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「初めまして。敦賀蓮のマネージャーの社倖一です」
迷って迷って迷った末に電話した先は敦賀さんのマネージャーさん。
いつでもかけてきていいって言ってたけど、新聞でテレビ欄を探せば何箇所にもある名前。
そんな忙しい人にかけるわけにはいかない…そう思って、やはりこの話を受けなければよかったと後悔した。
地味で色気のない家政婦としか見られないような私。
そんな私が、今もっとも旬な芸能人で抱かれたい男No.1な敦賀蓮の住み込み家政婦をするなんて…
ファンが知ったら殺されるわね。
芸能人とかショーちゃん…松太郎以外興味なくて、敦賀蓮は松太郎が敵意を抱いてる芸能人だったから知ってたけど、殆ど名前しか知らなくて…
調べて敦賀蓮を知った今、私にこの役目は荷が重かった…
だけど、背に腹はかえられない…
生活していくためにはお金が必要だし、住む場所も必要だ。
目的[ショーちゃんのため]もないのにあんな高級マンションを借りる意味もないし、違約金は痛かったけど(2年契約だった)そのまま借りているよりマシ。
本当に必要なものだけまとめてみると、小さな段ボール一つ。
いかに私がアイツだけを見て生きてきたのか…その証拠のような気がして悲しかった。
アイツの私物は無駄なものが多かったから、絶対いるだろうモノを除いて、ネットオークションで売りさばいてやったわ!
本物だと思われなくても、マニアとかは欲しがるだろうと思って出してみたら、意外と高値で落札されて、そのお金は違約金の足しにさせてもらった。
他のは事務所の方に送ったけど…不審物と間違えられて処分されても私のせいじゃないわよね、うん。
家電製品はリサイクルショップに、服は古着に出した。
だって、家電は必要ないだろうし、あんなダサい服(自覚はあったのよ。だけど、動きやすさを重視したら飾り気のない服が良かったの!)で敦賀さんの家に押し掛けるわけにはいかないし。
ついでに髪を切ろうか悩んだけど、切って気付かれなかったら嫌だし…
そうして準備ができて、いざ電話をかける段になると気おくれしてしまった。
今からでも遅くないから、『だるまや』さんにお世話になろうかしら…?
そう考えたけど、手元にある敦賀さんの家のカードキーが許してくれない。
ポストに入れる…って手も考えたけど、それはあまりにも敦賀さんに対して失礼すぎる。
そしてかけた先がマネージャーの『社さん』
話は通しておくっておっしゃっていたけど、大丈夫なのかしら…?
普通に考えて、マネージャーだったら担当の俳優が女と暮らすなんて言い出したら反対するわよね?
…と思ったら、
『もしもし』
「もしもし…あ、あの、始めまして。恐らく敦賀さんから聞いていらっしゃると思うのですが、最上キョーコと申します」
『最上…?あぁ、『キョーコちゃん』か!話は聞いてるよ。蓮の食事の世話をしてくれる子だよね!』
「は、はい…」
『電話くれたってことは、引越しの準備が終わったってことだよね?』
「そ、そうです」
『荷物とかどのくらいある?沢山あるなら、今から蓮の住所教えるから郵送で…』
「いえ!段ボール一つだけですから、自分で持っていきます!」
『一つ?随分と少ないんだね…えっと、じゃあ、今日の9時くらいでいいかな?俺が迎えに行って先に蓮の家に連れていきたいところなんだけど、俺車の免許持ってないからさ。待ち合わせ場所はどこがいい?』
「で、では、○×○の△△丁目で」
『了解!…蓮に替わりたいところなんだけど、アイツ、今撮影中でさ。ごめんね?』
「い、いえ。ご配慮ありがとうございます」
『じゃあ、またあとでね』
「はい」
…普通だった。
普通に対応されてしまった…むしろ友好的だった。
おかしいわよね?
まぁ、マネージャーさんにまで受け入れられてしまったのなら仕方ない。
お断りして『だるまや』さんにお世話になるという道が消えた今、諦めてお世話になるしかない…って、こんなこと思っちゃ失礼よね!
敦賀さんは私のために申し出てくれたんだから…
と、とにかく!
少しでもお手を煩わせないように、運び出す準備をしなくちゃ!!
ある日、蓮は唐突に言った。
「知り合いの女の子と同居することになったのでよろしくお願いします」
その言葉を聞いた俺は1分くらい固まった。
俺の体感時間だと1時間くらい固まっていた気がしたが、実際に時計を見たら1分だったので間違いないだろう。
「…って、蓮!お前、いきなり何言い出すんだ!!!」
最近、どこか落ち込んでいるというか心あらずな感じだったから、今日元気になった姿を見て喜んでたのに…
その理由が女だと?!
今まで女の影すら見せなかったくせに、どうゆう心境の変化だ。
「そのままの意味です。昔の知り合いが困っていたので、食事を作ってもらう代わりに住居を提供したんです」
「昔の知り合い…?そんなのいたのか?」
「いたのかって…一人で生きてきたわけじゃないんですから、いるに決まってるでしょう」
「まぁ、そうだけどさ…。食事を作ってもらう代わりに、ねぇ…その子、調理師免許でも持ってるのか?」
「いえ…」
そう訊かれると思っていなかったのか、蓮が居心地悪そうに身じろぐ。
その態度に、ははぁん…と察した。
「彼女か」
ズバッと言うと、一瞬固まった後、困ったように微笑んだ。
「残念ながら、本当にただの昔馴染みです。大切に想っていた子なので、どうしても助けてあげたくて…」
「ふぅん…まさかのお前の片思いか」
「ちょ、社さん!別にそういうのじゃ…」
「お前さ、一回でいいからその子のことを想いながら鏡見てみろ。そんな顔して言われても説得力ないぞ!」
「そんな顔って…」
自覚がないらしく、蓮には珍しく戸惑った様子だ。
…こいつ、今までの恋愛は本当の感情が伴った恋愛じゃなかったんじゃないか?
そうだよなー…こいつ、恋をしなくても女の子の方から寄ってくるだろうからなぁ……
「まぁ、話はわかった。で?」
「…その子に社さんの電話番号教えておいたので、もしかかってきたらよろしくお願いします。恐らく、今月末にかかってくると思うので…」
「了解。名前は?」
「『キョーコちゃん』です」
「キョーコちゃん?…何、キョーコちゃん?」
「何って…」
「苗字だよ」
「……………」
「まさか、知らないのか?」
「………はい」
頷いた蓮に俺は呆れる。
一緒に住むことになる予定の子の名前さえ知らないとは…
本当に知り合いだったのか?
「その…会ったのが、俺が10歳の頃だったので、俺もその子もお互いにファーストネームしか言わなかったんです」
「へぇ。そんな前からの知り合いなんだ。確かに子供の頃だったら、その場に親がいるならともかくわざわざフルネームで自己紹介しないよな」
“会ったのが”って言い方から、一時期しか一緒に過ごさなかったのだろうと推測する。
長い付き合いなら、子供でも流石に名字くらい教えあっているだろう。
「……その子、信用できるんだな?」
「はい。真面目な子ですし、芸能人とかあまり興味ないみたいですから」
「へぇ…お前にも?」
「…まぁ、俺が知り合いでなかったら興味を持ってくれなかったのは確かですね」
再会した時のことを思い出してるのか、少し遠くを見ながら言う。
その顔が、どこか痛みに耐えているように見えるのは気のせいだろうか…?
本当に一緒に住ませていいのか、スキャンダル云々抜きで不安になったが、蓮の普段の表情に隠れた必死な想いに俺は折れるしかなかった。
「は、初めまして。最上キョーコです」
そう言って今時の子には珍しいくらい綺麗なお辞儀をしたのは高校生くらいの女の子。
女の子、という言葉から年下だろうなぁとは思っていたが、この年齢は……犯罪?
少し華やかさに欠ける印象はあるものの、造作は整っているから、もう少し年をとれば驚くほど美人になるのでは…と思った。
「初めまして。敦賀蓮のマネージャーの社倖一です」
そう言って名刺を差し出すと、どこか慣れた感じで受け取った。
所作がいちいち綺麗なんだよなぁ…いいとこのお嬢様とか?
