復讐なんておかしいでしょう?だから、もういいやって」

「そうなんだ…」

「あ、でも、貢がされたことには変わりありませんから、そこはきっちり本人に復讐をやめることを含めて伝えました。通帳を見ればいくらアイツに使ったのかわかりますから、マネージャーの祥子さん経由で請求したんです」

仮にも売れてるって言われているアーティストなんだから、このくらい払えるでしょ?
それとも払えないくらい稼ぎないの?って!

笑顔でそう言ったキョーコに蓮の顔が引き攣る。
経済観念がきっちりしているのは良いことだが、なんだか…

「…今、せこいとか思いました?」

「………いや、思ってないよ」

「下手すぎる嘘はやめてください」

「うっ…」

「別に楽がしたくて請求したわけじゃないんですよ?」

勤労学生の自分には、いくらあっても足りないのだとキョーコは言う。
学費に俳優養成所に下宿代…
養成所は分割払いにしてもらってはいるものの、それだけでも出費が痛いというのに、役に合わせて服を買ったり、化粧品を揃えたりと、芸能人ならではの出費もかさむ。
そのうち冗談ではなく、クビが回らなくなるとキョーコは自覚していた。
だから、気持ち的には餞別代わりに水に流そうかとも考えたお金を請求したのだ。
そう説明すると、お金に困ったことのない蓮は、その感覚がわからないのか戸惑うような表情のまま相槌を打った。

「えっと……不破くんにわざわざ請求しないで、俺を頼ってくれていいんだよ?」

「遠慮します。敦賀さんに頼るのとアイツに請求するのでは話が違います。アイツに請求するのは私が働いて稼いだお金です。ですけど、敦賀さんに頼るのはおかしいでしょう?」

敦賀さんに貢がせてアイツのようになれ、とでも?
冷たい表情のキョーコに慌てて蓮は否定する。
復讐心は消えたものの、尚の行いに関して嫌悪が消えたわけではないようだ。

「モー…琴南さんに話したら、それくらいしても罰はあたらないわよと大賛成してくれました」

それどころか慰謝料も絞り取れとまで言う始末。
経済観念がキョーコ以上にきっちりしている琴南らしいセリフである。

「と、ところで、どうしていきなり君曰く利用しているってことに気付いたの?」

下手すぎる話の転換に、キョーコは訝しげに蓮を見る。
いつものさりげなさや強引さはどこに置いてきたのやら…
焦ってるような表情に、キョーコは不思議に思いつつ、素直に話の流れに応じた。

「きっかけはなくて、唐突に…天啓みたいに悟った……気がしてたんですけど、どうやら勘違いみたいです」

「え?」

「琴南さんや敦賀さんと話してみて気付いたんですけど、“ひとり”ではなくなったから気付けたんじゃないのかなって」

そう言ってキョーコはふふっと柔らかい笑みを漏らす。

「心を押しこめても誰も気付かなかったあの頃と違って、些細な変化に気付いて心配してくれる人がいるから…だから気付けたんだと思います」

そう言って微笑んだキョーコに、蓮は目を見開いた後、ふわりと温かく優しげな笑みを浮かべた。
自分に向けられる好意に鈍感なキョーコの変化…
まだ些細な変化かもしれないけど、それども確かに変わりつつある。
愛を拒絶するキョーコにとってこれは良い変化だろう。

「そうだよ…君はひとりじゃない。琴南さんや俺だけじゃない、社さんやマリアちゃんや君を大事にしてくれてる下宿先の夫婦も君の変化に気付いて心配するよ。君が大切だから…」

「…そうだと、嬉しいです」

前向きな返事に更に頬を緩ませる。
そんな蓮の笑顔にキョーコもまた、いつものように逃げ出すことはせず、嬉しそうに笑ったのだった。

 

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「…君は残酷で、考えが甘いね」

「ぇ?」

「恋をしてくれないのに受け入れて、傷付いてくれないのに俺にはたくさんの傷を残して…酷い娘[こ]だ。満足?必要ない?そんな日が来るわけがないなんて、君は考えもしなかったんだろうね。別れを告げられようと、手放す気はないのだと君は思いもせずに、その日を待ち続けるつもりだったのかな」

「ま、待って下さいっ。敦賀さんにとって、擬似恋愛に過ぎないんじゃ」

「何でそう思うの?」

「だって、敦賀さんには好きな子がっ…」

その言葉に蓮は目を見開き、そして、恐ろしいほど美しく微笑んだ。
その笑みには温度がなく、作り物のようであった。

「好きな子、ねぇ…どんな噂を聞いてそう思ってるかは知らないけど、君は自分だと少しも考えてくれなかったんだね」

「わ、たし…?」

「そうだよ。ずっと、ずっと君が好きだった。君が欲しくて欲しくてたまらなかった」

憎しみを糧に立ち上がり、芸能界に入ろうとする君を咎めた俺が、君に恋をし、愛を知った。
あいつやあの男が「キョーコ」と君を呼ぶたびに渦巻く嫉妬。
何度、君を閉じ込めてしまおうかと考えたことか…

「だけど、俺は罪人[つみびと]で、大切な人を作ることなんてできない…だから、君を大切に思ってはいけないんだって、何度も自分に言い聞かせた。なのに、君は俺の葛藤に気付かず、たくさんの人を魅了して、無自覚に馬の骨を増やすから…誰かのモノになるくらいなら、俺は誓いを破ろうと決めた。神に背いても、君を手に入れよう…そう覚悟を決めたんだ。だから、受け入れられた時は嬉しかった。恋をしないと言った君が、俺に恋をしてくれたんだって有頂天になって…そして、このざまだ」

因果応報。
多くの人を不幸にした俺に相応しいオチじゃないか…
俺が己の幸福を願う…そんなこと許されるはずがないのに、求めてしまったことが間違えだったんだ。
間違えだった……そうわかってるのに何でこんなにもショックなんだろう…
今更じゃないか。
期待して裏切られるなんて…
あぁ…だけど…だけど、君だけは……

「逃がさないよ」

「え?」

「言っただろう?君を手放す気なんてないって。君に誤解させたのは俺のミスだけど、受け入れるという選択をしたのは君。『ナツ』であろうと、君に変わりない…だろう?」

「あ…」

冷たい笑みを浮かべ、蓮はキョーコに覆い被さる。
そして、いつかのようにすいっと指でキョーコの唇を撫でた。

「怯えないで、最上さん。俺は君を傷付けたりしない」

ただ、ほんの少し触れるだけだから…
そう呟いた蓮は顔を傾け、キョーコと目を合わせた。
そして、そっと顔を近付ける。
迫ってくる蓮の唇に、キョーコは思わず目を瞑った。
それは恐怖からか、恥ずかしさからか、絶望からか、それとも……期待?
あと少しで触れる…その瞬間、蓮はキョーコから離れ、深く息を吐いた。

「冗談だよ」

「え…?」

瞑っていた目を開き、蓮を見上げる。
そこにはいつもの『敦賀蓮』がいた。

「あれ?もしかして期待した?」

「なっ…そ、そんなわけありません!!」

いつものようにからかう蓮に反論するキョーコ。
それと同時にほっと胸を撫で下ろした。

「冗談だよ。さて…もう遅いし、送ってくよ、最上さん」

そう言って蓮はテーブルの上に置いておいた車の鍵を掴み、キョーコに背を向ける。
その瞬間、キョーコは何故か恐ろしくなった。
蓮の背中が自分を拒絶しているようで…
ここで引き留めなければ、手どころか声さえ届かなくなりそうな予感がして…ここで素直にならなければ、二度と心を開いてもらえない気がして…キョーコは思わず蓮の服を握った。

「最上さん?」

「待って…待って下さい」

ぎゅっと外されないように握り込む。
そして、そのまま俯くキョーコに蓮は戸惑う。

「…最上、さん?」

「嬉しかったんです」

「え?」

「悲しくて、嬉しかったんです…。貴方は手の届かないところにいる人で、私が触れて良い人じゃなくて…そんな貴方が私に何かを求めてくれたことが嬉しかったんです。だから、受け入れたんです…例え、私を通して『ナツ』を見ていても、『ナツ』を通して誰かを見ていても……」

