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本能の赴くままに日記や小説を書いています。
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「キョーコ」

嫌な予感がしてキョロキョロと辺りを見回していたキョーコは後ろからかけられた声にびくりと身体を震わせた。

「魔界人!」

振り向いた先には、バレンタインの悪夢を引き起こした元凶。
その時のことを思い出してキョーコの顔は鬼のように険しくなったあと、恋する乙女のように頬を赤らめた。
そんなキョーコの様子に元凶――レイノは怪訝そうに眉を寄せる。

「キョーコ、お前…」

「な、何の用よ!ちゃんとチョコレートはあげたでしょ!!」

「お前、相手は誰だ?」

「は?アンタ、相変わらず人間の言葉がわからないようね。私は何の用だって聞いてるの!」

険しい表情でそう叫ぶキョーコの形から怨キョが顔を覗かせる。
しかし、特攻するような馬鹿なことはしないため、前回の二の舞になることはなさそうだ。

「…邪気が減ってる」

「は?」

「それはお前のプロテクターだろ?お前の精神を保つために必要なもののはずだ。その数が減ってるってことは、そいつらがいなくなっても精神を保てる準備が整ってきているってことだろ?」

「………」

怨キョの役割を把握しているレイノにキョーコは眉を寄せ、相変わらず得体が知れないわね…と呟く。
尚や琴南も怨キョを感じ取ることはできるが、レイノのように存在を認識し、その役割まで気付くことはない。
蓮や社に至っては、全く見えない人たちなので、寒気がする程度だ。

「…また捕まることがないように隠れてるだけで数が減ったなんてことは…」

「オーラでわかる」

ごまかそうとしたものの、あっさり見破られて口をつぐむキョーコ。
何故減ったかなんて…蓮の笑顔で浄化されるかなんて気付きたくないと願うキョーコの気持ちを知ってか知らずか、レイノは追い討ちをかけるように言った。

「そいつらが減った原因は誰だ?不破か?それとも…」

「あのバカなわけないじゃない!」

「…そのようだな。不破の名前を出した途端、邪気が増えた。ということはライオンの方か……」

納得したように呟くレイノの言葉にキョーコは理解できないとばかり顔を歪める。

「はぁ?ライオン?……まさか、敦賀さんのことじゃないでしょうね?」

「あぁ…確かそんな偽名だったな、奴は」

「偽名じゃなくて、芸名!」

「いや?あいつに限っては偽名で合ってるぞ。その証拠にあいつの本名は一度も世間に曝したことはないだろ?」

「別におかしいことじゃないでしょ。本人が隠したいならそれでいいじゃない」

その言葉にレイノはふっと笑う。
思わず零れたといった感じの笑みに、キョーコは不気味なものを感じてレイノを睨み付けた。

「……何よ?」

「『隠したい』ね…『曝したくない』じゃなくて『隠したい』のだと気付いてるあたりは流石だな。あっち方面は壊死してるのに、そういったことには鋭い」

「っ…別に深い意味はないわよ。バカショーみたいにイメージダウンになるから本名を明かしたくないのかもって思っただけで…」

「言葉の綾とでも言いたいのか?だが、お前は本能の部分で察しているはずだ。あの男は本当の名前を『隠したい』のだと」

びくりと肩が揺れる。
そう、本当は気付いてる…蓮は本名ごと過去を捨て去りたいと願っていたことに。
『坊』で接触した時に過去に触れ、心の傷に触れ、『雪花』として接触した時に演技の中に素が混じった『カイン』という名の闇に触れた。
どちらか片方だけだったなら気付かなかったかもしれない…けれど、キョーコは気付いてしまった。

「俺はその理由を知っているぞ?」

「…何でアンタなんかが知ってるのよ?」

「前に触れた時に過去が流れてきた」

「頭でも沸いたの?」

「信じられないか?だが、事実だぞ。キョーコがアレの過去を知りたいっていうなら教えるけど?」

「遠慮するわ。アンタのことだから、ないことでっちあげて敦賀さんのイメージダウンを謀ろうっていうんでしょ」

「いいや。それならお前だけに教えるより世間にばらまく方が効果的だろ?けど、LMEを敵に回すのは面倒だしな。それに、俺はただ、お前に教えるのが1番面白くて、1番あの男にダメージを与えられるから教えるだけだ」

「はぁぁあ?何言ってんの、アンタ!どうして私に教えるのが敦賀さんにダメージを与えることと繋がるのよ!」

そんなわけないのに。
知られたくないというなら、それは以前言っていた年下の女の子でしかないのに。
それとも、彼女には寧ろ知っていてほしいと思うのだろうか…?