でも、どちらかというと客商売に慣れてる感じ…
動作に厳しいところでバイトでもしてたのかな?
「蓮は車の中で待ってるから。荷物はそれだけ?先に蓮の家に送ったりしてなかったよね?」
「あ、はい。あまり私物は持ってなくて…」
持ってないにしても限度があるんじゃ…と思ったのは顔に出さない。
だてに『敦賀蓮』のマネージャーはしてないからな!
感情を隠すことくらいお手の物だ。
「そうなんだ。とりあえず、それ持つから貸して?」
「いえ。わざわざ迎えに来ていただいたのに、荷物まで持っていただくわけには…」
「力仕事は男の役目だって。いいから遠慮しないで」
謙虚な子だなぁ…
今時の子なら俺が言いだすより先に「あたし、こんな重いの持てな~い。マネージャーさん、持って~」って言うのに…(実際、そんなことあったし…)
流石蓮が選んだ子!
「で、でも、重いですよ?」
「いいから、いいから」
遠慮する彼女から荷物を奪う。
こんな小さな段ボールだから…と油断していたら、思っていた以上の重量があった。
「……い、意外に重いね。こんなに小さいのに…」
「私、収納得意なんです」
いろいろ詰め込んで重いのでやはり自分が持つ、という申し出を断って段ボールを抱えなおす。
若いのに何だか所帯じみた子だなぁ…
蓮とは逆のタイプだ。
なんていうか…恋人にするより結婚したい相手って感じ?
家庭的な感じがするし、こういう子が家で健気に待ってたら、何がなんでも早く仕事を終わらせて帰りたいと思うかも。
まぁ、この子には蓮がいるから手を出したりしないけど…いいなぁって思うくらい平気だよな?
「そうなんだ。俺は整頓とか苦手だから、羨ましいな」
「そうなんですか?」
「うん。時間があればちゃんと片付けられるんだけど、あいつの担当だとなかなか休みが取れなくてね」
家は寝るためだけにあるようなものだ。
もっぱら、食事は外食かインスタントだし、家で何かすることってあまりない。
「しかも、あいつ、あんなに大きいのに少食でさ、何とかinゼリーとかカロリーなんちゃらとかコンビニのおにぎりばっかで、体壊しそうな食生活してるからさ、キョーコちゃんが世話してくれるって聞いて肩の荷が下りたよ」
「そ、そんな食生活を…よくあの体を維持できていますね……」
「あいつ曰く、燃費がいいらしい」
燃費がいいにもほどがあるだろ!と何度思ったことか…
いい加減、サプリメント類で栄養取るのはやめてほしいと思っていたから、キョーコちゃんの件を聞いた時はスキャンダルと天秤にかけて、圧勝したくらいだ。
「そうなんですか…。あの、社さんは?」
「え?」
「マネージャーなんですから、社さんも敦賀さんと同じスケジュールなんですよね?ちゃんとお食事は取られているんですか?」
「あ、いや……」
まさかつっこまれるとは思わなくて、狼狽してしまう。
俺も蓮のことは言えない食生活だ…まぁ、俺は普通の人間だから、あいつまではいかないけど。
「よろしければ、敦賀さんの分と一緒に社さんの分もお作りしましょうか?」
「え?それは助かるけど…」
助かる。
すっご~~~く助かる。
だけど、あいつは恋する男…
もしかしたら、「俺だけに作ってくれるはずだったのに…」と恨めしげな表情で睨まれる可能性もある。
『温厚紳士』なんて世間では言われているけど、俺には分かる…あいつ、絶対昔手のつけられない問題児だった!
20歳という若さであの落ち着きよう…そうでなければ納得できない。
そんな奴に睨まれたら、心臓が止まるかもしれん…
「一応、雇い主は蓮だから、蓮に聞いてみないことには判断できないよ」
「あ、そうですよね!」
納得してくれて良かった。
ホント、素直な子だなぁ……
そんな感じで会話をしながら、目立たないよう人気のない場所に止めてある車に向かう。
有名人のくせに自分で迎えに行こうとしたくらいだ…きっと、待ちきれなくなっている頃だろう…急がねば!
到着すると、ちょうど蓮が外に出ようとしているところだったので、慌てて車の中に押し込んだ。
文句を言われたが、当然の行動だ!
人気が少ないとはいえ、全く人が通らない保障はないんだからな!
段ボールを後部座席に置き、その隣に座る。
てっきり、俺は助手席に座るのだと思っていたキョーコちゃんは戸惑ったが、蓮が「どうぞ?」と促したため、恐る恐る助手席に座った。
「社さん、ありがとうございました」
「いや。礼を言われるほどのことじゃないさ。ところでキョーコちゃん」
「はい?」
「もう、夕飯は食べた?」
「はい、一応…」
「そっか……じゃあ、二度手間になって悪いんだけど、こいつに夕飯作ってやってくれないかな?まだ食べてないんだ」
「あの、社さんは……?」
「俺は…」
「社さんの分もお願いできるかな?俺だけ食べるのって何だか申し訳ないし」
…紳士だな、男に対しても。
ごめんなぁ、蓮~!
キョーコちゃんの手料理を独り占めするためには何でもしそうとか思っちゃって!!
そうだよな、お前、こんな奴だったよな…
「社さん?」
「あ……じゃ、じゃあ、お願いしようかな?いいかな、キョーコちゃん?」
「はい!任せてください!!……因みに。お伺いしますが、冷蔵庫の中に材料は…?」
「………」
「…わかりました。ないんですね…想像はついてましたけど。なら、お手数をおかけしますが、スーパーに寄ってもらえますか?」
「…了解」
ご相伴に預かって食べたキョーコちゃんの手料理はすごく美味しくて、初めて蓮がおかわりするところを見た。
お店で出されても違和感無いよ、うん。
キョーコちゃんの腕を知っていたから頼んだのかとも思ったが、一口目、蓮も俺と同じように驚いていたから、キョーコちゃんが料理上手だったのは偶然らしい。
まぁ、これなら蓮が食事を残すこともないだろうし、安心だな…
もちろん、蓮にお伺いを立て、渋々OKをもらって(やっぱり独り占めしたかったのか…)キョーコちゃんに俺の分も作ってもらうことになったのは言うまでもない。
現場を見せてあげたいとローリィの前で言ったように、その日キョーコは蓮を連れて仕事場に向かった。
と言っても、もちろん強制ではない。
家に残って映画やドラマを見るなり、台本を読むなりしてもいいと提案したのだが、蓮自身が同行することを強く希望したため連れていくことにしたのだ。
用意した弁当を含む荷物を持ち、家を出た二人はキョーコの運転する車で移動していた。
「あの、京子さん」
「ん?なぁに?」
「先程は聞けなかったんですけど、父さ…クー・ヒズリの弟子って…」
「父さんでもいいわよ?」
言い直した蓮にキョーコはくすくすと笑いながら言う。
その言葉に蓮は首を横に振った。
「過去は持ち込まないと、決めましたから…」
「………そう」
悲しい決意に、しかしキョーコは反対も賛成もせず相槌をうった。
蓮が父親を超えようともがいているのを知っているからだ。
その想いは演技にも出ており、キョーコが見たドラマでも、追い詰められてもがいて何かを超えようと必死にあがいているのをひしひしと感じた。
その演技を見て気になったのだ…何のために焦り、何を超えようとしているのか…
視野を広く持ち、余裕が持てれば、それだけですごい役者になる。
そう感じたからこそ、余計気になった。
その少年の面影がある夏の日の妖精さんに似ていたのも一因だが…
そして、エンドロールで流れた名前を見て気付いたのだ…『コーン』は『クオン』だったのだと。
「オレのとうさんはスゴイんだ!」と天使のような笑顔で言っていた子供。
私が妖精だと勘違いしたから話を合わせてくれて、「いつか、とうさんより立派な王様になるんだ」と言っていたコーン。
けれど今、偉大な父の重圧に耐え切れなくなって壊れかけている。
画面を通して見えた投げやりで暗い瞳。
今は穏やかで大人しい印象を受けるけど、日本に来てまだ日が浅い彼の闇が晴れたとは思えない。
そんな彼に必要なのは、人の温もりを知ることだと思うから…
だから、社長が彼の書類を持っていた時、思わず申し出てしまっていた。
「…京子さん?」
「あ、ごめんね。クー・ヒズリとは私がまだ新人だった頃に出会ったの。ちょうど、『Dark Moon』をやってた頃かな」
「京子さんの初ドラマでしたね、確か。前作を上回る『未緒』でしたよ」
「ありがとう。でも、実は最初役を降ろされそうになったのよ?」
「えっ?!」
「養成所に行きながら芸能活動してたんだけど、養成所でまだ役作りについて習ってなくて、『未緒』ができなくてね。でも、監督が『未緒』は私にやってほしいって言ってくれて、演技テストで認められたから何とか『未緒』を演ることができたの」