「それって…」

「わからないんです…私を見てくれないのが悲しくて、それでも求めてくれるのが嬉しくて、触れられるたびに苦しくなって、離れたら切なくなって、見つめられたらドキドキして…こんな気持ち知らない…」

「それは…」

蓮は目を見開きキョーコを凝視する。
覚えのある感情…それをキョーコも感じていたのだと知って、期待に胸が高まった。

「もし…もし、この複雑な気持ちが恋だとしたら…私は貴方に…」

--恋してる…

そう呟いた瞬間、キョーコは身体ごと振り返った蓮に抱きしめられた。
背中の方を握っていたため、キョーコ自身も抱きついたような形になる。

「つ、敦賀さんっ?!」

「…馬鹿だね、君は」

「ば、馬鹿って…私は真剣にっ」

「馬鹿だよ。せっかく俺から逃げられる最後のチャンスだったのに、ふいにするどころか自分から飛び込んでくるなんて…今更嘘だって言っても、もう逃がしてあげないよ」

そう言って更に抱きしめる力を強める蓮に、キョーコは握っていた手を放してその手を蓮の背中に回した。

「嘘じゃありませんよ。今の正直な気持ちです」

「そう…」

その言葉に蓮は頷くと、ゆっくりキョーコから身体を離し、キョーコの顔を見る。
そこには『ナツ』ではなく、キョーコがいた。
ずっと求めていたキョーコ自身がいた。

「…ねぇ、最上さん」

「はい?」

「好きだよ、君が。最上キョーコが。…君を愛してる」

甘く囁いた蓮は、再びキョーコを抱きしめる。
顔を真っ赤にしたキョーコはじたばたと無駄な抵抗をしていたが、意味がないことを悟ると、蓮の背中に腕を回したのであった。




拍手[89回]



「君が好きだっ」

そう言って抱き締めたその人は、尊敬する先輩。
仕事に対する姿勢や大人な対応に憧れを抱いていた。

私の傷[過去]を知っている、数少ない人…
そして、きっと私以上に辛い過去を背負う孤独な人。

孤独…違う、孤高、ね。
私の手の届かないところにいるはずの人だもの。
私では癒せない傷を負った人だもの。
私が側にいていいような人じゃない…だけど、貴方が…他ならぬ貴方が求めるなら、応えるわ。
例え、本当に求めるモノが私じゃなくても……


玉砕覚悟で告白して、予想外にも受け入れられた蓮は、思わず都合の良い夢を見てるのではないかと疑った。
ラブミー部のキョーコが、曲解もせず告白を受け入れるなんて、考えもしなかった…けれど、頬をつねってみても夢から醒める様子はないし、痛みも感じる。

「夢、じゃない…」

じわじわと湧いてくる喜び。
それと同時に不安も湧いてきた。

「…義理、とかじゃないよな…?」

今時珍しいほど義理堅い娘だ。
世話になっている先輩の告白を断わるなんて…と義理で受け入れた可能性も否定できない。
だいたい、彼女は恋や愛を否定していたはずだ。
その彼女があんなにあっさり受け入れるだろうか…?
普段の彼女なら「嘘です!からかうのも好い加減にして下さい!」とか「いたいけな後輩で遊ぶのはそんなに楽しいですか?」とか「光栄です!私めも敦賀様を信仰しております!!」とか言うはず。
なのに彼女は「嬉しいです。あたしも好きですよ…とても」と言って、抱き締めた俺の背中に手を回した。
その時の俺は嬉しくて他のことは考えられなくて…
だけど今は、何か大きな間違いを犯した気分だ。
何か、見落としているような……

見落としたモノに気付いたのは、彼女と3回目に過ごした時だった。


「ねぇ、最上さん。なんで今日も『ナツ』なの?」

蓮の家で食事を取り、ソファーで二人してくつろいでいた時、彼女のしている化粧が気になって、そう尋ねた。
普段、あまり化粧をしないキョーコ。
しかし、前回もその前も『Box“R”』の撮影後に会ったから気にしなかった。
化粧をするのが好きな彼女のことだ、落とすのが嫌だったのだろう…そう思って…
それに、『ナツ』が取り憑いている時は積極的に触れてくれるし、恥ずかしがって触れることを嫌がったりしないから、仕事の都合上なかなか一緒にいられない俺にとって、貴重な時間の中ずっと彼女に触れていられるのは嬉しかった。
だけど、何か違うような気がしていたのも確かだ。
俺が好きなのは最上さんであって『ナツ』ではない…いや、『ナツ』も最上さんの一部だから勿論好きだけど、一番好きなのは最上さん自身だ。
なのに、付き合うようになってから、仕事以外では『ナツ』にしか会ってない気がする…

「…イヤ、なの?」

「嫌じゃないよ、勿論。ただ、『君』だけじゃなくて、最上さんにも会いたいな、って」

「その必要があるんですか?あたしじゃ不足?」

「そうじゃない。『君』も好きだよ。ただね、素の君にも会いたいんだ。会って、安心したい。ここにいるのは君の意思だと確かめたい」

俺の我が儘。
君の気持ちが見えなくて不安だから…恐くて恐くて仕方ないから。
だから、君に会いたい。
君を抱き締めたい。

「……なんで?」

「え?」

「なんで、ですか?貴方が求めてるのはあたしでしょ?」

そう言って艶っぽく微笑する『君』
この時になってようやく、俺は見落としたモノに気付いた。
いや、きっと見ないふりをしていた。
『彼女』だからこそ、受け入れてくれたのだと知っていたから…

だけど、俺の求める人は『君』じゃない…俺が愛する人は『最上キョーコ』だから…

「…ごめんね。俺が『君』の時に告白したから、そう思ってるんだよね?」

『君』が言い寄られてるのを見て、それが何度も続いて、我慢できなくなった。
君の時は他の人からは隠れている魅力が『ナツ』の時は溢れ出していて…花に集まる蝶のように『君』の周りに邪魔な虫がうようよと群がる…それを見るのが苦痛で仕方なかった。
だから、告白した。
俺にとって、君は君でしかなかったから、どんな君も、最上キョーコでしかなかったから…

「違うんだ。俺は『ナツ』が好きなんじゃない。最上さん…君が好きなんだ。最上キョーコという人間を愛しているんだ」

「え…?」

「見た目で好きだなんて言ったわけじゃない。君だから好きなんだ」

それに外見は普段の君の方が好きだ。
そう言うと、キョーコは『ナツ』ではありえない間抜けな表情を浮かべる。
それを見て、やはり誤解していたのだと確信した。

「あたしじゃなくて、私…?」

「そう。君だよ」

「うっ、嘘!嘘に決まってます!」

「どうして?『ナツ』の時は素直に受け入れてくれたのに」

「だって、『ナツ』はカリスマ女子高生で、モデルみたいな存在感を持っていて…皆、私じゃなくて『ナツ』を求めてた!」

「…皆って、君に告白してきた男共?」

「そうです!『ナツを見て君に一目惚れした』『君はすごく魅力的だ』『モデルみたいだね。君の美しさに魅入られてしまったよ』…全部、全部、『ナツ』への賛辞です!私じゃなくて、みんな変身した『あたし』しか見てない…私自身を求める人なんていなかった…っ」

『ナツ』は私…でも、私じゃないのに…
そう苦しげに呟くキョーコに、蓮は思わず拳を握る。
役者だからこそわかる苦しみ…
蓮で例えるなら、『嘉月』が好きだと告白されるようなものだろう。
蓮はあまりないが、それでもドラマや映画での役のイメージを押し付けられることがある。
その度に、演技を認められる喜びと、役ではない自分を見てもらえない寂しさが付き纏った。
役ごとに外見も性格も変わるキョーコは尚更だろう。
キョーコではなく『ナツ』を求められている…そして、蓮も『ナツ』の時に告白したから、同じだと思われてしまったのだ。

