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「家政婦としか思ってない」
差し入れを届けに行って、聞いてしまった言葉。
その言葉を聞いた瞬間、私の中の何かが音を立てて崩れた。
私の王子様は、幻想だった…
ずっと、ずっと尽くしてきたのに、いとも簡単に切り捨てる彼が憎くて、恨めしくて…けれど、それを彼にぶつけた次の瞬間、急激に冷めた。
――こんな男のために、優しい思い出を捨ててしまった…
大切で大切で、“王子様”である彼にも話したことのなかった、私だけの妖精。
あの夏の思い出を、私はこの男のために捨ててしまったのだと空しくなって、嘲笑を浮かべる彼を冷めた目で見つめ、何も言わずにその場を去った。
「なにやってるんだろ、私………」
立ち止まって、空を見上げる。
綺麗な青空…けれど、心が動かされることはない。
美しい木々を見ても、可愛らしい花を見ても、ファンシーなグッズを見ても、何も思わない。
――私の中、空っぽだ……
彼を中心に私の人生は回っていた。
思い出が私を支えていた。
けれど、今の私の中にはどちらも、ない。
「…ごめんね、コーン」
貴方を捨てて得たモノは、虚無。
懲りずに俺は、あの日車で通った道を歩く。
彼女と会えることはないだろう…そう、わかってるのに……
諦め、きれない。
どうにか彼女を繋ぎとめておきたい…嫌われていても構わない。
ただ、せめて…せめて、この石だけでも……
「……ぇ?」
彼女がいたような気がして、思わず立ち止まる。
考え事をしながら歩いていたせいで、いつもより長い距離を歩いていたらしい。
あまり見慣れない場所にいた俺は、小さな公園のベンチに座り、空を見上げている少女を見つけて呆然とした。
――あの子だ!!
拒絶されるのが怖くて竦む足をどうにか動かし、じっと空を見つめて動かない彼女に近づく。
俺だと気付いてないにしろ、誰か近づいてきたことくらい気付いてないはずがないのに、彼女に反応はない。
いや、もしかして、俺だと気付いたから、反応しない?
「――キョーコ、ちゃん」
前に立っても反応のない彼女に、俺は思わず声をかけた。
すると、ビクッと肩を揺らした彼女は、目を見開いてこちらを見た。
どうやら、俺だと気付いて無視をしていたわけではないらしい…そのことに、ホッとする。
「こ……つるが、さん…」
「コーンでもいいよ?」
「…だめ、です。そう呼ぶ資格なんて、私には……」
「資格なんて必要ないよ。…あえて言うなら、“君”であるのが条件、かな?」
だって、その名[コーン]で呼ぶのは君だけ。
君だけで、いいんだ。
そう呼んで?
だって、その名で呼ぶってことは、思い出を捨てきれないってことだろ?
俺と同じように、あの夏のたった数日間の思い出に執着してるってこと、だろ?
「敬語もいらない。ね?」
「で、も…」
気まずげに目線を逸らす君。
…当たり前だよね。
決別すると言って君は、“俺”を捨てたんだから…――だけどね、キョーコちゃん。
狭いようで広いこの都市で、こうして会えたのはきっと運命[さだめ]だと思うんだ。
だからね…
「逃がす気なんて、ないよ」
「え?」
ボソッと呟いた言葉はどうやら幸いなことに聞きとられなかったらしい。
きっと、聞かれていたら君はすぐにでも逃げ出すだろうから。
「あの……」
「ん?」
「何で、ここに敦賀さんが…?」
「(コーンで良いって言ったのに…)散歩してたんだ。そしたら君の姿が見えてね…決別されてしまったけど、俺にとって君は大切な子だから…撤回、してもらえないかなって思って」
嘘はついていない…
散歩していて君を見つけたから撤回してもらおう…と思ったのではなく、撤回してほしくて君を探して散歩していた…順序が逆なだけだ。
「て、っかい…」
「…やっぱり無理?無理なら、『敦賀蓮』のことは諦めるから、『コーン』だけでも受け入れてもらえない、かな?『ショーちゃん』が嫌いなのは『敦賀蓮』で、『コーン』のことは知らないんだろう?だから…」
「ショー、ちゃん……」
せめて…せめて、コーン[過去]だけでも受け入れてほしい。
そんな思いで紡いだ言葉。
しかし、彼女は『ショーちゃん』[王子様]の名前を呟いて固まってしまった。
その様子を不審に思い、目の前で手を振ってみるが反応がない。
「キョーコちゃん?」
「わたし」
「ん?」
「かえります」
「え?!」
立ち上がり、その場を去ろうとする彼女の腕を慌てて掴む。
彼の名前を出した途端、この反応…
なにか、あったのか…?
「キョーコちゃん、どうしたの?もしかして、彼と何かあった?」
「…別に」
「…相変わらず、嘘が下手だね。いったい何があったの?こんな状態の君を帰すなんてできないよ」
話してほしい。
そう意を込めて、少しだけ腕を掴む手に力を入れた。
このまま帰す気はないのだと…
戸惑い顔でこちらを見ていた彼女だったが、諦めたのか「はぁ…」と溜息をついて、再びベンチに座った。
「……聞いてて楽しい話じゃないですよ?」
「うん。でも、聞きたい」
そう答えると、彼女はポツリポツリと話し出した。
幼馴染で、王子様だと思っていた『ショーちゃん』の名前は不破松太郎、芸名不破尚。
ヴィジュアル系と騒がれているアーティスト…らしい。
俺はそんな名前、聞いたことなかったからわからなかったんだけど…
そう答えると、彼女は唖然とした顔をした後、くすっと笑った。
「デビューして1年くらいの新人アーティストなんて、貴方が知らなくても不思議じゃないですよね」
家出同然で一緒に上京してきたのが1年前。
それから地道に音楽活動をして、デビューするまでに1,2ヶ月かかったらしいので、実際、デビューして1年も経っていないらしい。
デビューするまで、そしてデビューしてからも彼女は毎日バイトに明け暮れ、彼のために休む暇もなく働いていたらしい…なんて男だ、不破松太郎………
いつしか、彼が家に帰ってくることが稀になり、それでも彼女は「帰ってこれないのは、ショーちゃんが売れてるって証拠だもの…喜ばなきゃ!」と自分を励まして寂しさを紛らわせ、彼の要望で住んでいる高級マンションの家賃を払うために以前以上に仕事を増やし、精根尽きるまで働き続けた。
そんなある日、彼女は彼に差し入れを持って行って、マネージャーと彼の話を聞いてしまった。
自分は家政婦代わりに連れてこられた…彼は、自分のこと何とも思っていないのだと。
それを聞いた時、俺の中で彼に対する憎しみと、彼女に対する憐憫が湧き…そして、報いを受けたのだと思った。
俺を君の中から消そうとした、その報いを。
そう思った俺はきっと歪んでる…
大切に思っている少女が辛い目にあったのに、それを当然だと思ってしまったのだから。
きっと、切り捨てられる前だったら、彼に対する憤りと彼女が辛い目にあったことに対する悲しみを抱いていたことだろう。
けれど、彼女に再会したあの日、俺の心にはぽっかりと穴が空いてしまった。
埋めることのできない、深い深い穴が…
「…これから、どうするの?」
考えていることを悟られないように笑顔で尋ねると、彼女はそっと目を伏せた。
「……まだ、きちんとは決めてないんですけど…家出同然で出てきたので京都には帰れませんから、マンションを引き払ってバイトしながら仕事を探すつもりです。幸い、バイト先の1つに下宿させていただけそうですから、あとは職探しですけど…今時、中卒の人間なんてどこも雇ってくれませんよね…」
『ショーちゃん』のために進学もせず、上京してきた彼女。
確かに、今時中卒の人間を雇うところなんて滅多にない…
あっても学のいらない力仕事くらいだ。
しかし、そういう職場で女性を採用してくれるかは…考えずともわかるだろう。
そう考えて、ふと、俺の中である考えが思い浮かんだ。
中卒の彼女が働けて、なおかつ、収入も得られる方法……
「ねぇ、キョーコちゃん」
「…はい?」
「料理は得意?」
「えっと…はい、一応……」
「そっか。なら、俺のとこで働かない?」
「は?」
「俺、食への関心が薄くてね。いつもちゃんと食べろってマネージャーに怒られるんだけど、なかなか改善できなくてね。だからキョーコちゃん。住み込みで俺にご飯を作ってくれないかな?部屋も余ってるし、中から鍵もかけられるようになってるから安全だよ?」
そう…俺が雇い主になればいい。
そうすれば、キョーコちゃんといられるし、路頭に迷ってるんじゃないかって心配せずに済むし、彼女だって安定した収入が得られる。
怖いのはスキャンダルになることだけど、それは社さんに協力してもらってどうにかしよう。
社さんだって、俺がちゃんと食べることを条件にすれば、否とは言わないだろう。
「ぇえ?!そ、そんなの無理です!調理師免許持ってるわけでもありませんし、申し訳なさすぎます!!昔の誼みでそう言って下さっているんでしょうけど、敦賀さんにそう言っていただける義理は私にはありません!」
「義理はない、ねぇ…」
予想はついたけど、実際に言われると辛いかもしれない…。
義理なんて、そんなものいらないのに…律儀すぎる。
「そんなに嫌?」
「嫌とかそういう問題ではなく…」
「そういう問題だよ。嫌なら仕方ないけど、そうじゃないんだったら受け入れてほしいな。キョーコちゃんは昔の俺[コーン]を知ってるから想像つくと思うけど、俺ってちょっとした事情があって、素性を隠していてね。気を許せる人があまりいないんだ。だから、キョーコちゃんが側にいてくれたら、すっごく嬉しいんだけど」
「コーン…寂しいの……?」
迷うように瞳が揺れる。
その気持ちは言動にも出ていて、無意識だろうけど呼び方と話し方が戻っていた。
「うん…寂しい、かな。1人暮らしだし…だけど、帰った時にキョーコちゃんがいてくれたら、寂しくないと思う」
「そう……」
「駄目、かな?」
寂しそうに彼女を見つめる。
多少演技は入ってるけど、語ったのは本当のことだ。
素性を隠していて、気の置けない相手がいないのも…
彼女がいたら嬉しいっていう気持ちも…
家に帰ると寂しい気持ちになるのも…
「……わかりました。私でよければ、食事の世話をさせていただきます」
「本当?」
「はい。もちろん、使えないと思われたら遠慮なく首を切って下さって構いませんからね?」
「わかったよ」
そう言いつつ、例え彼女の料理がどんなにまずくとも辞めさせる気はない。
ようやく捕まえたんだ…好き好んで逃がすわけないだろ?
「あと、それから…」
「ん?」
「できれば、週2くらいバイト先に顔を出させていただいてもいいですか?その、下宿をしてもいいって言って下さったところで、すごくお世話になっているところなので、辞めるのは…」
「うん、いいよ。君の自由な時間を奪うつもりはないからね」
本当は雁字搦めにしたいけど…そんなことしたら君は逃げ出すだろう?
「ただ、昼食と夕食は俺の都合で難しいだろうけど、朝食は一緒に取ってくれると嬉しいな。1人で食べるのって寂しいし…」
「あ、はい。わかりました」
「じゃあ決まり。いつからなら大丈夫?」
「えっと…マンションは月末まで借りるつもりで、バイトはもういくつか辞めて今月までなので…来月の頭からでよろしいですか?」
「構わないよ。じゃあ、これ。俺の部屋の鍵」
ちょうど持っていたスペアを取り出し、彼女に渡す。
すると、彼女は唖然とした後、キッと俺を睨むように見上げた。
「そんな簡単に他人に鍵を渡すなんて…悪用されたらどうするんですか!」
「でも、キョーコちゃんは悪用なんてしないだろう?君を信用してるから渡すんだよ」
それに、鍵を渡してしまえば、例え心変わりしてしまっても、断れないだろう?
「それから…携帯、ある?」
「ぁ…すみません…持ってなくて…」
「そっか。なら、アドレスより番号のほうがいいね」
荷物から手帳を取り出し、一枚破ると、そこに携帯の電話番号を書く。
住所は…と考えて、場所は知っているだろうから地図はいいかと住所だけ紙に書いた。
「はい。引っ越してくるとき電話して。仕事中は出れないから、留守電に入れておくか…そうだな、マネージャーに電話してくれる?番号は今書くから…」
「え、でもっ!勝手に教えるのは…」
「仕事の関係上、俺よりマネージャーの方が出れる確率高いからね。必要な時は俺の番号と一緒に彼の番号も教えていいって言われてるから大丈夫だよ。マネージャー、社さんっていうんだけど、俺に繋がらなかったら社さんに連絡入れて。俺から社さんに言っておくから」
そう言って、一度渡した紙を戻してもらい、社さんの電話番号と名前を書く。
「荷物は先に送ってくれても構わないよ」
「あ、いえ。そんなに荷物は多くないので…」
「そう?遠慮しないでね?」
「は、い」
遠慮がちな態度に少し寂しくなる。
昔は何でも言ってくれたのにね……それは、俺を妖精だと思ってたから?
「あの…」
「ん?」
「本当に、いいんですか…?」
「良いも何も、俺がお願いしてるんだからいいに決まってるだろう?」
「でも」
「迷惑なんかじゃないからね」
先回りして彼女が言いそうなことを否定すると、目を丸くして俺を見た。
やっぱり、そう訊く気だったんだ…
迷惑だったら、最初からこんな申し出しないのに。
やっても、職の斡旋くらいだ。
キョーコちゃんだから、繋ぎとめようとしてるんだよ?
「もし……もし、“俺”と決別したことを申し訳なく思ってそう言ってるんだったら、これをもう一度受け取って?」
「え…?これ……」
渡したのはアイオライト…
俺[敦賀蓮]が拒絶されても、これだけは持っていてほしいと願った、俺と彼女を繋いだ“魔法の石”
「魔法の力もないただの石だけど、受け取ってくれる?」
「で、でも、私はっ」
「俺を切り捨てた?」
「っ……」
「そうだね。とても辛かった…。俺が捨てられずにずっと大切にしていた思い出を君は『ショーちゃん』のために簡単に捨ててしまったから」
「簡単なんかじゃ…っ」
「本当に?…じゃあ、尚更受け取って。“俺”を受け入れて?」
コーン[過去]だけじゃなくて、敦賀蓮[現在]の俺も受け入れて?
