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本能の赴くままに日記や小説を書いています。
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人通りの少ない廊下を一人の女性がカツカツとヒールを鳴らして歩く。
ピンッと伸びた背筋、バランスの良いスタイル、美しい歩行、そしてその美貌。
その女性を見た人物がいたならば、彼女のことをモデルだと思うだろう。
しかし、実際はまだ新人のタレントで、最初のCMでは地味だと評価された少女。
不破尚のPVでヒトとは思えない美しさを見せ付けたがCGで修正されていると思われ、その天使が評価されて得た役『未緒』は事務所の力だと思われている不憫な少女である。
だが、今の彼女を見れば、人々は今までの評価を覆すに違いない。
今の彼女は地味という言葉から程遠く、人を魅力する蝶であり、そして毒を持つ蜘蛛なのだから。


「社さん」

落ち着いた声に呼ばれて、社はキョロキョロと辺りを見回す。
その声が待ち合わせをしている少女の声に似ていたから、少し期待しながら。
しかし、そこにいたのは見知らぬ女性。
それも特上の美女だ。
どこかで見たことがある気もしたが、どうせ蓮の仕事相手のモデルか何かだろうと結論付けた。

「えーっと、何かな?」

「何かな、って酷いですね。あたしを呼んだの、社さんなのに」

「え?!も、もしかして、キョーコちゃん!?」

言われてみれば、髪色はキョーコと同じものだし、顔も化粧でわかりにくいものの、キョーコのものだ。
モデル立ちも蓮の家で見せてもらったものだし、"お姉さん"系の服は事務所から借りると聞いていたので着ていても不思議ではない。
それに、彼女がキョーコである証拠が胸元で輝いている。

「ふふっ、正解です。カリスマ女子高生に見えます?」

「見える、見える!それより、ごめんね?気付かなくって…」

「いいですよ。現場でも、『誰あんた』って反応されましたし。わからない方が面白いですから」

そう言って、くすくすっと笑うキョーコは本当に別人みたいで社は混乱する。
蓮が女性のモデルウォークを教えてから大分経つが、実際に『ナツ』に会ったのはこれが初めて。
蓮直伝のモデルウォークに、手作りには見えない『プリンセス・ローザ』を使ったアクセサリー、そして"お姉さん"系の服。
そんな格好をしたら、まるで自分たちが知ってるキョーコじゃないみたいだと蓮に漏らしたことのあった社だが、今それを直に見て実感していた。

「はい。お弁当です。敦賀先輩に渡しておいて下さい。社さんの分もありますから」

「(せ、先輩?!)あ、ありがと、キョーコちゃん!…あのさ、蓮の奴、もうそろそろ来るはずだし、待ってなよ。一緒に食べよーよ」

「一緒にですか?」

「うん、そう!あいつ、最近またあまり食べてなくてさ。キョーコちゃんが一緒に監視してくれると助かるなーって」

どうせ、この後は『Dark Moon』で同じ現場なのだ、誘っても問題ないだろうと判断して社はそう言う。
するとキョーコは、少し眉を寄せ考え込んだ後、にっこりと艶のある笑みを浮かべる。
その笑みにドキッとした社だったが、『闇の国の蓮さん』を想像して青くなり、見惚れた自分を叱咤した。

「敦賀先輩と一緒にいて、渋々食事をする敦賀先輩を見たり、周りの反応を楽しむのも面白そうですけど、私これからカオリたちと食事なんで」

「(楽しむ?面白そう?キョーコちゃん、どうしちゃったの~~~?!)そそそそっか、なら仕方ないね」

普段のキョーコから掛け離れた言動に目を回す社だが、一緒に食事をできない理由を聞いて、それなら仕方ないと諦める。
『BOX"R"』の台詞合わせの時、前日の余韻に浸っていたせいで大遅刻をしたあげく、怒られることもなく、その日のうちに共演者たちに謝罪することも叶わなかったと落ち込んでいたため、現場でうまくいってるか心配だったが、その心配は無用のものだったようだ。
キョーコが今出演している『BOX"R"』は高校を舞台とするドラマであるため、出演者の殆どはキョーコと同年代だ。
尚のせいで友達ができなかったと言っていたキョーコにはちょうどいいだろう。

「じゃあ、また後で」

「あ…(せ、せめて蓮が来るまでっ)」


「俺には挨拶ないの?」


その声に社は「間に合ったぁ~」とホッとする。
キョーコに会えたか会えないかだけで、その日のモチベーションが違う蓮。
会えた方が断然モチベーションが上がるため、仕事をスムーズに熟してもらうためにも助かる。
更に本音を言えば、自分だけ会えたのに蓮は会えなかったという状況が怖い…

「こんにちは、敦賀先輩」

キョーコはといえば、普段なら恐縮して深くお辞儀をしながら挨拶するのに、今回は蓮を見ながらにっこりと微笑んで挨拶をした。
その違いに、また役が憑いてるんだな…と察し、同じようににっこり笑う。

