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本能の赴くままに日記や小説を書いています。
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たまたま社長が持っていた書類を見て、私はあの子だと気付いた。
髪の色も目の色も違ったけど、顔立ちにあの頃の面影があったし、アメリカのドラマを勉強のために見た時にそのドラマに子役で出ていたから。
そして、小さく「クオン」と呟いたことで確信を得た。

「社長!その子のこと、私に任せてもらえませんか?」

迷いはなかった。



「蓮。今日はお前の世話をしてくれる奴を連れてきた」

会うなりそう言い放ったボスに俺は驚いた。
こちらに来て、まだそれほど経っていないから、しばらくはボスが世話を見ると先日言ったばかりだったからだ。
俺に手を差し延べたのはボスなのに、無責任にも放り出すのか、と思わず目が鋭くなる。
そんな俺にボスは溜息を吐いた。

「そう睨むな。俺も迷ったんだ。けどな、どうしてもと言われてなぁ…」

「……どういう意味ですか?」

「たまたまお前の書類を見られてな。黒髪のやつだったが、お前が子役で出ていたドラマを見たことがあるらしい。『その子、クオン・ヒズリですよね?』って当てられちまった」

「っ?!」

ボスの言葉に息を呑む。
役者生命をかけて、自分のことを誰も知らない日本に来たというのに、ここでも知られてしまった。
やはり、俺の居場所なんてどこにもないのだろうか…

「安心しろ。彼女はお前と周平を同一視していない」

「え………」

「ドラマでお前の演技を見て、気になったから覚えていたんだと。お前の可能性のために自分に預けてほしい…彼女はそう言ったんだ」

「俺の、可能性…?」

「そうだ。親が周平だからじゃない。彼女には肩書も七光りも効かないからな」

演技に関してはすごく厳しいぞ、と笑うボス。
そんな人が俺の演技を気に留めていてくれて、世話を申し出たということは、その人に俺の演技が認められたということだろうか…?
それなら、すごく嬉しい。

「あの、ボス…その人って……」

「あぁ、紹介しよう。最上くん、入ってきてくれ」

カチャ
ドアノブを回す音と共にドアが開き、人が入ってくる。
その人物を俺は知っていた。

「京子、さん…?」

日本のドラマや映画で見たことのある人。
若手実力派女優としてアメリカでも注目されていた。

「おっ、知っていたか。彼女がお前の世話をするLMEの看板タレントの京子だ」

「看板だなんて大袈裟ですよ」

そう言って苦笑する女優は、ボスの言うようにLMEを代表する2大女優の一人だ。
………ん?

「タレント…?」

「なんだ、知らなかったのか。彼女はドラマの出演の方が多いが、タレント部所属だぞ」

演技が評価されて売れているから、皆最初は勘違いするんだがな…とボスは笑う。

「俳優部に異動の話も何度か出たんだが、バラエティーは度胸がつくし、アドリブも多いから勉強になるのでって今だタレントだ」

「そうなんですか」

そういう考えもあるのかって驚いた。
確かにバラエティーは役を演じるわけではなく"自分"のままだから、イメージを崩さないように注意を払わなくちゃいけない。
ある意味では役を演じるより大変かもしれないな…

「こんにちは、"敦賀蓮"くん。ご紹介にあずかりました、タレントの京子です。これからよろしくね」

「こんにちは、京子さん。よろしくお願いし………え?あ、あの、えっと…京子さんが俺の……」

「世話役ってさっき言ったろ」

「ちょっ…ちょっと待って下さい。京子さんってかなり忙しいですよね?」

「おぅ!うちじゃ1、2番めに忙しいんじゃねぇか?」

「そんな人に俺なんかの世話だなんてっ」

彼女と一緒にいれば演技の勉強もできるだろうし、俺の可能性に期待してくれている人だから、それは嬉しい。
だけど、日本の業界でも忙しい方のはずだし、アメリカでも注目されている役者だ、俺の面倒を見ている暇なんてあるはずがない。
別に子供ってわけじゃないし、朝から晩まで面倒を見てほしいなんて思わない。
ボスに世話になっている時も、基本的には部屋に篭って日本の勉強をしているし。
でも、地理とかマナーとかまだ全然わからないし、ネットや辞書で調べてもわからないことが多々ある。
そんな時にボスや執事の人に頼ってたけど、彼女にも同じように教えを請うのは辞退したい。
彼女が嫌だとかプライドの問題じゃなくて、彼女の時間を奪うのは気が引けるんだ。
彼女は父さん…クー・ヒズリが認めている役者だから。

「敦賀くんは私じゃ嫌?」

「嫌とかではなく…」

「あ、因みに、お前の住むとこ、今日から最上くんと一緒な」

「は?待って下さい!妙齢の女性と一緒に暮らすなんて…」

「お!妙齢なんて難しい言葉、よく覚えたな。偉いぞ、蓮!それからな、一緒に暮らすって言っても彼女はワンフロアを3人で借りてるから、同居って言うよりお隣りさんになるって感覚に近いと思うぞ。そのうち一人は男だし」

これは決定事項だからな!とボスが断言する。
つまり、俺に断る権利はないらしい。
窺うように京子さんを見ると、京子さんは同居という点は気にしてないのかにこにこしている。
男として見られてないらしい…
確かに俺の方が4つ下だけど、経験は人並み以上にあると思うし、年上にも年下にもモテていたのに…彼女から見たら範疇にないのだろうか。
それとも、そういう関係になっても構わないと思ってるのだろうか…俺には読めない。
思わず、はぁっと疲れたように息を吐くと、京子さんの顔が寂しそうに歪んだ。

「あ、あの、敦賀くん!嫌ならいいのよ?貴方の成長を間近で見たいと思って申し出たけど、それは私の我が儘だし。いきなり親交のない人間と生活しろなんて普通は拒否するだろうし。今まで通り社長の家で生活したいなら、それでいいから。ただ、敦賀くんは養成所に通わなくても、基礎はしっかりできてるし、家に篭って勉強ばかりしてるって聞いたから、日本に来てから直に演技に触れてないんじゃないかって思って…。だから、少しでも演技に触れる機会を私が作れればって思って、貴方のことを任せてほしいって社長に申し出たの」

その言葉を聞いて、そういえば早く日本で活躍できるように必死に勉強してきたけど、演技の勉強はDVDで見て学ぶしかできなくて、日本に来てから直接演技を見たことがないことに気付く。
それに、彼女ほどの役者に成長を間近で見たいと言われて、嬉しくないはずがなかった。

「ごめんなさい。貴方の都合も考えず…迷惑だったでしょ?」

「そんなことっ…京子さんの言葉はすごく嬉しかったです!迷惑だなんてありえませんっ」

「じゃあ、決まりだな」

にやりと笑うボスにはっとしたがもう遅い。
そういうことで、と何日か分のお泊りセットを渡され、荷物は直接送ると言われる。
京子さんは苦笑して、呆然としている俺の頭を慰めるように撫でた。

「…よろしくね、敦賀くん」

「…………はい」

よしよしと撫でられて、こんな年になって撫でられるなんて…と思いつつ、頭を撫でられるなんて何年ぶりだろうとしみじみ思う。
そして、やはり俺は彼女から見たら年下の男の子でしかないのだと少し肩を落とした。

何故、意識されないことを残念に思うのか気付かないまま―――





―――――――――――――――――――
やってしまった…
年齢逆転とか、立場逆転とか、そういう話が好きなんですよねぇ…。
蓮が恋心に気付くのはいつになることやら…キョーコちゃんより早いのは確実ですけどね。
でもって、年下だから中々強引になれなくて、キョーコちゃんに振り回されそうだわ(笑

拍手[27回]

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敦賀蓮はハリウッドスター、クー・ヒズリの息子だった!!??