「だから、『ナツ』として付き合ってくれたの?幻想を見る俺に幻滅して、俺で遊ぶつもりだったの?群がってくる男共と変わらない…『君』にとって玩具[暇潰し]でしかなくて、飽きたら捨てるつもりだった?」

「ちがっ…違います!!……確かにショックでした。敦賀さんは違うと思ってたのに、私を見てくれない方たちと同じなんだって…。でも、遊びとかそういうわけじゃなくて、敦賀さんがそう望むなら、構わないと思ったんです。『ナツ』だったら傷付かないから…自分を見てくれなくても、面白ければ満たされるから…。だから、敦賀さんが満足して、もう必要ないからと別れることになっても、『ナツ』の心の傷になることはない。私も傷付かない。だって恋なんてしてないから…」


「…君は残酷で、考えが甘いね」


拍手[38回]



 

「初めまして。敦賀蓮のマネージャーの社倖一です」


迷って迷って迷った末に電話した先は敦賀さんのマネージャーさん。
いつでもかけてきていいって言ってたけど、新聞でテレビ欄を探せば何箇所にもある名前。
そんな忙しい人にかけるわけにはいかない…そう思って、やはりこの話を受けなければよかったと後悔した。

地味で色気のない家政婦としか見られないような私。
そんな私が、今もっとも旬な芸能人で抱かれたい男No.1な敦賀蓮の住み込み家政婦をするなんて…
ファンが知ったら殺されるわね。
芸能人とかショーちゃん…松太郎以外興味なくて、敦賀蓮は松太郎が敵意を抱いてる芸能人だったから知ってたけど、殆ど名前しか知らなくて…
調べて敦賀蓮を知った今、私にこの役目は荷が重かった…

だけど、背に腹はかえられない…
生活していくためにはお金が必要だし、住む場所も必要だ。
目的[ショーちゃんのため]もないのにあんな高級マンションを借りる意味もないし、違約金は痛かったけど(2年契約だった)そのまま借りているよりマシ。
本当に必要なものだけまとめてみると、小さな段ボール一つ。
いかに私がアイツだけを見て生きてきたのか…その証拠のような気がして悲しかった。
アイツの私物は無駄なものが多かったから、絶対いるだろうモノを除いて、ネットオークションで売りさばいてやったわ!
本物だと思われなくても、マニアとかは欲しがるだろうと思って出してみたら、意外と高値で落札されて、そのお金は違約金の足しにさせてもらった。
他のは事務所の方に送ったけど…不審物と間違えられて処分されても私のせいじゃないわよね、うん。
家電製品はリサイクルショップに、服は古着に出した。
だって、家電は必要ないだろうし、あんなダサい服(自覚はあったのよ。だけど、動きやすさを重視したら飾り気のない服が良かったの!)で敦賀さんの家に押し掛けるわけにはいかないし。
ついでに髪を切ろうか悩んだけど、切って気付かれなかったら嫌だし…

そうして準備ができて、いざ電話をかける段になると気おくれしてしまった。
今からでも遅くないから、『だるまや』さんにお世話になろうかしら…?
そう考えたけど、手元にある敦賀さんの家のカードキーが許してくれない。
ポストに入れる…って手も考えたけど、それはあまりにも敦賀さんに対して失礼すぎる。

そしてかけた先がマネージャーの『社さん』
話は通しておくっておっしゃっていたけど、大丈夫なのかしら…?
普通に考えて、マネージャーだったら担当の俳優が女と暮らすなんて言い出したら反対するわよね?
…と思ったら、

『もしもし』

「もしもし…あ、あの、始めまして。恐らく敦賀さんから聞いていらっしゃると思うのですが、最上キョーコと申します」

『最上…?あぁ、『キョーコちゃん』か!話は聞いてるよ。蓮の食事の世話をしてくれる子だよね!』

「は、はい…」

『電話くれたってことは、引越しの準備が終わったってことだよね?』

「そ、そうです」

『荷物とかどのくらいある?沢山あるなら、今から蓮の住所教えるから郵送で…』

「いえ!段ボール一つだけですから、自分で持っていきます!」

『一つ?随分と少ないんだね…えっと、じゃあ、今日の9時くらいでいいかな?俺が迎えに行って先に蓮の家に連れていきたいところなんだけど、俺車の免許持ってないからさ。待ち合わせ場所はどこがいい?』

「で、では、○×○の△△丁目で」

『了解!…蓮に替わりたいところなんだけど、アイツ、今撮影中でさ。ごめんね?』

「い、いえ。ご配慮ありがとうございます」

『じゃあ、またあとでね』

「はい」

…普通だった。
普通に対応されてしまった…むしろ友好的だった。
おかしいわよね?

まぁ、マネージャーさんにまで受け入れられてしまったのなら仕方ない。
お断りして『だるまや』さんにお世話になるという道が消えた今、諦めてお世話になるしかない…って、こんなこと思っちゃ失礼よね!
敦賀さんは私のために申し出てくれたんだから…
と、とにかく!
少しでもお手を煩わせないように、運び出す準備をしなくちゃ!!

 


ある日、蓮は唐突に言った。

「知り合いの女の子と同居することになったのでよろしくお願いします」

その言葉を聞いた俺は1分くらい固まった。
俺の体感時間だと1時間くらい固まっていた気がしたが、実際に時計を見たら1分だったので間違いないだろう。

「…って、蓮!お前、いきなり何言い出すんだ!!!」

最近、どこか落ち込んでいるというか心あらずな感じだったから、今日元気になった姿を見て喜んでたのに…
その理由が女だと?!
今まで女の影すら見せなかったくせに、どうゆう心境の変化だ。

「そのままの意味です。昔の知り合いが困っていたので、食事を作ってもらう代わりに住居を提供したんです」

「昔の知り合い…?そんなのいたのか?」

「いたのかって…一人で生きてきたわけじゃないんですから、いるに決まってるでしょう」

「まぁ、そうだけどさ…。食事を作ってもらう代わりに、ねぇ…その子、調理師免許でも持ってるのか?」

「いえ…」

そう訊かれると思っていなかったのか、蓮が居心地悪そうに身じろぐ。
その態度に、ははぁん…と察した。

「彼女か」

ズバッと言うと、一瞬固まった後、困ったように微笑んだ。

「残念ながら、本当にただの昔馴染みです。大切に想っていた子なので、どうしても助けてあげたくて…」

「ふぅん…まさかのお前の片思いか」

「ちょ、社さん!別にそういうのじゃ…」

「お前さ、一回でいいからその子のことを想いながら鏡見てみろ。そんな顔して言われても説得力ないぞ!」

「そんな顔って…」

自覚がないらしく、蓮には珍しく戸惑った様子だ。
…こいつ、今までの恋愛は本当の感情が伴った恋愛じゃなかったんじゃないか?
そうだよなー…こいつ、恋をしなくても女の子の方から寄ってくるだろうからなぁ……

「まぁ、話はわかった。で?」

「…その子に社さんの電話番号教えておいたので、もしかかってきたらよろしくお願いします。恐らく、今月末にかかってくると思うので…」

「了解。名前は?」

「『キョーコちゃん』です」

「キョーコちゃん?…何、キョーコちゃん?」

「何って…」

「苗字だよ」

「……………」

「まさか、知らないのか?」

「………はい」

頷いた蓮に俺は呆れる。
一緒に住むことになる予定の子の名前さえ知らないとは…
本当に知り合いだったのか?