君の中に居場所をちょうだい?
そうすれば許してあげるよ、君がした仕打ちを。
「わ、かりました…」
俺が彼女の手のひらに乗せたアイオライトを、彼女はぎゅっと握る。
再び彼女のモノになったアイオライトに、俺は頬を緩めた。
「もう、捨てないでね」
俺も、石も。
そう笑って、彼女を抱きしめた。
「大好きだよ、キョーコちゃん」
捨てられた時の胸の痛みと、『ショーちゃん』に対する憎しみ…
彼女を逃がすまいとする執着と独占欲……
抱いた感情の名を、見つけた気がした。
病み蓮だ…
ようやくupできたと思ったらこれって……
気が向いたら続き書く…………と思います。
「もう…無理だっ!」
そう言って、蓮はキョーコをソファの上で押し倒した。
肩を掴まれ、いきなり押し倒されたキョーコはのしかかってくる巨体に目を見開く。
「なにを…」
「いい加減気付いてくれ!俺は君が好きなんだ!」
蓮はボサボサな長い前髪の間からキョーコを真剣な目で見つめる。
「好きだ…君が、好きなんだ!!」
ーーさやかっっ
「はい、カット~!迫真の演技だったよ、敦賀くん。すごく切羽詰った感じが出てた!京子ちゃんもよかったよー。次もその調子で頼む」
「「ありがとうございます」」
二人の演技を褒める監督に二人は揃って礼を言い、ソファの上から退く。
蓮は名残惜しそうに…キョーコはそんな蓮には気付かず普通に。
そして、蓮は社のところへ、キョーコは自分の荷物が置いてある椅子のところに向かうと、用意しておいた飲み物を口に含んだ。
そう…先程のやり取りは実際のことてまはなく、演技…ドラマの中の話だったのである。
キョーコ演じる『さやか』は外ではクールビューティー、家ではおとなしめで、心優しい女性だった。
そんな『さやか』が蓮の役である『たかし』に出会うのは、ある雨の日…
背中を曲げ、俯いたまま雨に濡れていた『たかし』を『さやか』が傘に入れてあげたことが、二人の始まりだった。
冴えない格好で顔を隠し、木偶の坊のようにぬぼっと立っていた『たかし』を誰もが避ける中、ただ一人、「こんなに濡れて、どうしたんですか?」と声をかけてくれたことは『たかし』にとって思いがけない出来事であった。
その出会いをきっかけに連絡を取り合うようになった二人…そして、次第に『さやか』に惹かれていく『たかし』。
ある日、自分の恋心にカケラも気付いてくれない『さやか』に『たかし』は思いあまって告白するのだが…
これで告白が成功すれば、ハッピーエンドで終わり、となるのだが、実はこの場面、冒頭にすぎない。
ついでにいえば、『さやか』はヒロイン役ではないのだ。
この後、『たかし』は『さやか』に「貴方はいい男なんだから背筋を伸ばして前を向いてみなさい。そしたら、違う世界が見えてくるから」と言われ、「外に出て、それでも私がいいって言うのなら、その時は考えるわ」と言われて、振られる(?)のだ。
『さやか』に背を押された『たかし』は言われた通り、猫背気味だった背を伸ばし、長い前髪を切って俯いていた顔を上げる。
それだけで世界が変わったように見えた『たかし』は、運命の人に出会う…
といった感じのストーリーであり、『さやか』は物語のキーパーソンではあるものの、最終的に結ばれる相手ではない。
そのことを蓮は残念に思い、キョーコはほっとしていた。
「お疲れ様、最上さん」
「お疲れ様です、敦賀さん!鬼気迫る演技で、危うく呑まれてしまうところでした…」
「そう?最上さんの戸惑う演技も全く違和感なくてよかったよ」
「ありがとうございます!実は、先程監督にも言われたんです。あんな風に敦賀さんに迫られたら、殆どの人は赤面したり台詞と違うこと言っちゃってNGになるのに、一発で演じられるなんて凄いって。あまり、嬉しくない褒められ方でしたけどね」
そう言って苦笑するキョーコに、蓮も微笑む。
いっそ、他の人と同じようにうろたえてくれたら、脈があるかもって期待できるのにな、と内心思いながら。
「キョーコちゃん、お疲れ~」
「あ、社さん」
「またキョーコちゃんの演技が直接見れて嬉しいよ」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、少し残念だなぁ…」
「え?」
「相手役じゃなくて。『さやか』も重要な役だけどさ、どうせならヒロインだったらよかったのに…」
そう言って、蓮を見ながらによによ笑う社に、蓮は素知らぬ顔で気付かないふりをする。
ここで反応すれば、社に遊ばれると、経験上わかっていたからだ。
「と、とんでもない!!敦賀さんの相手役だなんて…想像しただけでも恐ろしいわ……」
「…それ、どういう意味かな?」
キョーコの失言に反応した蓮は、にこにこと笑顔でキョーコに詰め寄る。
よくわからないが、地雷を踏んだということだけ理解したキョーコは真っ青になり、降参ですとばかり両手を挙げて後退った。
「そ、そのですね、敦賀さんの相手役なんて、例えドラマの中だけの話でも日本中の女性が羨むことでして…そんな役をやったら私、外を歩けなくなります!」
「そんなことないと思うけど…」
「いいえ、あるんです!私、まだ死にたくないんです!」
必死な顔でそう訴えるキョーコに蓮は微妙な顔をする。
嫌いという意味合いではないことは嬉しいが、ここまで必死に拒否されると複雑だ…
「…そう」
「はい!でも、共演できたのは本当に嬉しいです 」
「俺もだよ」
でも、できるなら社さんが言ったように相手役だったらもっと嬉しかったんだけどね…
そう内心思いながら、蓮は微笑む。
救いといえば、『さやか』が誰かと恋人になる…なんて展開がないことか。
自分と以外のラブシーンなんてできれば見たくないと思っている蓮にとって、そのことは大きかった。
「そういえば…キョーコちゃん」
「はい?」
「今日って次のシーン終わったらあがり?」
「はい、そうですけど…」
「じゃあさ、蓮に食事を作ってやってくれないかな?こいつ、今日全然食べてないんだー」
「え、本当ですか?」
「ちょっ、社さん!」
目を見開くキョーコと焦る蓮。
そんな二人を見ながら社は「ホントホント!」と肯定して、キョーコに「頼むよキョーコちゃん!」とお願いする。
キョーコは「わかりました!」と敬礼すると、さっそくメニューを考え始める。
そんなキョーコを見た後、勝手に予定を立てられた蓮はギロッと社を睨むように見た。
「どういうつもりですか、社さん」
「どういうって、そりゃ、そういうつもりで…」
「言葉遊びをするつもりはありません」
「こわっ!…ただ、お前は『たかし』みたいに他の子を見るようなことはないだろうけど、『たかし』と『さやか』みたいな関係で終わる可能性はあるからな。少しでも一緒にいて意識されるように…と思う俺の気遣い」
「…余計なお世話です。接触が多かろうが少なかろうが、最上さんは変わらないと思いますよ」
「けど、機会は少ないより多い方がいいだろ」
「それはそうかもしれませんが…」
「お前なぁ、その調子じゃ『たかし』と『さやか』のイイ友達でいましょうね、ならぬイイ先輩後輩でいましょうね、で終わるぞ」
「………」
その言葉に蓮は無言で眉を寄せる。
『たかし』と『さやか』の最終的関係は社の言った通り『イイお友達』
『さやか』の裏設定である恋愛音痴なところにキョーコを重ね、『たかし』に感情移入しかけている蓮にとって、社の言葉は笑い事ではなかった。
「ま、とにかく地道にいけ!」
「…はい」
渋々返事をしたところで監督から「次のシーンいくぞー」と声がかかる。
そのタイミングの良さに聞こえいたのでは…と思ったが、隣で考え事をしているキョーコにすら聞こえない小さな声で会話していたので、それはないかと思いながら、蓮はキョーコに「だってさ」と微笑みかけた。
「あ、最上さん」
「はい?」
「夕食、ハンバーグがいいな」
「わかりました!滅多にない敦賀さんからのリクエストですからね、腕によりをかけて作らせていただきます!」
「ありがとう」
とりあえず、まずは君の好物は俺にとっても好物だよってところからアピールしてみるか…
社が聞いたら「地道すぎる!」と言われそうなことを考えながら、蓮は意識を切り替えて、『たかし』になったのであった。
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リハビリ第1段!
iPhoneにしてから、初めての更新です。
…ちょーうちにくい…
携帯だった頃の2倍くらいかかってる気がします…
就活をしないといけないので、更新速度がやばいくらい落ちると思います。
更新を楽しみにして下さっている方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。
「ねぇねぇ、京子ちゃんは好きな人とかいないの?」
「えっ?!」
共演している女性たちと他愛ない話をしていた時。
必然的に恋ばなになり、皆好きな人や好きなタイプを言い合っていた。
もちろん一番多かったのはキョーコの尊敬する先輩である蓮で、「遊びでいいから付き合いたい」と冗談と本気が入り交じった意見がちらほら。
流石は敦賀さんよね…としみじみ思っていた時、話に夢中だった女性の一人が聞くだけで話に加わっていないキョーコに話を振ったのだ。
「あ、わたしも気になる~。京子ちゃんって好きな人いないの?」
「やっぱり敦賀さんとか?仲良いって聞くし」
「やぁん、ずる~い!あたしも敦賀さんと仲良くなりたぁい」
「あ!それとも尚とか?」
「レイノくんとも仲が怪しいって聞いたことあるわよ?」
「誰が本命なの?」
そう言って殆どの女性に詰め寄られたキョーコは顔を引き攣らせ、後ずさった。
誰かをそういう意味で好きになるなんて、そんな馬鹿女に成り下がるつもりは二度とないし、崇拝する蓮をそういう意味で好きだなんて恐れ多い。
尚とレイノは問題外で、寧ろ抹消したい男たちである。
しかし、キョーコと彼らとの間にある因縁を知らない共演者たちは一般的にイイ男と称される男たちと仲の良いように見えるキョーコとの仲が気になるようで、吐くまで放さないとばかりの形相だ。
助けを求めてキョロキョロと周りを見回しても、目が合う前に逸らされ絶体絶命。
そんな中、現場に現れたある男性と目が合い、キョーコはぱぁっと明るくなった。
「社さん!」
「へ?」
現場に入るなり、名前を呼ばれた社は驚いて変な声を出す。
そんな社に気付いているのか、いないのか…キョーコは共演者たちに視線を戻すと、はっきり言った。
「わ、私、社さんみたいな人がタイプです!!」
こう言えば、この場を切り抜けるし、社なら後で事情を話せばいいやと清々しい笑顔を浮かべるキョーコとは逆に、おどろおどろしい雰囲気を隣から感じ取った社の顔は真っ青である。
「へぇ、京子さんって、社さんみたいな人がタイプなんだぁ」
「そういえば、よく話してるわよね」
キョーコの想い人が蓮じゃなかったことに安心したのか、共演者たちの雰囲気が柔らかくなる。
一部、社狙いだった女性の雰囲気は逆にきつくなったが、蓮派や尚派に比べれば少数派だったので、キョーコは気にしないことにした。
一方、解放されたキョーコとは逆に絶体絶命のピンチに陥った社は恐る恐る隣の男の顔色を窺う。
すると、その男――蓮は社の視線に気付き、キュラキュラとした笑みを浮かべた。
「ん?どうしたんですか、社さん?」
「(目!目が笑ってないから!!)」
蓮の機嫌に敏感なキョーコも蓮の機嫌が急激に落ち込んだことに気が付き、「社さん、何か地雷を踏んだのかしら?」と他人事のように考える。
自分の発言のせいだとは微塵も気付いていない。
「……まさか、最上さんの好きな男性のタイプが社さんだったとは…」
「蓮!あれはたまたま俺と目が合ったからであってだな…」
「だったら、隣にいる俺だっていいじゃないですか」
そんなことを言う蓮を呆れたように見る社。
仮に蓮がタイプでも、それを口に出すような自殺行為をキョーコがするはずがないし、自分が女でもしない。
関わりが薄い人間が何を言おうと彼女たちは気にしないだろうが、キョーコのように交流のある人間が言えば、たちまち周りは敵ばかりになるだろう。
そんなことも理解できないのかとじと目で見ると、そういう訳ではなかったらしく、拗ねたようにそっぽを向いた。
八つ当たりの自覚はあったらしい。
「お前なぁ……」
「…すみません」
「まぁ、いいけどさ。好きな子に他の人がタイプだって言われたら、誰だってショックだろうし」
何より、完璧人間で「お前、ホントに20歳の若造か?!」と言いたくなるような態度だった以前より、今のように感情を外に出して年相応の態度を取る蓮の方が社的には好ましい。
マネージャーとしてなら、以前の手がかからない『敦賀蓮』の方が良いだろうが、当たり障りのない態度を取り、浅い人付き合いしかできなかった以前より、キョーコと出会った後の方が輝いてみえるから、社はマネージャーとしてあるまじきことだが、キョーコへの片思いを応援している。
によによと含み笑いを零す社に、蓮は嫌そうにそっぽを向く。
それを見たキョーコは、「機嫌は戻ったみたいだけど…?」と首を傾げた。
「ねぇねぇ、京子ちゃん」
「ふへ?あ、はい」
「社さんに告白とかしないの?仲良いし、いけるんじゃない?」
「そんな、滅相もない!良くしてもらってますけど、そういうのじゃなくて妹みたいに可愛がってもらってるって感じですし」
私も兄みたいに慕ってるだけで、本当はタイプってわけじゃ…ってか、タイプなんてないわよ。私は恋なんてしないもの!