捏造が多いと共に流行も生み出してきたという某雑誌の一面を飾った見出し。
何が原因かは不明だが、どこからか漏れてしまったらしい…否、漏れたわけではなく、ただの捏造記事だったのかもしれない。
しかし、それが事実であったため、事態は笑いごとではすまなかった。


『演技がうまいのも納得ですよねぇ~』

『流石はクー・ヒズリの息子ですよね!!』

――プチッ

社は眉間にしわを寄せてリモコンでチャンネルを切った。
しかし、隣にいた蓮が社の手からリモコンを奪って、再びTVの電源を入れる。

「あぁ!何するんだよ、蓮!」

「社さん、見たくないのはわかりますけど、見てないと現状が把握できませんよ」

「けどなぁ!あんな風に言われて黙ってられるか!!お前の価値がクーにしかないみたいな言い方…っ」

「そう、ですね。俺はそれが嫌で日本に逃げてきたわけですから」

蓮はそう言って苦笑する。
親の七光と言われるのが嫌で、『クー・ヒズリの息子なのに』と比較されるのが嫌で、自分がまるで親の付属品のように扱われるのが嫌で、必死に演技して、逆らって、クビにされて、苛立ちを人に向けて、壊れかけた日々。
それを抜け出すために社長の手を取った。
なのに、まだ満足する域に達してない段階でばれてしまった素性。

――これで、また、俺は………

「あ、あれ!!」

社の驚いた声に思考の海から浮かび上がった蓮は自然と下がっていた視線を上げ、TV画面を見る。
そして、驚いた理由に納得すると共に、蓮もまた目を見開いて画面を注視した。

「きょ、今日は、事務所に来るなら裏口からって連絡が入ってるはずなのに!!」

報道陣が詰めかけているLME本社の表玄関。
そこを少女はまるで報道陣が見えていないかのように颯爽と歩いていた。

「最上さん…?なんで……」

『京子さん!』

案の定、報道陣は厳戒態勢の中のこのこと現れた少女にここぞとばかり詰め寄せる。
それを見て、社はオロオロと、蓮は近寄るなとばかり画面を睨みつけた。

『京子さん!先輩である敦賀さんのことですが…』

『敦賀さんがクー・ヒズリの息子だということは…』

『何か、本人にはお聞きしていますか?』

『京子さん、何かコメントを!!』

餌に群がるハイエナのような報道陣の詰問に少女はぴたりと足を止めると、報道陣を見て微笑んだ。
しかし、微笑みといっても普通の笑みではない。
『京子』がブレイクするきっかけになった未緒の、魔性の微笑みである。
その迫力満点の恐ろしい笑みに報道陣は震えあがり、一歩、二歩、と後ずさる。

『敦賀さんが、クー・ヒズリの息子だった…?』

反応を示した少女に再び口を開くきっかけを得た報道陣は、しかし、先程より控え目に尋ねた。

『え、えぇ…京子さんはそのことは…?』

『知っていますよ。それが何か?』

礼儀正しいと評判の『京子』にしてはありえないほどそっけなく肯定する少女。
そのことに関して、まるでなんとも思ってないかのような態度を取る少女に、これまでインタビューしたドラマでの共演者たちとの違いに、戸惑う報道陣。

『あ、あの、そのことに関して驚いたりとか…もしかして、本人から何か…?』

『本人からは何も聞いてませんよ。今日、ニュースで見て凄く驚きました』

『し、しかし…』

『けど、それだけです』

『え?』

『クー・ヒズリの息子だった。それは確かに驚くことかもしれませんけど、ここまで騒ぎ立てることですか?敦賀さんの価値はそんなところにはないのに』

冷静に淡々と述べられる言葉に誰もが驚き、固まる。
そんな報道陣をよそに、少女はカメラを睨みつけるように見た。

『私は敦賀さんを尊敬しています。役者として、人間として。けれど、それは“敦賀さん”だから尊敬しているのであって、“クー・ヒズリの息子”だから尊敬しているわけではありません。“クー・ヒズリの息子”だから演技が上手いとも思いませんし、“クー・ヒズリの息子”だから人気があるとも思いません。敦賀さんが必死で“敦賀蓮”を築きあげてきたからこそ、私は敦賀さんを尊敬してるんです』

それだけ言いたかったんです、と言って少女は何事もなかったかのように事務所の中へと入って行った。
呆然としていた報道陣はそれを止めることもできず、ただ、少女の後ろ姿を目で追う。

そんな光景を画面越しに見た二人は報道陣同様、呆然としていたが、そのうち社が「ぷっ」と噴き出す。
それをきっかけに二人は涙が出るまで腹を抱えて笑いだした。

「くくくっ…さ、流石はキョーコちゃん!ホント、行動が読めないよ!!」

「ははっ…そう、ですね。驚くことだけど騒ぎ立てるほどのことじゃないって…最上さんじゃないと言えませんよね。普通、騒ぎますよ!ハリウッドスターの息子ですよ?騒ぐに決まってるのに、それがなにかって…っ」

「ほ~んと面白い子だよ。俺はてっきり『えぇぇぇええ!!??つ、敦賀さんが先生の息子ぉ?!そ、そんな馬鹿なっ』って驚くもんだと思ってたのにさ、すっごい冷静なんだもん。今日、事務所に堂々と来たのだってニュース見てなくて、相変わらずケータイの意味がない状態なのかと思ったのにさ、確信犯だし!!」

あり得ない、と笑う二人に先程までの苛立ちはない。
少女の冷静すぎる対応に吹っ飛んでしまったのだ。

笑いが収まった蓮は次のニュースに移った画面を意味なく眺めながら、嬉しそうに目を細めた。
ずっと欲しかった言葉。
自分を肯定してくれる、魔法の言葉。
他の誰でもない、あの少女からの言葉だからこそここまで浮上できたことを自覚しながら、蓮は微笑んだ。


「まったく…君には敵わないよ………“キョーコちゃん”」

 

 

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またもやスキビです、すみません。
最近、すっごくはまってるんですよ!
1月に本を揃え始めて、3月の中旬に全部集め終わりました…新刊以外、全て中古で!
ブックオフを5件くらい回りましたよ…(ぉい

さて、いきなり蓮がピンチです。
自ら公表してたらこうならないと思うんですが、全然関係ないところからいきなり暴露されたら変に騒ぎたてられそうだなぁ…と思ってこんな話を書きました。

因みに、蓮キョはまだ成立してません。

拍手[57回]



「社さん!」

――あ、最上さんだ…

蓮はラブミー部の部室のドアをノックしようと腕を上げた状態で止まった。

――社さん、引き留めておいてくれたんだ…

「先に行って、キョーコちゃんを引き留めとくな!」と現場から蓮より先に出て行ったマネージャーは、どうやら目的を達したらしい。
蓮だけでなくキョーコのスケジュールまで把握している社は、蓮にとってあまり敵に回したくない人物である。
苦笑を浮かべた蓮は、再びノックをしようとした瞬間、凍りついた。

「す、好きですっ!」

愛しい少女の声…
聞き間違えるはずもない声が紡いだ言葉を、蓮は理解するのを拒否した。
しかし、そんなことは許さないとばかり、キョーコは言う。

「社さんが好きなんですっ…付き合っていただけませんか…?」

――最上さんが、社さんを好き…?
愛を拒絶する彼女が社さんを選んだのか?