役作りに困って、琴南に相談しようにも時間が合わなくて臨んだ最初の撮影。
『月篭り』で『未緒』を演じた飯塚に役を降ろされそうになったが、新しく『未緒』役を探す猶予はなく、緒方がどうしても『未緒』はキョーコにやってほしいと熱弁したため、降板は免れた。
どうして緒方がキョーコにこだわるのか知らない者たちは「事務所の力か」と陰口を叩いたが、尚のPVを受けた時も同じようなことを言われたキョーコにとっては今更で、時間をもらって『未緒』になるために考え、行動し、そしてキョーコにしかできない『未緒』を作り上げたのである。
「養成所に、通いながらだったんですか…」
「元々タレント希望だったからね」
業界に入るまで演技に関わったことすらなかったと述べるキョーコに、蓮の中でドロリとしたものが沸き上がる。
デビューしてすぐに大きな役をもらって成功した『京子』と挫折ばかりだった自分。
妬ましいと思ってしまう自分に嫌悪して、蓮は黙り込んだ。
キョーコは自分の可能性を信じ、力になってくれようとしている人だ。
そんな人を羨むだけならともかく妬ましく思うなんて…と蓮は己を諌める。
「あ、クー・ヒズリの話だったわね。脱線しちゃってごめんね?」
「いえ…」
「クー・ヒズリと会ったのは、社長から世話係というか食事係を任されたからなの。新人なのに『未緒』をやって沢山オファーが来てたから、私が天狗にならないように人生の苦汁を教えようって意図でね」
「天狗?」
「いい気になるとか、自惚れるって意味」
「…日本語って言い回しが独特でわかりづらいですよね」
何で同じ意味なのに言葉がたくさんあるんだ…とぶつぶつ呟く蓮に、キョーコはくすりと笑う。
笑われたことにむっとして蓮はキョーコを不機嫌そうに見た。
「京子さん…」
「ごめんごめん。先生から聞いてた通りだなぁって」
「先生?」
「クー・ヒズリのこと。最初は『人生は甘くないってことを教えてやる』っていやがらせされたけど、『未緒』のインパクトが強くてイジメ役ばかり舞い込んできて悩んでた私にアドバイスをくれて、それから『先生』って呼ばせてもらってるの」
「だから、弟子?」
「そうよ。先生も私のような問題児を放っておけるか!って言ってくれて、アメリカに帰ってからも相談に乗ってくれてたの」
おかげで『ナツ』も何とかできて、それをきっかけにイジメ役以外のオファーも舞い込んできた。
とはいっても、結局ヒロインの敵役ばかりだったが。
「仲良くなるきっかけになったのは敦賀くんなのよ?」
「俺?」
「そう。イジメ役ばかりで腐ってた私に演技指導をしてくれてね。その時の課題が先生の息子だったのよ。『お前が思う俺の息子を演ってみろ』って言われたから、何か特徴を一つ言って下さいって頼んだら、息子と奥様自慢のオンパレード。正直、嫌がらせかと思ったわ…」
ふふふ…と遠い目をして笑うキョーコに、想像がついた蓮は思わず謝った。
クーの自慢話はとどまるところを知らず、被害にあった芸能関係者がノイローゼになったことがあるのを知っているからだ。
日本に来てまで何やってるんだ、父さん…自重してよ
と悪態をつきたくなった蓮だが、キョーコの前であるため、心の中で思うだけに留めた。
「…というわけでね、貴方を演じたことがきっかけで仲良くなれたから、貴方は私の恩人なのよ?」
「…それが、俺の世話を引き受けてくれた本当の理由ですか?」
なんだ…結局、京子さんも他の人と変わらないじゃないか…
父さんを通して俺を見てる。
そう思った蓮の言葉をキョーコはきっぱり否定した。
「違うわ。それが理由ならそう言うもの。恩人だからといって、演技に関して妥協なんてしないわ」
そう真剣に言われ、蓮は演技に関しては厳しいと言っていたローリィの言葉を思い出す。
「それにね、貴方と同じように父親と同一視されて苦しんでいた人を知ってるから、尚更、貴方を通して先生を見るような真似はできないわ」
「え?俺と、同じ…?」
「『Dark Moon』の緒方監督。えっと…伊達監督って知ってる?」
「はい。有名な方ですから」
「その伊達監督が父親で、何をやっても父親と比較されて…自分は父親の付属品なんじゃないのか、って苦しい思いをしていたの」
「そう、なんですか…。あの、その方は…」
「『Dark Moon』をきっかけに父親の影から抜け出せたわ」
その言葉を聞いて蓮はホッとする。
蓮が散々味わった苦しみから抜け出せたことを嬉しく思ったのと、キョーコから父親と同一視されていないことに。
自分の演技だけを評価して、自分に手を差し伸べてくれたことに。
「あの…」
「ん?」
「俺のどこに可能性を見出してくれたのか、聞いてもいいですか?」
「あ、話してなかった?」
「はい」
「…少し、厳しいことも言うけど大丈夫?」
「……はい」
少し怖いけど、飾った言葉を聞きたいわけじゃない。
彼女の本音が知りたい…
そう思った蓮はしっかりと頷いた。
「基礎はできてるし、技術はある…って昨日話したわよね?」
「はい」
「だけど、貴方の演技は“演技”でしかないの」
「…どういう意味ですか?」
「いかにも“演技しています”って見えるのよ。役として物語の中で生きてない…私はそう感じたわ。気持ちがこもってないの。表情だけで表現しようとしてる」
そう言われて思い出す敗北感。
どの監督だったか…同じようなことを言っていた監督がいた。
あの時は「自分はちゃんとやってる!」って反論したけど…京子さんにもそう見えたのか…
少なからずショックを受ける蓮。
そんな蓮をちらっと見たキョーコは「言い過ぎたかしら…」と少し反省しながら、信号が青になるのを待つ。
「だけどね、敦賀くん。逆を言えば、感情さえ込めれば貴方の演技は格段に良くなる。あと必要なのは広い視野と余裕。余裕に関しては先生と関係ない『敦賀蓮』として評価されるようになれば、自然と出てくると思うから焦る必要はないわ」
「感情と、視野と、余裕……」
「そう。それさえ身に付ければ、貴方は凄い役者になれる。それこそ、先生を越えるような、ね」
私はそう思ってる。
キョーコはそう言って微笑んだ。
その言葉が嘘だとはカケラも思わなかった。
あちらにいた頃は、そんなこと言われたら反発していたのに、何故かキョーコの言葉は素直に受け入れられた。
それは、あまりにもキョーコが優しい顔をしていたからかもしれない…
「あとね、敦賀くん」
「はい?」
「独りになってはダメよ?」
諭すように、けれど、自分自身にも言い聞かせているかのようにキョーコは言った。
「自分は独りだと思ってはダメ。見えるものも見えなくなるから…」
「あの、それはどういった…」
「私の経験談。いろんな人が手を差し伸べてくれていたのに、私にはそれが見えてなかった。気付いたのはモー子さん…琴南さんに怒られてからだったわ。『私はあんたの親友なんでしょ!!なのに、その親友にすら心を許せないの?!』って…その後、社さんにも怒られて、社長さんにも怒られて、タレント部門の主任にも怒られて、先生にも怒られて…あんなに怒られたの、生まれて初めてだったわ…」
怒られた時の話をしているはずなのに嬉しそうに語るキョーコを、蓮は不思議そうに見る。
「だから、貴方も私みたいに自分は独りだなんて思い込んだらダメよ?殻に閉じこもってはダメ。貴方が『敦賀蓮』でも私がいる。社長さんも、琴南さんや社さんもいる。壁にぶち当たったら一人で悩まないで私たちに頼って?」
「でも…」
「頼るのは悪いことじゃない。むしろ、自分一人で何とかしようって考え込んでしまう方がいけないわ。だから、例え些細な悩みでも相談してね?」
本当に心配そうな顔で言うから、蓮は何も言えなかった。
誰にも頼らず自分の力だけでトップ俳優になって、そして、大手を振って帰国するんだと考えていたのに…
なのに、キョーコにはそんな蓮の考えを覆す力がある。
そんなこと言われたら、甘えたくなる…
葛藤する蓮の握り締められた拳を、キョーコが見つめていたことを蓮は知らない。
>決壊した理性
暴走ヘタ蓮を書くのは楽しいですwww(ぉい
坊バレしようか悩んだのですが、あえてばらさない方向で…
「性的表現あり」って書いてありますが、ホント「微」って感じですよね。
どこからがR指定ありなのか、その境界線がわかりません…(汗
これは、結構オブラートな表現なので、指定はつけませんでしたが…うん、自分に指定ありは無理ですね。
R指定=蓮指定=ヘタレしt(ry
私のダメな頭では、無理。
さて、拍手返信です。
11/9・11/15
>ピーチ さま
拍手ありがとうございます!