「こんにちは、最上さん……いや、『ナツ』」

「ふふっ…敦賀先輩はすぐわかったんですね。あたしが誰かって。あ…社さんがいたからか」

「それもあるけどね。社さんがいなくても、俺が君に気付かないことはないよ」

「お上手ですね。あたしじゃなかったら、気があるのかもって勘違いしちゃいますよ?」

「勘違いしてもいいよ?」

「遠慮しまぁす」

くすくすっと笑いながら、キョーコは右手で髪を掻き上げる。
口説いてるようにしか見えない蓮にはらはらしている社をよそに、蓮はキョーコの仕種にすっと目を細めた。

「右手、治ったみたいだね」

「何のことですか?」

よくわからないといった表情をするキョーコ。
返事に間が空くこともなかったため、普通の人なら騙されていただろう。
しかし、蓮には通用しない。

「この前、右手を痛めてたよね?」

「そんなことないですよ。先輩の勘違いじゃないですか?」

「俺を騙せると思ってるの?上手く隠してたから皆気付かなかったようだけど、右手を庇いながら演技してたよね、この前」

「そうでした?」

「ごまかさない。…君は人一倍プロ意識が高い役者だ。それに、運動神経も並外れている。その君が不注意で怪我を負うような真似はしないはずだ…誰にやられたの?」

「買い被りすぎですよ~。あたしが誰かにやられて黙ってるように見えます?」

「怪我したことはもう否定しないんだね」

「あら、一本取られたわ」

普段のキョーコなら「敦賀様を謀るような真似をして、誠に申し訳ありませぇぇん!」と泣いて謝っただろうが、今は『ナツ』が憑いているため、悪びれもなくごまかそうとした事をあっさり認めた。
そのやり取りを聞いていた社は「ぇえ?!」驚き、キョーコに詰め寄る。

「怪我してたってホントなの、キョーコちゃん!」

「ちょっと捻っただけですよ」

ケラケラと笑いながら、もう平気なのだと右手をぱたぱたさせるキョーコに少しホッとする社。
蓮が「治ったんだね」と言っていたから、それほど重傷ではなかったのだろうと見当はついていたが、それでも心配は心配なのだ。
なんせ、キョーコは「骨は折れても治るもの」という精神の持ち主である。
痛みをおして演技テストに臨んだ過去を知っている身としては、怪我に関してはキョーコを信用できないのだ。

「本当?」

「ホントですよ~。もう!敦賀先輩のせいで社さんにまで心配かけちゃったじゃないですかぁ~」

「隠そうとするからだよ。君が正直に答えてくれていれば、ここまで心配はかけなかったと思うよ?」

「先輩が言わなきゃ良かったんですよぉ」

「そうはいかないな…で、いったい誰なんだい?」

「言ったら手出ししそうだから、だぁめ。あの子、あたしのなんで」

それに決着つきましたし、とにこっと笑って牽制するキョーコの笑顔を見て、社は蓮の笑顔を連想する。
有無を言わせない笑顔はそっくりだ。
もしかしたら、少しだけ蓮を参考にして『ナツ』を作ってるのかもしれない…

「あの子ってことは女の子なんだ。歳も近いみたいだね」

「んー、そうですよー」

「ってことは『BOX"R"』の共演者かな?」

「せーかぁい!」

流石は敦賀先輩!と言うキョーコに蓮はにっこり笑う。

「誰なのかは教えてくれないの?秘密にするよ?」

「敦賀先輩もあたしと秘・メ・ゴ・トしたいんですか?」

流し目で蓮を見つめ、人差し指を唇に当てて、うっすらと笑みを浮かべるキョーコに蓮は笑顔を保ったまま内心では動揺し、社は顔を真っ赤にする。

「(キョーコちゃぁぁあんっ!エロいっ!エロいよっっ)」

叫びたいのを我慢して、心の中だけで絶叫する社。
地味で色気がないとまではいかないが、普段はどちらかというと清楚で健康的な色気を持っているキョーコ。
しかし、今のキョーコは妖艶で、どこか毒のある艶と常にない色香を漂わせている。
今のキョーコを見て「色気がない」なんて言う輩がいたら見てみたいくらいだ。