蓮は混乱することしかできない。
その顔は青ざめて、まるで病人のようだったが、本人にその自覚はなかった。

「…ごめん、キョーコちゃん。気持ちは嬉しいけど、応えられない……」

申し訳なさそうに社が断る声がする。
その事に、蓮は思わずホッとしてしまい、そんな自分に気付いて自嘲する。

「そう、ですか…時間を取らせてしまってすみません!今まで通り接していただけると助かります……あ、あの、じゃあ、私はこれでっ」

「あ、キョーコちゃん!!」

ガチャッ
ドアノブを捻る音と共にばっとキョーコが現れる。
瞳を潤ませ、顔を赤くしたキョーコはドアの前に立っていた蓮を見た瞬間、サッと青ざめ、何も言わずに走り去る。
そんなキョーコの後ろ姿を呆然と見送った蓮は、少し経って正気に戻ると、中にいる社の方を向いた。
社は罰の悪そうな顔でこちらを見ていた。

「蓮…その、今のはな……」

「…最上さんに告白されていましたね」

「あ、あぁ…そのことなんだけど…」

「俺はお似合いだと思いますよ、社さんと最上さん。現場でも仲が良いって噂されていましたし」

――何言ってるんだ、俺はっ

思わず口に出た言葉に蓮は眉を寄せる。
社も蓮と同じように「何言ってるんだ、こいつ」とばかり眉を寄せた。

「…それ、本気で言ってるのか?」

「俺は…………」

「本気なら、本当に俺がキョーコちゃんを貰うぞ」

「え?」

――何言ってるんだ、この人は……
散々、俺と最上さんをくっつけようとしてるくせに

そんな考えが表情に出たのか、社は皮肉げに笑う。

「お前がキョーコちゃんを好きだと思っていたから遠慮してたけど、俺もキョーコちゃんが好きなんだ」

「…知ってますよ。妹みたいな意味で、でしょう?」

「そう言い聞かせて自分をごまかしてたんだ…あの子はお前が唯一感情をあらわにする子だから、お前の特別だから――だから、俺もあの子が気になるんだって…」

「やしろ、さん…」

「けど、お前がそう言うんなら、俺はもう遠慮してやらない。あの子に好きだって伝える。…今から追い掛ければ、まだ間に合うはずだからな」

そう言って部屋から出ていこうとする社の腕を蓮は反射的に掴んだ。

「俺は…っ」

「『俺は…』なんだ?いいんだろう?俺が彼女に告白しても。彼女が俺に会いに来て、俺に笑いかけて、俺に弁当なんかも作ってくれちゃったりして、俺に抱き着いたりキスしたりしたって、お前は構わないんだろ?」

――社さんに…?
あの娘が俺に見向きもせず社さんに会いに来て
あの娘がキューティースマイルを社さんだけに向けて
弁当を作ってきてくれても、それは社さんのついでで…
そして、抱き着く?
社さんの背中にあの細い腕が回って、すごく密着して…そして、あの可愛い唇が社さんの唇に………?
そんなのっ

「そんなの許せるわけがないっ!!あの娘は俺の…俺が生きるために必要で失えない愛しい人だっ」

社を睨み付けてそう叫ぶ蓮。
そんな蓮の言葉に社は目を見開くと、固かった表情を緩め、蓮の後ろ側に視線をやった。

「―――だってさ、キョーコちゃん」

その言葉に瞠目し、後ろを振り返る蓮。

――最上さん?!

そこには先程走り去ったはずのキョーコの姿。
蓮は動揺し、社の方を見ると、そんな蓮の姿をにやにやと楽しそうに見る社の姿があった。
蓮はその瞬間、先程までのやり取りは演技だったのだと気付く。

――マネージャーより役者の方が向いてるんじゃないですか、社さんっ!!

冷静さを失っていたとはいえ、素人の演技に騙された蓮は心の中でそう叫ぶ。
社の方を見て固まった蓮にキョーコはそっと声をかけた。

「あの…敦賀さん。今のって本当……」

「も、最上さん…その、今のは…」

キョーコに聞かれているとは考えず、自分の気持ちを暴露してしまった蓮はうろたえてキョーコを見る。
そんな蓮にキョーコは思わず叫んだ。

「本当にアドリブなんですか!?」

「そう、本当に………………って、は?」

――今、何て言った、この娘?

思わぬセリフに蓮は固まる。
すると、キョーコは中にずかずか入ってきて、テーブルの上に置いてあった台本を手に取った。

「すぐに演技だって気付いて、アドリブで合わせてくれたんですよね?でも、社さんとのやり取りって台本通りの展開ですし、最後の『そんなの許せるわけがないっ!!あの娘は俺の…俺が生きるために必要で失えない愛しい人だっ』って台詞、台本そのままですよ!」

「え…………?」

「だから私、驚いてつい役が抜けちゃいました……」

「ダメじゃないか、キョーコちゃん。確か、その後は『今のって本当…?今のが貴方の、本音なんですか?』って言って、その後キョーコちゃん(の役)が蓮に惹かれていって二人がくっつく設定だったよね?」

「はい。今まで優しい親戚のお兄ちゃんだった彼が見せた偽りない姿に心を動かされて…って感じで」

そんな二人の言葉に蓮は悟った。

――芝居かっ……芝居でこの俺を嵌めたのか…っ!

ゴゴゴゴゴ……
大魔王のご降臨にキョーコは訳がわからないまま涙目になり、社は「闇の国の蓮さん…」と青ざめて顔を引き攣らせる。

「あ、あの……敦賀さん?」

「何かな?」

「ななな何故、怒っていらっしゃるのですか…?」

「怒ってなんかいないよ」

「(絶対嘘です~~っっ!怨キョが騒いでる上、キラキラがぶすぶす刺さってますから!)」

「(やばい、やばいぞ~っ!キョーコちゃんだけでも逃がさなきゃ!)」

社はこうなった経緯を思い出し、キョーコにまで被害がいくのは可哀相だと勇気を振り絞る。

「きょ、キョーコちゃん!」

「は、はぃいい!」

「確か次、仕事入ってなかったっけ?」

「へ?あ!もう、こんな時間?!社さん、ありがとうございます(いろんな意味で)!敦賀さん、私これで失礼させていただきますねっ」

「えっ…ちょっ、最上さん?」

「では、失礼しまぁぁぁああすっ!!!」

シュタタタタッ
まるで忍者のごとく走り去っていくキョーコを呆然と見送る蓮。
そんな蓮を見ながら社ははぁっと溜息を吐いた。

「蓮……キョーコちゃんな、今度新しいドラマでヒロインやるんだって。同じ部活の先輩に恋して、最終的には親戚のお兄ちゃん(先輩と同級生)とくっつく役。だけど、あの子さ、恋愛拒絶のラブミー部員だろ?恋する役なんて無理だ、って言うからさ、俺たちも手伝うよって持ち掛けたんだ」

「………」

「で、キョーコちゃんが1番不安に思ってた『顔を見ずとも恋してるってわかる演技』をやってみることになって、設定知ってたら先入観があるだろうからって、何も知らないお前を巻き込んだってわけ。因みに、キョーコちゃんは『そんな敦賀さんを騙すような(恐ろしい)ことできません!』って遠慮したんだ、最初。けど、『大丈夫だって。あいつが怒っても俺がどうにかするからさ』って言って、俺が説得した」

「…つまり、社さんが原因ってことですね?」

「だってお前、いつまで経ってもはっきりと肯定しないんだもん。だから、少し危機感煽ってやろうと思ってな」

そして、そんな社の作戦に見事嵌まってしまったというわけだ。

「しっかし、るぇぇん!キョーコちゃんのお前の認識、ひっどいなぁ!演技だってばれなかった場合のお前の反応、『断って正解ですね。恋人を理由に今以上干渉されたらたまりませんから』って感じだと思う、だってさ」

「……俺ってそんなに鬼みたいですか?」

「最初が意地悪だったもんな、お前。神聖化されてるくせにそんな認識って、いったいお前何やったんだ?」

「…………」

凄んだり、嫌がらせしたり、いろいろやりました…
蓮は当時のことを思い出し、「今、彼女が懐いてくれているのが奇跡だと思います」と遠い目をして漏らした。
哀愁漂うその姿に、社は「お前、ホントに何を…」と呟くが、返事は当然返ってこなかった。