気に入っていただけたようで幸いです。
「大切な君」は執筆中なのですが…視点が変わりまくりで読みにくいかも…
いつupできるかわかりませんが、できる限り早く執筆し終えたいです。
「決壊した理性」はタイトル通り、蓮の理性が決壊してしまいました(笑
どこまで暴走させるか悩みましたが、書いてて楽しかったです!
11/12
>perorin さま
拍手ありがとうございますvv
授業中の落描き、楽しいですよね!!
寧ろ、殆ど授業中にしか描かないというか…(ぉい
「大切な君」はなるべく蓮視点で書いていきたいなと思っています。
視点で書くと、動作のこととか文字にあらわしにくいのですが、その分心情がわかりやすいので、なるべく心の動きを大事にしていきたいな…と。
風邪はもうひいてるのですが(ぉい)、悪化しないように気をつけます!
お気遣いありがとうございますw
「お呼びたてしてしまい、誠に申し訳ありません」
「いや…こちらこそ、時間を作ってくれてありがとう。俺も君と話がしたかったんだ」
次の日の夜10時。
事務所には早めに来ていたけど、勇気が持てなくて、10時きっかりにラブミー部の部室のドアを叩いた。
中には既に彼女が来ていて、入室を促す。
いつもなら喜々として開けるドアが異様に重い気がした。
中に入ると席をすすめられ、鈍い動きで座る。
ここまで来て彼女の反応を恐がる俺は臆病で、そんな自分が情けなかった。
「単刀直入にお尋ねします。私はあの行為を貴方がおっしゃった『考えなしに男性の部屋を訪ねて、演技のためとはいえ二人きりの空間で男を誘惑するような真似をしたお仕置き』と、何でもかんでも自分に頼るなという意味、そして容易に自分に近づくなという意味で捉えましたが、敦賀さんはどういった意図を持ってあの行為に及んだのですか?」
率直に訊かれ、蓮は固まる。
キョーコのことだからやんわりとオブラートに包んで訊いてくるものだと思っていた。
しかし、考えてみればわかることで、素直で正直なキョーコが敬意を持てぬ男に対して遠回しな表現を使うなんてないだろう。
そして、この問いに言葉を濁した返答なんて彼女は許してくれない。
それこそ、「こっちは真剣なのに言葉を濁すなんて最低!」と軽蔑しかねない。
「…『お仕置き』という言葉も嘘ではなかったよ。あんな夜遅くに一人暮らしの男のところに来る無防備さに苛立ちを感じたのは本当だ」
男として見られてない…わかってはいても、そのことに傷付いて、俺の気持ちも知らずに無防備でいる彼女に苛立ちを感じた。
そして、不安になった。
こんな風に他の男のもとにも行ったりするのではないかと…
夜遅くに訪ねていって、食事をして、笑顔で会話をして、そして……
そう考えたら止まらなかった。
「だけど、それだけであんなことはしない。頼るなとか、近づくなとか、そんな意味合いはなかった。むしろ、もっと頼ってほしいし、近くにいてほしい。それは俺が、君を……」
ーーー好きだから
言った。
ようやく、言えた。
『お仕置き』なんて言葉を使って、彼女も自分も誤魔化して、彼女に触れた。
たった一言、『好き』と言えなくて、遠回りをした…
素直に言えば、きっと彼女は何がなんでも逃げ出しただろうけど、こんな風に尊敬すら失うようなことにはならなかっただろう。
『大切な人はつくれない』
そう自分に枷をしていたけれど、彼女を特別視した時点でその誓いは意味のないものだったのに、認めたくなくて足掻いて…結果、彼女を傷付けた。
『恋はしない』
そうは言っていても、だからといって誰に抱かれてもいいなんて、そんなこと思ってるはずもない彼女の“初めて”を奪って、罪悪感を抱きつつも、どこかで満足していた。
そんな醜悪な俺が確かに存在した。
そんな俺が今更『好きだから抱いた』なんて言っても、彼女は信じてくれないだろう。
きっとこの後、「正直におっしゃって下さい。君の身体で性欲処理させてもらったよ、と。今更取り繕わなくても結構です」とか言うに決まってる。
そう言われたら、俺はなんて言えばいいんだろう…?
