本能の赴くままに日記や小説を書いています。
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演技を見るのは好きだった。
そして、父が好きな仕事だから自分もやりたいと思った。
それは兄も同じだった。
けれど、偉大すぎる父の影から抜け出すことができず、俺も兄ももがき苦しんだ。
演技力はそこらの子役より絶対にあるのに、クー・ヒズリの息子なら当たり前…それどころか、クーの息子なのにその程度なのかと、父と比べられて、自分の演技を認めてもらえなくて、まだ10歳になったばかりなのに腐っていた。
俺も兄も、同じだった。
だけど、その年の夏の日。
日本から帰ってきた兄の表情が日本に行く前と違っていた。
――俺だけの魔法を手に入れたんだ…
そう言った兄の演技は以前とは全く違っていた。
技術の問題ではなく、どう表現すればわからないけど、明らかに以前とは異なっていた。
それから、俺の比較対象に父だけでなく、兄も加わった。
双子なのに、どうしてこんなに違うんだ?
それは周りの疑問、そして俺の疑問。
今だ影から抜け出せない俺は、ある日その理由を兄に聞いた。
――京都で女の子に会ったんだ…泣き虫だけどしっかりしていて、メルヘン思考な可愛い女の子
その子に魔法を貰ったんだ
色褪せない、最高の魔法を……
魔法使いの名前はキョーコちゃん。
そう言った兄の手には、いつも持っていたアイオライトの石はなかった。
「………兄さんに、何て言えばいいだろう…」
蓮はそう呟いて頭を抱えた。
キョーコと会って、兄の話とは違うなと思いながら接しているうちに惹かれてしまった。
どんなに否定しても、溢れてきてしまう感情…
夏の日…兄が手に入れた最高の魔法の名前を蓮は知ってしまった。
それは、恋。
人を大胆にも臆病にしてしまう、医者にも治せない進行の早い病。
「今でも、好き…だよな?」
兄の名前を『コーン』と聞き間違えて、貰った石にコーンと付けて大切にしているキョーコ。
キョーコを話す時、見たことないような顔で微笑んでいた兄。
どちらも思い出を大切にしていると知っている。
特に兄は、当時キョーコが『ショーちゃん』が好きだと知っているにも関わらず惚れたくらいだ、キョーコのことを忘れているわけがない。
そんなこと、弟の自分がよく知っている。
「兄さんなら最上さんのこと、大事にするよな…妖精のコーンの方が俺なんかより存在大きいだろうし…」
それに、自分には罪がある。
幸せになるには、あまりに人を傷付けすぎた。
だから、大切な人は作らない…幸せになれないと、自分に枷をした、はずだった。
「だけど………」
「敦賀さん、どうしました?」
食器を片付け終わったキョーコがコーヒーの入ったカップを持って近寄ってくる。
どうぞ、と渡されて、蓮は礼を言って受け取った。
「なんでもないよ。それより、何だか嬉しそうだね」
「明日には現場に復帰するんですよね?」
「うん、そうだよ」
「楽しみなんです。"敦賀さんの嘉月"!」
にこにこと笑うキョーコに蓮も笑う。
この様子じゃ演技テストがあること知らないんだろうな…と思ったが、わざわざ言うことでもないため告げることはなかった。
「それは光栄だな。でも、下手な『嘉月』を作ったら般若を見ることになりそうだ」
「ちょっ…それって私のことですか?!」
「あぁ、ごめん。『未緒』は般若より恐ろしい悪鬼だったね。間違えたよ」
「ひっどぉーーいっ!!」
からかうと予想以上の反応を見せてくれるキョーコに、蓮はくすくす笑う。
惚れていると自覚した少女相手にからかうなんて、俺も歪んでるな…なんて思いながら、蓮はこんな時兄だったら…と考えた。
きっと、「キョーコちゃんのおかげだよ。キョーコちゃんだから、俺は『嘉月』の演技ができるようになったんだ」くらいのことは言うだろう。
兄は自分と違って腐っていた期間が短かったから、その分素直だし…
「…敦賀さん?」
「ぁ…ゴメン、ゴメン。冗談だよ」
「……あの、本当にどうしたんですか?先程から何か考え込んでいるようですけど…」
「…俺が『嘉月』できなくなって、現場にはすごく負担をかけてしまったからね。どう謝ろうか悩んでたトコ」
「本当ですか?」
「…本当だよ?」
にっこりと笑うとキョーコは瞬時に青ざめた。
この笑顔が苦手なことは知っていたが、好きな女の子に笑いかけて怯えられると、少し…かなりショックだ。
兄だったら…久遠の笑顔だったら、きっと違う反応を示すだろう。
石のコーンを拾ってあげた時のような、心底嬉しそうな顔で笑うのだろうか?