「とっ、とにかくだ!キョーコちゃんがラブミー部員だからって安心している蓮に、その考えの甘さを教えようとだな…。あわよくば、キョーコちゃんがお前の気持ちに気付いてくれたらなぁ…なんて思ったけどさ…まさか、台本通りのセリフを吐くなんて想定外だったぞ」

「俺も想定外でした……こんな近くに馬の骨になりうる人がいたなんて…」

「は?」

「思えば、最上さんって最初から社さんには好意的でしたし、社さんのお願いなら簡単に聞きますよね。第一、好きでもない人間に演技でも『好きだ』って言えない子ですよね、あの子」

「そ、それは、好意的っていうよりキョーコちゃんは理由なく人を嫌うような子じゃないし、お願いって言っても基本的にお前関連のことじゃないか!それから、確かにキョーコちゃんは不破とかが相手だったら死んでも『好き』って言わないだろうけど、それ以外の奴になら普通に言うんじゃないか?」

「…俺、初対面で話す前から嫌われていたようですし、俺がお願いしようとすると身構えるし、緒方監督から聞いた話なんですが『敦賀くんのこと好きなんだね』って言ったら『尊敬って言ってもらえませんか』ってすごい顔で言ったらしいんですが」

「…………」

不憫すぎて何も言えない。
思わずほろりときた社は、ぽんっと蓮の肩に手を乗せた。

「蓮…俺、協力するからな。せめて普通に人として好きと言われるように…」

そう口に出して更に悲しくなったのか、社は無言でケータイを取り出し、どこかにメールした。

「社さん、今の…」

「お前の夕飯、頼んどいたから。少しは認識を変えられるように努力しろよ!」

「……はい」

「それから!何に遠慮してるのか知らないけどな、もっと積極的にアプローチしろ!『俺が生きるために必要で失えない愛しい人』なんだろ?」

「…そうですね。あの子は俺個人の人生にも、役者人生にも欠かせない」

過去の贖罪が済んでない――なんて、そんなことは言ってられない…
恋はするものではなく落ちるもの。
それを蓮は知っている。
恋はしないとキョーコが言っていても、キョーコの意思とは関係なしに落ちてしまうかもしれない。
その時、黙って指をくわえて見ているなんて、蓮にはできそうにもなかった。

「今はまだ、『好き』という言葉はあの子を傷付けてしまうかもしれないから言えませんけど、いつか近いうちに必ず…」

蓮の決意に社は「その意気だ!」とやる気になったことを自分のことのように喜ぶ。
そんな社に苦笑して、「これからもご協力ほど、よろしくお願いしますね?」と蓮は手を差し出した。




―――――――――――――――――――
モー子さんの次に手強いのって尚じゃなくて社さんな気がします。
社さんが敵に回ったら終わりですね、蓮。

拍手[32回]



「モー子さぁぁぁあんんんっ!どうしよぉぉぉぉおおお!!!」

「ちょっ…いきなり、何なのよっ」

久しぶりにラブミー部に訪れた琴南は出合い頭、中にいたキョーコに泣き付かれた。
抱き着こうと突進してきたをキョーコを華麗に避けた琴南は理由を聞く。
すると、キョーコは「実はね…」と途方に暮れた顔で話し出した。

「あ、あのね…ぇ、ぇっと………」

「もーーっ!はっきりしなさいよ!!」

「つ、敦賀さんに結婚を申し込まれましたっ!!!」

「はぁぁぁあ?!」

急かされたキョーコが勢いに任せて叫んだ内容に琴南は目を見開き、まじまじとキョーコを見る。
嘘をついている様子はない。

「あんた、敦賀さんと付き合ってたの?」

「そんなわけないじゃない!ただの先輩後輩よ!それ以外の何者でもないわっ」

きっぱりと言うキョーコに琴南は思わず蓮に同情した。
社長を始め、LEMの一部の社員は蓮がキョーコに惚れていることに気付いていた。
蓮と殆ど接点のない琴南や小学生であるマリアまで気付いていたというのに、肝心のキョーコはてんで気付いてなかったらしい。
でなければ、こんなにはっきり断言しないだろう。

「…で、返事はどうしたのよ?」

「ちょ、モー子さん!敦賀さんが私なんかにプロポーズなんて白昼夢でも見たんじゃないのとか、冗談じゃないのとか、妄想もそこまでいくと危ないわよとかつっこまないの?!」

「だって私は、敦賀さんはあんたのことが好きだってわかってたもの。ってか、あんた、妄想激しい自覚あるならどうにかしなさいよ」

「癖だから仕方ないじゃない!…じゃなくて、モー子さん知ってたの?!」

「あんなわかりやすい態度でわからなかったあんたがおかしいのよ。ってか、交際をすっ飛ばして結婚の申し込みなんて、敦賀さんもなりふり構わなくなったわね…」

それほど気付いてくれないキョーコに焦れたのかしら?と琴南は不憫な蓮を思う。
だいたい、誕生日になったと同時に新種の薔薇をプレゼントしたり、その中に宝石を仕込んだり、いきなり夜中訪ねてきた後輩に徹夜でレッスンするなんて、特別に想っていなければ普通はしないだろう。
なのに、キョーコときたら「流石は敦賀さんだわ!」で終わらせてしまうのだから、報われないときたらありゃしない。

「わ、わかりやすいって…」

「あんたの前では温厚紳士の仮面が外れてたじゃない」

「確かにそうだけど…初めて会った時から意地悪だったし、今更取り繕う必要がないからでしょ。最近は、まぁ、神々スマイル見せてくれるし、嫌われてないのかも…とは思ってたけど、好かれてるなんて……」

「…………ホント、敦賀さん不憫だわ」

不憫過ぎて泣けてくる。
消極的だけどあんなにわかりやすくアプローチしてたのに、嫌われてないかも…程度にしか思われてないなんて……

「…それで?プロポーズされたのはわかったけど、何でいきなりそんなことになったわけ?何かきっかけがあったんでしょ?」

「きっかけは特になかったと思うけど…」

「何かあるはずよ。聞いてあげるから、順序をたてて、その時の状況と敦賀さんのセリフを教えなさい」

「聞いてくれるの?ありがとう、モー子さぁん!」

キョーコはようやく笑顔を見せる。
その事に何となくホッとした琴南は、次にキョーコが取った行動に眉を寄せた。

「………あんた、何やってるの?」

「鍵閉めて、盗聴器がないか調べてるの!」

「鍵はともかく、こんなところに盗聴器なんて仕掛けてあるわけないでしょ!あるとしても社長が仕掛けたやつくらいだから安心しなさい!」

「わかったわ…じゃあ、モー子さん、耳貸して?」

「なんで…………はぁ、わかったから、その顔やめなさい」

何だかんだでキョーコに弱い琴南は溜息を吐くとキョーコに近付き、耳を貸した。

「あのね、実は私、最近『B・J』役を演じてる関係でホテル暮らししてる敦賀さんのお世話をしてるんだけど…」

「ちょっと待ちなさい…『B・J』って確か、謎の俳優"X"だか日系英国人『カイン・ヒール』だかがやってる役でしょ?」

「うん、そうよ。あれ、実は敦賀さんなの。凶悪だったから、私も戸惑ったわ」

「ちょっ、キョーコ!アレって映画のエンドロールにすら名前を載せない予定なんでしょ?私に話していいわけ?」

「えっと、敦賀さんがね?『君に一人で考えさせると曲解したあげく「あれは夢だったのよ、そうに決まってるわ!だって敦賀さんがそんなこと言うはずないもの!あー、すっきりしたぁ」ってなるに決まってるからね。だから、君の親友である彼女になら相談してもいいよ。カインのことも必要なら話していいから。社長には許可もらってるしね』って」