「好きだから…ですか。本当に?」
考えていたような酷い言葉ではなく確認で、俺は少し拍子抜けしながらしっかり頷いた。
「…信じてもらえないと思うけど、本当なんだ。君が好きで好きでたまらなくて…演技で誘惑されて、男として見られてないって、そう思ったら君を押し倒していた。男として見られてないのなら、男と見られるようにしてやるって…『お仕置き』なんて殆ど建前で、ただ、君に触れたかっただけなんだ」
戸惑い、抵抗する彼女を押さえ込んで、「“ナツ”ならこんなことで動揺しないんじゃないかな」なんて言って挑発して、柔らかなその肢体に触れた。
役者意識の高い彼女はそう言われたら抵抗できないだろうって、彼女の演技に対する気持ちを利用した俺は卑怯で最低な男だ。
そうわかっていても、触れたかった。
彼女を俺のモノにしたかった。
だから、“ナツ”の余裕のある態度とはうらはらに、縋るような視線を送る彼女の心を裏切って、彼女を貫いた。
思うがままに揺さぶって、「ごめんなさい、許して下さい…っ」と泣く彼女にキスをした。
君の身体を手に入れて、だけど、そのに心はない。
「好きだという気持ちが免罪符になるとは思わない。俺がしたことは間違いなく犯罪だ…訴えられても仕方ないことをした」
「…訴える気はありません。貴方という役者を失いたくありませんから」
「良かった…まだ、役者としての俺は君の中にいるんだね。軽蔑されて、役者の俺ごと抹消されたと思ってたから…」
まだ、残ってた。
プライベートの俺が消されても、役者の俺がまだ彼女の中に存在する…
そのことがたまらなく嬉しかった。
「ねぇ、最上さん」
「…はい」
「もし…もしも、許されるのなら、君に償いをしたい。どんなことだってやる。甘い考えだと自分でも思う…だけど、俺にはこれくらいしか思いつかないんだ…。役者の俺しか見たくないなら、ずっと“敦賀蓮”でいる。土下座をしろって言うならいくらでもするし、顔も見たくないのなら可能な限り君の視界に入らないようにする。だから、お願いだっ!君の中から俺を消さないで!そして、想うことだけは許してほしい。君がいなければ、俺は立つことすらできないんだ…」
立つこと、どころか生きていけない。
だけど、そんな風に言ったら、優しい彼女は嫌でも拒否できないだろう。
そんな脅迫みたいな真似はしたくない。
立つことすらできない、くらいなら大袈裟に言ったのだと思うだろう。
「償いなんて、私、望んでいません」
「でも…っ」
「…ずっと、悲しかった。こんな行動にでるくらい、迷惑に思われていたんだって。迷惑だから、鬱陶しいから…そんな理由で女性を抱けるんだって。ですから、そうじゃないのなら、いいんです」
「最上さん…」
「好きだと思って下さっていた貴方を傷付けて、あんな行動を取らせたのは私です。貴方だけが悪いんじゃない」
正直、驚いた。
好きだと言っても「嘘です」って言われると思っていたし、「顔も見たくない」と言われても仕方ないことをした。
なのに、君は俺を許してくれるんだね…
「ありがとう…できれば、想うことも許してくれる?」
「…貴方に想われるような大層な人間ではありませんが、貴方がそうしたいのでしたら…」
「ありがとう、最上さん」
嬉しくて思わず破顔する。
そのことに目を丸くした彼女は、少しだけ頬を赤く染めて微笑んだ。
「いつか…」
「え?」
「いつか、私が恋を…愛を肯定できるようになって、必要だと思える日が来たら…その時に答えを出してもいいですか?それまでに心変わりをしていらっしゃるかもしれませんけど、初めて愛を告げて下さった方だから…最初に敦賀さんに伝えたい」
優しすぎるよ、キョーコちゃん…
俺は君に許されないような酷いコトをしたのに、そんな言葉をくれるなんて…
図に乗ってしまいそうだよ。
「待ってるよ。ずっと、待ってる。その時の答えがどうであれ、君が大切な感情を取り戻す日を待ってるよ。…それからね、心変わりなんて絶対にありえないから。それだけは信じて」
「え?でも…」
「言ったら呆れられるかもしれないけど、君が初恋なんだ。君に会うまで、こんなに心揺さぶられることなんてなかった。…さっき言っただろ?君がいなきゃ立てないって。そんな風に思える相手がそうそう現れるわけないじゃないか」
この歳で初恋なんて嘘だと思われるかもしれないけど、本当だよ?
過去、付き合った子たちには悪いけど、こんなにも激しい感情を抱いたことなんてないし、君といるだけで新しい自分を発見できるんだ。
演技以外にこんなに執着したのだって初めてだし、独占欲を抱いたのも愛しく思ったのも初めてだし、素でテンパったのも初めての体験だった。
君だけなんだよ。
それ以外何もいらないから、欲しいと思える存在なんて…
「だからね」
ーーー待ってるよ、いつまでも
++++++++
暴走ヘタ蓮でした。
本当は押し倒しただけにしようと思ってたんですよ。
キョーコちゃんはそれだけで逃げ回るでしょうし、蓮も「あの天然純情娘にあんなことをしたら逃げられるに決まってるじゃないか」みたいな感じでしょうから。
でも、コミック呼んでてバレンタインのショーのキスのとこ見て、イラっ☆としたので、ついつい指が勝手に…
好きで好きで好きで好きで…
もうごまかせないこの心。
いくら考えないようにしていても思い浮かぶ君の姿。
俺を侵食する甘い毒…
いつしか俺の全てを蝕んで…甘い毒は猛毒に変わった。
自分では制御できない感情…制御できない身体…制御できない熱…
そしてそれは、
君に襲いかかった。
「あ…」
「どうした、蓮…って、あれ、キョーコちゃんじゃないか!」
動きを止めた蓮の視線の先を追った社は、その先にキョーコの姿を見つけ、嬉しそうな声を上げる。
蓮の恋を応援する社にとっては嬉しい出会いであったが、“あれ”以降キョーコと会っていなかった蓮からすれば、恐れていた出会いであった。
そんな蓮の心情を知らない社は、強張る蓮に気付かず、キョーコに声をかける。
「お~い、キョーコちゃ~ん!」
びくりと肩が震える。
しかし、振り向いたキョーコはいつもと変わらぬ笑顔であった。
「こんにちは。社さん、敦賀さん」
以前と変わらぬ態度、変わらぬ声音。
だが、僅かに腰の前で組んだ手が震えていた。
「いや~、運命だね。キョーコちゃんも今日はここで仕事?」
「はい。ラブミー部関係でちょっと…」
「あ、そっちの仕事なんだ。珍しいね。久しぶりじゃない?」
「えぇ、まぁ…顔が売れてきた芸能人に変なことさせられないって椹さんが考慮して下さっているので」
ありがたいです。
そう言うキョーコはいつもと何ら変わりはない。
しかしそれは、蓮を意識しないようにしているからだ。
それに気付いた蓮はぎゅっと拳を握った。
「ところでキョーコちゃん。今日、この後暇?実はさぁ、蓮のやつ…」
「すみません、社さん。私、この後用事が…」
「え?そーなの?残念だなぁ…」
しょんぼりと落ち込む社にキョーコは慌てる。
「あ、あの!また敦賀さんが食べてないとかそういうお話ですよね?」
「うん、そうなんだよ。なんか、ここ数日特に食欲がないみたいでさぁ」
「でしたら、スケジュールさえ教えていただければお弁当作りますよ?」
その言葉に社は悩む。
社的には蓮の家で一緒に食事をしたもらえれば、蓮の機嫌も体調も良好!なので、そちらの方が嬉しいのだが、せっかくのキョーコからの申し出を断るのは勿体ない。
そう判断した社は「うん、頼むよ!」と返事をした。
しかし、蓮からすれば、キョーコの申し出は自分といる時間を少しでも無くすためとしか思えない。
蓮の食事事情は気になるが、蓮とあまり接触したくないという考えが透けてみえるようだ。
「あの…それでは、私はこれで…」
「あ、引き留めちゃってごめんね、キョーコちゃん」
「いえ。それでは失礼しますね」
ぺこりと頭を下げると、奥へと向かって歩いていく。
その後ろ姿を眺めていると、社に小突かれ、そちらを見る。
予想通りによによといやらしい笑みを浮かべた社がいた。
「るぇぇん~。どうしたんだ~?いつもならもっと積極的に話しかけるのに」
「いえ…少し考え事を…」
「キョーコちゃんが傍にいるのにか?」
「そんな時もありますよ」
いや、傍にいるからこそ、考えていた。
話しかけて嫌そうな顔や怯えた表情を…まだそれならいい…関心のなさそうな顔をされたらどうしよう、と。
「おい、蓮…蓮!」
「…はい?」
「お前、本当に大丈夫か?時間だぞ?」
「あぁ、すみません。大丈夫ですよ。行きましょう」
そう言って歩き出した蓮はふと“彼”のことを思い出す。
悩んでいる時にはかったように現れる“彼”…
もしかしたら会えるのではないか…そして、またアドバイスをしてくれるのでは…と考えて、そう都合よくはいかないかと自嘲した。
今日が収録日とは限らないし、中身が変わっている可能性だってあるのだ。
世の中、そう上手くはいかない…
そう考えつつも可能性を捨てきれず、休憩時間にあの場所に行ってみようと決めた。
「………あ」
諦め半分で足を運んだ蓮は、聞き慣れたぷきゅぷきゅという気の抜けた音を聞いて、はっと顔を上げた。
そこには求めていた鶏の姿…
「…また何か悩み事かい?」
どうやら中身も同じらしい。
それだけで嬉しくなった蓮は少し表情を緩めた。
「今度はどうしたんだい?」
「…聞いてくれるかな?」
「君が話したいと言うならね」
あくまで君次第だ…と言う鶏に、なんだか今日は冷たい気がすると思いつつ、蓮は口を開く。
「実はね、とある子に酷い事をしてしまったんだ」
「女の子?」
「そう。覚えてるかな?前話した子なんだけど…」
「あぁ、4つ下の高校生ね。…それで、その子相手に何やらかしたんだい?」
「やらかしたって…まぁ、間違ってはいないが…。その…彼女が食事を作りにきてくれたんだが…」
「わざわざ?脈ありなんじゃないかい?でなきゃ1人暮らしの独身男性の家なんて行かないだろう」
「そう思いたいのはやまやまなんだけどね…彼女の場合、仕事と義務感からだから…」
「仕事?」
「あぁ。マネージャーのお節介でね…彼女のスケジュールを調べ上げて、空いてる日に依頼するんだ」
親交を深めろだの、手慣れたテクでメロメロにしろだの…
俺がどれだけ自制して、彼女を傷つけないようにしていたのかわかっているのだろうか?