キョーコはレイノに背を向け、歩き出す。
律儀に話に付き合う義理はないからだ。

「…………石」

「え?」

「捨てろって言ったあの禍々しい石。どうせまだ持ってんだろ?」

「当たり前でしょ!あれは大切な…」

「あの石、お前にやったの…あのライオンだ」

「なっ…ありえないわよ!だって、コーンは人間じゃ…」

「『コーン』?違うだろ。そう聞き間違えただけだ。よく思い出せ。お前が会ったその妖精とやらはこう言ったはずだ」

――こんにちは、キョーコ。俺の名前は


「『―――クオンだよ』ってな」


ドクンッ ドクンッ
嫌な汗が流れる。
そんなことないと言いたかったが、尊敬するクーが「クオン」と呼んだ時、「コーン」と聞き間違えたことのあるキョーコには違うと否定できるだけの根拠がなかった。
妖精だから違うと言いたいのに、本当に彼は妖精だったのだろうかと弱気になる。
外見上の特徴もクーが言っていた特徴と合致しているし、クーは京都出身だ…いてもおかしくはない。
クーの息子のクオンじゃない可能性だってあるのに、キョーコには何故か確信があった。

「っ…か、仮にコーンがクオンって名前だとして、それがどうしたっていうのよ?コーンはね、敦賀さんとは違って…」

「金髪碧眼の身軽な子供、だった?」

「!?」

「だけど、そんなもんカラコンと髪を染めるだけでどうにでもなるだろ」

「で、でもっ」

「あの男がお前いわく『コーン』なら、つじつまが合う…ということはないのか?」

「そんなものあるわ、け………」

本当に、ない?
だってあの人は石のコーンを拾った時に私の出身地を当てた。
熱に浮かされたあの夜、私を『キョーコちゃん』と呼んだ。
知るはずのない誕生日を知っていて、クイーン・ローザを用意していてくれた。
あの人がコーンなら、つじつまが、合う…
ショータローにあそこまで敵意を持ってるのもそのため?
王子様の『ショーちゃん』の話を私がしたから…だから、私がどれだけ『ショーちゃん』を好きだったか知ってるから…

「心当たりがあったようだな」

「っ………仮に、敦賀さんがコーンだとしても、それがどうしたって言うのよ!」

「別にどうもしないさ。だが、お前にとっては妖精だと思ってた少年が尊敬する先輩だった程度のことかもしれんが、あの男にとっては違う。お前が知ったということをアレが知った時の顔は見物だろうな」

くくっと笑うレイノにキョーコは眉を寄せる。
それほど知られたくないということなのだろうか?
別にコーンだからって先輩後輩の域を超えて馴れ馴れしくしたり、クオンだからって父親のクーを通して演技を評価したりしないのに。

「……そんなに私にコーンだったことを知られなくないってこと?」

「綺麗な思い出であってほしいのさ。コーンが自分だってばれるまではまだ良い…だけど、クオンだとばれたくないんだよ。クオンは綺麗な存在じゃないからな。警察にやっかいになってないだけで、犯罪者と変わらないような人間だから」

「犯罪者?敦賀さんが…?」

「あっちにいた頃は毎日のように暴力沙汰を起こしていたようだぞ。拳が血まみれになるほど殴ったりしていたようだ」

捕まらなかったのが奇跡だな。
レイノはその光景を読み取った時のことを思い出し、眉を寄せて呟く。
年齢に見合わない過去の持ち主だとミクロに言ったように、蓮は漏れ出るほどの闇を抱えていた。
触れたのが一瞬だったから良かったものの、触れた時間がもっと長かったら耐え切れずに失神していたかもしれない。
そう思うほど蓮の闇は深く、狂って壊れていてしまってもおかしくないほどだった。