「………」

キョーコの行動パターンを読み切っている蓮に琴南は引き攣った笑みを浮かべる。
琴南もきっとそうなるだろうと思ってしまったからだ。
それに、夢で終わらせるならまだいいが、「敦賀さん、冗談でそういうこと言うなんて…そんな人じゃないと思ってたのにっ」なんてことにも成り兼ねない。

「それでね、私は今ね、カインの妹の『雪花・ヒール』として一緒にホテル暮らしをしてるんだけど…」

「は?一緒って…同棲ってこと?!」

「同棲じゃなくて同居よ!それに、ベットは別だし、カインと雪花は兄妹なんだから問題ないわ!」

問題大有りよ!と琴南は叫びたかったが、キョーコのことだ、「どこに問題あるの?」と首を傾げるに決まってる。
些細なことで「破廉恥よ!」と叫ぶキョーコだが、過去に男と同居して何もなかったからか、男と暮らしても自分に手を出すわけがないという間違った認識をしているらしい…

「恨むわよ、不破尚…」

琴南はそう呟かずにはいられなかった…

「…で?」

「えっと、それでね、カインと雪花として普通に過ごしてたんだけど、ある日突然カインじゃなくて元に戻った敦賀さんが一枚の紙を私に差し出してね、『これにサインしてくれる?』って言ってきたの」

「それってまさか……」

「…婚姻届。しかも、敦賀さんの方は記入済み」

キョーコが遠い目で呟く。
キョーコの気持ちはわかるが、良い手だわ…と琴南は感心した。
普通に結婚を申し込むより信憑性があるし、本気だと伝わるだろう。
婚姻届まで持ち出せば、流石のキョーコも冗談だと笑い飛ばすことはできないはずだ…多分。

「…って、あら?確か、敦賀蓮って芸名だったわよね?流石に婚姻届に芸名を書くわけにはいかないはずだし、本名で書かれてたわけ?」

「うん……………『久遠・ヒズリ』って」

「へぇ、久遠・ヒズ………ヒズリ?ヒズリってまさか………」

「そのまさかよ、モー子さん。先生…クー・ヒズリの息子だったのよ」

亡くなってると思ってたからびっくりしたわ…と乾いた笑みを浮かべるキョーコ。

「…嘘ってことないわよね?」

「私もそう思ったわ。でも、目の前で自前の金髪見せられた上、普段付けてる黒のカラコン外されたら信じないわけにはいかないと思わない?しかも、身分証明のためにパスポートと運転免許証まで見せられたのよ?」

「そうね………因みにそれって、トップシークレットよね?」

「うん。『日本だと社長しか知らないことだからね。琴南さん以外に話さないこと。話したらどうなるか……わかってるよね?』って脅されたわ…だから、モー子さんも誰にも話さないでね?」

「話さないわよ、命が惜しいもの…ってか、知りたくなかったわ……」

クー・ヒズリの息子が人気俳優『敦賀蓮』だと今まで話題にならなかったのは、意図的に隠していたからに他ならない。
そんなことを他の人間に漏らしでもしたら、蓮はもちろん社長だけではなく親であるクーも敵に回すことになるだろう。
そんなことになれば、芸能人生の終わりを示している。

「…それでね?『君が好きだ。俺と結婚してほしい』って言われて…」

「あら、意外とありきたりね」

「最初はね。その後私、敦賀さんの意図がよくわからなくて『何で私なんですか?私より綺麗な人も可愛い人も優しい人も他に沢山いますよ?』って言ったのよ。そしたらね、『君しか考えられないんだ。君にしか心を揺さ振られない…君は俺の光なんだ。君がいない人生なんて考えたくもない…だから、最上キョーコさん。俺に君の人生をくれないか?』って言われたの」

普通の男に言われたら引くかもしれない言葉のオンパレードに、「期待を裏切らない人ね…」と琴南は呆れると同時に、プロポーズを意図がわからない扱いするキョーコにある意味尊敬の念を抱いた。

「だから私、『そんなこと言われるほど敦賀さんに何かした記憶はないんですけど』って言ったんだけど、『そんなことない。俺は君に救われたんだ…君に自覚がなくてもね。君は俺に最高の魔法をくれたんだ…今も、昔も』って否定されて…」

「ちょっと!今はともかく『昔も』ってどういうことよ?」

「それがね、私はその人が敦賀さんだって気付いてなかったんだけど、私が6歳の時に京都で会ったことがあったのよ。私が会った時は金髪碧眼だったし、身長も今ほど高くなかったし、わからなくて当然だったんだけど…その男の子に別れる時、綺麗な石を貰ってね、ずっとお守りにしてたの。その石を敦賀さんの前で落としたことがあって、敦賀さんはその時、私が京都で会った子供だって気付いたんだって」

「へぇ…凄い偶然ね…」

「私もそう思うわ。別れる時、住む世界が違うから二度と会えないって言われたし…だから、『時を越えて再び会えたって運命だと思わない、キョーコちゃん?』って言われて確かにそうかも…って思ったのよねぇ……」

そのセリフの前に「妖精じゃなくて、ごめんね」と付くのが、そこは省いても問題ないだろう。

「それに『君が俺と結婚したら、君の敬愛するクー・ヒズリが本当の父親になるんだよ?それに、夫婦になったら先輩だからって遠慮せずに演技指導も頼めるし、一緒に暮らせば俺の食事事情を心配しなくて済むようになるよ』って言われて危うく頷くところだったわ…」

だって先生が父親よ!演技指導頼み放題よ!食事管理ができるのよ!?
と、訴えるキョーコに琴南は使えるモノは思い出でも親でも演技でも自分の情けない面でも全て使う蓮に「手段を選ばないのね…そこまで追い詰められてたのかしら」と呟く。
こっそり「演技指導はいいなぁ」と思いはしたものの、「だからといって、あんな面倒臭そうな男の相手はごめんだわ」とばっさり切った。
流石はラブミー部員2号である。

「それでね、問題の紙がこれなんだけど…」

「…ホントに埋まってるわね。保証人は社長…って、あんた、これ……」

「うん…お母さんにわざわざ会いに行って書いてもらったみたいなの。私、まだ未成年だから、保護者の署名が必要だし」

「手回しが早いというか、何というか…」

「『これで君が母親に会いに行く必要はなくなっただろう?本当は君に記入してもらった後に一緒に行った方がいいかな、って思ったけど、君は昔、母親のことでよく泣いていたからね。とりあえず俺だけで行ったんだけど…正解だったよ。彼女のような人を君に会わせるわけにはいかないからね…』って敦賀さんが不快そうに語ってくれたわ…」

少し悲しそうな顔のキョーコに琴南は思わず、そんな顔をさせた見たこともないキョーコの母親を恨めしく思った。
キョーコが愛を信じないのは不破尚のせいであるが、根本はキョーコの母親だと気付いたからだ。

「そう……それで、あんたはどうしたいの?私に相談するってことは迷ってるんでしょ?」

「う、うん…断ろうって最初は思ったのよ?だけど、敦賀さんすごく真剣で、『答えは急がないから、ちゃんと考えてみて…?君が悩んで出した答えなら、どんな答えでも受け止めてみせるから。…ただ、覚えておいて。俺は君が好きだよ。ずっとずっと、君が好きだよ。俺は絶対に裏切らない…一生君を愛する自信がある。それをどうか覚えておいて…』って言われて、この人は私が何を恐がっていて、何を欲しいかわかってくれてるんだ…って思ったら、断りの言葉が出なくなっちゃって……」