と、キョーコは内心呟く。
しかし、社がタイプだと誤解している周囲は少しでも障害を排除したいのか、しきりに社との交際を奨めてきた。
タイプと言っただけで、実際に好きかどうかは言っていないのにだ。
「それなら、尚更告白すべきよ!」
「そうそう。告白されたら、社さんだって意識せざるをえないだろうし」
「京子ちゃんならいけるわよ!!」
何を根拠に……と思ったが、顔にも口にも出さない。
こういう展開になったら、何を言っても無駄だと知っているキョーコは、左右にいた女優に背中を押され、仕方なく社の前まで出向いた。
「社さん………」
「きょ、キョーコちゃん……」
キャーキャーと大きな声で騒いでいたから聞こえていたのだろう…狼狽している社に他人事のように同情したキョーコは、しかし、言わねば終わらないと口を開いた。
「好きです、社さん。よろしければ、付き合って下サイ」
役者にあるまじき棒読み、無表情、しかも最後の方はカタコト。
更に、死んだ魚の目みたいな目で言われては、キョーコの本意ではないことがありありとわかる。
蓮が恐い社としては助かるのだが、こうはっきりと「対象外です」みたいな言われ方をすると流石に悲しい。
だからと言って、演技力を駆使して告白されても困っただろうが。
「あー………ごめんね、キョーコちゃん。キョーコちゃんのことは妹のように可愛く思ってるけど…」
その返事を聞き、がっかりした者、喜んだ者、感謝した者、複雑な者に分かれた。
後者の2つは言わずともわかるだろうが、キョーコと蓮である。
「わかりました。はっきり言って下さってありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、キョーコはまた輪の中に入っていく。
戻ってきたキョーコに、大半は残念そうに肩を下げながらキョーコを慰め、社派の女性たちは残念そうな顔の裏に笑顔を隠してキョーコに労りの言葉をかけた。
そんな様子を複雑そうに見る二人。
「……ずるいです、社さん」
「ずるい?!待て、蓮。今の告白のどこがずるいんだ。全く心の篭らない棒読みの告白だぞ!」
こんな告白されたって虚しいだけだろ!と小声で叫ぶ社。
器用である。
「でも、『好き』って言ってもらえたじゃないですか…」
俺だって一度も言われたことないのに…
ムスッとしながらそう言う蓮に、社はあんな『好き』でもいいのか、お前…と呆れ返った。
「お前なぁ、目標はもっと高く持てよ。笑顔で『大好きです!』って言われるとか」
「……琴南さんにでもならない限り、無理な気がしますけど」
「うっ…」
「あとは妖精とか王子様とか。社さんは俺にお伽話の登場人物になれとでも?」
「それはだなぁ………」
言葉に詰まった社だが、ふと、ある人物を思い出して、ぼんっと手を叩いた。
「琴南さんや妖精や王子様でなくても、好かれてる人物、いるじゃないか!」
「え…?」
「クーだよ、クー。クー・ヒズリ!実際言ったかはわからないけどさ、あの懐きようにクー自慢の数々…あの様子なら、大好きって言うのも抵抗なさそうじゃないか?」
その言葉に蓮は目を見開き、次の瞬間、ブラックホールを作り出す。
一気に下がった温度に気付いたのは、やはりキョーコと社だけで、社は「地雷踏んだっ」と青ざめ、キョーコは「大魔王~っ」と怯えた。
「クー・ヒズリ、ね…」
蓮にとって…いや、久遠にとって、敬愛する父であり、越えるべき壁でもある男。
最近、ある意味キョーコが作ったとも言えるきっかけで和解したが、蟠りが消えたわけではない。
そんな微妙な関係であるクーの位置は、蓮の中で曖昧で、確立していない。
前回キョーコによるクー自慢をされた時は和解したばかりでクーを大好きだった久遠の気持ちが抜けていなかったため、笑顔で共感し、「本当に久遠の気持ちを掴んでるなぁ」と感心していられたが、あれから大分経った今、第三者から聞かされるともわもわと微妙な感情を抱かざるをえない。
もし、俺には好きといえないのに父さんには言えるのだとしたら、父さんに敵対心を持つかもしれないな…と、クーが聞いたらいじけて泣き出しそうな事を思いながら、蓮は固い表情で共演者たちと話しているキョーコを眺めた。
「お、おい………蓮さーん?」
「…どうしたんですか、社さん。いきなり"さん"付けで呼ぶなんて」
「あ、いや…あのだな…俺が言いたかったのは、お伽話の住人や琴南さんにならなくても、まだ希望はあると……」
「あぁ………そうなんですか。ありがとうございます」
どうやら、クーの名前を出したのは、短期間しか接してないのに懐かれたという蓮に対する厭味ではなく、励ましのつもりだったらしい。
社が蓮の心をえぐるような厭味を言うはずないのに、どうやら過剰反応し過ぎたようだ。
「すみませーん!準備お願いしまーす!」
蓮が自嘲しながら社に礼を言った瞬間、蓮たちが到着したことに気付いた監督がスタッフに指示を出し、そのスタッフが出演者たちに声をかける。
「今行きます」と座っていた椅子から立ち上がりセットに向かう役者たちと、次のシーンに必要ないため待機する役者たちに分かれる。
蓮は前者であり、持っていた荷物を社に託すと『敦賀蓮』の顔を瞬時に作ってセットに向かい、歩き出す。
そんな蓮を見送っていた社は、ふと次のシーンのやり取りを思い出し、ぐふふと笑った。
「蓮!」
「なんですか、社さん?」
「良かったな。次のシーン、キョーコちゃんからの告白シーンだろ?」
「………社さんはホント、俺の神経を逆なでするのが得意ですね」
「えぇ?!」
棒読み無表情の告白でも羨ましがる蓮だから、きっと喜ぶだろうなと思って言った言葉だったのに、そんな反応を返され、驚く社。
そんな社を一瞥して、蓮は再びセットに向かう。
――役への告白と自身への告白は違うんですよ…
特に、役になりきってどころか役として生きるキョーコのような役者なら尚更。
蓮は深く深く溜息を吐くと、今度こそ俳優『敦賀蓮』になって、セットの中で待つキョーコに微笑みかけた。
―――――――――――――――――――
何が書きたかったのか、途中でわからなくなった………orz
人通りの少ない廊下を一人の女性がカツカツとヒールを鳴らして歩く。
ピンッと伸びた背筋、バランスの良いスタイル、美しい歩行、そしてその美貌。
その女性を見た人物がいたならば、彼女のことをモデルだと思うだろう。
しかし、実際はまだ新人のタレントで、最初のCMでは地味だと評価された少女。
不破尚のPVでヒトとは思えない美しさを見せ付けたがCGで修正されていると思われ、その天使が評価されて得た役『未緒』は事務所の力だと思われている不憫な少女である。
だが、今の彼女を見れば、人々は今までの評価を覆すに違いない。
今の彼女は地味という言葉から程遠く、人を魅力する蝶であり、そして毒を持つ蜘蛛なのだから。
「社さん」
落ち着いた声に呼ばれて、社はキョロキョロと辺りを見回す。
その声が待ち合わせをしている少女の声に似ていたから、少し期待しながら。
しかし、そこにいたのは見知らぬ女性。
それも特上の美女だ。
どこかで見たことがある気もしたが、どうせ蓮の仕事相手のモデルか何かだろうと結論付けた。
「えーっと、何かな?」
「何かな、って酷いですね。あたしを呼んだの、社さんなのに」
「え?!も、もしかして、キョーコちゃん!?」
言われてみれば、髪色はキョーコと同じものだし、顔も化粧でわかりにくいものの、キョーコのものだ。
モデル立ちも蓮の家で見せてもらったものだし、"お姉さん"系の服は事務所から借りると聞いていたので着ていても不思議ではない。
それに、彼女がキョーコである証拠が胸元で輝いている。
「ふふっ、正解です。カリスマ女子高生に見えます?」
「見える、見える!それより、ごめんね?気付かなくって…」
「いいですよ。現場でも、『誰あんた』って反応されましたし。わからない方が面白いですから」
そう言って、くすくすっと笑うキョーコは本当に別人みたいで社は混乱する。
蓮が女性のモデルウォークを教えてから大分経つが、実際に『ナツ』に会ったのはこれが初めて。
蓮直伝のモデルウォークに、手作りには見えない『プリンセス・ローザ』を使ったアクセサリー、そして"お姉さん"系の服。
そんな格好をしたら、まるで自分たちが知ってるキョーコじゃないみたいだと蓮に漏らしたことのあった社だが、今それを直に見て実感していた。
「はい。お弁当です。敦賀先輩に渡しておいて下さい。社さんの分もありますから」
「(せ、先輩?!)あ、ありがと、キョーコちゃん!…あのさ、蓮の奴、もうそろそろ来るはずだし、待ってなよ。一緒に食べよーよ」
「一緒にですか?」
「うん、そう!あいつ、最近またあまり食べてなくてさ。キョーコちゃんが一緒に監視してくれると助かるなーって」
どうせ、この後は『Dark Moon』で同じ現場なのだ、誘っても問題ないだろうと判断して社はそう言う。
するとキョーコは、少し眉を寄せ考え込んだ後、にっこりと艶のある笑みを浮かべる。
その笑みにドキッとした社だったが、『闇の国の蓮さん』を想像して青くなり、見惚れた自分を叱咤した。
「敦賀先輩と一緒にいて、渋々食事をする敦賀先輩を見たり、周りの反応を楽しむのも面白そうですけど、私これからカオリたちと食事なんで」
「(楽しむ?面白そう?キョーコちゃん、どうしちゃったの~~~?!)そそそそっか、なら仕方ないね」
普段のキョーコから掛け離れた言動に目を回す社だが、一緒に食事をできない理由を聞いて、それなら仕方ないと諦める。
『BOX"R"』の台詞合わせの時、前日の余韻に浸っていたせいで大遅刻をしたあげく、怒られることもなく、その日のうちに共演者たちに謝罪することも叶わなかったと落ち込んでいたため、現場でうまくいってるか心配だったが、その心配は無用のものだったようだ。
キョーコが今出演している『BOX"R"』は高校を舞台とするドラマであるため、出演者の殆どはキョーコと同年代だ。
尚のせいで友達ができなかったと言っていたキョーコにはちょうどいいだろう。
「じゃあ、また後で」
「あ…(せ、せめて蓮が来るまでっ)」
「俺には挨拶ないの?」
その声に社は「間に合ったぁ~」とホッとする。
キョーコに会えたか会えないかだけで、その日のモチベーションが違う蓮。
会えた方が断然モチベーションが上がるため、仕事をスムーズに熟してもらうためにも助かる。
更に本音を言えば、自分だけ会えたのに蓮は会えなかったという状況が怖い…
「こんにちは、敦賀先輩」
キョーコはといえば、普段なら恐縮して深くお辞儀をしながら挨拶するのに、今回は蓮を見ながらにっこりと微笑んで挨拶をした。
その違いに、また役が憑いてるんだな…と察し、同じようににっこり笑う。
「こんにちは、最上さん……いや、『ナツ』」
「ふふっ…敦賀先輩はすぐわかったんですね。あたしが誰かって。あ…社さんがいたからか」
「それもあるけどね。社さんがいなくても、俺が君に気付かないことはないよ」
「お上手ですね。あたしじゃなかったら、気があるのかもって勘違いしちゃいますよ?」
「勘違いしてもいいよ?」
「遠慮しまぁす」
くすくすっと笑いながら、キョーコは右手で髪を掻き上げる。
口説いてるようにしか見えない蓮にはらはらしている社をよそに、蓮はキョーコの仕種にすっと目を細めた。
「右手、治ったみたいだね」
「何のことですか?」
よくわからないといった表情をするキョーコ。
返事に間が空くこともなかったため、普通の人なら騙されていただろう。
しかし、蓮には通用しない。
「この前、右手を痛めてたよね?」
「そんなことないですよ。先輩の勘違いじゃないですか?」
「俺を騙せると思ってるの?上手く隠してたから皆気付かなかったようだけど、右手を庇いながら演技してたよね、この前」
「そうでした?」
「ごまかさない。…君は人一倍プロ意識が高い役者だ。それに、運動神経も並外れている。その君が不注意で怪我を負うような真似はしないはずだ…誰にやられたの?」
「買い被りすぎですよ~。あたしが誰かにやられて黙ってるように見えます?」
「怪我したことはもう否定しないんだね」
「あら、一本取られたわ」
普段のキョーコなら「敦賀様を謀るような真似をして、誠に申し訳ありませぇぇん!」と泣いて謝っただろうが、今は『ナツ』が憑いているため、悪びれもなくごまかそうとした事をあっさり認めた。
そのやり取りを聞いていた社は「ぇえ?!」驚き、キョーコに詰め寄る。
「怪我してたってホントなの、キョーコちゃん!」
「ちょっと捻っただけですよ」
ケラケラと笑いながら、もう平気なのだと右手をぱたぱたさせるキョーコに少しホッとする社。
蓮が「治ったんだね」と言っていたから、それほど重傷ではなかったのだろうと見当はついていたが、それでも心配は心配なのだ。
なんせ、キョーコは「骨は折れても治るもの」という精神の持ち主である。
痛みをおして演技テストに臨んだ過去を知っている身としては、怪我に関してはキョーコを信用できないのだ。
「本当?」
「ホントですよ~。もう!敦賀先輩のせいで社さんにまで心配かけちゃったじゃないですかぁ~」
「隠そうとするからだよ。君が正直に答えてくれていれば、ここまで心配はかけなかったと思うよ?」
「先輩が言わなきゃ良かったんですよぉ」
「そうはいかないな…で、いったい誰なんだい?」
「言ったら手出ししそうだから、だぁめ。あの子、あたしのなんで」
それに決着つきましたし、とにこっと笑って牽制するキョーコの笑顔を見て、社は蓮の笑顔を連想する。
有無を言わせない笑顔はそっくりだ。