「そんなの……」

「嘘だと思いたいならそれでもいいさ。だけどな、キョーコ。忠告しておくぞ。――アレはやめた方がいい」

「…別に、そんなんじゃ……」

「忠告はしたぞ?あと、忠告ついでに言っとく」

「…何よ?」

「俺にしとけ」

「はぁぁあ?!何でアンタなんかにしなきゃいけないのよ!」

「不破みたいなガキより俺の方がイイ男だぞ。それに、俺ならお前の全てを受け止めてやれる。恨みや憎しみといった負の感情を含めてな。俺くらいだろ?お前のソレをわかってやれるの」

ソレとキョーコの背後を指す。
確かに怨キョを見て触れる知人は今のところレイノだけだし、好意的に見てるのもレイノだけだ。

「…だから何だって言うのよ。それにアンタ、愛なんて甘くて脆いものなんていらないんでしょ?」

「まぁな。だけど、キョーコは情が深いようだからな。愛でも憎しみでも強烈そうだし、許容範囲外のことが起こって存在をデリートしない限りは愛じゃなくなっても強い感情を抱いていてくれるだろ?」

だってお前は人との繋がりを自分から断ち切れないから。
そう言ってレイノは楽しげに笑った。
無意識な事実を指摘され言葉に詰まるキョーコ。
尚だけが全てだった昔は人との繋がりを諦めていた。
尚と親しかったがために地域中の女子に嫌われ妬まれていたし、世話になっている尚の両親に喜んでもらえるように仲居の仕事をしていたから遊びに行くこともなく、キョーコの世界はずっと狭かった。
だから、世界が広がり、たくさんの人と出会ったキョーコはその縁を大事にせずにはいられなかったのだ…

「あ、アンタとの繋がりなんて断ち切ってやるわよ、出来る事ならね!」

「だろうな。俺は許容範囲ぎりぎりだろうし」

あっさり認めたレイノに思わず脱力する。
事実は事実だと受け止めるのだ、この男は…
そう思うと、確かに尚より大人かもと納得してしまった。

「なぁ、キョーコ。アレはやめておけよ?お前の手に負えるような奴じゃない」

「…知ってるわよ。いつも振り回されてばっかりだもの」

蓮が聞いたら逆だと否定し、社や琴南が聞いたらどっちもどっちだと呆れそうな言葉を発したキョーコに、レイノも後者と同じような意見を抱いたものの、それは口に出さずに「そうか」と呟いた。
勘違いを指摘したところで自分に対する悪意以外の感情に疎いキョーコは気付かないだろう。
それどころか「どうやったらそう見えるわけ?アンタ、頭沸いてるだけじゃなくて目も腐ってるの?」と言われるのがオチだろう。
それがわかってるのに指摘するほどレイノは馬鹿ではない。

「あ」

「…今度は何?」

「お前、時間大丈夫か?」

「え?」

そう言われて慌てて時間を確認するキョーコ。
次の現場に向かおうとしてから裕に30分は経っている。

「いっやぁぁぁああ!あとちょっとしか時間ないじゃない!せっかく余裕を持って出てきたのに!!」

「ドンマイ」

「ドンマイじゃないわよ!アンタのせいなんだからね!」

「そうか、すまない。で、こんなところで話していてもいいのか?」

「アンタに言われなくても行くわよ!」

急げばまだ間に合う。
次の現場はすぐそこだ。
レイノの文句を言ったキョーコはそう判断して走り出した。


「やめておけよ…『敦賀蓮』だけは」


大分距離が離れていたのに聞こえた言葉。
キョーコは立ち止まったりしない。
レイノもキョーコが止まったり振り返ったりするのを期待はしていないだろう。
人気のない局の廊下を走りながら、キョーコは呟いた。

「もう、遅いわよ…」

蓮がかけた悪い魔法はとてつもなく強力なのだから。





―――――――――――――――――――
蓮、いねぇ…
キョーコちゃんに過去バレしてみた。
蓮は知られることを恐れてるだろうけど、キョーコちゃんは知っても受け入れてくれると思う。
当社比で蓮→キョの割合が高いので、今回は珍しく逆ベクトルにしてみました。
実際は蓮→←キョですけどね。
でもって、実は尚よりレイノの方が好きなので、何気に良い扱い(笑

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