ぎゅっと心臓付近を掴むキョーコに琴南は目を見開くと、「しょうがない子ね…」と苦笑した。

「ねぇ、キョーコ…あんた、もし敦賀さんにキスされたらどう思う?」

「は、破廉恥よっ」

「じゃあ、社さんは?」

「へ?社さん?何で??」

「いいから答えなさいよ、もーっ!」

「え、えっと…想像できないわ…」

「じゃあ、不破尚は?」

「絶対嫌!死んでも嫌!!」

「ふ、ふぅん…じゃあ、あんたがお世話になってるブリッジ・ロックの…あの背の低い人は?」

「ちょっと、モー子さん!背が低いなんて言ったら光さんに失礼よっ!」

「はいはい。で、そのヒカルさんとやらにキスされたら?」

「光さんに?う~ん…想像できないけど、少しいや、かも…?」

「それよ!」

いきなり叫んだ琴南にびくっとしながらも「何が"それ"なの、モー子さん?」と尋ねるキョーコ。
そんなキョーコに琴南ははっきりと言った。

「不破や石橋さんは嫌って思っても、敦賀さんには破廉恥だと思うだけで嫌悪感はないんでしょ?それが恋愛かそうじゃないかの違い!つまり、あんたは少なからず、敦賀さんに好意を抱いているのよっ」

「そうなの?」

「そうなの!だから、さっさとその紙に記入してあんたの返事を待ってる敦賀さんに渡してきなさい」

「で、でも、敦賀さんを好きだって確証もないのに失礼じゃない…?」

「そんなことないわよ。少しでも自分を愛してくれる可能性があるって知ったら、あの人はあんたの気持ちが追い付くまで待ってくれるわよ。どうせ、その婚姻届はあんたを縛り付けておくためのものだろうし、結婚したからってすぐに自分を愛せ、なんて言わないと思うわ。だから、それ書いて敦賀さんに渡して『今はまだわからないけど貴方を好きになれると思う』とでも言いなさい!あんたが真剣に考えて出した答えなら曖昧なものでも許してくれるはずだから」

そう断言する琴南にキョーコはこくりと頷く。
琴南はそれを満足そうに…しかし、少し淋しげに見つめると、ふと何かに気付いたように目を瞬かせた。

「そういえば、あんた、敦賀さんのことどう思ってるの?」

「はへぃ?好きなのかもってモー子さんが言ったんじゃない」

「でも、誘導尋問だって思われるかもしれないしね。あんたが自覚してる気持ちは尊敬とかそういうの以外にないわけ?」

「尊敬以外…?敦賀さんに………そうね、敦賀さんに悲しい顔はしてほしくないわ。見てるこっちまで胸を締め付けられるようなあんな顔……」

「そう…なら、それも伝えてみなさい。きっと喜ぶわよ」

琴南がそう言うと、キョーコは少し照れ臭そうな顔でこくりと頷いた。

「モー子さん、相談にのってくれてありがとう!!」

「はいはい。いいからさっさと敦賀さんのとこに行ってきなさい。ちゃんと結果を教えるのよ?」

「はーい!」

笑顔で去るキョーコを見送る琴南。
鍵を閉めたのを忘れてドアにぶつかりかけたキョーコに「らしいわね…」と笑う。

「…ラブミー部、卒業おめでとう……キョーコ」

愛を取り戻したキョーコの背に、そっと呟いた。



その後、独占欲剥き出しでキョーコに構う蓮を見て、「はやまったかも…」と後悔したのは余談である。

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やったもん勝ちなんだぜ☆(ぉい
ちょっと恥ずかしいので、伏せます。






 

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「はぁ?写真ですって?!」

雪花は心底嫌そうに顔を歪めると、ギロリとそんなことを言い出した監督を睨み付けた。

「兄さんの写真だって撮らせたくないのに、私とセットの写真が欲しい?ふざけないで!私は兄さんと違って(コレに出る)役者でもなければモデルでもないのよ?」

何考えてるのよ!と叫ぶ少女にスタッフたちは注目する。
謎の俳優『カイン・ヒール』の妹『雪花・ヒール』は本人が言うように役者でもモデルでもなく、兄であるカインの付き人である。
モデルばりのプロポーションで、美しい雪花は、ボディピアスさえなければモデルでも通用するであろうが、本人は兄のことしか考えていないため、その道を歩むことは今後ともないだろう。
何で、あんなおっかない兄に夢中なんだ…とスタッフたちは残念に思いながら雪花たちを眺めていると、そこに近付く男が一人。

「セツ」

「あ、兄さん!聞いてー!この人がね…」

「聞こえていた……必要ない」

「そうよね!兄さんならそう言ってくれると思っていたわ!」

そう言ってぎゅっと抱き着く雪花をそのままに、カインは監督と向き合う。
カインの目は「余計なことをするな」と語っており、その鋭く冷たい眼差しだけで人が殺せそうである。
カインの正体を知っている数少ない人間である監督でもその視線は恐いのか、顔色が悪い。

「だけどな…」

「………」

「……場所が悪い。とりあえず、二人ともこちらに来てくれないか?」

どうにか説得しようと思った監督だが、腹を割って話すには場所が悪いことに気付き、二人を楽屋へと誘う。
雪花がじっとカインを見上げると、カインは雪花を引きはがし、監督の後を追って歩き出す。
引きはがされて不機嫌になった雪花も、渋々その後を追ったのだった。


パタンッ
楽屋のドアが閉まったその瞬間、雪花――否、キョーコはがばっと頭を下げた。

「失礼な態度を取ってしまい、誠に申し訳ありませんでした!ですが、先程の言葉通り、私はカインの付き人ですから、写真を撮られるのは…」

「雪花さん、顔を上げてくれ。君の言いたいことはわかってるから」

『雪花』と全く違う少女に監督は苦笑する。
因みに、普段と同じ喋り方になっても名前は言わない。
個室とはいえ、誰がどこで聞いているかわからないからだ。

蓮を殺人鬼として出演させるにあたり、ローリィから『敦賀蓮』のマネージャーを付けるわけにはいかないからと社の代わりに紹介された少女。
謎の俳優"X"の妹で、『雪花・ヒール』
そう紹介された時、謎の俳優"X"改め日系英国人『カイン・ヒール』とどこか似た雰囲気を持つ少女に、一瞬本気で兄妹だと信じかけた。
が、『カイン・ヒール』は『敦賀蓮』であり、彼に妹がいるという話は聞いたことがない。
困惑する監督にローリィは笑いながら、少女の正体を明かした。
「彼女は一応タレントの『京子』だ。『Dark Moon』の『未緒』と言った方がわかりやすいか?」
そう言われてかなり驚いた。
百人が百人「別人だ」と断言しそうなほどに見た目も雰囲気も違ったからだ。
イジメ役として注目されている新人タレントである彼女の違いすぎる外見と雰囲気と、ローリィ社長の保証があることからばれることはないだろうと思いつつ、どこかでボロを出すのではないかと心配していたが、心配無用だったらしく、彼女は見事に病的なほどのブラコンを演じている。
例えば、「私と兄さんの時間を邪魔しないで!」と言って(少しでも蓮を休ませるために)人払いをしたり、「私の兄さんに他の人と同じモノなんて食べさせるつもり?」と言って(少食な蓮のために)局弁を拒否したり(因みに蓮の弁当はキョーコの手作りである)、撮影が終わった瞬間「兄さん、お疲れ様~!今日も素敵だったわ!」と言って(共演者が話しかけてくる隙をなくすために)抱き着いたり…(最後に関しては無用な心配だと思うが)