もしかしたら、少しだけ蓮を参考にして『ナツ』を作ってるのかもしれない…
「あの子ってことは女の子なんだ。歳も近いみたいだね」
「んー、そうですよー」
「ってことは『BOX"R"』の共演者かな?」
「せーかぁい!」
流石は敦賀先輩!と言うキョーコに蓮はにっこり笑う。
「誰なのかは教えてくれないの?秘密にするよ?」
「敦賀先輩もあたしと秘・メ・ゴ・トしたいんですか?」
流し目で蓮を見つめ、人差し指を唇に当てて、うっすらと笑みを浮かべるキョーコに蓮は笑顔を保ったまま内心では動揺し、社は顔を真っ赤にする。
「(キョーコちゃぁぁあんっ!エロいっ!エロいよっっ)」
叫びたいのを我慢して、心の中だけで絶叫する社。
地味で色気がないとまではいかないが、普段はどちらかというと清楚で健康的な色気を持っているキョーコ。
しかし、今のキョーコは妖艶で、どこか毒のある艶と常にない色香を漂わせている。
今のキョーコを見て「色気がない」なんて言う輩がいたら見てみたいくらいだ。
「…秘めゴトという響き、とても惹かれるね。是非お願いしたいな」
「う~ん…だけど、光先輩と二人だけのヒミツですからね…」
「『光先輩』?」
「あれ?知らないんですか?」
「うん。LMEの人?」
「そうですよ。LMEのタレントです」
ちょうど現場に居合わせちゃって…とキョーコは笑うが、そのことよりも名前呼びであることが気になった。
「ふぅ~ん…その人、助けてくれなかったの?」
「受け止めようとしてくれたんですけど、体勢を立て直そうとして方向転換しちゃったんで」
先輩をクッションにせずに済みました。
そう笑うキョーコに蓮は内心青筋を立てる。
それは、助けられなかったくせに親しげな様子の『光先輩』に対してと、その場に居合わせることができなかった自分、そしてその『光先輩』という男と二人だったと思われる無防備なキョーコに対してだ。
嫉妬と、不甲斐ない自分に対する憤りと、心配と苛立ちからくる怒りに燃える蓮に気付いた社はガタブルと震え上がる。
そんな蓮の様子に、蓮の機嫌に敏感なキョーコが気付かぬはずはないのに、キョーコは面白いものを見つけたとばかり目を輝かせ、楽しげに微笑む。
「どうしたんですか、敦賀先輩?」
「……いや、ね。『光先輩』とは秘めゴトできるのに、俺とはできないのかと思うとショックでね。君とは結構親密だと思っていたからね…」
「ふふっ、親密と思っていただけているなんてすごく光栄です」
「なら、教えてくれる?」
ずいっと顔を近付け、にっこり微笑む。
いつもならその笑顔に青くなるキョーコだが、負けじと麗しい笑みを浮かべ、見定めるように蓮を見つめた。
「どうしようかしら?」
「教えてくれたら、退屈凌ぎになるような面白いこと探してあげるよ?」
「あら、素敵。貴方なら期待を裏切らなさそうだし…」
蓮の提案にキョーコは惹かれたのか迷うような発言をする。
あと一歩かな、と更に興味を惹くような言葉を言おうとした時、遠くから軽い足音がいくつか聞こえ、若い女性の声がした。
「ナツー!まだなの~?あんたが一緒に食べようって言い出したんでしょー?」
「あ、今行くわー!」
キョーコは後ろを向いてそう返事を返すと、蓮と向き直り、くすりと笑った。
「残念。タイムオーバーです」
ちょんっと人差し指で蓮の唇を突き、離れるキョーコ。
蓮はその行動に驚き、無表情になって「そのようだね」と返した。
「それでは、また後ほど」
ちゃんと食べて下さいね、と言って去っていくキョーコを今度は引き止めるようなことはせず、黙って見送る蓮と社。
モデルばりの歩行で去っていくキョーコの後ろ姿が見えなくなり、きゃいきゃいと騒ぐ女性たちの声が聞こえなくなってから、蓮ははぁ~~~~~~と長い長い溜息を吐いた。
「れ、蓮、大丈夫か?」
「社さん…」
「しっかし、すごかったなぁ、キョーコちゃんの『ナツ』。『未緒』もすごいと思ったけど、憑き方や役の印象は『ナツ』も負けてないよ!」
「だから言ったでしょう。彼女は走り出したら早いって。まぁ、俺もあんな『ナツ』が出てくるとは思っていませんでしたけどね」
「うんうん、だよなー。『未緒』は誇り高きお嬢様って感じだったけど、『ナツ』は今時の女子高生でまさにリーダー的存在って感じだし、同じイジメ役でも全然違うからびっくりしたよ」
ヒロインを虐めるという立場も、役の年齢だって同じ女子高生なのだからあまり変わらないはずなのに、印象は全く違う。
条件は殆ど同じという中でバリエーションを付け、演じ分けるのは難しいはずだ。
にも関わらず、ここまで違う役を作り上げたキョーコには感嘆するしかない。
「さっきの仕種もすっごく色っぽかったし、あれがオンエアされたら反響すごいだろうなぁー」
「……………社さん」
「な、なんだ?(地雷踏んだか?!)」
「彼女の秘メゴトの相手の…『光先輩』でしたっけ?誰だかわかります?」
「(あ、そっちか…)同じ事務所のタレントで『光』って名前だろ?それなら多分『ブリッジロック』の石橋光くんじゃないかな?」
「石橋、光ですか…」
その名前を呟いた途端、蓮からぶわっと闇色のオーラが噴出する。
そのことに慌てた社は「蓮!」と叫んで、何やら考え込んでいる蓮の注意を自分に向けた。
「あのな、『ブリッジロック』は3人で形成されてるグループなんだけど、3人とも石橋姓なんだ。だから、キョーコちゃんが名前呼びなのは他意はないと思うぞ!」
「そう、なんですか…」
物騒な雰囲気を収めた蓮にホッとする社。
かと思いきや……
「……だが、気に食わないな…」
と再び不機嫌になる蓮。
「社さん」
「はっ、はぃぃぃいい!!」
「怪我の方は決着をつけたそうですし構いませんので、石橋光くんというタレントと彼女の関係…調べてくれますよね?」
「もももももちろん!」
その返事を聞いて多少浮上し、「では、行きましょうか?」と促す蓮とは対照的に、社はやつれたような顔をしてその後に続くのであった。
―――――――――――――――――――
久しぶりにスキビ更新。
でも、7月中旬まで忙しくなりそうなので更新速度は遅いままになりそうです。
瑞穂さまへのお返事から派生
「………アンタか」
「君は、軽井沢の時の……」
「そう睨むなよ。約束通り、現れなかっただろ?」
「去年のうちは、だろ?」
「なんだ、キョーコから聞いているのか」
「(キョーコ呼び…)不破が暴走したのは君のせいらしいね」
「まぁ、勘違いさせるようなことはしたからな。だが、半分はアンタのせいだと思うけど?」
「俺?」
「不破はアンタのこと敵視してるみたいだし、俺のことが誤解だって解けても馬鹿な行動を取ったんだとしたら、他の原因はアンタしかいないだろ」
「俺が原因、ね…(まさか、不破の前で最上さんが俺を意識してるような発言をしたとか…いやいや、相手はあの子だぞ!同じ部屋で暮らしても平気なくらい俺を男と意識してない子だぞ。そんなはずは…)」
「あ、そうそう。考え事をしてるとこ悪いけど、俺時間だから」
「…そうか(だけど、不破にあんな行動を取らせたってことは、そういう発言をしたとしか思えないよな…。不破の奴、最上さんに…した後、俺を見て嘲笑ってたし)」
「じゃあな。あ、それと、お前の過去キョーコに話しといたから」
「そうか………って、はっ?!」
という感じで、レイノから話を聞いた蓮がキョーコちゃんのとこに行くところから始まります。
では、[ つづきはこちら ]どうぞ
黒い箱の中にコーンがいた。
正確には、テレビの画面に成長したコーンが映っていた。
何かのドラマの会見らしい…「原作は漫画で…」とコーンの隣に座っている男の人が話していた。
だけど、そんな言葉は右から左に流れていって、私にはコーンだけしか見えてなかった。
コーン。
優しい綺麗な妖精さん。
何故、貴方が人間界[こんなところ]にいるの?
妖精界に帰るから、二度と会えないって言ってたんじゃないの?
ねぇ、コーン……
『―――主演はこちらにいる、敦賀蓮くんが…』
え?
今、コーンのこと、よりにもよってショーちゃんが大嫌いな顔だけ俳優『敦賀蓮』って言った?
コーンが『敦賀さん』って呼ばれて、返事をする。
どういうこと?
コーンじゃないの?
…ううん、どう見たってコーンよね。
『敦賀蓮』は髪はウイッグ、目はカラーコンタクトだって説明してるけど、髪はともかく目はごまかせない。
だって、ショーちゃんもカラコン入れて目を青くしてるけど、そんな自然な色にならないもの。
コーンと同じ、宝石のような碧眼じゃないもの。
ねぇ、コーン。
貴方はいったい何者なの……?
夜遅く。
共演者のNGが続き、予定より遅くなってしまった帰宅時間。
あまり睡眠は取れないな…と思いながら、社さんを送った後、自分の家に向かって車を走らせていた。
ようやく着く…と思った時、マンションの近くの歩道に座り込んでいる小さい影を見つけ、驚いて車を止めた。
大きさ的に男性が酔っぱらって…ということはなさそうだ。
子供か、女性。
こんな時間になんでこんなところに…と不審に思って車を降りると、その人物の傍に寄った。
近くによると黒髪の高校生くらいの女の子だとわかり、眉を寄せる。
「…お嬢さん。こんな時間にこんな場所にいると危ないよ?」
世の中、親切な人ばかりではない。
見つけたのが俺だったから良かったものの、危ない男が少女を見つけていたらと思うとぞっとする。
何が起こったとしても俺には関係ないことだけど、事前に防げる事を放置できるほど俺は鬼畜じゃない。
声をかけると少女ははっと顔を上げ、驚きに満ちた表情でまじまじと俺を見た。
「敦賀、蓮……」
少女は飾り気のない格好で、今時の子にしては珍しく化粧もしてなかった。
少し地味な印象を受けるけど、整った顔をしているから、もう少し大人になったら誰もが振り返る美女になるかもしれない。
そんな印象の少女は嫌悪と好意が入り混じった複雑な表情を浮かべて俺を見ていた。
好意だけならまだわかる…一応これでも人気のある俳優だし、ファンもありがたいことに結構いるから。
だから、この少女がそのうちの一人でもなんら不思議はないし、ファンじゃなくても外見には恵まれてるから、好意を向けられやすい。
けれど、何故嫌悪まで?
その嫌悪は俺[敦賀蓮]に向けて?それとも……
「…家出かい?でも、こんな時間にふらついてたら襲われても文句は言えないよ?」
「………貴方に、会いに来たんです」
「俺に?」
やっぱりファンの子だったのか?
家の前で待ち伏せされるのは初めてじゃない。
芸能界にいればプライバシーなんてあってないようなものだ。
だから、不思議じゃないけど…この子は、今までのファンとは違う気がする。
「…俺に会いたいって思ってくれるのは嬉しいけどね、年頃の女性が一人でこんな時間にこんな場所にいたら危ないだろう?送ってあげるから、今日のところは帰りなさい」
「時間は取らせません。ただ、確認したくて………それだけです」
「確認?」
はて。
確認したいこととは何だろうか?
初対面の少女に確認されることなんてないと思うんだけど…
「貴方は…貴方は、コーン?」
「え………?」
懐かしい響きに、俺は言葉を失った。
俺のことを『コーン』と呼ぶのは、たった一人。
俺の英語訛りの発音のせいで『クオン』を『コーン』と聞き間違えた、メルヘン思考な女の子だけ。
「キョーコ、ちゃん…?」
まさかそんなわけないだろうと思いながら、無意識のうちに思い出の少女の名を呼んだ。
だって、あの子は京都に住んでて、王子様の『ショーちゃん』と幸せになってるはず…
こんなところにいるわけがない…
そう思ったのに、少女は「やっぱりコーンなのね!」と微笑んだ。
「ホントに、キョーコちゃん?」
「そうよ!久しぶり、コーン。……妖精じゃ、なかったのね」
その言葉に、少女―キョーコちゃんが今だ俺のことを妖精だと思い込んでいたことを知る。
夢を壊してしまったことを申し訳なく思いながら、何故俺[敦賀蓮]が俺[クオン・ヒズリ]だとわかったのか不思議に思った。
「うん…ごめんね。ところでキョーコちゃんは何で敦賀蓮が俺だってわかったの?」
「あのね、テレビで見たの…すぐにコーンだってわかったわ」
テレビ…と言われて、先日行ったドラマの会見を思い出す。
原作が漫画だというそのドラマの主役を演じることになったのだが、問題はその主人公の外見が金髪碧眼だったことだった。
日本人で、髪を染めてカラコンをしている人は芸能界では珍しくないけど、俺はダメなんだ。
それは俺の本当の色だから…だから、俺は断ろうと思ったんだ。
だけど、社長に「外見が外国人でも、日本人だと思わせる演技をしろ」って言われて、演技力で外見をカバーすることになったんだ。
俺[久遠]だとばれたらどうするんだ…とひやひやしたけど、あちらでの俺[クオン]の知名度は低かったから、俺[敦賀蓮]を見て俺[クオン]と繋げる人はいなかった。
それでいいはずなのに、ぽっかりと心に穴が空いた気がしていた…
なのに…
キョーコちゃんだけは俺[クオン]に気付いてくれた。
一緒に遊んだのは、たった数日間だけなのに。
俺[敦賀蓮]が俺[クオン・ヒズリ]だとばれたらダメなのに、まだ自分への誓いを果たしていないのに、本当は焦るべきなのに…どうしてこんなに心が温かくなるんだろう…?
「そう、なんだ…それで会いに来てくれたの?」
「うん。何で貴方が『敦賀蓮』なのかわからなかったけど、コーンに会わなきゃって思って」
「…そうなんだ」
この子にとって俺は『敦賀蓮』じゃなくて『コーン』
そして、『コーン』には好意を抱いてくれているけど、『敦賀蓮』の名前を口にした時、一瞬感じたのは…嫌悪?
キョーコちゃんは『敦賀蓮』が嫌いなのか?