「…秘めゴトという響き、とても惹かれるね。是非お願いしたいな」

「う~ん…だけど、光先輩と二人だけのヒミツですからね…」

「『光先輩』?」

「あれ?知らないんですか?」

「うん。LMEの人?」

「そうですよ。LMEのタレントです」

ちょうど現場に居合わせちゃって…とキョーコは笑うが、そのことよりも名前呼びであることが気になった。

「ふぅ~ん…その人、助けてくれなかったの?」

「受け止めようとしてくれたんですけど、体勢を立て直そうとして方向転換しちゃったんで」

先輩をクッションにせずに済みました。
そう笑うキョーコに蓮は内心青筋を立てる。
それは、助けられなかったくせに親しげな様子の『光先輩』に対してと、その場に居合わせることができなかった自分、そしてその『光先輩』という男と二人だったと思われる無防備なキョーコに対してだ。
嫉妬と、不甲斐ない自分に対する憤りと、心配と苛立ちからくる怒りに燃える蓮に気付いた社はガタブルと震え上がる。
そんな蓮の様子に、蓮の機嫌に敏感なキョーコが気付かぬはずはないのに、キョーコは面白いものを見つけたとばかり目を輝かせ、楽しげに微笑む。

「どうしたんですか、敦賀先輩?」

「……いや、ね。『光先輩』とは秘めゴトできるのに、俺とはできないのかと思うとショックでね。君とは結構親密だと思っていたからね…」

「ふふっ、親密と思っていただけているなんてすごく光栄です」

「なら、教えてくれる?」

ずいっと顔を近付け、にっこり微笑む。
いつもならその笑顔に青くなるキョーコだが、負けじと麗しい笑みを浮かべ、見定めるように蓮を見つめた。

「どうしようかしら?」

「教えてくれたら、退屈凌ぎになるような面白いこと探してあげるよ?」

「あら、素敵。貴方なら期待を裏切らなさそうだし…」

蓮の提案にキョーコは惹かれたのか迷うような発言をする。
あと一歩かな、と更に興味を惹くような言葉を言おうとした時、遠くから軽い足音がいくつか聞こえ、若い女性の声がした。

「ナツー!まだなの~?あんたが一緒に食べようって言い出したんでしょー?」

「あ、今行くわー!」

キョーコは後ろを向いてそう返事を返すと、蓮と向き直り、くすりと笑った。

「残念。タイムオーバーです」

ちょんっと人差し指で蓮の唇を突き、離れるキョーコ。
蓮はその行動に驚き、無表情になって「そのようだね」と返した。

「それでは、また後ほど」

ちゃんと食べて下さいね、と言って去っていくキョーコを今度は引き止めるようなことはせず、黙って見送る蓮と社。
モデルばりの歩行で去っていくキョーコの後ろ姿が見えなくなり、きゃいきゃいと騒ぐ女性たちの声が聞こえなくなってから、蓮ははぁ~~~~~~と長い長い溜息を吐いた。

「れ、蓮、大丈夫か?」

「社さん…」

「しっかし、すごかったなぁ、キョーコちゃんの『ナツ』。『未緒』もすごいと思ったけど、憑き方や役の印象は『ナツ』も負けてないよ!」

「だから言ったでしょう。彼女は走り出したら早いって。まぁ、俺もあんな『ナツ』が出てくるとは思っていませんでしたけどね」

「うんうん、だよなー。『未緒』は誇り高きお嬢様って感じだったけど、『ナツ』は今時の女子高生でまさにリーダー的存在って感じだし、同じイジメ役でも全然違うからびっくりしたよ」

ヒロインを虐めるという立場も、役の年齢だって同じ女子高生なのだからあまり変わらないはずなのに、印象は全く違う。
条件は殆ど同じという中でバリエーションを付け、演じ分けるのは難しいはずだ。
にも関わらず、ここまで違う役を作り上げたキョーコには感嘆するしかない。

「さっきの仕種もすっごく色っぽかったし、あれがオンエアされたら反響すごいだろうなぁー」

「……………社さん」

「な、なんだ?(地雷踏んだか?!)」

「彼女の秘メゴトの相手の…『光先輩』でしたっけ?誰だかわかります?」

「(あ、そっちか…)同じ事務所のタレントで『光』って名前だろ?それなら多分『ブリッジロック』の石橋光くんじゃないかな?」

「石橋、光ですか…」

その名前を呟いた途端、蓮からぶわっと闇色のオーラが噴出する。
そのことに慌てた社は「蓮!」と叫んで、何やら考え込んでいる蓮の注意を自分に向けた。

「あのな、『ブリッジロック』は3人で形成されてるグループなんだけど、3人とも石橋姓なんだ。だから、キョーコちゃんが名前呼びなのは他意はないと思うぞ!」

「そう、なんですか…」

物騒な雰囲気を収めた蓮にホッとする社。
かと思いきや……

「……だが、気に食わないな…」

と再び不機嫌になる蓮。

「社さん」

「はっ、はぃぃぃいい!!」

「怪我の方は決着をつけたそうですし構いませんので、石橋光くんというタレントと彼女の関係…調べてくれますよね?」

「もももももちろん!」

その返事を聞いて多少浮上し、「では、行きましょうか?」と促す蓮とは対照的に、社はやつれたような顔をしてその後に続くのであった。




―――――――――――――――――――
久しぶりにスキビ更新。
でも、7月中旬まで忙しくなりそうなので更新速度は遅いままになりそうです。

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