「だが、この映画の特集でね、カインの写真が必要なんだけど、カイン単体より二人セットの方がばれにくいと思ってね」

「そんなことないです!カインは完璧ですから!!」

そう訴えるキョーコに「君にはばれたけどね」とカイン――蓮は苦笑する。

「私なんかが一緒に写って、私のせいで芋づる的にばれたらどうするんですか!『雪花』が私だってばれたら、『カイン』がどこの事務所の人間なのかばれて……」

そんな状況になった場合を想像したのか、ガタガタと青い顔で震えるキョーコ。
雪花=京子だと気付く人はいないと思うけどな…とそんなキョーコを見ながら蓮と監督は思った。

「それに、私からばれなくても、いつかはカインの正体を明かす日が来るんですよね?そうしたら、絶対『妹』は誰だって話題になりますよね?『妹』だったっていう情報だけならまだしも、こんな奇抜で露出の高い恰好の写真が残っていたら………私に生き恥を曝せと言うんですか?」

そう真剣に言うキョーコに監督は「うっ…」と言葉に詰まる。
それに畳み掛けるように蓮も言った。

「俺も反対です。カインの情報は少しでも伏せておくべきです。どうせ、『雪花』の情報はここのスタッフや共演者から流れるんですから、わざわざ明かす必要はありません(ってか、彼女のこんな姿を世間に曝すなんて冗談じゃない!!)」

その後押しにキョーコは「そうですよね!」と笑顔で頷く。
セツ魂が入っていれば「流石はカイン兄さんね!」と抱き着いただろう。

「…カインくんの言うことも一理あるね」

仕方ない…と監督は苦笑した。
せっかくローリィの許可まで取ったが、無駄になってしまったらしい…。
まぁ、半分は『雪花』がこの場だけの存在であるのはもったいないという私情であるため強くは言えない。

「わかったよ。その代わり、誰もが『君』だってわからないような、そんな写真にしてくれよ?」

「もちろんです」


というやり取りがあったため、その話はその場で流れた…が、世の中はそう甘くなかった。
スタッフに紛れ込んでいたBOOSTの記者の手で、現場から車までの短い距離を仲良く歩いていた二人の姿が激写され、『謎の俳優"X" 撮影現場に女を連れ込む?!』という蓮たちとしても映画製作側としても不名誉な記事を書かれたため、その誤解を撤回するために結局二人セットの写真が撮られることになったのであった。
その際に「これは演技、私は役者、この恰好は不可抗力で私の意思じゃないんだから、いつかばれてもそう言えば…って、やっぱりいやぁぁぁぁあああ!!!」と楽屋で泣き叫ぶ少女と、役(B・J)よりも恐ろしい表情で「あれを世に出すなんて…」と嘆き、「いっそ、あの子を見た奴全員殺したい…」と呟いて、撮影スタッフを恐怖のどん底に突き落とす男の姿があったとか…




―――――――――――――――――――
懲りずにスキビですが、何か?
本誌も読んでませんが、何か?

以前も書いた通りコミックス派なので、二次創作と感想から情報を得て展開を知るという暴挙に出ています。
なので、捏造を更に捏造している可能性がありますので、ご了承下さい(今更

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ノックをしようと腕を上げた蓮はふと中から聞こえてくる音にその手を止めた。

「…間違ってないよな?」

思わずそう呟き、ドアのマークを確認する。
『Love Me』のロゴを確認した蓮は安心したように息を吐くと、コンコンとドアを叩いた。
すると、音が途絶え、代わりに「はい」と聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
蓮はガチャッとドアノブを回し、ドアを開けると、そこには予想通りの人物が意外なモノを持って立っていた。

「あ、敦賀さん!こんにちは。昼間に事務所にいるなんて珍しいですね!」

「こんにちは、最上さん。それ…ヴァイオリンだよね?」

中に足を踏み入れ、ドアを閉めながら不思議そうに問う蓮。
その問いにキョーコは頷くと、蓮に椅子を勧め、テーブルの上に持っていたヴァイオリンを置くと、お茶を入れる。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

遠慮なくお茶を一口飲む。
キョーコは自分の分も入れると、「失礼します」と言って、蓮の向かい側に座った。

「最上さんってヴァイオリン弾けたんだ…知らなかったよ」

キョーコが料理や裁縫が得意で、茶道に精通しており、蓮そっくりな人形を作れるほど器用で多才だと知っていたが、楽器まで弾けることを知らなかった蓮は少しつまらない気分になりながらも、「すごいね」と微笑んだ。
しかし、相手は蓮の(とある感情を除く)感情に敏感なキョーコである。
ピギョッと芸能人として…その前に女の子としてあるまじき顔をしたキョーコは、何がイラツボに入ったの~~!?と内心パニックになりながらも、ぶんぶんと首を横に振った。

「い、いえ、滅相もない!弾けるなんてレベルには程遠いド素人でございますぅぅぅうう!!!」

「そう?結構上手いと思ったけど…」

「え?」

「ここ防音だし、ドアの前に立つまで気付かなかったんだけど、さっきヴァイオリン弾いてたろ?少しだけ聞こえてきたけど、下手なんて思わなかったよ?」

その言葉にキョーコは目を見開くと、てれてれと頬を染めて破顔した。
その表情に蓮は無表情になり、――どうしてくれようか、この娘は――と目を細めたが、照れて俯いたキョーコは気付かず、「あのですね」と話し出した。

「実は、未緒の役作りのために始めたんです」

「え?」

予想外の言葉に、蓮は「未緒がヴァイオリンを弾くシーンなんてあったっけ…?」と首を傾げる。
そんな蓮の心境に気付いたのか、キョーコは「シーンにはないんですけど…」と話を続けた。

「未緒が顔に傷を作る原因って、唯一操より未緒のヴァイオリンの才能が秀でていたことにあるじゃないですか」

「そうだね」

「だから、原作を読んでからすぐにヴァイオリンを始めたんです。まだ養成所では役作りについて習ってなかったので、せめて雰囲気だけでも掴むことができれば…と思いまして…」

「なるほどね…ということは、始めたのは半年前くらいってこと?」

「そうなりますね。移動までの時間が長い日とか、ラブミー部の仕事がない日とか、オフの日とかにここで練習してたんです。主に昼間に練習してましたから、敦賀さんが知らないのも無理はないかと…」

にこにこしながら言うキョーコに蓮の表情も思わず緩む。
キョーコと会うのは主に『Dark Moon』の現場か、仕事帰りか、または(社がわざとキョーコと時間が会うように調整した)移動までの短い時間である。
オフに事務所にいるはずはないと思っていたので、キョーコがオフの日はラブミー部に寄らなかったから盲点だった…

「そうなんだ…半年で弾けるようになるなんてすごいね」

「いえ!ですから、弾けるとかそういうレベルではありませんし、『幻想即興曲』を先生の手を見て覚えた敦賀さんほどでは…(私は敦賀さんみたいな化け物じゃないのよ!)」

「…………今、『私は敦賀さんみたいな化け物じゃないし』って思ったね?」

「い、いえ、そんなことは……っ」

ぶんぶんと首を振るキョーコに、蓮はキュラキュラと似非紳士スマイルで「ん?」と促すと、キョーコはどばーっと涙を流して、「思いました~~、ごめんなさぁぁいぃぃぃいい!!」と泣き叫んだ。
蓮はキュラキュラ笑いながら、「やっぱり思ったんだ…」と呟く。
他の人には「凄い!」と評価された蓮だが、社には「化け物め」と言われたため、社と同じように(寧ろそれ以上に)蓮の感情に敏感で、笑顔に騙されないキョーコなら同じように思うのではないかとカマをかけたのだ。
結果、予想通りそう思われていたようで…蓮は少なからずショックを受けたが、それをおくびにも出さず、似非紳士スマイルのままキョーコを見つめた。