過去を持ちこまないと決めた俺は今『敦賀蓮』でしかいられないのに…
今度は胸が締め付けられるように痛い。
さっきまで、すごく温かい気持ちでいられたのに…。
「私ね、コーンにずっとお礼が言いたかったの!」
「お礼?」
「コーンは私の辛い気持ちを聞いてくれて、泣き場所になってくれたでしょ?それに、涙が減るようにって魔法の石をくれたし!」
「俺がしたくてしたことだから、お礼なんて必要ないんだよ、キョーコちゃん。それに…ごめんね、魔法の石なんて本当は嘘なんだ…」
「うん。コーンは人間だったもんね」
少し悲しそうにそう言うキョーコちゃんに、何で俺は妖精じゃないんだろう…なんて馬鹿なことを思った。
妖精だったら、この子にこんな顔をさせなかったのに。
「だけどね、コーン。この石は魔法の石なの。私の悲しみを吸い取って、私を元気にしてくれたのよ!」
「本当…?」
「本当よ。この石はコーンに貰ったあの瞬間から私の宝物だったの!」
そう言ってキョーコちゃんが小さな財布を開けて、俺があげたアイオライトを取り出して見せる。
10年も前にあげたものなのに、欠けた様子もないその石を見て、大事にしてくれてるんだ…と嬉しくなった。
あの思い出が宝物なのは、俺だけじゃないんだ…
「そうか」
「うん。それとね…」
「うん?」
「コーンのこと思い出すたびに、後悔してたの」
「え?」
後悔してたって…俺に会ったことを?
それとも、俺の前で泣いたことを?
「…なに、を?」
「私が話を聞いてもらったように、コーンの話も聞けばよかったって」
「え…?」
「コーン、よく辛そうな顔をしてたでしょ?なのに、私は自分のことばっかりで、コーンが耐えてる横でボロボロ泣いて、慰めてもらって…だから、私も話を聞いてあげればよかったのにってずっと後悔してたの。話すだけで悲しみが薄らいで、心が軽くなるって、私はコーンに話を聞いてもらって知ってたのに、私は甘えてばっかりで…」
ぎゅっとアイオライトをサイフ越しに握って俯くキョーコちゃん。
ずっと、俺のことに気かけてくれていたんだと思うと自分の中の闇が薄らいだ気がした。
見向きされなかった俺[クオン]をずっと見つめていてくれた女の子。
この子の中が『ショーちゃん』でいっぱいでも、俺[クオン]の居場所も確保されていたんだと思うと嬉しい…
演技でいっぱいな俺の中に、ずっとキョーコちゃんがいたように、キョーコちゃんの中にも俺がいた。
そんな些細なことで何でこんなに幸せになれるんだろう…?
「そんなことないよ、キョーコちゃん。だって君は、『飛べない』と言った俺のために泣いてくれただろう?それだけで俺の心は軽くなったんだ…」
「本当…?」
「うん、ホント。だから、そんなに後悔しなくてもよかったんだ」
おずおずと顔を上げるキョーコちゃんに笑いかける。
すると、何故か彼女は驚いたように目を見張った。
「キョーコちゃん?」
「…ホントに貴方がコーンなのね……」
「え?どういう意味?」
「だって、笑顔が違ったんだもの…」
「笑顔?」
どういう意味だ?
彼女が何を言いたいのかわからなくて首を傾げる。
「…私ね。貴方がコーンだってすぐにわかったの」
「うん。それはさっき聞いたけど…」
「だけど…コーンはもう『コーン』じゃなくて、『敦賀蓮』になっちゃったんだって思ってた」
「俺が、『敦賀蓮』に?」
本当にどういう意味なんだろう?
俺が敦賀蓮だってことは見ればわかるだろうし、彼女だって最初に確認してるはずだ。
「……だって、笑顔が違う」
「笑顔…?さっきも同じことを言っていたね。どういう意味?」
「『敦賀蓮』が浮かべる笑顔って綺麗なの…作りものみたいに…」
その言葉にはっとする。
キョーコちゃんは今まで誰も気付いていなかったことに気付いたのだ…俺が心から笑ってないことに。
俺が普段浮かべる笑顔が偽物だって…
「コーンの笑顔はね、すっごく綺麗なの!作りものじゃなくて自然な笑顔で、心が温かくなるの……だけど、『敦賀蓮』の笑顔はいつでも同じで心が籠ってなくて、嫌…」
「だから、『敦賀蓮』のことが嫌いなの?」
「え?」
「キョーコちゃんは素直だからね。『コーン』は好きだけど『敦賀蓮』は嫌いってずっと目が言ってたよ?」
「うっ……」
否定しないキョーコちゃんに思わず苦笑する。
本当に昔と変わらず素直な子だ。
よくこんなに純粋に育ったな…としみじみ思った。
「だって…」
「だって?」
「…『敦賀蓮』が『コーン』を消しちゃったんだって思ったら……」
…本当にこの子は俺を見ている。
たった数日間、しかも昼間だけしか会っていなかったのに。
俺[敦賀蓮]とはテレビ越しにしか見たことがないはずなのに。
彼女は、俺[過去]と俺[今]が違う人間だと察している。
本当に違う人間ではないけど、今の俺は『敦賀蓮』として親も祖国も自分[クオン]も持ち込まないと決めて、ここに立っているから。
そして…俺[敦賀蓮]が過去[クオン]を消し去りたいことを感覚的な部分で見透かしてる…
彼女に自覚はないだろうけど、「『コーン』じゃなくて『敦賀蓮』になっちゃった」「『敦賀蓮』が『コーン』を消しちゃった」と言ったあたり、本能的に気付いてるんだ…
今まで、社長にしか気付かれなかったのに…
「…『コーン』は消えてないよ。隠れてるだけなんだ」
「そうみたいね。だけど、何で?貴方は今でもコーン[自然]な笑顔を浮かべられるのに、何でいつも仮面みたいな笑顔を浮かべてるの?」
鋭い…鋭すぎる…
年の割に聡い子だと思っていたけど、本当に察しが良い…。
だって、『敦賀蓮』は俺が作り上げた者。
いつでも紳士である彼[敦賀蓮]は、作られた存在だから、浮かべる笑顔も偽物[仮面]でしかない。
俺[クオン]を曝け出せない俺[敦賀蓮]に自然な笑みを浮かべることなんて不可能なんだ…
「…どうしてだろうね?」
あまりつっこまれたくなくて、キョーコちゃんが指摘した作った笑み[仮面]を浮かべると、キョーコちゃんは嫌そうな顔をした。
…そんな顔されると傷つくんだけど…
わかっていた反応とは言え、少々ショックを受けてしまった俺だが、察しの良い彼女は触れられたくないのだと察してくれて、再び問うようなことはしなかった。
「ところでキョーコちゃん。こんな時間にここに来たのは、俺がコーンだと確認するためなんだよね?なら、もうそろそろ…」
「あ!そうだったわ!」
帰った方がいい、と言おうとして遮られる。
他に目的があったのかと彼女を見つめると、彼女は小さなサイフから俺のあげたアイオライトを取り出す。
そして、「はい」と俺に差し出した。
「え?」
「今日はね、『敦賀蓮』がコーンだったらこれを返そうと思って、そのために来たの」
「なん、で?本当の魔法の石じゃないけど、君にとっては魔法の石だったんだろ?コーンが俺だって知っちゃったから『魔法』の効力がなくなっちゃって、もう必要なくなったってこと?」
「ううん、違うの。ショーちゃんがね、『敦賀蓮』のことが嫌いなの」
「『ショーちゃん』?」
例の、彼女の王子様か。
「うん。だからね、コーンと決別しに来たの…。だって、コーンは『敦賀蓮』だから」
「っ?!」
「ショーちゃんはコーンが貴方[敦賀蓮]だってことどころか、コーンに会ってたことも知らないけど、ショーちゃんが嫌いに思ってる人を私が大切に思ってたら嬉しくないと思うの。私も、裏切ってるみたいで心苦しいし…。だからね、コーンと決別しようって思って…だけど、石を持ってたら、ずっとコーンのことを大切なままでいそうだから…」
「だから、返すね」と言って、彼女は俺の掌にアイオライトを乗せた。
そして、呆然としている俺から離れると、走って距離を空ける。
そして、一度振り返ると、泣き出しそうな顔を笑顔に変えて、手を大きく振った。
「ばいばい、コーン!貴方と会えてよかった!!」
そう言い残して、去っていくキョーコちゃん。
悲しくても、自分を奮い立てて笑顔になっていた昔の彼女を思い出して、本当に変わってないなと思うと共に、俺との思い出を置いて行った彼女を酷いと思った。
俺は過去[クオン]を捨てても、キョーコちゃんとの思い出だけは捨てきれなかったのに…
なのに、彼女は『ショーちゃん』のためなら、ずっと大切にしていてくれた思い出を捨てられるんだ…。
「ははっ……」
嗤うしか、ない。
アメリカでは、クオンは切り捨てられ、見下され、軽蔑された。
だから…クオン・ヒズリじゃダメだから、敦賀蓮になったのに。
彼女には、敦賀蓮だから…切り捨てられた。
「痛いよ、キョーコちゃん…」
傷ついた顔をしていた俺[クオン]が気になっていたと言っていた彼女。
そんなに気になっていたなら、今ここに戻ってきて、俺に笑顔を見せてよ…
嘘だって言って?
そしたら俺は、自然[クオン]な笑顔を浮かべられるから…だから、そう言ってよ、キョーコちゃん。
痛いんだ…とっても、とっても……
「どうしてっ…どうして、こんなに胸が痛いんだっっ」
押しつけられたアイオライトを握って、座り込んだ。
ギリギリと胸が締め付けられる。
クビにされた時さえ、敗北感は覚えても、こんなに苦しくなったことなんてなかったのに…
キョーコちゃんは思い出の大切な女の子でしかないはずなのに、何でこんなに痛いんだろう…?
再起をかけて日本にきて、そのためにたくさんのものを捨ててきたのに…『キョーコちゃん』を手放すのは、その時以上に辛いよ…
彼女にそんな選択をさせた『ショーちゃん』が憎い…
ずっと、彼女を独り占めしてきたくせに…
俺の居場所まで取るなよ。
どうして俺[敦賀蓮]に嫌いなんて感情を抱いたんだ…無関心でいてくれれば、コーン[クオン]ごと俺を捨てるなんてことはしなかったのに!