「その…会ったのが、俺が10歳の頃だったので、俺もその子もお互いにファーストネームしか言わなかったんです」

「へぇ。そんな前からの知り合いなんだ。確かに子供の頃だったら、その場に親がいるならともかくわざわざフルネームで自己紹介しないよな」

“会ったのが”って言い方から、一時期しか一緒に過ごさなかったのだろうと推測する。
長い付き合いなら、子供でも流石に名字くらい教えあっているだろう。

「……その子、信用できるんだな?」

「はい。真面目な子ですし、芸能人とかあまり興味ないみたいですから」

「へぇ…お前にも?」

「…まぁ、俺が知り合いでなかったら興味を持ってくれなかったのは確かですね」

再会した時のことを思い出してるのか、少し遠くを見ながら言う。
その顔が、どこか痛みに耐えているように見えるのは気のせいだろうか…?
本当に一緒に住ませていいのか、スキャンダル云々抜きで不安になったが、蓮の普段の表情に隠れた必死な想いに俺は折れるしかなかった。


「は、初めまして。最上キョーコです」

そう言って今時の子には珍しいくらい綺麗なお辞儀をしたのは高校生くらいの女の子。
女の子、という言葉から年下だろうなぁとは思っていたが、この年齢は……犯罪?
少し華やかさに欠ける印象はあるものの、造作は整っているから、もう少し年をとれば驚くほど美人になるのでは…と思った。

「初めまして。敦賀蓮のマネージャーの社倖一です」

そう言って名刺を差し出すと、どこか慣れた感じで受け取った。
所作がいちいち綺麗なんだよなぁ…いいとこのお嬢様とか?
でも、どちらかというと客商売に慣れてる感じ…
動作に厳しいところでバイトでもしてたのかな?

「蓮は車の中で待ってるから。荷物はそれだけ?先に蓮の家に送ったりしてなかったよね?」

「あ、はい。あまり私物は持ってなくて…」

持ってないにしても限度があるんじゃ…と思ったのは顔に出さない。
だてに『敦賀蓮』のマネージャーはしてないからな!
感情を隠すことくらいお手の物だ。

「そうなんだ。とりあえず、それ持つから貸して?」

「いえ。わざわざ迎えに来ていただいたのに、荷物まで持っていただくわけには…」

「力仕事は男の役目だって。いいから遠慮しないで」

謙虚な子だなぁ…
今時の子なら俺が言いだすより先に「あたし、こんな重いの持てな~い。マネージャーさん、持って~」って言うのに…(実際、そんなことあったし…)
流石蓮が選んだ子!

「で、でも、重いですよ?」

「いいから、いいから」

遠慮する彼女から荷物を奪う。
こんな小さな段ボールだから…と油断していたら、思っていた以上の重量があった。

「……い、意外に重いね。こんなに小さいのに…」

「私、収納得意なんです」

いろいろ詰め込んで重いのでやはり自分が持つ、という申し出を断って段ボールを抱えなおす。
若いのに何だか所帯じみた子だなぁ…
蓮とは逆のタイプだ。
なんていうか…恋人にするより結婚したい相手って感じ?
家庭的な感じがするし、こういう子が家で健気に待ってたら、何がなんでも早く仕事を終わらせて帰りたいと思うかも。
まぁ、この子には蓮がいるから手を出したりしないけど…いいなぁって思うくらい平気だよな?

「そうなんだ。俺は整頓とか苦手だから、羨ましいな」

「そうなんですか?」

「うん。時間があればちゃんと片付けられるんだけど、あいつの担当だとなかなか休みが取れなくてね」

家は寝るためだけにあるようなものだ。
もっぱら、食事は外食かインスタントだし、家で何かすることってあまりない。

「しかも、あいつ、あんなに大きいのに少食でさ、何とかinゼリーとかカロリーなんちゃらとかコンビニのおにぎりばっかで、体壊しそうな食生活してるからさ、キョーコちゃんが世話してくれるって聞いて肩の荷が下りたよ」

「そ、そんな食生活を…よくあの体を維持できていますね……」

「あいつ曰く、燃費がいいらしい」

燃費がいいにもほどがあるだろ!と何度思ったことか…
いい加減、サプリメント類で栄養取るのはやめてほしいと思っていたから、キョーコちゃんの件を聞いた時はスキャンダルと天秤にかけて、圧勝したくらいだ。

「そうなんですか…。あの、社さんは?」

「え?」

「マネージャーなんですから、社さんも敦賀さんと同じスケジュールなんですよね?ちゃんとお食事は取られているんですか?」

「あ、いや……」

まさかつっこまれるとは思わなくて、狼狽してしまう。
俺も蓮のことは言えない食生活だ…まぁ、俺は普通の人間だから、あいつまではいかないけど。

「よろしければ、敦賀さんの分と一緒に社さんの分もお作りしましょうか?」

「え?それは助かるけど…」

助かる。
すっご~~~く助かる。
だけど、あいつは恋する男…
もしかしたら、「俺だけに作ってくれるはずだったのに…」と恨めしげな表情で睨まれる可能性もある。
『温厚紳士』なんて世間では言われているけど、俺には分かる…あいつ、絶対昔手のつけられない問題児だった!
20歳という若さであの落ち着きよう…そうでなければ納得できない。
そんな奴に睨まれたら、心臓が止まるかもしれん…

「一応、雇い主は蓮だから、蓮に聞いてみないことには判断できないよ」

「あ、そうですよね!」

納得してくれて良かった。
ホント、素直な子だなぁ……

そんな感じで会話をしながら、目立たないよう人気のない場所に止めてある車に向かう。
有名人のくせに自分で迎えに行こうとしたくらいだ…きっと、待ちきれなくなっている頃だろう…急がねば!

到着すると、ちょうど蓮が外に出ようとしているところだったので、慌てて車の中に押し込んだ。
文句を言われたが、当然の行動だ!
人気が少ないとはいえ、全く人が通らない保障はないんだからな!
段ボールを後部座席に置き、その隣に座る。
てっきり、俺は助手席に座るのだと思っていたキョーコちゃんは戸惑ったが、蓮が「どうぞ?」と促したため、恐る恐る助手席に座った。

「社さん、ありがとうございました」

「いや。礼を言われるほどのことじゃないさ。ところでキョーコちゃん」

「はい?」

「もう、夕飯は食べた?」

「はい、一応…」

「そっか……じゃあ、二度手間になって悪いんだけど、こいつに夕飯作ってやってくれないかな?まだ食べてないんだ」

「あの、社さんは……?」

「俺は…」

「社さんの分もお願いできるかな?俺だけ食べるのって何だか申し訳ないし」

…紳士だな、男に対しても。
ごめんなぁ、蓮~!
キョーコちゃんの手料理を独り占めするためには何でもしそうとか思っちゃって!!
そうだよな、お前、こんな奴だったよな…

「社さん?」

「あ……じゃ、じゃあ、お願いしようかな?いいかな、キョーコちゃん?」

「はい!任せてください!!……因みに。お伺いしますが、冷蔵庫の中に材料は…?」

「………」

「…わかりました。ないんですね…想像はついてましたけど。なら、お手数をおかけしますが、スーパーに寄ってもらえますか?」

「…了解」


ご相伴に預かって食べたキョーコちゃんの手料理はすごく美味しくて、初めて蓮がおかわりするところを見た。
お店で出されても違和感無いよ、うん。
キョーコちゃんの腕を知っていたから頼んだのかとも思ったが、一口目、蓮も俺と同じように驚いていたから、キョーコちゃんが料理上手だったのは偶然らしい。
まぁ、これなら蓮が食事を残すこともないだろうし、安心だな…

もちろん、蓮にお伺いを立て、渋々OKをもらって(やっぱり独り占めしたかったのか…)キョーコちゃんに俺の分も作ってもらうことになったのは言うまでもない。
 

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現場を見せてあげたいとローリィの前で言ったように、その日キョーコは蓮を連れて仕事場に向かった。
と言っても、もちろん強制ではない。
家に残って映画やドラマを見るなり、台本を読むなりしてもいいと提案したのだが、蓮自身が同行することを強く希望したため連れていくことにしたのだ。
用意した弁当を含む荷物を持ち、家を出た二人はキョーコの運転する車で移動していた。