協力してくれるのは、そりゃ……助かっていたけど。
「…ふぅーん。マネージャーにはばれているんだね。なら、マネージャーに相談すればいいのに、何でボクなんだい?」
「マネージャーも知ってる子だからね。俺がやってしまったコトを聞いたら、それはそれは暴走するだろうからね…」
「暴走って…いったい何をやらかしたんだ、この似非紳士」
「似非って…酷いな。まぁ、否定はできないけどね。実は、料理を作りに来てくれたその日にね、彼女を…あー…お、押し倒してしまったんだ」
「……君って、紳士の皮を被ったけだものだったんだね。誰にでもそんなことやってるんじゃないのかい?」
「誰にでもって、そんなわけないだろ!家に上げたことのある女性も、恋人でもないのに押し倒したのも、彼女が初めてだ」
「…ぇ?」
「え?って…俺ってそんなに節操なしに見える?」
「いや、そういうわけじゃないけど………で、何で押し倒したのさ?」
「その…君も男ならわかるだろう…?好きな子が無防備に近くにいて、散々俺の理性を試した挙句、役で男をたぶらかす場面があるんだけどわからないから練習台になって欲しいなんて言われたら…」
理性がぷっつんしてもおかしくないはず!
いつもより色気たっぷり(ナツ)で迫られて、しかも、キス寸どめ数回…
これで耐えられる男がいたら、俺は尊敬する!!
そう言って顔を歪めた蓮に、鶏は少しの間固まった。
しかし、着ぐるみなので、蓮に気づかれることはなく、考えるような仕草をした後、蓮に問いかける。
「…役ってことは、その子、役者なんだ…」
「え?あ……」
その問いに自分の失言に気づいた蓮は、慌てて誤魔化そうとしたが、「大丈夫。誰かまではわからないし、このことを他に漏らしたりはしないよ」と鶏に言われ、諦めて頷いた。
どうせこの鶏にはいろんなことを知られているのだ、好きな子の職業くらいなんだ。
この業界に女子高生なんて山ほどいる。
その中から絞り込むなんて普通に考えれば無理だろう。
「…で、それから?」
「それからって…」
「君はどうしたいんだい?様子から見るに、その子とうまくいってるわけじゃないんだろ?」
「うっ…相変わらず君は痛いところをつくな…。ご察しの通りだよ。あからさまに避けられてはいないけど、目を合わせてくれなくなったし、こっちも気まずくて…話しかけて無視とかされたら立ち直れないし…」
「…君、意外と肝の小さい男だな」
「うるさい」
ぷいっといじけたように顔を背ける蓮に鶏は唖然とする。
天下の敦賀蓮が…いじけて、ぷいって……
「……でも、このままじゃダメだろう?それを自覚してるから、背中を押してもらいたくてボクのところに来たんじゃないのかい?」
「ご明察。全く…君の慧眼には恐れ入るよ。仲直り…というのも変かな。元の関係に戻れれば…できれば、進展した仲になれればいいなと思うよ」
「…大切な人は作れないんじゃなかったのかい?」
「そのつもりだったんだけどね…。ロックをかけていたはずなのに、意味がなかったみたいだ。そんなこと考える余裕もなかったよ。大切な人は作れない…作らないと決めていたのに、彼女はあっさりと俺の心の中に入ってしまったんだ」
「そう、なんだ…」
「あぁ。俺はもう、彼女がいないと幸せになれない。…いや、違うな。幸せになれないだけなら諦められるけど、彼女がいないと前を向いて歩くこともできないんだ」
「大袈裟で抽象的だな。前を向いて歩けないって、この世界[芸能界]でって意味かい?」
「だけじゃないよ。生きていけないって意味。彼女の世界から弾き出されたら、きっと俺は壊れてしまう…」
罪を犯し、存在意義を失いかけていたあの頃[久遠]の時のようにはいかない。
あの時は日本という新しい道を示し、救いの手を差し伸べてくれる人がいた。
けれど、今回はたった一人の手しか欲しくなくて、その子の手でなければ意味がなくて…
彼女に手を降り払われたら、それで終わり。
他に道なんてないし、いらない。
たった一人が欲しい。
「大袈裟に聞こえるかもしれないけど、それだけ俺にとって彼女の存在は大きいんだ」
「………そぅ。なら、絶対に仲直り、しないとね」
「そうなんだけどね…」
「どうしてそこでヘタれるんだ。行動しなくちゃ、話し合わなくちゃ何も変わらないままだろ」
「おっしゃる通りです…」
「君のことだ。押し倒した時もその行動を正当化して、自分の本音なんて殆ど漏らしてないんだろう?腹を割って話しなよ。それが最低限の礼儀で誠意ってもんだろ」
「…ホント、君って不思議だよね。俺の性格も行動パターンも把握してるし…なんか狡い」
「ずるいって…」
拗ねる蓮に鶏は呆れる。
普段は驚くほど大人なのに、今は子供のようだ。
「…でも、ありがとう。おかげで勇気が出たよ」
「いや…礼には及ばないよ」
そう言って気まずそうに顔を背ける鶏に蓮は疑問符を浮かべながらももう一度礼を言う。
言うことは辛辣だが、蓮相手にここまで言ってくれる人は殆どいない。
社は蓮の逆鱗に触れないように気をつけようとするし、ローリィは放任なところがある。
だから、こんな風に遠慮なく言ってくれる存在は貴重だ。
それに、遠慮なくばっさり切られて、なんだか少し吹っ切れた。
「じゃあ、ボクはそろそろ時間だから…」
「あぁ。今日はありがとう」
そう言うと、鶏は俺に背を向けて手を振った。
その姿が着ぐるみなのに格好よくて、きっと中の人は男気あるイイ男なのだろうなと思う。
そんな俺を立ち止まった鶏の中身が、覚悟を決めた目で見ていたなんてその時の俺は気づかなかった…。
それから、数時間後。
覚悟を決めたくせにたったあと一つのボタンを押せない俺のもとに、一通のメールが届く。
それは、俺を避けていた彼女からのもので、『話がしたいので近いうちに時間を作って下さい』とだけ。
礼儀正しい彼女にしては珍しい文。
いつもなら、サラリーマンが出すようなビジネス文から始まり、内容もこちらが悲しくなるほど丁寧すぎる文章で、お願いなんて滅多にないけど、あったとしても『下さい』ではなく『下さいませんか?』とこちらの意思を尊重する文章なのに…
「…もう敬意を向ける必要もないってことかな?」
尊敬よりも欲しいものがあった。
けれど、いざ、いらないと思っていた尊敬を向けられなくなると、そんな価値すらないのかとショックだった。
そう感じつつ、接触をしようとしていたのはこちらも同じなので、すぐに社さんからスケジュールを聞き出し、それを送る。
すると、少し経ったから『では、明日の22:00にラブミー部の部室で』と返信がある。
そのメールに了承の返事を送ると、俺は今までで一番緊張しながら、いかに彼女を繋ぎ留めるか…そんなことを考えながら、明日に備えた。
「大切な君」…意外と好評なようで嬉しいです。
時間とネタが続きを書きたいです。
ではでは、拍手返信です。
10/29
>sizuku さま
拍手ありがとうございます!!