「お願いだ…俺との絆を捨てないで……」
俺[敦賀蓮]の中にクオンを見つけてくれたのは君だけなのに…
君まで俺から目を放さないで…――
空に輝く星を見上げ、願う。
「俺を、見て……キョーコちゃん」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なんか、すっごく痛々しい…
おかしいな…こんなラストじゃなくて、もっと軽い感じになるはずだったのに…
そして、やっぱり自覚のない蓮。
こんなに苦しんでるのに、キョーコちゃんと決別されるのが辛いのは、好きだから…という発想は出てこない。
そこが蓮クオリティ!(ぉい
「ったく、ふざけんなよ…俺の作る作品はアートだぞ?それなのに、オーディションに受かった奴でもなければ役者でもモデルでもない社員を採用するなんて…」
そうぶつくさ言うのはCMを撮らせるならこの人!と言われている黒崎潮。
体調管理できない奴はプロ失格!という方針は変わらず、自己管理のなっていない人間に対しては厳しいことで有名である。
自分の作る世界に自信を持っており、CMに採用する人間の選出も自分で行っているのだが、今回は勝手が違ったのだ。
新しい香水のCMの仕事が舞い込み、いざ採用する人間を決めよう、という段階で、先方から「こちらで用意する」と言われてしまったのだ。
今は結構社員たち自身がCMに出て宣伝するという会社も珍しくはないのだが、黒崎としては素人に自分の作る世界を壊され台なしにされなくないので一度は却下した。
それなら自分は降りるとまで言ったのだ。
しかし、先方は引き下がらず、気にいらなかった場合は変えて良い、損失分はこちらで負担すると食い下がったため、仕方なしに先方が用意する社員で撮影することとなったのだ。
もちろん黒崎は、その社員が使い物にならなかったら即効クビを切るつもりである。
「監督!お見えになりました!」
「おっ!時間より早いじゃねぇか。感心、感心。で?もちろんそいつは怪我とかしてねぇだろうな?」
「はい。と、言うか…」
例の社員が到着したことを伝えに来たスタッフは言いづらそうに…というより、信じられないといった感じで口篭った。
入口の方にいるスタッフたちがざわざわと普段とは違った感じでざわめく。
黒崎が「なんだぁ?」と眉を寄せていると、衣装を着替えたらしい例の社員が黒崎のところまでやってきた。
「お?アンタが…………」
そちらを向いた黒崎がぽかんと間抜け面を曝す。
その反応に苦笑して、その人物は挨拶をした。
「お久しぶりです、黒崎監督。この度、CMに出させていただくことになった最上キョーコです」
そう言って綺麗なお辞儀を見せたのは、約1年ほど前に家業を継ぐという理由で引退した元人気タレント『京子』である。
引退してからは殆どメディアに顔を出さなかった人物の登場に、黒崎は唖然とするしかなかった。
「えっと、監督…?」
「…京子、だよな?」
「はい。ご無沙汰しています。この度はこちらの者が我が儘を言ってしまってすみませんでした。私としても、引退した身でテレビに出るのは…と断ったんですけど」
驚かせたことを申し訳なさそうにしながらキョーコは言う。
我に返った黒崎は、30代になってますます磨かれた美貌を見つめながら、詰めてた息を吐いた。
「驚かせやがって…まぁ、お前なら俺の作品壊すようなことはないだろうし、安心だけどな」
「買い被りすぎですよ!この業界から離れて1年も経つんですよ?」
「1年くらいなら平気だろ。それに旦那の読み合わせに付き合ったりしてるんだろ?この前、インタビューで答えてたぜ?『妻のキョーコと読み合わせすると楽しいのですが、実際の撮影の時物足りなくなりますね』ってな。もっぱら半分くらいはお前に関する質問だったな…『京子さんは芸能界に復帰する予定はないのですか?』とか」
にやにやしながら言う黒崎にキョーコは苦笑する。
久遠が出ている雑誌は基本的に目を通しているため、自分に関する質問が多いことは知っていた。
引退してから既に1年が経つにも関わらず、今だ久遠経由で監督たちからラブコールが絶えない。
けれど、引退と共に引き継いだ会社の運営に忙しく、復帰どころではないのが現状だ。
キョーコ自身、演技に未練はあるものの、演技力No.1と名高い久遠との読み合わせである程度満足してしまうため、あまり真剣に復帰のことを考えたことはなかった。
「復帰の予定は今のところないですよ。今回のことは例外というか…新作の香水のイメージに私が合うって言われたのと、CMに起用する人材分のコストを抑えるためにやってほしい言われのと、社内アンケートでその意見がほぼ満場一致だったので仕方なく…」
「ほー。まぁ、確かに今回の香水はお前さんが1番イメージに合うかもしれないな。けど、いいのか?CM出たらまた騒がしくなるぞ?」
「私もそう言ったんですけど、自社のCMに社長を出して何が悪いって反論されまして…中には出ないなら仕事をボイコットすると言い張る社員も出てきたので…」
はぁ…と疲れたように溜息を吐くキョーコに黒崎は同情した後、会話の中で気になる単語を発見し、首を傾げた。
「社長って…確か、先方は……」
「あ、申し遅れました。『最上グループ』の代表取締役をやってます」
はい、と手渡された名刺を反射的に受け取る黒崎。
まじまじと名刺を眺めた黒崎は「はぁ?!」と奇声を上げた。
「お前が継いだのって『最上グループ』だったのか?!『最上グループ』つったら大企業じゃねーか!最近代替わりしたって話は聞いたが…多くの企業の業績が低迷してる中、珍しく上場してる企業で、就職したい企業No.1のとこだろ、確か?」
「詳しいですね…。まぁ、何とか黒字経営ですから、そういう評価をいただいてますけど」
「へー…しっかし、今までよくばれなかったな?機密扱いだったとしても、取引先までは口止めできねぇだろ?」
「『化ける役者』を嘗めないで下さいよ。現役は退きましたけど、化粧で化けることに変わりないんですから」
『化ける役者』とは、タレント『京子』の化けっぷりにローリィが面白半分で付けた通り名である。
その名の通り、役ごとに外見も中身も別人のように化けることから付けられ、他にも『七色変化タレント』だの『魔女』(こちらは役に成り切るのではなく、役として生きる京子を妬んだ女優が「あそこまで変わるのはあの女が魔女だからよ!」という暴言からきている)だのと言われていた。
イジメ役から純粋少女役、妖艶な女性役、果てには少年役まで熟す京子は日本の芸能界で1、2を争う役者となり、『敦賀蓮』に続いて3人目のハリウッドスターになるのではと期待されていた役者である。
そのため、引退する時は、そのニュースを聞いた業界人は役者も監督もプロデューサもこぞって反対し、それを振り切ったという経緯があったりする。
「成る程ねぇ…けど、今回のことでばれんじゃね?」
「不本意ですけどね。私に地位を譲った母は元から私のネームバリューを利用するつもりだったらしいんですけど、元芸能人だからって甘く見られたくありませんし、そんなものに頼るなんてたかが知れてるなんて思われるのも嫌じゃないですか!幸い、業績を上げることを条件に母は納得してくれましたし、社員も私のことを知るのは社員だけの特権だって賛成してくれたんですけどね…」
「大変だなぁ。因みに旦那はCMに出ることは知ってんのか?」
「はい。『ますます綺麗になったキョーコを世間の目に曝すなんて…』とか戯れ事を言ってました」
「戯れ事って、ひでぇなー。確かに綺麗になってんぞ。ついでに色気も増したな…愛されてんだなぁ…」
「はい、まぁ…////」
照れて頬を染めるキョーコ。
その少女のような初々しさに、こいつホントに31か?と黒崎は思わず年齢を疑ってしまった。
「あのゴシップ1つなかった芸能界一イイ男を虜にしたのも頷けるな…けど、愛されすぎて寝不足になったりしそうだな」
「下世話は結構です!!」
それに、私も久遠も忙しいから…ごにょごにょ、と言葉を濁したキョーコに、相変わらず素直だなぁと黒崎は笑った。
確かに、干されたわけでもないのにハリウッドから戻ってきた俳優とトップ企業の社長に仲良くする暇は滅多にないだろう。
どちらも疲れて体力が残ってないだろうし、会話して一緒に食事する暇さえないかもしれない。
そんな状況だとしたら破局しないのが奇跡だな…と思ったが、読み合わせに付き合ったりする時間は確保しているようだし、以外とやることやってるのかもしれないと考え直す。
まぁ、この様子だと、第一子を授かるのにも時間がまだまだかかりそうだが。
「はいはい。しっかし、社長とはなー。家業っつーから、てっきりどこぞの家元とか人形師とか料亭とかだと思ってたぜ。因みに最優良候補だったのは老舗旅館な。着物の着こなし方とか捌き方とか、ただ者じゃねぇって噂だったからな」
「あ、ははは…」
芸能界に入ってなければ尚の実家である老舗旅館の女将をやっていただろうから、黒崎の予想はあながち間違いではない。
あのまま京都にいれば、きっと母の冴菜がキョーコに関心を抱くことはなく、そのまま捨て置かれただろうから…
「あの~~……」
「ぁあ?」
黒崎とキョーコが話しているところに、恐る恐る話し掛けてきたスタッフに黒崎はガンつけるように見る。
もちろん本人にそのつもりはないが、睨むような目で見られたスタッフは真っ青になりながら言葉を続けた。
「も、もうそろそろ時間が…」
「あ?もうこんな時間か。まぁ、大丈夫だろ。素人だと思ってたから長めに取っておいたが、京子だからな」
「ちょっ、プレッシャーかけないで下さいよ~!」
「おいおい、天下のクオン・ヒズリと対等に演り合う奴がこの程度で緊張するわけねぇだろーが。しかも、今は会社の命運を握ってる立場の人間だろ?なら、尚更じゃねぇか」
「うっ…まぁ、そうですけど」
「だろ?さぁて、スタッフも待ち兼ねてるようだし、そろそろいくぞ、京子!」
「はい!」
「おい!去年のCM女王『京子』の久々の作品だ!気ぃ抜くなよ!!」
そう現場に発破をかけた黒崎は、監督の顔に戻って定位置についた。
絵コンテ通りの、しかし想像以上の世界を作り出す京子に「期待を裏切らない奴だ」と満足げに呟くと、カットして「お疲れさん」とキョーコを送り出し、これをどう編集したら京子の作り出した世界を壊さずに済むか計算するのであった。
「最上社長」
「あら?追加の書類?」
「いえ。今年度の入社希望の統計結果がでましたので、その報告に」
「もうそんな時期?」
「はい。統計の結果、起用人数を遥かに上回る入社希望数となりました」
「去年もそうだったじゃない」
「去年のおよそ3倍です」
「はぁ?!」
CM効果。
その数字から導き出される答えはそれしかない。
引退したはずの『京子』がCMに出たことによって話題になった香水は瞬く間に売れ、生産が追い付かないほどである。
そんな効果を出したキョーコを自分の会社のCMにも起用したい…そう考えるのは普通だろう。
また、何故「家業を継ぐ」と言って引退した『京子』が『最上グループ』のCMに出ることになったのか…人々が不思議に思うのも当然。
疑問に思えば調べようと思うのは必然。
京子の本名を調べ、検索にかければ人々が思うよりあっさりと答えは出た。
情報開示が義務付けられている現在、大企業の代表取締役に就任した『最上キョーコ』の名前を見つけるのは難しくないのである。
今まで気付かれなかったことの方がおかしいと思うくらいあっさり出た答えに、誰もが驚き、マスコミは飛び付いた。
『デキる女社長は元タレント"京子"!』
そんな感じの特集をいくつも組まれ、キョーコが『最上グループ』の社長だということは世間に知れ渡った。
因みに、キョーコのことが知られなかったのはローリィがネット上に上げていた『京子』の本名を伏せたことと、『京子』のイメージによるものである。
『京子』はいろんな面で秀でていたが、特に茶道や華道のことに詳しかったので、誰もが『家業』をそちら方面だと考え、ネットで調べても出てくるわけがないと他の選択肢を捨てていたのだ。
そんなわけで、『京子』が『最上グループ』の社長だと知ると、たださえ『最上グループ』が上場会社というだけでも入社希望者が多い方だったというのに、更に『京子』ファンまで増えたため、例年以上の希望数となったのだ。
中には、今の仕事をやめてでも…という人もいたり、『最上グループ』が無理ならその傘下企業で!という人も絶えないらしい。
「それから、先日訪問した取引先についてですが…」
「何かトラブルでもあったの?」
「先日は我が社が提示した条件を渋ったにも関わらず、手の平を返すように好条件であちらから提示してきました…『京子』のプライベート写真サイン付きを条件に」
「『京子』のネームバリューで取引をするのは嫌だけど、それだけで済むなら安いものよね。それで?」
「はい。『調子に乗るな、エロ親父!そんなに写真が欲しいならクオン・ヒズリに直談判(殺され)に行け!』と言って丁重にお断りしました」
「は?全く丁重じゃないし!…貴方、最近久遠に似てきたんじゃない?ってか、もしかして久遠に買収されてる?!」
「あはは、そんなに褒めないで下さいよ」
「褒めてないわよ!ってか、買収されてることは否定しないわけ?!」
「買収…されてませんよ、うん。ただ、『キョーコを身売りするような真似してみてごらん。ただでは済まないからね』と脅されて、代わりに『京子』のデビュー当時の写真を1枚だけいただいただけですよ?」
あはは…とにこやかに笑いながら、そう言う秘書。
母の下についてた時はすっごく真面目な人だったのに…とキョーコは頭を抱えた。
どう考えても久遠の影響である。
キョーコの周りにいる男にわざわざ牽制をかけにきた久遠は、特にキョーコと接触する機会の多い秘書の彼とよく接触し、いろいろと刷り込んだらしい。
心身に負担になっているわけではなさそうだし、仕事に影響がなかったため放っておいたが、そのツケがきた……
「思いきり買収されてるじゃない…」
「そうですか?あ、ご心配なさらず。先日の取引には影響ありませんから」
「………」
あんな暴言を吐いておいて、それでも仕事に影響を及ぼしていない秘書の優秀さに素直に感心できない。
そして、「やっぱり久遠に似てきた…」と夫の影響力に呆れたのだった。
―――――――――――――――――――
蓮、出てきてないのに存在感はある気がする…流石、蓮(ぉい
「キョーコ」
嫌な予感がしてキョロキョロと辺りを見回していたキョーコは後ろからかけられた声にびくりと身体を震わせた。
「魔界人!」
振り向いた先には、バレンタインの悪夢を引き起こした元凶。
その時のことを思い出してキョーコの顔は鬼のように険しくなったあと、恋する乙女のように頬を赤らめた。
そんなキョーコの様子に元凶――レイノは怪訝そうに眉を寄せる。
「キョーコ、お前…」
「な、何の用よ!ちゃんとチョコレートはあげたでしょ!!」
「お前、相手は誰だ?」
「は?アンタ、相変わらず人間の言葉がわからないようね。私は何の用だって聞いてるの!」
険しい表情でそう叫ぶキョーコの形から怨キョが顔を覗かせる。
しかし、特攻するような馬鹿なことはしないため、前回の二の舞になることはなさそうだ。
「…邪気が減ってる」
「は?」
「それはお前のプロテクターだろ?お前の精神を保つために必要なもののはずだ。その数が減ってるってことは、そいつらがいなくなっても精神を保てる準備が整ってきているってことだろ?」
「………」
怨キョの役割を把握しているレイノにキョーコは眉を寄せ、相変わらず得体が知れないわね…と呟く。
尚や琴南も怨キョを感じ取ることはできるが、レイノのように存在を認識し、その役割まで気付くことはない。
蓮や社に至っては、全く見えない人たちなので、寒気がする程度だ。
「…また捕まることがないように隠れてるだけで数が減ったなんてことは…」
「オーラでわかる」
ごまかそうとしたものの、あっさり見破られて口をつぐむキョーコ。
何故減ったかなんて…蓮の笑顔で浄化されるかなんて気付きたくないと願うキョーコの気持ちを知ってか知らずか、レイノは追い討ちをかけるように言った。
「そいつらが減った原因は誰だ?不破か?それとも…」
「あのバカなわけないじゃない!」
「…そのようだな。不破の名前を出した途端、邪気が増えた。ということはライオンの方か……」
納得したように呟くレイノの言葉にキョーコは理解できないとばかり顔を歪める。
「はぁ?ライオン?……まさか、敦賀さんのことじゃないでしょうね?」
「あぁ…確かそんな偽名だったな、奴は」
「偽名じゃなくて、芸名!」
「いや?あいつに限っては偽名で合ってるぞ。その証拠にあいつの本名は一度も世間に曝したことはないだろ?」
「別におかしいことじゃないでしょ。本人が隠したいならそれでいいじゃない」
その言葉にレイノはふっと笑う。
思わず零れたといった感じの笑みに、キョーコは不気味なものを感じてレイノを睨み付けた。
「……何よ?」
「『隠したい』ね…『曝したくない』じゃなくて『隠したい』のだと気付いてるあたりは流石だな。あっち方面は壊死してるのに、そういったことには鋭い」
「っ…別に深い意味はないわよ。バカショーみたいにイメージダウンになるから本名を明かしたくないのかもって思っただけで…」
「言葉の綾とでも言いたいのか?だが、お前は本能の部分で察しているはずだ。あの男は本当の名前を『隠したい』のだと」
びくりと肩が揺れる。
そう、本当は気付いてる…蓮は本名ごと過去を捨て去りたいと願っていたことに。
『坊』で接触した時に過去に触れ、心の傷に触れ、『雪花』として接触した時に演技の中に素が混じった『カイン』という名の闇に触れた。
どちらか片方だけだったなら気付かなかったかもしれない…けれど、キョーコは気付いてしまった。
「俺はその理由を知っているぞ?」
「…何でアンタなんかが知ってるのよ?」
「前に触れた時に過去が流れてきた」
「頭でも沸いたの?」
「信じられないか?だが、事実だぞ。キョーコがアレの過去を知りたいっていうなら教えるけど?」
「遠慮するわ。アンタのことだから、ないことでっちあげて敦賀さんのイメージダウンを謀ろうっていうんでしょ」
「いいや。それならお前だけに教えるより世間にばらまく方が効果的だろ?けど、LMEを敵に回すのは面倒だしな。それに、俺はただ、お前に教えるのが1番面白くて、1番あの男にダメージを与えられるから教えるだけだ」
「はぁぁあ?何言ってんの、アンタ!どうして私に教えるのが敦賀さんにダメージを与えることと繋がるのよ!」
そんなわけないのに。
知られたくないというなら、それは以前言っていた年下の女の子でしかないのに。
それとも、彼女には寧ろ知っていてほしいと思うのだろうか…?