ズキンッ
胸が、イタイ…
『美月』が他の女性のことを指摘した時より鋭い痛み。
育った芽を簡単に摘み取れると思って頼んだ演技訓練。
大切な人を作る気はなかったし、何より、彼女は兄の大事な"キョーコちゃん"だから、好きになっちゃいけないと自分に言い聞かせてきた。
でも、制御できない感情が俺の中で暴れ回る。
「…ねぇ、最上さん」
「はい?」
「もし、コーンが君の前に再び現れたら、どうする?」
「ふへ?コーン、が…ですか?」
「うん、そう。君に石をくれたっていうコーンが現れたら。ずっと一緒にいたい?」
「それは…できるなら、一緒にいたいですけど…」
ズキンッ
馬鹿か、俺は。
自分で傷口をえぐるような真似をして…
コーンが大好きな彼女なら、一緒にいたいって言うに決まってるのに…。
「あと…とりあえず、まずはありがとうって言いたいです。ずっと、コーンの魔法に助けられてきたから…。あ!それから、敦賀さんを紹介したいです!」
「…俺?」
「はい!私の尊敬する大先輩で、今の私にとって欠かせない人だって!」
「ぇ……?」
予想外な言葉に蓮は固まる。
欠かせない、なんて…まるで、大切な人、みたいな言い方……
「新しい"最上キョーコ"を作るって言った時、馬鹿にしないでくれましたし、演技に興味を持つきっかけになったのも敦賀さんですし、(意地悪だけど)私を導いてくれる人ですから!」
モー子さんも紹介したいけど、妖精って信じる人しか見えないって言うし…あ、それなら敦賀さんにも見えないかも…
なんて呟いているキョーコを呆然と見る。
彼女の中での俺の居場所なんてちっぽけなものだと思っていた。
意地悪な先輩、ドラマの共演者、食事に関しては信用できない男(自覚はある)。
その程度だと思っていたのに…
「違う、のか…?」
親友の琴南さんほど大きくはないけど、紹介したい人で、すぐに俺の名前が出てくるくらい彼女の中の俺の存在は小さくないのか?
彼女の中に俺の居場所が…ある?
そう思った瞬間、胸の痛みが引いた。
『コーン』に勝てるってわけでもないのに、彼女の中に居場所があると知っただけで、視界がひらけた気がした。
「あの、敦賀さん…?今、何か……」
「妖精の存在、信じるよ」
「え?」
「君の大事なコーンが妖精だって言うなら、俺はそれを信じるよ」
『コーン』が妖精じゃないと誰よりも知ってるけど、彼女がそう言うなら『コーン』は妖精だ。
妖精の存在じゃなくて、俺が信じるのは彼女が信じる妖精の存在、だから。
…ってか、今だ兄さんのこと妖精だと思ってたんだ、最上さん…
「本当ですか!?」
「うん、ホント」
「嬉しいです!妖精を信じる人がこんな近くにいたなんて!!」
そう言って、とびっきりの笑顔を見せるキョーコ。
石のコーンを見つけた時の笑顔は安堵の方が強かったけれど、この笑顔は喜びの方が強く、恋を自覚したばかりの恋愛初心者である蓮には刺激が強過ぎた。
――どうしてくれようか、この娘っ
いきなり無表情になる蓮にキョーコは顔を曇らせる。
「あ、あの…?」
「…あぁ、うん。俺も嬉しいよ。でも、妖精が見えたことないんだけど、俺にもコーンを見ることできるかな?」
「それが不安でそんな表情を…?大丈夫ですよ!きっと見えます!だって、コーンは妖精界の王子様だもの。他の妖精さんより魔力が大きいはずだわ!」
だから見えますよ!と主張するキョーコに、理屈はわからなかったが「そうかな」といって蓮はとりあえず頷いた。
「兄さん、ごめん。今も"キョーコちゃん"を想ってるかはわからないけど、俺にとっても彼女は大切な人だから…譲れない。俺に幸せになる権利はないけど、わかっていても彼女だけは手放せないから…だから、ごめん…久遠」
ずっと連絡を絶っていた兄にメールを送る。
これはけじめ。
"敦賀蓮"として成功し、堂々とアメリカに戻れるようになるまでヒズリとは無関係と決めていたけど、兄と同じ人を好きになってしまった申し訳なさともう引き返せないという意味を込めて。
「もう、引き返せない…――」
パタンとケータイを閉じ、そっと目を伏せる。
思い浮かぶのは、"キョーコちゃん"のことを語る兄の柔らかな笑顔、そして、先程見た彼女のとびきりの笑顔。
どちらも掛け替えのない人だけど、どちらが自分にとって欠かせない人なのか知ってしまったから…だから、
「すまない、久遠・ヒズリ。君にも、他の誰であっても、あの子は渡せない」
弟としても、敦賀蓮としても、謝るのはこれで最後だ。
君は琴南さん以上に手強いライバルだから、手加減はしないよ。
「――好きだよ、最上さん」
告白は誰にも聞かれることなく溶けて消えた。
―――――――――――――――――――
誰得かと聞かれたから、俺得だと答えます。
蓮vs久遠
過去の自分じゃなくて、自分の片割れ(双子)という設定にしてみました。
コーンとしての思い出がない分、態度が変わるのは本編より遅いと思いますけど、その分、「過去にほだされてるだけだ」という言い訳が聞かないので、恋心を認めるのは早そうです。
裏設定だと、久遠も蓮が日本に来た頃に活動拠点をヨーロッパに移して父との連絡を殆ど絶っています。
なので、クーが漏らす名前は「クオン」のままです。
蓮、とは流石に言えませんからね(笑
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