「あの、京子さん」

「ん?なぁに?」

「先程は聞けなかったんですけど、父さ…クー・ヒズリの弟子って…」

「父さんでもいいわよ?」

言い直した蓮にキョーコはくすくすと笑いながら言う。
その言葉に蓮は首を横に振った。

「過去は持ち込まないと、決めましたから…」

「………そう」

悲しい決意に、しかしキョーコは反対も賛成もせず相槌をうった。
蓮が父親を超えようともがいているのを知っているからだ。
その想いは演技にも出ており、キョーコが見たドラマでも、追い詰められてもがいて何かを超えようと必死にあがいているのをひしひしと感じた。
その演技を見て気になったのだ…何のために焦り、何を超えようとしているのか…
視野を広く持ち、余裕が持てれば、それだけですごい役者になる。
そう感じたからこそ、余計気になった。
その少年の面影がある夏の日の妖精さんに似ていたのも一因だが…
そして、エンドロールで流れた名前を見て気付いたのだ…『コーン』は『クオン』だったのだと。
「オレのとうさんはスゴイんだ!」と天使のような笑顔で言っていた子供。
私が妖精だと勘違いしたから話を合わせてくれて、「いつか、とうさんより立派な王様になるんだ」と言っていたコーン。
けれど今、偉大な父の重圧に耐え切れなくなって壊れかけている。
画面を通して見えた投げやりで暗い瞳。
今は穏やかで大人しい印象を受けるけど、日本に来てまだ日が浅い彼の闇が晴れたとは思えない。
そんな彼に必要なのは、人の温もりを知ることだと思うから…
だから、社長が彼の書類を持っていた時、思わず申し出てしまっていた。

「…京子さん?」

「あ、ごめんね。クー・ヒズリとは私がまだ新人だった頃に出会ったの。ちょうど、『Dark Moon』をやってた頃かな」

「京子さんの初ドラマでしたね、確か。前作を上回る『未緒』でしたよ」

「ありがとう。でも、実は最初役を降ろされそうになったのよ?」

「えっ?!」

「養成所に行きながら芸能活動してたんだけど、養成所でまだ役作りについて習ってなくて、『未緒』ができなくてね。でも、監督が『未緒』は私にやってほしいって言ってくれて、演技テストで認められたから何とか『未緒』を演ることができたの」

役作りに困って、琴南に相談しようにも時間が合わなくて臨んだ最初の撮影。
『月篭り』で『未緒』を演じた飯塚に役を降ろされそうになったが、新しく『未緒』役を探す猶予はなく、緒方がどうしても『未緒』はキョーコにやってほしいと熱弁したため、降板は免れた。
どうして緒方がキョーコにこだわるのか知らない者たちは「事務所の力か」と陰口を叩いたが、尚のPVを受けた時も同じようなことを言われたキョーコにとっては今更で、時間をもらって『未緒』になるために考え、行動し、そしてキョーコにしかできない『未緒』を作り上げたのである。

「養成所に、通いながらだったんですか…」

「元々タレント希望だったからね」

業界に入るまで演技に関わったことすらなかったと述べるキョーコに、蓮の中でドロリとしたものが沸き上がる。
デビューしてすぐに大きな役をもらって成功した『京子』と挫折ばかりだった自分。
妬ましいと思ってしまう自分に嫌悪して、蓮は黙り込んだ。
キョーコは自分の可能性を信じ、力になってくれようとしている人だ。
そんな人を羨むだけならともかく妬ましく思うなんて…と蓮は己を諌める。

「あ、クー・ヒズリの話だったわね。脱線しちゃってごめんね?」

「いえ…」

「クー・ヒズリと会ったのは、社長から世話係というか食事係を任されたからなの。新人なのに『未緒』をやって沢山オファーが来てたから、私が天狗にならないように人生の苦汁を教えようって意図でね」

「天狗?」

「いい気になるとか、自惚れるって意味」

「…日本語って言い回しが独特でわかりづらいですよね」

何で同じ意味なのに言葉がたくさんあるんだ…とぶつぶつ呟く蓮に、キョーコはくすりと笑う。
笑われたことにむっとして蓮はキョーコを不機嫌そうに見た。

「京子さん…」

「ごめんごめん。先生から聞いてた通りだなぁって」

「先生?」

「クー・ヒズリのこと。最初は『人生は甘くないってことを教えてやる』っていやがらせされたけど、『未緒』のインパクトが強くてイジメ役ばかり舞い込んできて悩んでた私にアドバイスをくれて、それから『先生』って呼ばせてもらってるの」

「だから、弟子?」

「そうよ。先生も私のような問題児を放っておけるか!って言ってくれて、アメリカに帰ってからも相談に乗ってくれてたの」

おかげで『ナツ』も何とかできて、それをきっかけにイジメ役以外のオファーも舞い込んできた。
とはいっても、結局ヒロインの敵役ばかりだったが。

「仲良くなるきっかけになったのは敦賀くんなのよ?」

「俺?」

「そう。イジメ役ばかりで腐ってた私に演技指導をしてくれてね。その時の課題が先生の息子だったのよ。『お前が思う俺の息子を演ってみろ』って言われたから、何か特徴を一つ言って下さいって頼んだら、息子と奥様自慢のオンパレード。正直、嫌がらせかと思ったわ…」

ふふふ…と遠い目をして笑うキョーコに、想像がついた蓮は思わず謝った。
クーの自慢話はとどまるところを知らず、被害にあった芸能関係者がノイローゼになったことがあるのを知っているからだ。
日本に来てまで何やってるんだ、父さん…自重してよ
と悪態をつきたくなった蓮だが、キョーコの前であるため、心の中で思うだけに留めた。

「…というわけでね、貴方を演じたことがきっかけで仲良くなれたから、貴方は私の恩人なのよ?」

「…それが、俺の世話を引き受けてくれた本当の理由ですか?」

なんだ…結局、京子さんも他の人と変わらないじゃないか…
父さんを通して俺を見てる。
そう思った蓮の言葉をキョーコはきっぱり否定した。

「違うわ。それが理由ならそう言うもの。恩人だからといって、演技に関して妥協なんてしないわ」

そう真剣に言われ、蓮は演技に関しては厳しいと言っていたローリィの言葉を思い出す。

「それにね、貴方と同じように父親と同一視されて苦しんでいた人を知ってるから、尚更、貴方を通して先生を見るような真似はできないわ」

「え?俺と、同じ…?」

「『Dark Moon』の緒方監督。えっと…伊達監督って知ってる?」

「はい。有名な方ですから」

「その伊達監督が父親で、何をやっても父親と比較されて…自分は父親の付属品なんじゃないのか、って苦しい思いをしていたの」

「そう、なんですか…。あの、その方は…」

「『Dark Moon』をきっかけに父親の影から抜け出せたわ」

その言葉を聞いて蓮はホッとする。
蓮が散々味わった苦しみから抜け出せたことを嬉しく思ったのと、キョーコから父親と同一視されていないことに。
自分の演技だけを評価して、自分に手を差し伸べてくれたことに。

「あの…」

「ん?」

「俺のどこに可能性を見出してくれたのか、聞いてもいいですか?」

「あ、話してなかった?」

「はい」

「…少し、厳しいことも言うけど大丈夫?」

「……はい」

少し怖いけど、飾った言葉を聞きたいわけじゃない。
彼女の本音が知りたい…
そう思った蓮はしっかりと頷いた。

「基礎はできてるし、技術はある…って昨日話したわよね?」

「はい」

「だけど、貴方の演技は“演技”でしかないの」

「…どういう意味ですか?」

「いかにも“演技しています”って見えるのよ。役として物語の中で生きてない…私はそう感じたわ。気持ちがこもってないの。表情だけで表現しようとしてる」

そう言われて思い出す敗北感。
どの監督だったか…同じようなことを言っていた監督がいた。
あの時は「自分はちゃんとやってる!」って反論したけど…京子さんにもそう見えたのか…
少なからずショックを受ける蓮。
そんな蓮をちらっと見たキョーコは「言い過ぎたかしら…」と少し反省しながら、信号が青になるのを待つ。