キョーコはレイノに背を向け、歩き出す。
律儀に話に付き合う義理はないからだ。
「…………石」
「え?」
「捨てろって言ったあの禍々しい石。どうせまだ持ってんだろ?」
「当たり前でしょ!あれは大切な…」
「あの石、お前にやったの…あのライオンだ」
「なっ…ありえないわよ!だって、コーンは人間じゃ…」
「『コーン』?違うだろ。そう聞き間違えただけだ。よく思い出せ。お前が会ったその妖精とやらはこう言ったはずだ」
――こんにちは、キョーコ。俺の名前は
「『―――クオンだよ』ってな」
ドクンッ ドクンッ
嫌な汗が流れる。
そんなことないと言いたかったが、尊敬するクーが「クオン」と呼んだ時、「コーン」と聞き間違えたことのあるキョーコには違うと否定できるだけの根拠がなかった。
妖精だから違うと言いたいのに、本当に彼は妖精だったのだろうかと弱気になる。
外見上の特徴もクーが言っていた特徴と合致しているし、クーは京都出身だ…いてもおかしくはない。
クーの息子のクオンじゃない可能性だってあるのに、キョーコには何故か確信があった。
「っ…か、仮にコーンがクオンって名前だとして、それがどうしたっていうのよ?コーンはね、敦賀さんとは違って…」
「金髪碧眼の身軽な子供、だった?」
「!?」
「だけど、そんなもんカラコンと髪を染めるだけでどうにでもなるだろ」
「で、でもっ」
「あの男がお前いわく『コーン』なら、つじつまが合う…ということはないのか?」
「そんなものあるわ、け………」
本当に、ない?
だってあの人は石のコーンを拾った時に私の出身地を当てた。
熱に浮かされたあの夜、私を『キョーコちゃん』と呼んだ。
知るはずのない誕生日を知っていて、クイーン・ローザを用意していてくれた。
あの人がコーンなら、つじつまが、合う…
ショータローにあそこまで敵意を持ってるのもそのため?
王子様の『ショーちゃん』の話を私がしたから…だから、私がどれだけ『ショーちゃん』を好きだったか知ってるから…
「心当たりがあったようだな」
「っ………仮に、敦賀さんがコーンだとしても、それがどうしたって言うのよ!」
「別にどうもしないさ。だが、お前にとっては妖精だと思ってた少年が尊敬する先輩だった程度のことかもしれんが、あの男にとっては違う。お前が知ったということをアレが知った時の顔は見物だろうな」
くくっと笑うレイノにキョーコは眉を寄せる。
それほど知られたくないということなのだろうか?
別にコーンだからって先輩後輩の域を超えて馴れ馴れしくしたり、クオンだからって父親のクーを通して演技を評価したりしないのに。
「……そんなに私にコーンだったことを知られなくないってこと?」
「綺麗な思い出であってほしいのさ。コーンが自分だってばれるまではまだ良い…だけど、クオンだとばれたくないんだよ。クオンは綺麗な存在じゃないからな。警察にやっかいになってないだけで、犯罪者と変わらないような人間だから」
「犯罪者?敦賀さんが…?」
「あっちにいた頃は毎日のように暴力沙汰を起こしていたようだぞ。拳が血まみれになるほど殴ったりしていたようだ」
捕まらなかったのが奇跡だな。
レイノはその光景を読み取った時のことを思い出し、眉を寄せて呟く。
年齢に見合わない過去の持ち主だとミクロに言ったように、蓮は漏れ出るほどの闇を抱えていた。
触れたのが一瞬だったから良かったものの、触れた時間がもっと長かったら耐え切れずに失神していたかもしれない。
そう思うほど蓮の闇は深く、狂って壊れていてしまってもおかしくないほどだった。
「そんなの……」
「嘘だと思いたいならそれでもいいさ。だけどな、キョーコ。忠告しておくぞ。――アレはやめた方がいい」
「…別に、そんなんじゃ……」
「忠告はしたぞ?あと、忠告ついでに言っとく」
「…何よ?」
「俺にしとけ」
「はぁぁあ?!何でアンタなんかにしなきゃいけないのよ!」
「不破みたいなガキより俺の方がイイ男だぞ。それに、俺ならお前の全てを受け止めてやれる。恨みや憎しみといった負の感情を含めてな。俺くらいだろ?お前のソレをわかってやれるの」
ソレとキョーコの背後を指す。
確かに怨キョを見て触れる知人は今のところレイノだけだし、好意的に見てるのもレイノだけだ。
「…だから何だって言うのよ。それにアンタ、愛なんて甘くて脆いものなんていらないんでしょ?」
「まぁな。だけど、キョーコは情が深いようだからな。愛でも憎しみでも強烈そうだし、許容範囲外のことが起こって存在をデリートしない限りは愛じゃなくなっても強い感情を抱いていてくれるだろ?」
だってお前は人との繋がりを自分から断ち切れないから。
そう言ってレイノは楽しげに笑った。
無意識な事実を指摘され言葉に詰まるキョーコ。
尚だけが全てだった昔は人との繋がりを諦めていた。
尚と親しかったがために地域中の女子に嫌われ妬まれていたし、世話になっている尚の両親に喜んでもらえるように仲居の仕事をしていたから遊びに行くこともなく、キョーコの世界はずっと狭かった。
だから、世界が広がり、たくさんの人と出会ったキョーコはその縁を大事にせずにはいられなかったのだ…
「あ、アンタとの繋がりなんて断ち切ってやるわよ、出来る事ならね!」
「だろうな。俺は許容範囲ぎりぎりだろうし」
あっさり認めたレイノに思わず脱力する。
事実は事実だと受け止めるのだ、この男は…
そう思うと、確かに尚より大人かもと納得してしまった。
「なぁ、キョーコ。アレはやめておけよ?お前の手に負えるような奴じゃない」
「…知ってるわよ。いつも振り回されてばっかりだもの」
蓮が聞いたら逆だと否定し、社や琴南が聞いたらどっちもどっちだと呆れそうな言葉を発したキョーコに、レイノも後者と同じような意見を抱いたものの、それは口に出さずに「そうか」と呟いた。
勘違いを指摘したところで自分に対する悪意以外の感情に疎いキョーコは気付かないだろう。
それどころか「どうやったらそう見えるわけ?アンタ、頭沸いてるだけじゃなくて目も腐ってるの?」と言われるのがオチだろう。
それがわかってるのに指摘するほどレイノは馬鹿ではない。
「あ」
「…今度は何?」
「お前、時間大丈夫か?」
「え?」
そう言われて慌てて時間を確認するキョーコ。
次の現場に向かおうとしてから裕に30分は経っている。
「いっやぁぁぁああ!あとちょっとしか時間ないじゃない!せっかく余裕を持って出てきたのに!!」
「ドンマイ」
「ドンマイじゃないわよ!アンタのせいなんだからね!」
「そうか、すまない。で、こんなところで話していてもいいのか?」
「アンタに言われなくても行くわよ!」
急げばまだ間に合う。
次の現場はすぐそこだ。
レイノの文句を言ったキョーコはそう判断して走り出した。
「やめておけよ…『敦賀蓮』だけは」
大分距離が離れていたのに聞こえた言葉。
キョーコは立ち止まったりしない。
レイノもキョーコが止まったり振り返ったりするのを期待はしていないだろう。
人気のない局の廊下を走りながら、キョーコは呟いた。
「もう、遅いわよ…」
蓮がかけた悪い魔法はとてつもなく強力なのだから。
―――――――――――――――――――
蓮、いねぇ…
キョーコちゃんに過去バレしてみた。
蓮は知られることを恐れてるだろうけど、キョーコちゃんは知っても受け入れてくれると思う。
当社比で蓮→キョの割合が高いので、今回は珍しく逆ベクトルにしてみました。
実際は蓮→←キョですけどね。
でもって、実は尚よりレイノの方が好きなので、何気に良い扱い(笑
私の名前は最上キョーコ。
年齢は20歳で、芸名『京子』、芸歴4年のLME所属タレント。
でも、バラエティーよりドラマ出演の方が多いから、女優と勘違いされることが多い。
そんな私には今悩みがある。
今…っていうのは正確じゃないわね。
それなりに売れ出してから、って言った方が正しいかしら?
とにかく悩みがあるの!
それは……
誰かと会うたび「敦賀さん(くん)のことどう思ってるの?」って聞いてくること!!!
最初はそれほどじゃなかったのよ。
『Dark Moon』で共演した方に「どうなの?」って聞かれるくらいだったもの!
仲良しだって思われてたみたいだから、「敦賀さんですか?よくしてもらってますよ。後輩思いですよねぇ~」って正直に答えたのよ。
そう答えるたび唖然とした顔をされて、何故か涙ぐまれたわ。
緒方監督なんか、「敦賀くん…敵は強敵だよ!」って拳を握って敦賀さんを応援してたわ。
敵っていったい誰のことかしら?
まさか、あのバカショー…なわけないか(ある意味当たり
あの敦賀さんの敵になるような役者なんて心当たりないけどなぁ…。
でも、それは序章に過ぎなかったのよ。
次第に共演者からも聞かれるようになったの。
「敦賀さん(くん)とはどういう関係なの!」って。
それなりに親しくさせていただいているから正直に「それなりに親しい先輩と後輩だと思いますよ」って答えたわ。
聞いてくる人は女性が多かったから、誤解されたら表を歩けないと思って「すっごく崇拝してるんです!」って付け加えておいたわ。
すると、やっぱり何故か唖然とした後、涙ぐむ人と喜ぶ人の2パターンに分かれたわね。
だけど、数日経つをどの人も「敦賀さん(くん)が不憫だから、もっと意識してあげて!!」って言うのよね。
だから、「意識してますよ!演技で負けたくありませんから!」って言ったのに、「そういう意味じゃない!」って皆さん口を合わせて言うのよねぇ…
そういう意味じゃなかったら、他にどんな意味があるっていうのよ。
まさか、異性として意識しろってこと?
……ないない。
その後、「じゃあ、不破さん(くん)とはどんな関係?」って聞かれることも多くなって、不愉快だったから、「抹消したい腐れ縁」って答えたっけ。
この頃、アイツと幼馴染だってばれて、世間を賑わせたのよねぇ…
アイツのファンからのいやがらせがすごかったわ…。
しかも、アイツときたら「京子さんとは本当に幼馴染という関係だけなんですか?」っていう問いに笑顔で「ご想像にお任せします」なんて答えるんだもの!
沈黙は肯定と見做されるのよ!!
『不破尚と京子の熱愛発覚!?』なんて誤認記事出ちゃうし!
思わず、出会い頭に怨キョで総攻撃をしてしまったわ。
ついでに私の方はばっさり「不破尚さんとの関係?幼馴染なんていいものじゃないですよ、ただの腐れ縁です…本当に腐って溶けて消えてしまえばいいのに」って答えて、記者の人を真っ青にさせちゃったのよねぇ。
でも、その記事が出た日は、敦賀さんから神々スマイルを食らったっけ?
敦賀さんもアイツのこと嫌いみたいだし、すっきりしたのかしら?
でもって、何故かその後『不破尚、京子に片思い?!』なんて馬鹿馬鹿しい記事が出たのよねぇ。
ありえないったらありゃしないわ!
そんなにネタがないのかしら?
そのうち、何故か敦賀さんと遭遇する確率が増えたのよね。
カインと雪花を演じた後は、あまり接触する機会がなかったのに…まぁ、時々、社さんの依頼でお食事を作りに行ったりはしてたけど、敦賀さんの家と事務所以外で会う機会なんて殆どなかったのに…。
まぁ、少しは私も売れてきたってことなんでしょうけど、それでも何だか腑に落ちないわ…
それだけなら何で皆して敦賀さんのことを聞いてくるの?
仲違いをしていて、それの仲介を…っていうならわかるわよ?
だけど、別に喧嘩なんてしてないし(っていうか喧嘩なんて恐れ多くてできないわ)、関係はいたって良好で、問題なんて全くないのに。
しかも、敦賀さんのことを聞いてくる人って、何故か私が答えた後、敦賀さんに「頑張って下さい!応援してますから!!」って言うのよね。
もしかして、敦賀さんと話すきっかけを作りたくて後輩である私に話しかけてくるのかしら?
問いかけてくる人の皆が皆、敦賀さんのファンだなんて…流石は敦賀さんだわ!
でも、流石に何度も同じ問いをされる私としては素直に喜べないのよねぇ…
ねぇ、どう思う?
モー子さん、天宮さん!