「ショックだなぁ…化け物だなんて」

「(十分、化け物だと思うわ。普通のピアノ未経験者は短期間であんな難しい曲を弾けるようになんてなれないわよ)」

「………今、『十分、化け物だわ』って思ったね?」

「(ひぃぃい!何でこの人、心の中が読めるのよ!)」

「それは、君は顔に出やすいから、かな。君の思ってることなんてたいていの人ならわかると思うよ」

「(なんとなくはわかっても、そこまで的確にはわからないわよ!)」

一方だけが喋っているのに会話が成り立っているこの光景は誰かが見ていたら不思議に思っただろうが、ここを訪れる可能性のある社や琴南は、蓮がいる間はなるべく近寄らないようにしているため、その光景を見る者はいなかった。

「最上さん」

「な、なんですか?」

「何か弾いてくれたら許してあげるよ?」

「はぃ?!」

「俺の心に傷を負わせたんだから、それくらいしてくれるよね?」

「(化け物って思われたくらいで傷付くほど繊細じゃないくせに…)」

「ん?」

「ご、ごめんなさぁぁいぃぃい!!心を込めて弾かせていただきまぁぁす!!!」

似非紳士スマイルに屈したキョーコは見事な土下座を見せた後、立ち上がって、先程机に置いたヴァイオリンを構える。
そして、簡単にチューニングをすると、ちらっと蓮を見て、「下手でも笑わないで下さいね…?」と呟き、弓を構えた。

「………」

奏でられる音に蓮は目を見開く。

――始めたのが、いつだって…?

音は固いし、ビブラートは効いてない…確かに初心者らしいといえばらしい演奏だろう。
しかし、音程は安定しているし、ミスもなく、音が掠れることも滅多にない。
まるで機械が演奏しているようだが、表現力がつけば、プロ級とまではいかずともアマチュアの演奏としては上手い分類に入るだろう、と蓮は思った。

一曲を弾き切り、不安げに蓮を見上げるキョーコに、蓮ははぁと深い溜息を吐く。

「……君も他人のこと言えないと思うよ。半年でそこまで弾けるなら十分化け物だ。しかも、俺には先生がついてたけど、君は独学だろ?」

「でも、私は敦賀さんと違って楽譜読めましたし、他にも楽器やってましたし…」

「へぇ…何やってたの?」

「(な、何でそこで毒吐き・嘘つきスマイルなのよ!?)…お琴、ですけど」

「そうなんだ…でも、大分ジャンルの違う楽器だよね」

「まぁ、そうですけど……で、でも、1日2時間のレッスンを5日やっただけで、つっかえずに『幻想即興曲』を弾けるようになった(社さん情報)敦賀さんほどではありません!半年もやればこのくらい誰だって弾けますよ」

そう訴えるキョーコに蓮はそうだろうか?と内心首を傾げる。
経験者ならば自分の経験に基づいて否定や肯定ができるが、生憎と蓮はヴァイオリンを弾いたことがない。
よって、キョーコの言葉を否定することはできないが、それでも、半年でここまで弾けるのは凄いと思った。

「…まぁ、君がそう言うなら、そういうことにしてあげるよ」

「そういうこと、じゃなくて、そうなんです!」

「はいはい」

明らかに信じていないキョーコに蓮はくすりと笑うと、ふと何かを思いついたのか、じっとヴァイオリンを見た。
その眼差しにキョーコは「嫌な予感がする…」と青ざめる。
そんなキョーコに蓮はにこりと微笑んだ。

「………ねぇ、君さぁ…」

「お断りします!!!」

「……俺、まだ何も言ってないんだけど」

「敦賀さんがそういう表情をする時はろくなことがないんですっ」

「ろくな…って、君ねぇ。仮にも尊敬していると公言している先輩に吐くセリフじゃないと思うんだけど…」

「それとこれとは別です!」

きっぱりと言い切るキョーコに、「流石は最上さん。割り切り方が他人とは違う」と蓮は笑う。
その笑みを見て、キョーコはますます顔を強張らせた。

「実は、『Dark Moon』の最終回のエンディングのことなんだけどね、テーマソングを『嘉月』がピアノで演奏するって話が出てるんだ」

「…そうなんですか。敦賀さんならできますよ」

「うん、ありがとう。けどね、問題があってね…」

「(聞きたくないけど)…何ですか?」

「ピアノ用に編曲すると音が足りなくなるらしいんだ」

困ったことにね、と蓮は苦笑する。
その苦笑いがくせものなのだとキョーコは思った。
似非紳士スマイルなら「そうなんですか、大変ですね」と流せるのに…と。

「だから、ピアノを2台にしようとか他の楽器を入れようって話になったんだけど、他のメンバーも出演者じゃなきゃ『嘉月』に弾かせる意味がないからね、監督もプロデューサも困ってるんだ。『嘉月』が伴奏を弾いて、『美月』に歌ってもらおうって話も出たんだけど、主旋律の音はすごく高くてね、歌手でもない彼女が歌うにはきついらしい」

「はぁ、そうなんですか…」

「うん、そうなんです。だからね、最上さん」

「……………………ナンデショウカ?」

「君、ヴァイオリンで主旋律弾いてくれない?監督たちには俺から伝えておくから」

にっこりと笑顔でそう言われたキョーコは真っ青になり、思わず後ずさる。

「……何かな、その反応は」

「い、いえ、別に…(条件反射で…)」

自然な笑みから一転、似非紳士スマイルを浮かべる蓮に、キョーコは顔を引き攣らせた。

「…ふぅん、そう…まぁ、(後で聞き出すから)いいや。それより…やってくれるよね、最上さん?」

「む、無理ですよ!」

「何で?ヴァイオリンだったら高い音でも平気だと思うんだけど…」

「そうではなくて!私みたいなずぶの素人が演奏したら、『Dark Moon』の評価自体落としちゃうかもしれませんし、最終回の撮りまで1ヶ月もないんですよ?今から練習して人前で演奏できるレベルまで仕上がるのにどれほどかかるか…っ!皆が皆、敦賀さんのように化け物じゃないんですよ!」

「大丈夫だよ。先生をつけてもらえると思うし。それから……また、化け物って言ったね、最上さん…。そう何度も言われると本当に傷付くんだけど…」

他でもない君に言われたら、特に。
とは言わない。
言ったところで「申し訳ありませぇぇん!!私のようなぺーぺーの俳優というのもおこがましいジャリタレが…」とか曲解して土下座を繰り出すことが目に見えているからだ。
それに、鈍感なキョーコのことである…余計な一言まで付け加えかねない。

「あ、すみません!で、でも、本当に無理なんですってば!それに私、『未緒』なんですよ?『美月』ならともかく、『未緒』と『嘉月』なんてありえませんって!!」

「…そんなことないよ。『未緒』は味方になるんだし、問題ないと思うよ。それに、そんなにおかしいっていうなら、『美月』を『嘉月』と背中合わせで座らせたりして、何もしなくてもおかしくないような構図にすればいいんじゃないかな」

「そ、それはそうかもしれませんけど…」

「まぁ、監督たちがどう判断するかわからないし、ここでどうこう言っても意味はないよね」

「そうですよね!」

監督たちがOKを出すわけないわ!と元気になったキョーコに蓮は苦笑する。
蓮には監督たちが蓮の案を採用するという確信があったからだ。
それほど、『嘉月』で締め括るのにこだわっていたし、『未緒』がヴァイオリンを弾けるという設定に反していない以上、やらせないという選択肢は逆にない。


案の定、キョーコがヴァイオリンを弾けるを知った緒方は蓮の案を採用し、キョーコは泣きながら練習したのであった。

因みに、そのエンディングは特別特典として最終巻のDVDに付き、発売したその日に完売。
入荷待ち、という状況を作り上げたのであった。




―――――――――――――――――――
蓮キョが好きです。
それ以上に蓮→キョが好きです。

キョーコちゃんならやりそうだなぁ…と思って書いてみました。

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