「だけどね、敦賀くん。逆を言えば、感情さえ込めれば貴方の演技は格段に良くなる。あと必要なのは広い視野と余裕。余裕に関しては先生と関係ない『敦賀蓮』として評価されるようになれば、自然と出てくると思うから焦る必要はないわ」

「感情と、視野と、余裕……」

「そう。それさえ身に付ければ、貴方は凄い役者になれる。それこそ、先生を越えるような、ね」

私はそう思ってる。
キョーコはそう言って微笑んだ。
その言葉が嘘だとはカケラも思わなかった。
あちらにいた頃は、そんなこと言われたら反発していたのに、何故かキョーコの言葉は素直に受け入れられた。
それは、あまりにもキョーコが優しい顔をしていたからかもしれない…

「あとね、敦賀くん」

「はい?」

「独りになってはダメよ?」

諭すように、けれど、自分自身にも言い聞かせているかのようにキョーコは言った。

「自分は独りだと思ってはダメ。見えるものも見えなくなるから…」

「あの、それはどういった…」

「私の経験談。いろんな人が手を差し伸べてくれていたのに、私にはそれが見えてなかった。気付いたのはモー子さん…琴南さんに怒られてからだったわ。『私はあんたの親友なんでしょ!!なのに、その親友にすら心を許せないの?!』って…その後、社さんにも怒られて、社長さんにも怒られて、タレント部門の主任にも怒られて、先生にも怒られて…あんなに怒られたの、生まれて初めてだったわ…」

怒られた時の話をしているはずなのに嬉しそうに語るキョーコを、蓮は不思議そうに見る。

「だから、貴方も私みたいに自分は独りだなんて思い込んだらダメよ?殻に閉じこもってはダメ。貴方が『敦賀蓮』でも私がいる。社長さんも、琴南さんや社さんもいる。壁にぶち当たったら一人で悩まないで私たちに頼って?」

「でも…」

「頼るのは悪いことじゃない。むしろ、自分一人で何とかしようって考え込んでしまう方がいけないわ。だから、例え些細な悩みでも相談してね?」

本当に心配そうな顔で言うから、蓮は何も言えなかった。
誰にも頼らず自分の力だけでトップ俳優になって、そして、大手を振って帰国するんだと考えていたのに…
なのに、キョーコにはそんな蓮の考えを覆す力がある。
そんなこと言われたら、甘えたくなる…

葛藤する蓮の握り締められた拳を、キョーコが見つめていたことを蓮は知らない。




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※性的表現は多少ございますので、ご注意ください







「お呼びたてしてしまい、誠に申し訳ありません」

「いや…こちらこそ、時間を作ってくれてありがとう。俺も君と話がしたかったんだ」

次の日の夜10時。
事務所には早めに来ていたけど、勇気が持てなくて、10時きっかりにラブミー部の部室のドアを叩いた。
中には既に彼女が来ていて、入室を促す。
いつもなら喜々として開けるドアが異様に重い気がした。

中に入ると席をすすめられ、鈍い動きで座る。
ここまで来て彼女の反応を恐がる俺は臆病で、そんな自分が情けなかった。

「単刀直入にお尋ねします。私はあの行為を貴方がおっしゃった『考えなしに男性の部屋を訪ねて、演技のためとはいえ二人きりの空間で男を誘惑するような真似をしたお仕置き』と、何でもかんでも自分に頼るなという意味、そして容易に自分に近づくなという意味で捉えましたが、敦賀さんはどういった意図を持ってあの行為に及んだのですか?」

率直に訊かれ、蓮は固まる。
キョーコのことだからやんわりとオブラートに包んで訊いてくるものだと思っていた。
しかし、考えてみればわかることで、素直で正直なキョーコが敬意を持てぬ男に対して遠回しな表現を使うなんてないだろう。
そして、この問いに言葉を濁した返答なんて彼女は許してくれない。
それこそ、「こっちは真剣なのに言葉を濁すなんて最低!」と軽蔑しかねない。

「…『お仕置き』という言葉も嘘ではなかったよ。あんな夜遅くに一人暮らしの男のところに来る無防備さに苛立ちを感じたのは本当だ」

男として見られてない…わかってはいても、そのことに傷付いて、俺の気持ちも知らずに無防備でいる彼女に苛立ちを感じた。
そして、不安になった。
こんな風に他の男のもとにも行ったりするのではないかと…
夜遅くに訪ねていって、食事をして、笑顔で会話をして、そして……
そう考えたら止まらなかった。

「だけど、それだけであんなことはしない。頼るなとか、近づくなとか、そんな意味合いはなかった。むしろ、もっと頼ってほしいし、近くにいてほしい。それは俺が、君を……」

ーーー好きだから

言った。
ようやく、言えた。
『お仕置き』なんて言葉を使って、彼女も自分も誤魔化して、彼女に触れた。
たった一言、『好き』と言えなくて、遠回りをした…
素直に言えば、きっと彼女は何がなんでも逃げ出しただろうけど、こんな風に尊敬すら失うようなことにはならなかっただろう。
『大切な人はつくれない』
そう自分に枷をしていたけれど、彼女を特別視した時点でその誓いは意味のないものだったのに、認めたくなくて足掻いて…結果、彼女を傷付けた。
『恋はしない』
そうは言っていても、だからといって誰に抱かれてもいいなんて、そんなこと思ってるはずもない彼女の“初めて”を奪って、罪悪感を抱きつつも、どこかで満足していた。
そんな醜悪な俺が確かに存在した。

そんな俺が今更『好きだから抱いた』なんて言っても、彼女は信じてくれないだろう。
きっとこの後、「正直におっしゃって下さい。君の身体で性欲処理させてもらったよ、と。今更取り繕わなくても結構です」とか言うに決まってる。
そう言われたら、俺はなんて言えばいいんだろう…?

「好きだから…ですか。本当に?」

考えていたような酷い言葉ではなく確認で、俺は少し拍子抜けしながらしっかり頷いた。

「…信じてもらえないと思うけど、本当なんだ。君が好きで好きでたまらなくて…演技で誘惑されて、男として見られてないって、そう思ったら君を押し倒していた。男として見られてないのなら、男と見られるようにしてやるって…『お仕置き』なんて殆ど建前で、ただ、君に触れたかっただけなんだ」

戸惑い、抵抗する彼女を押さえ込んで、「“ナツ”ならこんなことで動揺しないんじゃないかな」なんて言って挑発して、柔らかなその肢体に触れた。
役者意識の高い彼女はそう言われたら抵抗できないだろうって、彼女の演技に対する気持ちを利用した俺は卑怯で最低な男だ。
そうわかっていても、触れたかった。
彼女を俺のモノにしたかった。
だから、“ナツ”の余裕のある態度とはうらはらに、縋るような視線を送る彼女の心を裏切って、彼女を貫いた。
思うがままに揺さぶって、「ごめんなさい、許して下さい…っ」と泣く彼女にキスをした。

君の身体を手に入れて、だけど、そのに心はない。

「好きだという気持ちが免罪符になるとは思わない。俺がしたことは間違いなく犯罪だ…訴えられても仕方ないことをした」

「…訴える気はありません。貴方という役者を失いたくありませんから」

「良かった…まだ、役者としての俺は君の中にいるんだね。軽蔑されて、役者の俺ごと抹消されたと思ってたから…」

まだ、残ってた。
プライベートの俺が消されても、役者の俺がまだ彼女の中に存在する…
そのことがたまらなく嬉しかった。

「ねぇ、最上さん」

「…はい」

「もし…もしも、許されるのなら、君に償いをしたい。どんなことだってやる。甘い考えだと自分でも思う…だけど、俺にはこれくらいしか思いつかないんだ…。役者の俺しか見たくないなら、ずっと“敦賀蓮”でいる。土下座をしろって言うならいくらでもするし、顔も見たくないのなら可能な限り君の視界に入らないようにする。だから、お願いだっ!君の中から俺を消さないで!そして、想うことだけは許してほしい。君がいなければ、俺は立つことすらできないんだ…」

