本能の赴くままに日記や小説を書いています。
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「ったく、ふざけんなよ…俺の作る作品はアートだぞ?それなのに、オーディションに受かった奴でもなければ役者でもモデルでもない社員を採用するなんて…」
そうぶつくさ言うのはCMを撮らせるならこの人!と言われている黒崎潮。
体調管理できない奴はプロ失格!という方針は変わらず、自己管理のなっていない人間に対しては厳しいことで有名である。
自分の作る世界に自信を持っており、CMに採用する人間の選出も自分で行っているのだが、今回は勝手が違ったのだ。
新しい香水のCMの仕事が舞い込み、いざ採用する人間を決めよう、という段階で、先方から「こちらで用意する」と言われてしまったのだ。
今は結構社員たち自身がCMに出て宣伝するという会社も珍しくはないのだが、黒崎としては素人に自分の作る世界を壊され台なしにされなくないので一度は却下した。
それなら自分は降りるとまで言ったのだ。
しかし、先方は引き下がらず、気にいらなかった場合は変えて良い、損失分はこちらで負担すると食い下がったため、仕方なしに先方が用意する社員で撮影することとなったのだ。
もちろん黒崎は、その社員が使い物にならなかったら即効クビを切るつもりである。
「監督!お見えになりました!」
「おっ!時間より早いじゃねぇか。感心、感心。で?もちろんそいつは怪我とかしてねぇだろうな?」
「はい。と、言うか…」
例の社員が到着したことを伝えに来たスタッフは言いづらそうに…というより、信じられないといった感じで口篭った。
入口の方にいるスタッフたちがざわざわと普段とは違った感じでざわめく。
黒崎が「なんだぁ?」と眉を寄せていると、衣装を着替えたらしい例の社員が黒崎のところまでやってきた。
「お?アンタが…………」
そちらを向いた黒崎がぽかんと間抜け面を曝す。
その反応に苦笑して、その人物は挨拶をした。
「お久しぶりです、黒崎監督。この度、CMに出させていただくことになった最上キョーコです」
そう言って綺麗なお辞儀を見せたのは、約1年ほど前に家業を継ぐという理由で引退した元人気タレント『京子』である。
引退してからは殆どメディアに顔を出さなかった人物の登場に、黒崎は唖然とするしかなかった。
「えっと、監督…?」
「…京子、だよな?」
「はい。ご無沙汰しています。この度はこちらの者が我が儘を言ってしまってすみませんでした。私としても、引退した身でテレビに出るのは…と断ったんですけど」
驚かせたことを申し訳なさそうにしながらキョーコは言う。
我に返った黒崎は、30代になってますます磨かれた美貌を見つめながら、詰めてた息を吐いた。
「驚かせやがって…まぁ、お前なら俺の作品壊すようなことはないだろうし、安心だけどな」
「買い被りすぎですよ!この業界から離れて1年も経つんですよ?」
「1年くらいなら平気だろ。それに旦那の読み合わせに付き合ったりしてるんだろ?この前、インタビューで答えてたぜ?『妻のキョーコと読み合わせすると楽しいのですが、実際の撮影の時物足りなくなりますね』ってな。もっぱら半分くらいはお前に関する質問だったな…『京子さんは芸能界に復帰する予定はないのですか?』とか」
にやにやしながら言う黒崎にキョーコは苦笑する。
久遠が出ている雑誌は基本的に目を通しているため、自分に関する質問が多いことは知っていた。
引退してから既に1年が経つにも関わらず、今だ久遠経由で監督たちからラブコールが絶えない。
けれど、引退と共に引き継いだ会社の運営に忙しく、復帰どころではないのが現状だ。
キョーコ自身、演技に未練はあるものの、演技力No.1と名高い久遠との読み合わせである程度満足してしまうため、あまり真剣に復帰のことを考えたことはなかった。
「復帰の予定は今のところないですよ。今回のことは例外というか…新作の香水のイメージに私が合うって言われたのと、CMに起用する人材分のコストを抑えるためにやってほしい言われのと、社内アンケートでその意見がほぼ満場一致だったので仕方なく…」
「ほー。まぁ、確かに今回の香水はお前さんが1番イメージに合うかもしれないな。けど、いいのか?CM出たらまた騒がしくなるぞ?」
「私もそう言ったんですけど、自社のCMに社長を出して何が悪いって反論されまして…中には出ないなら仕事をボイコットすると言い張る社員も出てきたので…」
はぁ…と疲れたように溜息を吐くキョーコに黒崎は同情した後、会話の中で気になる単語を発見し、首を傾げた。
「社長って…確か、先方は……」