「どうって、それは…」
「ねぇ…」
琴南と天宮は顔を見合わせ、はぁ…と深々と溜息を吐く。
会う人会う人に同じ問いをさせるくらいわかりやすい蓮の態度に気付いてないのは、この業界ではキョーコただ一人。
最初は蓮狙いの人も、その空回りっぷりに同情して、応援側に回るくらいだ。
尚狙いの人はキョーコの態度にこれ幸いと気付かせない方向に行っているらしいけど。
「え!わかるの!?」
「そりゃ、わかるわよ…ってか、私はずっと言ってるでしょ?あの人、アンタに気があるんだって」
「だから、それはモー子さんの考えすぎよ!確かに、以前みたいに生理的に嫌われてるってことはないみたいだけど、あの敦賀さんが私を好きだなんて、そんなことあるわけないじゃない!」
敦賀さんには4つ下の想い人がいるんだし…と心の中で呟く。
キョーコが『坊』として蓮からいろいろ聞いてるのを本人や社や琴南たちが知っていれば、「それは君(アンタ)のことだよ!」と教えてくれただろうが、生憎とキョーコが『坊』だということは今だ一部の人間しか知らなかった。
なので、最初から可能性を除外しているキョーコには、そういった言葉は馬の耳に念仏なのである。
「琴南さんの勘違いではないと思うけど…」
「え?天宮さんまで!」
「だって、敦賀さんがラブミー部に依頼するのって京子さんにだけだし」
「それは私が一番そういうのを依頼しても心が痛まないからでしょ」
「事務所で自分から話しかけて、そのまま会話をするのも京子さんだけだし」
「それは私が一番何かやらかしそうで怖いからじゃないかしら?この前も『また現場で君のメルヘン癖が出たようだね。もう少し気を付けた方がいいよ』って言われたし」
「車で送る女性も京子さんだけだし」
「私とならゴシップにさえならないと思ってるからじゃない?実際、何度も一緒に帰ってるけど撮られたことないし」
「形に残るプレゼントを渡すのも京子さんだけにだし」
「あれは、私なら勘違いしないって確信があるからじゃないかしら?他の人なら『もしかして、私のこと…』ってなるもの」
「家の中に入れるのもマネージャーの社さんを除けば京子さんだけ」
「それは、一度入れたら後は何度だって同じだと思ってらっしゃるのよ、きっと。ある程度信用して下さっているのは確かだけど、それは社さんに対する信頼に似たものだと思うわ」
ああ言えばこう言う。
キョーコの否定っぷりにある意味感心する二人。
何故ここまで否定できるのか、一度キョーコの脳の中を見てみたいと思ってしまったほどだ。
「……じゃあ、聞いてみなさい」
「え?誰に何を?」
「敦賀さんに『私のことどう思ってますか?』って」
「何でそんな聞かなくてもわかるようなことをわざわざ?」
「(えぇ!聞かなくったってわかるわよ、アンタ以外には!!)…いいから聞いてみなさい。じゃないと親友やめるわよ」
「いぃぃぃやぁぁぁぁああああああ!!!モー子さん、捨てないでぇぇぇぇええええええええ!!!!!」
泣いて縋り付くキョーコを「鬱陶しいわね、も~~~~!!!」と言いながら、引っぺがす琴南。
その頬が赤くなっていることに気付いた天宮は「琴南さん、相変わらず素直じゃないわね…」と思いながら一人暢気にお茶をすすった。
「ちゃんと聞くのよ?いいわね?」
「うん、わかった!!だから、親友やめないでね…?」
潤んだ目で上目遣いで見上げられ、ますます顔を赤くする琴南。
琴南でなくてもこの上目遣いに勝てる人間はいないだろう…
「わかったわよ!」と叫ぶ琴南を見ながら、「京子さんってホント最強よね…」と呟いた。
無自覚の勝利である。
数日後。
蓮に聞いてきたというキョーコが琴南と天宮にその時の言葉を告げた。
「えっとね、『私のことどう思ってますか?』って聞いたら、固まって無表情になって『この子のことだから深い意味は…』とかよくわからないことを呟いた後、『とても…大切な子だよ、君は』っておっしゃったの」
「……で?それを聞いたアンタの感想は?」
「やっぱり敦賀さんって後輩を大事にする人なんだなぁって思ったわ!」
「ホント尊敬するわ~」とキラキラとした目でその時のことを思い浮かべているのか天井を見上げるキョーコに琴南と天宮は額を抑えた。
キョーコの曲解ぶりはあれから4年経った今でも健在…どころかますます磨きがかかったようだ。
「…どう思います、琴南さん?」
「……どう聞いても告白よね。曲解しても、『妹のように思ってくれてる』…とかかしら」
「そうですよね。なのに、後輩に当て嵌めちゃう京子さんってある意味凄いですよね」
二人は顔を見合わせると、はぁ~~~~と深い溜息を吐いた。
マリアがこの場にいたのなら「幸せが逃げてしまいますわよ?」と言われたことだろう。
「で、キョーコ。アンタ、思ったことそのまま敦賀さんに伝えたの?」
「うん!ついでに『どこまでもついていきます!』って宣言しておいたわ」
「…その時の敦賀さんの反応は?」
「えっと……確か、何故か遠い目をして『うん…そんなことだろうと思ったよ。なんたって君だしね』とかよくわからないことをおっしゃって、『あぁ、でもついてきてくれるっていうなら、ずっと俺だけを追い続けてね?(キュラリ)』って言ってたわ」
「「………ヘタレ」」
「?」
役者として自分だけを追いかけてくるだけで満足しようとしている蓮に、二人は思わず呟いた。
ヘタレと言わず何と言おう。
ここ数年の付き合いで、キョーコが一筋縄ではいかないことは相手も重々承知しているはずだ。
なのに、いつも同じようなパターンで二の足を踏む蓮には呆れるしかない。
「とっとと、『愛してる』の一言でも言えばいいものを…」
「ですよね。芸能界1イイ男が聞いて呆れます」
「あれは芸能界1ヘタレな男でしょ。業界ではもうそう認識されてると思うわよ」
「確かに…」
二人は再びふっか~い溜息を吐くと、一人話がわかってないキョーコを見た。
「長期戦よね」
「あと何年かかるかしら?」
「モー子さん、天宮さん、何の話?」
「「芸能界1ヘタレでここ数年ずっと片思いしてる子に告白できない情けない男の話」」
―――キョーコと蓮が結ばれる日は来るのだろうか…?
――この人は綺麗だ…
キョーコは車を運転している蓮の横顔を見ながらそう思った。
男前と称されている尊敬する先輩を、キョーコはあまりそう思ったことがない。
ついでに、『温厚紳士』と感じたことも、春の日差しと称される微笑みを見てそう思ったこともない。
キョーコにとって蓮は意地悪で、笑顔で嘘や毒を吐く人で、大魔王で、夜の帝王で、怨キョを浄化するほど神々しい笑みを浮かべられるのに、怨キョを喜ばせるダークなオーラも纏える不思議な、すごく大人な人。
男前というより、綺麗で………ずっと見ていたくなる。
「最上さん?」
キョーコが無言でじっと自分を見ていることが気になったのか、赤信号になったと同時に話しかけてくる蓮。
ずっと見られてたら気にならないわけないじゃない!と自分を叱咤しながら、キョーコは「え~っと…」と目を彷徨わせた。
蓮には嘘は通用しない。
嘘をついたら大魔王。
キョーコの脳にはそうインプットされているため、悩むのをやめて素直に答えた。
「綺麗だなぁって…」
「え?何が?」
思わぬ言葉を言われた蓮は反射的に聞き返す。
嘘をついている様子はないよな…とキョーコを観察しながら、信号が変わらないことを祈った。
「何って、敦賀さんがですよ?」
さらりとキョーコは爆弾を落とす。
キョーコからしてみれば、じっと蓮を見ていたのに何故「何が?」を聞かれるのか不思議でならなかった。
しかし、蓮からしてみれば違う。
最近は『色っぽい』なんてことも言われるが、綺麗なんて言われたのは子供の頃…“キョーコちゃん”に会った頃の話で、今はもっぱら『男前』『格好いい』が蓮の外見を指す言葉である。
なのに、キョーコは『綺麗』だと言うのだ…
「……綺麗なんて、男に使う言葉じゃないと思うよ?」
フリーズした蓮だったら、どうにか一般的見解を絞り出す。
だが、キョーコは「そうですか?」と納得いかなそうな顔で首を傾げた。
――その顔反則!!!
不満そうなキョーコの顔は何かをねだっているようにも見え、蓮の心臓は高鳴った。
しかし、忙しなく動く心臓とは逆に、表情は凍りつき、無表情だ。
幸いキョーコは前を見ていたため、気付かず、その間に蓮はどうにか顔を戻した。
「あ!青ですよ」
「ホントだ」
信号が青に変わり、蓮はアクセルを踏み込んだ。
「でも…やっぱり、綺麗ですよ」
「ん?…さっきの話?」
「はい。ってか、綺麗な男性って結構いるじゃないですか。緒方監督とか、社さんもどっちかというと綺麗系だし、悔しいけどビーグルや……とかも」
伏せた名前を察した蓮は一瞬不機嫌になるが、自分の感情に敏感で、簡単に怒りを察知して怯える存在が隣にいるため、どうにか怒りを抑えた。
一瞬の怒気に敏感に反応したキョーコだったが、すぐに消えたため、「勘違いかしら…?」と首を傾げながらも、キョーコは話を続けた。
「だから、男性に使ってもおかしくないと思うんですけど」
「う~ん…そうだねぇ…。確かに緒方監督は儚げな外見としてるし、社さんも整ってるけど、やっぱり男としては綺麗って言われても素直に喜べないと思うな」
「でも、綺麗なモノは綺麗なんです!!」
除外した二人のことには触れず、そう訴えるキョーコ。
蓮は苦笑して、「わかったよ」と呟いた。
「熱弁するってことは最上さんは綺麗なモノが好きなの?」
「はい!大好きです!!」
キューティーハニースマイルが発動されたのを察して、蓮は賢明にもそちらを向かなかった。
本当はその可愛らしい笑みを存分に見たいのだが、キョーコの笑顔は理性を揺るがす。
それに、思考停止する可能性を考えると、車を運転しながら見るのは危険すぎた。
「…へぇ。じゃあ、最上さんは俺のことが好きなんだね。さっき見惚れてたみたいだし」
「そうですね」
「も~!そんなことないですよ!」という返事を予想していた蓮は想定外の返事に思考は停止する。
かろうじて残っていた理性でブレーキを踏んだ蓮は、キキーーーーッと甲高い音を立てて止まった車に驚くキョーコの方を見た。
「もう!びっくりしたじゃないですか、敦賀さん!!いったいどうしたんですか?」
「も、がみさん…今、きみ…」
「何ですか?」
「俺のこと好きって、肯定した?」
「え?疑問に思うことですか、それ?嫌いな人と一緒にいたりしませんよ」
「………」
――何だ、人間として…という意味か
思わず期待してしまった蓮は自分の学習能力のなさを嘆く。
わかっているはずなのに、何度だって期待してしまう…それが恋という厄介な病。
つくづく面倒な病だ、と思いながら蓮はキョーコを見つめた。
「…そっか。嫌われていないようで嬉しいよ」
「嫌うはずなんてないじゃないですか!敦賀さんのことを知らない頃ならいざ知らず…あ!別に外見が綺麗だから好きってわけじゃないですからね?」
「……わかってるよ」
――期待したくなるから、好きって連呼しないでほしい
切実にそう思った。
たださえ理性が切れそうなのに、初めて言ってくれた「好き」という言葉。
女友達ならともかく、男に言って勘違いされないと思うのは甘いと思うのは蓮だけではないだろう。
そんなことを考えながらぼーっとキョーコを見ていると、キョーコもこちらを見つめてきた。
心なしかうっとりしている。
「…最上さん?」
「綺麗…ですよね、本当に…。私、敦賀さん以上に綺麗なヒト、コーンしか見た事ありません。あ、コーンは妖精なので、人間の中だと敦賀さん以上に綺麗な人を見たことがない、が正解ですね」
――コーンも俺です…
そう言えたらどんなに気持ち的に楽になれるか。
けれど言えない理由がある。
だから言わずに、蓮は「どっちにしろこの子にとって俺が一番綺麗なのか…」と心の中で苦笑した。
「そんなに?」
「…はい。緒方監督とかもプリンセスかと思うほど綺麗な方ですけど、でも、敦賀さんの方が綺麗…存在自体が光り輝いてるみたい…」
「……俺は君が思うほど綺麗な存在じゃないよ?」
内包した闇はレイノに二度と関わりたくないと思わせるほどのものだ。
それを知るよしはないが、自分が闇に堕ち、狂気に満ちた人間だったことを自覚している蓮にとってキョーコの賛辞は耳に痛いだけ。
綺麗だと信じていてくれるのは嬉しいが、自分はそう言ってもらえるような人間じゃないと一番知っているのは蓮自身なのだから。
「綺麗ですよ…例え、汚れたことがあったとしても、それを含めて敦賀さんは綺麗です…」
そう呟いてキョーコはそっと蓮の頬に手を伸ばした。
滅多にないキョーコからの接触に蓮は固まる。
伸ばした手は蓮の頬をまるでガラス細工を触れるかのように優しく撫でた。
「綺麗」
顔を綻ばせ、優しく笑った。
慈愛に満ちたその笑みは、まるで母のようで………
ぽろり
目から零れ落ちる。
零れ落ちたそれは頬を伝い、頬に触れているキョーコの手を濡らした。
それをきっかけに、キョーコははっと我に返る。
「わ、わたし…っ、す、すみません!!あの、なんで泣いて…何か気に触ったことでも…」
「違う、よ。何でだろうね…思わず溢れてきたんだ」
「あ、の…大丈夫、ですか?」
微笑んだ蓮を心配げに見つめながら、涙を拭う。
――涙を流す姿さえ綺麗な人…
男が泣いたらみっともないとか思うものなのかもしれないが、キョーコはそう思った。
蓮の場合はキョーコじゃなくてもみっともないとは思わないだろうが、ここまで純粋に綺麗だと思う人間はいないだろう。
「大丈夫だよ。ありがとう」
蓮は笑った。
汚れても綺麗だと言われて全てが許された気がした自分の単純さを。
キョーコの言葉だけで救われる自分を。
けれど、そんな自分が嫌に思えず…笑ったのだ。
「ありがとう、最上さん…」
――君はいつでも俺を救ってくれるんだね
流れる涙をそのままに、蓮はそんなことを思いながら子供のように笑った。
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キョーコに「綺麗」と言わせたかっただけ。