立つこと、どころか生きていけない。
だけど、そんな風に言ったら、優しい彼女は嫌でも拒否できないだろう。
そんな脅迫みたいな真似はしたくない。
立つことすらできない、くらいなら大袈裟に言ったのだと思うだろう。

「償いなんて、私、望んでいません」

「でも…っ」

「…ずっと、悲しかった。こんな行動にでるくらい、迷惑に思われていたんだって。迷惑だから、鬱陶しいから…そんな理由で女性を抱けるんだって。ですから、そうじゃないのなら、いいんです」

「最上さん…」

「好きだと思って下さっていた貴方を傷付けて、あんな行動を取らせたのは私です。貴方だけが悪いんじゃない」

正直、驚いた。
好きだと言っても「嘘です」って言われると思っていたし、「顔も見たくない」と言われても仕方ないことをした。

なのに、君は俺を許してくれるんだね…

「ありがとう…できれば、想うことも許してくれる?」

「…貴方に想われるような大層な人間ではありませんが、貴方がそうしたいのでしたら…」

「ありがとう、最上さん」

嬉しくて思わず破顔する。
そのことに目を丸くした彼女は、少しだけ頬を赤く染めて微笑んだ。

「いつか…」

「え?」

「いつか、私が恋を…愛を肯定できるようになって、必要だと思える日が来たら…その時に答えを出してもいいですか?それまでに心変わりをしていらっしゃるかもしれませんけど、初めて愛を告げて下さった方だから…最初に敦賀さんに伝えたい」

優しすぎるよ、キョーコちゃん…
俺は君に許されないような酷いコトをしたのに、そんな言葉をくれるなんて…
図に乗ってしまいそうだよ。

「待ってるよ。ずっと、待ってる。その時の答えがどうであれ、君が大切な感情を取り戻す日を待ってるよ。…それからね、心変わりなんて絶対にありえないから。それだけは信じて」

「え?でも…」

「言ったら呆れられるかもしれないけど、君が初恋なんだ。君に会うまで、こんなに心揺さぶられることなんてなかった。…さっき言っただろ?君がいなきゃ立てないって。そんな風に思える相手がそうそう現れるわけないじゃないか」

この歳で初恋なんて嘘だと思われるかもしれないけど、本当だよ?
過去、付き合った子たちには悪いけど、こんなにも激しい感情を抱いたことなんてないし、君といるだけで新しい自分を発見できるんだ。
演技以外にこんなに執着したのだって初めてだし、独占欲を抱いたのも愛しく思ったのも初めてだし、素でテンパったのも初めての体験だった。
君だけなんだよ。
それ以外何もいらないから、欲しいと思える存在なんて…

「だからね」

ーーー待ってるよ、いつまでも






++++++++
暴走ヘタ蓮でした。
本当は押し倒しただけにしようと思ってたんですよ。
キョーコちゃんはそれだけで逃げ回るでしょうし、蓮も「あの天然純情娘にあんなことをしたら逃げられるに決まってるじゃないか」みたいな感じでしょうから。
でも、コミック呼んでてバレンタインのショーのキスのとこ見て、イラっ☆としたので、ついつい指が勝手に…


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好きで好きで好きで好きで…
もうごまかせないこの心。
いくら考えないようにしていても思い浮かぶ君の姿。
俺を侵食する甘い毒…
いつしか俺の全てを蝕んで…甘い毒は猛毒に変わった。
自分では制御できない感情…制御できない身体…制御できない熱…
そしてそれは、

君に襲いかかった。


「あ…」

「どうした、蓮…って、あれ、キョーコちゃんじゃないか!」

動きを止めた蓮の視線の先を追った社は、その先にキョーコの姿を見つけ、嬉しそうな声を上げる。
蓮の恋を応援する社にとっては嬉しい出会いであったが、“あれ”以降キョーコと会っていなかった蓮からすれば、恐れていた出会いであった。
そんな蓮の心情を知らない社は、強張る蓮に気付かず、キョーコに声をかける。

「お~い、キョーコちゃ~ん!」

びくりと肩が震える。
しかし、振り向いたキョーコはいつもと変わらぬ笑顔であった。

「こんにちは。社さん、敦賀さん」

以前と変わらぬ態度、変わらぬ声音。
だが、僅かに腰の前で組んだ手が震えていた。

「いや~、運命だね。キョーコちゃんも今日はここで仕事?」

「はい。ラブミー部関係でちょっと…」

「あ、そっちの仕事なんだ。珍しいね。久しぶりじゃない?」

「えぇ、まぁ…顔が売れてきた芸能人に変なことさせられないって椹さんが考慮して下さっているので」

ありがたいです。
そう言うキョーコはいつもと何ら変わりはない。
しかしそれは、蓮を意識しないようにしているからだ。
それに気付いた蓮はぎゅっと拳を握った。

「ところでキョーコちゃん。今日、この後暇?実はさぁ、蓮のやつ…」

「すみません、社さん。私、この後用事が…」

「え?そーなの?残念だなぁ…」

しょんぼりと落ち込む社にキョーコは慌てる。

「あ、あの!また敦賀さんが食べてないとかそういうお話ですよね?」

「うん、そうなんだよ。なんか、ここ数日特に食欲がないみたいでさぁ」

「でしたら、スケジュールさえ教えていただければお弁当作りますよ?」

その言葉に社は悩む。
社的には蓮の家で一緒に食事をしたもらえれば、蓮の機嫌も体調も良好!なので、そちらの方が嬉しいのだが、せっかくのキョーコからの申し出を断るのは勿体ない。
そう判断した社は「うん、頼むよ!」と返事をした。

しかし、蓮からすれば、キョーコの申し出は自分といる時間を少しでも無くすためとしか思えない。
蓮の食事事情は気になるが、蓮とあまり接触したくないという考えが透けてみえるようだ。

「あの…それでは、私はこれで…」

「あ、引き留めちゃってごめんね、キョーコちゃん」

「いえ。それでは失礼しますね」

ぺこりと頭を下げると、奥へと向かって歩いていく。
その後ろ姿を眺めていると、社に小突かれ、そちらを見る。
予想通りによによといやらしい笑みを浮かべた社がいた。

「るぇぇん~。どうしたんだ~?いつもならもっと積極的に話しかけるのに」

「いえ…少し考え事を…」

「キョーコちゃんが傍にいるのにか?」

「そんな時もありますよ」

いや、傍にいるからこそ、考えていた。
話しかけて嫌そうな顔や怯えた表情を…まだそれならいい…関心のなさそうな顔をされたらどうしよう、と。

「おい、蓮…蓮!」

「…はい?」

「お前、本当に大丈夫か?時間だぞ?」

「あぁ、すみません。大丈夫ですよ。行きましょう」

そう言って歩き出した蓮はふと“彼”のことを思い出す。
悩んでいる時にはかったように現れる“彼”…
もしかしたら会えるのではないか…そして、またアドバイスをしてくれるのでは…と考えて、そう都合よくはいかないかと自嘲した。
今日が収録日とは限らないし、中身が変わっている可能性だってあるのだ。
世の中、そう上手くはいかない…
そう考えつつも可能性を捨てきれず、休憩時間にあの場所に行ってみようと決めた。