「あ、申し遅れました。『最上グループ』の代表取締役をやってます」
はい、と手渡された名刺を反射的に受け取る黒崎。
まじまじと名刺を眺めた黒崎は「はぁ?!」と奇声を上げた。
「お前が継いだのって『最上グループ』だったのか?!『最上グループ』つったら大企業じゃねーか!最近代替わりしたって話は聞いたが…多くの企業の業績が低迷してる中、珍しく上場してる企業で、就職したい企業No.1のとこだろ、確か?」
「詳しいですね…。まぁ、何とか黒字経営ですから、そういう評価をいただいてますけど」
「へー…しっかし、今までよくばれなかったな?機密扱いだったとしても、取引先までは口止めできねぇだろ?」
「『化ける役者』を嘗めないで下さいよ。現役は退きましたけど、化粧で化けることに変わりないんですから」
『化ける役者』とは、タレント『京子』の化けっぷりにローリィが面白半分で付けた通り名である。
その名の通り、役ごとに外見も中身も別人のように化けることから付けられ、他にも『七色変化タレント』だの『魔女』(こちらは役に成り切るのではなく、役として生きる京子を妬んだ女優が「あそこまで変わるのはあの女が魔女だからよ!」という暴言からきている)だのと言われていた。
イジメ役から純粋少女役、妖艶な女性役、果てには少年役まで熟す京子は日本の芸能界で1、2を争う役者となり、『敦賀蓮』に続いて3人目のハリウッドスターになるのではと期待されていた役者である。
そのため、引退する時は、そのニュースを聞いた業界人は役者も監督もプロデューサもこぞって反対し、それを振り切ったという経緯があったりする。
「成る程ねぇ…けど、今回のことでばれんじゃね?」
「不本意ですけどね。私に地位を譲った母は元から私のネームバリューを利用するつもりだったらしいんですけど、元芸能人だからって甘く見られたくありませんし、そんなものに頼るなんてたかが知れてるなんて思われるのも嫌じゃないですか!幸い、業績を上げることを条件に母は納得してくれましたし、社員も私のことを知るのは社員だけの特権だって賛成してくれたんですけどね…」
「大変だなぁ。因みに旦那はCMに出ることは知ってんのか?」
「はい。『ますます綺麗になったキョーコを世間の目に曝すなんて…』とか戯れ事を言ってました」
「戯れ事って、ひでぇなー。確かに綺麗になってんぞ。ついでに色気も増したな…愛されてんだなぁ…」
「はい、まぁ…////」
照れて頬を染めるキョーコ。
その少女のような初々しさに、こいつホントに31か?と黒崎は思わず年齢を疑ってしまった。
「あのゴシップ1つなかった芸能界一イイ男を虜にしたのも頷けるな…けど、愛されすぎて寝不足になったりしそうだな」
「下世話は結構です!!」
それに、私も久遠も忙しいから…ごにょごにょ、と言葉を濁したキョーコに、相変わらず素直だなぁと黒崎は笑った。
確かに、干されたわけでもないのにハリウッドから戻ってきた俳優とトップ企業の社長に仲良くする暇は滅多にないだろう。
どちらも疲れて体力が残ってないだろうし、会話して一緒に食事する暇さえないかもしれない。
そんな状況だとしたら破局しないのが奇跡だな…と思ったが、読み合わせに付き合ったりする時間は確保しているようだし、以外とやることやってるのかもしれないと考え直す。
まぁ、この様子だと、第一子を授かるのにも時間がまだまだかかりそうだが。
「はいはい。しっかし、社長とはなー。家業っつーから、てっきりどこぞの家元とか人形師とか料亭とかだと思ってたぜ。因みに最優良候補だったのは老舗旅館な。着物の着こなし方とか捌き方とか、ただ者じゃねぇって噂だったからな」
「あ、ははは…」
芸能界に入ってなければ尚の実家である老舗旅館の女将をやっていただろうから、黒崎の予想はあながち間違いではない。
あのまま京都にいれば、きっと母の冴菜がキョーコに関心を抱くことはなく、そのまま捨て置かれただろうから…
「あの~~……」
「ぁあ?」
黒崎とキョーコが話しているところに、恐る恐る話し掛けてきたスタッフに黒崎はガンつけるように見る。
もちろん本人にそのつもりはないが、睨むような目で見られたスタッフは真っ青になりながら言葉を続けた。
「も、もうそろそろ時間が…」
「あ?もうこんな時間か。まぁ、大丈夫だろ。素人だと思ってたから長めに取っておいたが、京子だからな」
「ちょっ、プレッシャーかけないで下さいよ~!」
「おいおい、天下のクオン・ヒズリと対等に演り合う奴がこの程度で緊張するわけねぇだろーが。しかも、今は会社の命運を握ってる立場の人間だろ?なら、尚更じゃねぇか」
「うっ…まぁ、そうですけど」
「だろ?さぁて、スタッフも待ち兼ねてるようだし、そろそろいくぞ、京子!」