病み蓮は私の中ではけっこう酷い男です。
キョーコちゃんの気持ち<執着心
な蓮ですから。
私的には、『コーン』が蓮とキョーコちゃんの関係の要だと思うんですよ。
どちらにとっても大切な思い出で、傷を癒してくれる記憶。
それを捨てられて、箍が外れちゃった蓮が病み蓮です。ヤンデレヤンデレww(まではいかない(ってか書けない
まいふぇあれでぃ、もいいですよねぇ!!
貢ぐ君な蓮とかも楽しそうです♪
行き当たりばったりなので、私自身、これからどうなるかわかりませんが、気長にお待ちくださいvv
>EAST さま
拍手ありがとうございますww
つらい思いをさせてしまい、すみません(苦笑
私はキョーコちゃん至上なので、辛い思いをするのはキョーコちゃんより蓮になってしまうんですよね…(ぉい
でも、これ以降の話はそこまで辛い思いはしない…はず!
基本的にハッピーエンドが好きですし、どちらかといえば敵(ショー)苛めの方が好きですからw
続き、あまり考えてないのでどうなるかわかりませんが、頑張ります!
「家政婦としか思ってない」
差し入れを届けに行って、聞いてしまった言葉。
その言葉を聞いた瞬間、私の中の何かが音を立てて崩れた。
私の王子様は、幻想だった…
ずっと、ずっと尽くしてきたのに、いとも簡単に切り捨てる彼が憎くて、恨めしくて…けれど、それを彼にぶつけた次の瞬間、急激に冷めた。
――こんな男のために、優しい思い出を捨ててしまった…
大切で大切で、“王子様”である彼にも話したことのなかった、私だけの妖精。
あの夏の思い出を、私はこの男のために捨ててしまったのだと空しくなって、嘲笑を浮かべる彼を冷めた目で見つめ、何も言わずにその場を去った。
「なにやってるんだろ、私………」
立ち止まって、空を見上げる。
綺麗な青空…けれど、心が動かされることはない。
美しい木々を見ても、可愛らしい花を見ても、ファンシーなグッズを見ても、何も思わない。
――私の中、空っぽだ……
彼を中心に私の人生は回っていた。
思い出が私を支えていた。
けれど、今の私の中にはどちらも、ない。
「…ごめんね、コーン」
貴方を捨てて得たモノは、虚無。
懲りずに俺は、あの日車で通った道を歩く。
彼女と会えることはないだろう…そう、わかってるのに……
諦め、きれない。
どうにか彼女を繋ぎとめておきたい…嫌われていても構わない。
ただ、せめて…せめて、この石だけでも……
「……ぇ?」
彼女がいたような気がして、思わず立ち止まる。
考え事をしながら歩いていたせいで、いつもより長い距離を歩いていたらしい。
あまり見慣れない場所にいた俺は、小さな公園のベンチに座り、空を見上げている少女を見つけて呆然とした。
――あの子だ!!
拒絶されるのが怖くて竦む足をどうにか動かし、じっと空を見つめて動かない彼女に近づく。
俺だと気付いてないにしろ、誰か近づいてきたことくらい気付いてないはずがないのに、彼女に反応はない。
いや、もしかして、俺だと気付いたから、反応しない?
「――キョーコ、ちゃん」
前に立っても反応のない彼女に、俺は思わず声をかけた。
すると、ビクッと肩を揺らした彼女は、目を見開いてこちらを見た。
どうやら、俺だと気付いて無視をしていたわけではないらしい…そのことに、ホッとする。
「こ……つるが、さん…」
「コーンでもいいよ?」
「…だめ、です。そう呼ぶ資格なんて、私には……」
「資格なんて必要ないよ。…あえて言うなら、“君”であるのが条件、かな?」
だって、その名[コーン]で呼ぶのは君だけ。
君だけで、いいんだ。
そう呼んで?
だって、その名で呼ぶってことは、思い出を捨てきれないってことだろ?
俺と同じように、あの夏のたった数日間の思い出に執着してるってこと、だろ?
「敬語もいらない。ね?」
「で、も…」
気まずげに目線を逸らす君。
…当たり前だよね。
決別すると言って君は、“俺”を捨てたんだから…――だけどね、キョーコちゃん。
狭いようで広いこの都市で、こうして会えたのはきっと運命[さだめ]だと思うんだ。
だからね…
「逃がす気なんて、ないよ」
「え?」
ボソッと呟いた言葉はどうやら幸いなことに聞きとられなかったらしい。
きっと、聞かれていたら君はすぐにでも逃げ出すだろうから。
「あの……」
「ん?」
「何で、ここに敦賀さんが…?」
「(コーンで良いって言ったのに…)散歩してたんだ。そしたら君の姿が見えてね…決別されてしまったけど、俺にとって君は大切な子だから…撤回、してもらえないかなって思って」
嘘はついていない…
散歩していて君を見つけたから撤回してもらおう…と思ったのではなく、撤回してほしくて君を探して散歩していた…順序が逆なだけだ。
「て、っかい…」
「…やっぱり無理?無理なら、『敦賀蓮』のことは諦めるから、『コーン』だけでも受け入れてもらえない、かな?『ショーちゃん』が嫌いなのは『敦賀蓮』で、『コーン』のことは知らないんだろう?だから…」
「ショー、ちゃん……」
せめて…せめて、コーン[過去]だけでも受け入れてほしい。
そんな思いで紡いだ言葉。
しかし、彼女は『ショーちゃん』[王子様]の名前を呟いて固まってしまった。
その様子を不審に思い、目の前で手を振ってみるが反応がない。
「キョーコちゃん?」
「わたし」
「ん?」
「かえります」
「え?!」
立ち上がり、その場を去ろうとする彼女の腕を慌てて掴む。
彼の名前を出した途端、この反応…
なにか、あったのか…?
「キョーコちゃん、どうしたの?もしかして、彼と何かあった?」
「…別に」
「…相変わらず、嘘が下手だね。いったい何があったの?こんな状態の君を帰すなんてできないよ」
話してほしい。
そう意を込めて、少しだけ腕を掴む手に力を入れた。
このまま帰す気はないのだと…
戸惑い顔でこちらを見ていた彼女だったが、諦めたのか「はぁ…」と溜息をついて、再びベンチに座った。
「……聞いてて楽しい話じゃないですよ?」
「うん。でも、聞きたい」
そう答えると、彼女はポツリポツリと話し出した。
幼馴染で、王子様だと思っていた『ショーちゃん』の名前は不破松太郎、芸名不破尚。
ヴィジュアル系と騒がれているアーティスト…らしい。
俺はそんな名前、聞いたことなかったからわからなかったんだけど…
そう答えると、彼女は唖然とした顔をした後、くすっと笑った。
「デビューして1年くらいの新人アーティストなんて、貴方が知らなくても不思議じゃないですよね」
家出同然で一緒に上京してきたのが1年前。
それから地道に音楽活動をして、デビューするまでに1,2ヶ月かかったらしいので、実際、デビューして1年も経っていないらしい。
デビューするまで、そしてデビューしてからも彼女は毎日バイトに明け暮れ、彼のために休む暇もなく働いていたらしい…なんて男だ、不破松太郎………
いつしか、彼が家に帰ってくることが稀になり、それでも彼女は「帰ってこれないのは、ショーちゃんが売れてるって証拠だもの…喜ばなきゃ!」と自分を励まして寂しさを紛らわせ、彼の要望で住んでいる高級マンションの家賃を払うために以前以上に仕事を増やし、精根尽きるまで働き続けた。
そんなある日、彼女は彼に差し入れを持って行って、マネージャーと彼の話を聞いてしまった。
自分は家政婦代わりに連れてこられた…彼は、自分のこと何とも思っていないのだと。
それを聞いた時、俺の中で彼に対する憎しみと、彼女に対する憐憫が湧き…そして、報いを受けたのだと思った。
俺を君の中から消そうとした、その報いを。
そう思った俺はきっと歪んでる…
大切に思っている少女が辛い目にあったのに、それを当然だと思ってしまったのだから。
きっと、切り捨てられる前だったら、彼に対する憤りと彼女が辛い目にあったことに対する悲しみを抱いていたことだろう。