「………あ」

諦め半分で足を運んだ蓮は、聞き慣れたぷきゅぷきゅという気の抜けた音を聞いて、はっと顔を上げた。
そこには求めていた鶏の姿…

「…また何か悩み事かい?」

どうやら中身も同じらしい。
それだけで嬉しくなった蓮は少し表情を緩めた。

「今度はどうしたんだい?」

「…聞いてくれるかな?」

「君が話したいと言うならね」

あくまで君次第だ…と言う鶏に、なんだか今日は冷たい気がすると思いつつ、蓮は口を開く。

「実はね、とある子に酷い事をしてしまったんだ」

「女の子?」

「そう。覚えてるかな?前話した子なんだけど…」

「あぁ、4つ下の高校生ね。…それで、その子相手に何やらかしたんだい?」

「やらかしたって…まぁ、間違ってはいないが…。その…彼女が食事を作りにきてくれたんだが…」

「わざわざ?脈ありなんじゃないかい?でなきゃ1人暮らしの独身男性の家なんて行かないだろう」

「そう思いたいのはやまやまなんだけどね…彼女の場合、仕事と義務感からだから…」

「仕事?」

「あぁ。マネージャーのお節介でね…彼女のスケジュールを調べ上げて、空いてる日に依頼するんだ」

親交を深めろだの、手慣れたテクでメロメロにしろだの…
俺がどれだけ自制して、彼女を傷つけないようにしていたのかわかっているのだろうか?
協力してくれるのは、そりゃ……助かっていたけど。

「…ふぅーん。マネージャーにはばれているんだね。なら、マネージャーに相談すればいいのに、何でボクなんだい?」

「マネージャーも知ってる子だからね。俺がやってしまったコトを聞いたら、それはそれは暴走するだろうからね…」

「暴走って…いったい何をやらかしたんだ、この似非紳士」

「似非って…酷いな。まぁ、否定はできないけどね。実は、料理を作りに来てくれたその日にね、彼女を…あー…お、押し倒してしまったんだ」

「……君って、紳士の皮を被ったけだものだったんだね。誰にでもそんなことやってるんじゃないのかい?」

「誰にでもって、そんなわけないだろ!家に上げたことのある女性も、恋人でもないのに押し倒したのも、彼女が初めてだ」

「…ぇ?」

「え?って…俺ってそんなに節操なしに見える?」

「いや、そういうわけじゃないけど………で、何で押し倒したのさ?」

「その…君も男ならわかるだろう…?好きな子が無防備に近くにいて、散々俺の理性を試した挙句、役で男をたぶらかす場面があるんだけどわからないから練習台になって欲しいなんて言われたら…」

理性がぷっつんしてもおかしくないはず!
いつもより色気たっぷり(ナツ)で迫られて、しかも、キス寸どめ数回…
これで耐えられる男がいたら、俺は尊敬する!!

そう言って顔を歪めた蓮に、鶏は少しの間固まった。
しかし、着ぐるみなので、蓮に気づかれることはなく、考えるような仕草をした後、蓮に問いかける。

「…役ってことは、その子、役者なんだ…」

「え?あ……」

その問いに自分の失言に気づいた蓮は、慌てて誤魔化そうとしたが、「大丈夫。誰かまではわからないし、このことを他に漏らしたりはしないよ」と鶏に言われ、諦めて頷いた。

どうせこの鶏にはいろんなことを知られているのだ、好きな子の職業くらいなんだ。
この業界に女子高生なんて山ほどいる。
その中から絞り込むなんて普通に考えれば無理だろう。

「…で、それから?」

「それからって…」

「君はどうしたいんだい?様子から見るに、その子とうまくいってるわけじゃないんだろ?」

「うっ…相変わらず君は痛いところをつくな…。ご察しの通りだよ。あからさまに避けられてはいないけど、目を合わせてくれなくなったし、こっちも気まずくて…話しかけて無視とかされたら立ち直れないし…」

「…君、意外と肝の小さい男だな」

「うるさい」

ぷいっといじけたように顔を背ける蓮に鶏は唖然とする。
天下の敦賀蓮が…いじけて、ぷいって……

「……でも、このままじゃダメだろう?それを自覚してるから、背中を押してもらいたくてボクのところに来たんじゃないのかい?」

「ご明察。全く…君の慧眼には恐れ入るよ。仲直り…というのも変かな。元の関係に戻れれば…できれば、進展した仲になれればいいなと思うよ」

「…大切な人は作れないんじゃなかったのかい?」

「そのつもりだったんだけどね…。ロックをかけていたはずなのに、意味がなかったみたいだ。そんなこと考える余裕もなかったよ。大切な人は作れない…作らないと決めていたのに、彼女はあっさりと俺の心の中に入ってしまったんだ」

「そう、なんだ…」

「あぁ。俺はもう、彼女がいないと幸せになれない。…いや、違うな。幸せになれないだけなら諦められるけど、彼女がいないと前を向いて歩くこともできないんだ」

「大袈裟で抽象的だな。前を向いて歩けないって、この世界[芸能界]でって意味かい?」

「だけじゃないよ。生きていけないって意味。彼女の世界から弾き出されたら、きっと俺は壊れてしまう…」

罪を犯し、存在意義を失いかけていたあの頃[久遠]の時のようにはいかない。
あの時は日本という新しい道を示し、救いの手を差し伸べてくれる人がいた。
けれど、今回はたった一人の手しか欲しくなくて、その子の手でなければ意味がなくて…
彼女に手を降り払われたら、それで終わり。
他に道なんてないし、いらない。
たった一人が欲しい。

「大袈裟に聞こえるかもしれないけど、それだけ俺にとって彼女の存在は大きいんだ」

「………そぅ。なら、絶対に仲直り、しないとね」

「そうなんだけどね…」

「どうしてそこでヘタれるんだ。行動しなくちゃ、話し合わなくちゃ何も変わらないままだろ」

「おっしゃる通りです…」

「君のことだ。押し倒した時もその行動を正当化して、自分の本音なんて殆ど漏らしてないんだろう?腹を割って話しなよ。それが最低限の礼儀で誠意ってもんだろ」

「…ホント、君って不思議だよね。俺の性格も行動パターンも把握してるし…なんか狡い」

「ずるいって…」

拗ねる蓮に鶏は呆れる。
普段は驚くほど大人なのに、今は子供のようだ。

「…でも、ありがとう。おかげで勇気が出たよ」

「いや…礼には及ばないよ」

そう言って気まずそうに顔を背ける鶏に蓮は疑問符を浮かべながらももう一度礼を言う。
言うことは辛辣だが、蓮相手にここまで言ってくれる人は殆どいない。
社は蓮の逆鱗に触れないように気をつけようとするし、ローリィは放任なところがある。
だから、こんな風に遠慮なく言ってくれる存在は貴重だ。
それに、遠慮なくばっさり切られて、なんだか少し吹っ切れた。

「じゃあ、ボクはそろそろ時間だから…」

「あぁ。今日はありがとう」

そう言うと、鶏は俺に背を向けて手を振った。
その姿が着ぐるみなのに格好よくて、きっと中の人は男気あるイイ男なのだろうなと思う。
そんな俺を立ち止まった鶏の中身が、覚悟を決めた目で見ていたなんてその時の俺は気づかなかった…。

それから、数時間後。
覚悟を決めたくせにたったあと一つのボタンを押せない俺のもとに、一通のメールが届く。
それは、俺を避けていた彼女からのもので、『話がしたいので近いうちに時間を作って下さい』とだけ。
礼儀正しい彼女にしては珍しい文。
いつもなら、サラリーマンが出すようなビジネス文から始まり、内容もこちらが悲しくなるほど丁寧すぎる文章で、お願いなんて滅多にないけど、あったとしても『下さい』ではなく『下さいませんか?』とこちらの意思を尊重する文章なのに…

「…もう敬意を向ける必要もないってことかな?」

尊敬よりも欲しいものがあった。
けれど、いざ、いらないと思っていた尊敬を向けられなくなると、そんな価値すらないのかとショックだった。
そう感じつつ、接触をしようとしていたのはこちらも同じなので、すぐに社さんからスケジュールを聞き出し、それを送る。
すると、少し経ったから『では、明日の22:00にラブミー部の部室で』と返信がある。
そのメールに了承の返事を送ると、俺は今までで一番緊張しながら、いかに彼女を繋ぎ留めるか…そんなことを考えながら、明日に備えた。

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