「はい!」
「おい!去年のCM女王『京子』の久々の作品だ!気ぃ抜くなよ!!」
そう現場に発破をかけた黒崎は、監督の顔に戻って定位置についた。
絵コンテ通りの、しかし想像以上の世界を作り出す京子に「期待を裏切らない奴だ」と満足げに呟くと、カットして「お疲れさん」とキョーコを送り出し、これをどう編集したら京子の作り出した世界を壊さずに済むか計算するのであった。
「最上社長」
「あら?追加の書類?」
「いえ。今年度の入社希望の統計結果がでましたので、その報告に」
「もうそんな時期?」
「はい。統計の結果、起用人数を遥かに上回る入社希望数となりました」
「去年もそうだったじゃない」
「去年のおよそ3倍です」
「はぁ?!」
CM効果。
その数字から導き出される答えはそれしかない。
引退したはずの『京子』がCMに出たことによって話題になった香水は瞬く間に売れ、生産が追い付かないほどである。
そんな効果を出したキョーコを自分の会社のCMにも起用したい…そう考えるのは普通だろう。
また、何故「家業を継ぐ」と言って引退した『京子』が『最上グループ』のCMに出ることになったのか…人々が不思議に思うのも当然。
疑問に思えば調べようと思うのは必然。
京子の本名を調べ、検索にかければ人々が思うよりあっさりと答えは出た。
情報開示が義務付けられている現在、大企業の代表取締役に就任した『最上キョーコ』の名前を見つけるのは難しくないのである。
今まで気付かれなかったことの方がおかしいと思うくらいあっさり出た答えに、誰もが驚き、マスコミは飛び付いた。
『デキる女社長は元タレント"京子"!』
そんな感じの特集をいくつも組まれ、キョーコが『最上グループ』の社長だということは世間に知れ渡った。
因みに、キョーコのことが知られなかったのはローリィがネット上に上げていた『京子』の本名を伏せたことと、『京子』のイメージによるものである。
『京子』はいろんな面で秀でていたが、特に茶道や華道のことに詳しかったので、誰もが『家業』をそちら方面だと考え、ネットで調べても出てくるわけがないと他の選択肢を捨てていたのだ。
そんなわけで、『京子』が『最上グループ』の社長だと知ると、たださえ『最上グループ』が上場会社というだけでも入社希望者が多い方だったというのに、更に『京子』ファンまで増えたため、例年以上の希望数となったのだ。
中には、今の仕事をやめてでも…という人もいたり、『最上グループ』が無理ならその傘下企業で!という人も絶えないらしい。
「それから、先日訪問した取引先についてですが…」
「何かトラブルでもあったの?」
「先日は我が社が提示した条件を渋ったにも関わらず、手の平を返すように好条件であちらから提示してきました…『京子』のプライベート写真サイン付きを条件に」
「『京子』のネームバリューで取引をするのは嫌だけど、それだけで済むなら安いものよね。それで?」
「はい。『調子に乗るな、エロ親父!そんなに写真が欲しいならクオン・ヒズリに直談判(殺され)に行け!』と言って丁重にお断りしました」
「は?全く丁重じゃないし!…貴方、最近久遠に似てきたんじゃない?ってか、もしかして久遠に買収されてる?!」
「あはは、そんなに褒めないで下さいよ」
「褒めてないわよ!ってか、買収されてることは否定しないわけ?!」
「買収…されてませんよ、うん。ただ、『キョーコを身売りするような真似してみてごらん。ただでは済まないからね』と脅されて、代わりに『京子』のデビュー当時の写真を1枚だけいただいただけですよ?」
あはは…とにこやかに笑いながら、そう言う秘書。
母の下についてた時はすっごく真面目な人だったのに…とキョーコは頭を抱えた。
どう考えても久遠の影響である。
キョーコの周りにいる男にわざわざ牽制をかけにきた久遠は、特にキョーコと接触する機会の多い秘書の彼とよく接触し、いろいろと刷り込んだらしい。
心身に負担になっているわけではなさそうだし、仕事に影響がなかったため放っておいたが、そのツケがきた……
「思いきり買収されてるじゃない…」
「そうですか?あ、ご心配なさらず。先日の取引には影響ありませんから」
「………」
あんな暴言を吐いておいて、それでも仕事に影響を及ぼしていない秘書の優秀さに素直に感心できない。
そして、「やっぱり久遠に似てきた…」と夫の影響力に呆れたのだった。
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蓮、出てきてないのに存在感はある気がする…流石、蓮(ぉい
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