けれど、彼女に再会したあの日、俺の心にはぽっかりと穴が空いてしまった。
埋めることのできない、深い深い穴が…
「…これから、どうするの?」
考えていることを悟られないように笑顔で尋ねると、彼女はそっと目を伏せた。
「……まだ、きちんとは決めてないんですけど…家出同然で出てきたので京都には帰れませんから、マンションを引き払ってバイトしながら仕事を探すつもりです。幸い、バイト先の1つに下宿させていただけそうですから、あとは職探しですけど…今時、中卒の人間なんてどこも雇ってくれませんよね…」
『ショーちゃん』のために進学もせず、上京してきた彼女。
確かに、今時中卒の人間を雇うところなんて滅多にない…
あっても学のいらない力仕事くらいだ。
しかし、そういう職場で女性を採用してくれるかは…考えずともわかるだろう。
そう考えて、ふと、俺の中である考えが思い浮かんだ。
中卒の彼女が働けて、なおかつ、収入も得られる方法……
「ねぇ、キョーコちゃん」
「…はい?」
「料理は得意?」
「えっと…はい、一応……」
「そっか。なら、俺のとこで働かない?」
「は?」
「俺、食への関心が薄くてね。いつもちゃんと食べろってマネージャーに怒られるんだけど、なかなか改善できなくてね。だからキョーコちゃん。住み込みで俺にご飯を作ってくれないかな?部屋も余ってるし、中から鍵もかけられるようになってるから安全だよ?」
そう…俺が雇い主になればいい。
そうすれば、キョーコちゃんといられるし、路頭に迷ってるんじゃないかって心配せずに済むし、彼女だって安定した収入が得られる。
怖いのはスキャンダルになることだけど、それは社さんに協力してもらってどうにかしよう。
社さんだって、俺がちゃんと食べることを条件にすれば、否とは言わないだろう。
「ぇえ?!そ、そんなの無理です!調理師免許持ってるわけでもありませんし、申し訳なさすぎます!!昔の誼みでそう言って下さっているんでしょうけど、敦賀さんにそう言っていただける義理は私にはありません!」
「義理はない、ねぇ…」
予想はついたけど、実際に言われると辛いかもしれない…。
義理なんて、そんなものいらないのに…律儀すぎる。
「そんなに嫌?」
「嫌とかそういう問題ではなく…」
「そういう問題だよ。嫌なら仕方ないけど、そうじゃないんだったら受け入れてほしいな。キョーコちゃんは昔の俺[コーン]を知ってるから想像つくと思うけど、俺ってちょっとした事情があって、素性を隠していてね。気を許せる人があまりいないんだ。だから、キョーコちゃんが側にいてくれたら、すっごく嬉しいんだけど」
「コーン…寂しいの……?」
迷うように瞳が揺れる。
その気持ちは言動にも出ていて、無意識だろうけど呼び方と話し方が戻っていた。
「うん…寂しい、かな。1人暮らしだし…だけど、帰った時にキョーコちゃんがいてくれたら、寂しくないと思う」
「そう……」
「駄目、かな?」
寂しそうに彼女を見つめる。
多少演技は入ってるけど、語ったのは本当のことだ。
素性を隠していて、気の置けない相手がいないのも…
彼女がいたら嬉しいっていう気持ちも…
家に帰ると寂しい気持ちになるのも…
「……わかりました。私でよければ、食事の世話をさせていただきます」
「本当?」
「はい。もちろん、使えないと思われたら遠慮なく首を切って下さって構いませんからね?」
「わかったよ」
そう言いつつ、例え彼女の料理がどんなにまずくとも辞めさせる気はない。
ようやく捕まえたんだ…好き好んで逃がすわけないだろ?
「あと、それから…」
「ん?」
「できれば、週2くらいバイト先に顔を出させていただいてもいいですか?その、下宿をしてもいいって言って下さったところで、すごくお世話になっているところなので、辞めるのは…」
「うん、いいよ。君の自由な時間を奪うつもりはないからね」
本当は雁字搦めにしたいけど…そんなことしたら君は逃げ出すだろう?
「ただ、昼食と夕食は俺の都合で難しいだろうけど、朝食は一緒に取ってくれると嬉しいな。1人で食べるのって寂しいし…」
「あ、はい。わかりました」
「じゃあ決まり。いつからなら大丈夫?」
「えっと…マンションは月末まで借りるつもりで、バイトはもういくつか辞めて今月までなので…来月の頭からでよろしいですか?」
「構わないよ。じゃあ、これ。俺の部屋の鍵」
ちょうど持っていたスペアを取り出し、彼女に渡す。
すると、彼女は唖然とした後、キッと俺を睨むように見上げた。
「そんな簡単に他人に鍵を渡すなんて…悪用されたらどうするんですか!」
「でも、キョーコちゃんは悪用なんてしないだろう?君を信用してるから渡すんだよ」
それに、鍵を渡してしまえば、例え心変わりしてしまっても、断れないだろう?
「それから…携帯、ある?」
「ぁ…すみません…持ってなくて…」
「そっか。なら、アドレスより番号のほうがいいね」
荷物から手帳を取り出し、一枚破ると、そこに携帯の電話番号を書く。
住所は…と考えて、場所は知っているだろうから地図はいいかと住所だけ紙に書いた。
「はい。引っ越してくるとき電話して。仕事中は出れないから、留守電に入れておくか…そうだな、マネージャーに電話してくれる?番号は今書くから…」
「え、でもっ!勝手に教えるのは…」
「仕事の関係上、俺よりマネージャーの方が出れる確率高いからね。必要な時は俺の番号と一緒に彼の番号も教えていいって言われてるから大丈夫だよ。マネージャー、社さんっていうんだけど、俺に繋がらなかったら社さんに連絡入れて。俺から社さんに言っておくから」
そう言って、一度渡した紙を戻してもらい、社さんの電話番号と名前を書く。
「荷物は先に送ってくれても構わないよ」
「あ、いえ。そんなに荷物は多くないので…」
「そう?遠慮しないでね?」
「は、い」
遠慮がちな態度に少し寂しくなる。
昔は何でも言ってくれたのにね……それは、俺を妖精だと思ってたから?
「あの…」
「ん?」
「本当に、いいんですか…?」
「良いも何も、俺がお願いしてるんだからいいに決まってるだろう?」
「でも」
「迷惑なんかじゃないからね」
先回りして彼女が言いそうなことを否定すると、目を丸くして俺を見た。
やっぱり、そう訊く気だったんだ…
迷惑だったら、最初からこんな申し出しないのに。
やっても、職の斡旋くらいだ。
キョーコちゃんだから、繋ぎとめようとしてるんだよ?
「もし……もし、“俺”と決別したことを申し訳なく思ってそう言ってるんだったら、これをもう一度受け取って?」
「え…?これ……」
渡したのはアイオライト…
俺[敦賀蓮]が拒絶されても、これだけは持っていてほしいと願った、俺と彼女を繋いだ“魔法の石”
「魔法の力もないただの石だけど、受け取ってくれる?」
「で、でも、私はっ」
「俺を切り捨てた?」
「っ……」
「そうだね。とても辛かった…。俺が捨てられずにずっと大切にしていた思い出を君は『ショーちゃん』のために簡単に捨ててしまったから」
「簡単なんかじゃ…っ」
「本当に?…じゃあ、尚更受け取って。“俺”を受け入れて?」
コーン[過去]だけじゃなくて、敦賀蓮[現在]の俺も受け入れて?
君の中に居場所をちょうだい?
そうすれば許してあげるよ、君がした仕打ちを。
「わ、かりました…」
俺が彼女の手のひらに乗せたアイオライトを、彼女はぎゅっと握る。
再び彼女のモノになったアイオライトに、俺は頬を緩めた。
「もう、捨てないでね」
俺も、石も。
そう笑って、彼女を抱きしめた。
「大好きだよ、キョーコちゃん」
捨てられた時の胸の痛みと、『ショーちゃん』に対する憎しみ…
彼女を逃がすまいとする執着と独占欲……
抱いた感情の名を、見つけた気がした。
病み蓮だ…
ようやくupできたと思ったらこれって……
気が向いたら続き書く…………と思います。